一般農民になりたいのに最強達がそれを許してくれません 作:ワンカン
※今回はハリネ君視点じゃありません。
自分の目の前には大きな穴が開いており、それは月のクレーターを想像してしまうほどでかいものだった。その中央には少年が倒れており、そのすぐ傍で少女が涙をこれでもかと流しながら、その少年に向かって呼びかけていた。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
彼女の声が耳に入ると、思わず耳を覆いたくなるような衝動に駆られる。今目の前で起きていることが現実だろうか。夢であるのなら、こんな悪夢は今までに見たことがない。自分が死ぬという恐怖からか、なぜか全身から寒気が襲ってくる。どういうことか、それだけに収まらず、俺はその場で吐いてしまった。
膝をつきながら嗚咽を漏らし、身体を抱きしめる。それでも身体の震えは止まることはなく、ただ無意味な抵抗をしているだけに過ぎなかった。
「ケンタ!!」
彼女の声が耳に入る。大きなクレーターの中心で、自身の兄の身体に手を置きながら、俺の名前を叫んだ。彼女の表情に必死さと恐怖が垣間見えた。大粒の涙がこの悲惨な現状を物語っていると感じた。
彼女は大声で俺に訴えた。
「ケンタ!!お兄ちゃんが……お兄ちゃんが動かないよ!!」
彼女は俺にそう言いながら、自分の兄であるコレイに対しヒーリングを施す。それでも傷が深いのか、それとも違う何かが原因なのか、彼が負った傷は一向に治ることはなかった。彼女は壊れたみたいにどうしよう……どうしよう……と言いながら、必死に今自分ができることのすべてを兄に対して施す。ヒーリング以外の治癒魔法、冒険者から教わったとっておきの最大回復魔法……そのどれもが無駄に終わる。ただ自身の魔力を消費するだけでしかなかった。
全ての魔法を使い切ると、俺の方を見ながら、再度訴える。どうしよう、このままじゃお兄ちゃんが……そんな叫びにもにた相談に俺は身体を小刻みに震わせながら、首を横に振る。無理だ、自分たちの想像を遥かに超えている。もう自分たちがどうこうできる状況ではない。
「む、むりだ……むりむりむり!!」
情けないとかかっこ悪いとかそんなことを気にしている場合でもなければ、彼女を助けようという状態でもない。今は自分のことで精一杯だった。
「……お友達は大丈夫?」
不意に声が聞こえた。彼女もその声に反応し、叫ぶのをやめた。しかし、その代わりというのだろうか、彼女の身体は小刻みに震えていった。俺はなんとか彼女の名前を叫ぶ。
「イレイ!!」
声に反応してはだめだ。あの声は俺たちを地獄の底へと導く悪魔のささやきだ。俺は大きなクレーターの中に入っていく。勇気などあるはずもない。勝てる要素もない。しかし、彼女の兄のためにも、イレイだけは守らなければいけなかった。
クレーターの中心に向かって、滑るように落ちていくと、彼女はその音に気付いたのか、俺の名前を叫びながら、抱き着いてきた。彼女の頭を撫でながら、改めて、彼女の兄でもあり、俺の親友のコレイを見る。全身はひどい傷を負い、胸から腹にかけて、斜めに深い傷が目に入る。血を口から流し、白色の服だったにもかかわらず、今では赤黒い色に染まっていた。半開きの口とずっと開いている黒くなった目が気味悪く、思わず視線を外したくなる。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん」
かなり精神的に参っているのか、先ほどからその言葉を繰り返し唱えている。
ひどい。ひどすぎる。いくら試験とはいえ、これは残酷すぎる。いったい何があってこんなひどい真似をするのか。弱い相手にこうもするなど、快楽を目的にしているとしか思えない。
俺は上にいる先ほどの声の主に問いかけた。
「なぜ……なぜこんな酷いことをするんだ!!」
上を見上げると、白色の短い髪をなびかせながら、どこか幼さを感じさせる顔立ちの少年が無表情でこちらを見つめていた。イレイも俺の声に反応したのか、少年の方を見つめる。彼女の目に少年の姿が映ると、小さく悲鳴を上げ、顔を俺の身体にうずめた。
少年は小さく呟いた。
「酷いこと?こんなの日常茶飯事だろ?」
そんはずはない。これが日常茶飯事なら、すでに世界が滅亡していてもおかしくはない。
「別に怖がらせたかったわけではないんだ。それは許してくれ」
少年は落ち着いた声で俺にそう言い、ふわっと身体を浮かせ、クレーターの中央まで降りて来る。その降りる様は王女が王子に抱きかかえられているような姿勢であった。
少年が俺たちの前に立つと、コレイの方をちらと見た。その悲惨な姿になった彼を見た少年は口角を上げ頭を掻いた。
「………やりすぎじゃない?」
誰が言っているいやがる!これはお前がやったんだろ!!その言葉が口から出ることはなく、ただ歯を食いしばりながら、少年をだまって睨むことしかできない。悔しさと怒りが混ざり、思わず拳を握ってしまった。血が掌から流れるが、それ以上にみっともない自分が嫌だった。
「彼……大丈夫?君のお友達だろう?」
冗談じゃない。君の友達?大丈夫?ふざけるな。お前には人の感情が備わっていないのか。どこをどう見れば、大丈夫なのか逆に教えてほしい。
俺は少年に対し、口を開こうとした瞬間だった。その言葉を聞いたイレイが、とうとう我慢できずに少年に向かって口を開いた。
「お兄ちゃんを返してよ!!なんでこんな酷いことをしたの!?たかが試験じゃん!!」
至極真っ当な叫びだった。誰が聞いても正論だと頷く叫びだ。これは試験だ。入試試験の一環の実技試験だ。いくら自分の優秀さを披露したいと感じてもここまでする必要がどこにある。イレイの叫びに俺も続いた。
「そうだ!!これは試験だ!!魔王と戦っているわけでもなければ、魔物と戦っているわけでもない!!」
目の前の少年は困ったような表情をしながら、再び頭を掻き、首にぶら下がっている異形の首飾りに目をやった。その姿を見て俺はハッとした。少年と向き合った時、イレイがその首飾りにとてつもない魔力が込められていると話していた。イレイの能力の一つである魔力探知が自然と発動していたのだろう。
俺は迷わず少年に飛び込んだ。父から譲り受けた大事な剣を腰から抜き、少年に切りかかる。地面を思い切り蹴り上げ、少年の首へと剣を振るう。
「ハッ__!!」
そんな声と共に切りかかったが、俺の視界はすぐに反転した。
目の前の景色が映り替わり、何もかもがぶれて見える。背中に重い衝撃を受け、自分がいま攻撃されたのだと気づく。なにかにはじき返された衝撃もなければ、魔法の攻撃を受けた感覚もない。何に攻撃されて自分が吹っ飛んだのかわからない。
俺は地面に両手をつきながら、呼吸を整える。落ち着け、落ち着け……何かに攻撃されたにきまっている。それが解れば、攻撃のチャンスだって____
「あー……大丈夫?」
その声の主は困った表情を浮かべながら俺を見ていた。化け物………その感情が心を支配していった。
イレイはそんな俺と少年を見て、とうとうその場で座り始めた。腰が抜けたのか、弱々しく内股で座ると、彼女の足から水が流れ始めた。彼女の持っていた杖が主の支えを無くし、カランと乾いた音を立てながら倒れた。
「い……れ……い」
口は血の味が広がりとても気持ち悪い。覚悟をもってここに来た。決意を表明して三人で都の学校に臨んだ。信念をもってどうどうと街から出てきた。そのために努力も惜しまなかった。三年前からこの三人で最強の冒険者になることを夢見て鍛錬を積んできた。精神を強固にし、技術を磨き、鍛錬を怠らなかった。そのすべてはこの試験のためだった。それがいまこの瞬間に否定されたような気がした。
「ごめんよ、君たちをここまでするつもりはなかったんだ」
少年は相も変わらず、困ったような表情でこちらを見る。ちらとイレイにも目を向けたが、彼女の足から流れるものを見てとっさに目を背けた。汚いものを見た時の貴族のしぐさにそっくりだった。
口の間から血があふれるが、それでも俺は立ち上がろうと必死に腕に力を入れる。ここまでするつもりはなかった?誰が何を言っている!!俺たちの全部を否定して、あまつさえ俺の親友を……!!俺は立ち上がりながら、剣を構える。
視界は良好とはいえず、額から流れる血で赤くなっていた。少年の髪は白色だったか、それとも今見えているような赤色だったか、今では記憶もあいまいになっていた。
身体が震える。これが防衛本能とういうやつか。身体が逃げろというサインを出している。後ろに足を動かしたい。剣を捨て直ちに走り出したい。しかし、それができずにいる。イレイがいるからではない。親友がやられたからではない。ただ、この少年の目が俺と対峙しているからだ。その答えにたどり着いた瞬間、俺は先ほど意思が嘘であったことに気づいた。
俺たちの全部を否定した……全部つもりでしかなかったんだ。覚悟をもってここに来たつもりだった。決意を表明して三人で都の学校に臨んだつもりだった。信念をもってどうどうと街から出てきたつもりだった。俺は知らなかったんだ。世界を、そして最強を……。
怒りで立ち上がったつもりだった。親友が深い傷を負い、その妹が泣き崩れていくのを見て、勇気を出したつもりだった。しかし、現実は自分だけ逃げだしたいという欲望を抱きながら全身を震わせているだけに過ぎない。
不意に剣がズシッと重くなり地面に剣先がついた。もう持てる気もしない。少年の仕業か、それとも自分の意思か……どちらでもよかった。
俺が剣を捨てると、少年はふぅっとため息をついた。
「もう戦わないでね。じゃないと何が起きるかわからないから」
苦笑しながらそう言いのける少年は首の飾り物を手に持った。
ああ、元から勝てない相手だったんだ。最初から危惧しておけばこんなことにはならなかったのか?いや、騎士最高峰と言われているカズキ、絶対君主の異名を持つアカネが少年と話す姿を見た時に疑問を抱いていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。元からサレンダー。それをしていればこんな残酷な結末にならなかったかもしれない。
少年は首飾りを乱暴に引きちぎり、じっとその青色の宝石を見つめた。
「……聞きたいことがある」
「……ん?」
少年は小さく首をかしげながらこちらを向いた。開いている左手で服についた埃をはたきながら俺の言葉を待っていた。そんな余裕そうな表情を見ても俺は怒りがこみあげてはこなかった。普段の俺を知っている連中からしたら考えられないことだろう。俺は感じた疑問のをぶつけた。
「お前は何者だ?」
そう口にすると、少年は心底うんざりした表情を浮かべ、長い溜息をついた。聞き飽きた。そんな言葉が聞こえてきそうな表情だった。
少年は左手で眉間に手を当て、青い宝石でふさがれている右手を左右に揺らす。
「君たちに名乗れるほど優れた者じゃないよ」
それはどういう意味だ。喉元に引っかかった言葉を飲み込みながら、少年の次の言葉を待った。
「僕のことを知りたければ、彼らに聞いてくれ。きっと好き勝手に言うと思うからさ」
彼らとは、きっとカズキとアカネのことだろう。だが、あいにく俺にそんな時間はない。ここで聞かなければ、俺はこの少年の答えをずっと疑問に抱きながら死ぬことになる。今この瞬間でそれを聞いておきたかった。
「俺はお前の口から名乗ってもらいたい」
「………どうして?」
どうして?それはお前が一番理解しているだろう。俺は……俺たちは今ここで死ぬからだ。絶対に抗えない恐怖によって支配されているこの身体が、そう確信しているんだ。だからこそ俺はお前の口から聞きたい。
俺は覚悟をもって少年に言った。
「俺がここで死ぬからだ……お前に、殺されるからだ!!」
「……そんなことしないよ」
その今の間はどう説明するつもりだ!!そう少年に言いたかったが、俺が口を開く前に先に少年が口を開いた。
「確かに、僕がこうしたのかもしれない。けど、僕だってこの結果を望んでいたわけではない。でも、原因は僕にある。まずは許してほしい。そこに座っているおしょんしょんまみれの……失礼、彼女にも深く謝罪しよう」
少年は深く頭を下げると、イレイにも同じように深く頭を下げた。
「さて、ここからは次の話だ。君は僕が殺すと言ったね。それはしない。ここまで礼儀正しい僕がそう言ったんだ。言った言葉は必ず守る……必ずだ、必ず守ると僕が言ったんだ。キゾクオブキゾクの誇りにかけて宣言しよう」
何をいっているのかわからない。少年は独り言のように呟く。
少年は宝石を前に出す。それと同時に宝石が輝きだした。
「だからね、僕がいまからする行為は殺戮ではない。すべてを元通りにする行為だ。間違っても僕をそんな目で見てはいけないよ?」
俺はゆっくりと唾をのみ、少年に対して質問した。
「それはどういうものなんだ……?」
「これはね、僕の願いが込められた宝石さ。僕の願いを一つだけ叶えてくれるらしい」
そんな宝石は聞いたことがない。コレイは物知りで、よく俺に宝石や魔法の話をしてくれた。しかし、そんな宝石も魔法も聞いたことがなかった。そんなものがあったら、絶対にもっと有名で希少価値がつくはずであるため、いくつも文献があるはずだ。
「そんなもの聞いたことがない」
「知らなくて当然だよ。だって作ったんだから」
作った。その言葉に唖然とする。そんなことできるはずがない。いや、宝石を作る魔法は存在するが、それはあくまで装飾品にしかすぎず、それを武器や防御にはできないはずだ。ましてや、人の願いを叶えられるようなものを宝石を生み出す力なんて……少年は神の使い手か何かだろうか。
少年は一つ咳払いをした。
「僕はこの宝石にお願いをする……お願いチャンスといったら通じるかな?」
少年は握りしめた宝石をゆっくり逆さにし、宝石を地面へと向けた。
心臓の音が鼓膜を支配する。少年の表情には嘘が見えなかったし、言葉にもそのような感情が見えなかった。本心で語っているのは事実だろうか。
赤くなったその景色で少年の表情がくっきりと見えた。真剣な面持ちでこちらをじっと見つめ、覚悟が決まったような目をしていた。
「ここにいる者たちにどうか平等を__」
呟くように何かを言っている。しかし、確かにこの耳にその言葉が自然と入ってくる。
「主よ、どうかこの者たちに幸せを__」
ゆっくりと手を離すと、宝石は力なく地面に落下していく。少年の儀式はまだ続いている。
「我を導き給へ__」
宝石が地面に触れると、乾いた音を響かせながら綺麗な宝石は無数の光を放ち始めた。この世で見たこともない輝きに思わず目を覆いたくなるが、それを身体が拒否していた。もっと浴びたい。なぜかそう思った。
「……きれい」
今まで泣いていたイレイがその言葉を呟いた。じっとその光を見ながら、両手を胸の前で合わせ、目を潤ませていた。その目にはもう恐怖がなく、兄のことさえも忘れているようだった。かくいう俺もそれと同じだった。先ほどまでの恐怖はいっさい感じず、ただその光の美しさに見惚れていた。
「君たちも願って」
少年は俺たちにそう言いながら、その宝石を見つめている。
俺たちはその指示に従順に従った。神様、どうか俺たちに祝福を……。コレイやイレイ、それに家族にも祝福があらんことを………。
光が徐々に強まりだし、とうとう自身の身体が、その光に包まれた。この大きなクレーターの中心で俺たちは神の存在を知った。これが神の力……。なんて神々しいのだろうか。もしかしてこの少年は____そう思ったと同時に自分の意識が消えていった。
大きな光が試験場を包んだ。そこには建物があり、その中で試験が行われていた。光が徐々に弱くなると、全く別の試験場が姿を現した。中央に大きなクレーターがあり、そのあたりには一切の建物が存在していない。瓦礫の一つも存在せず、辺りは砂漠のようになっていた。ギャラリーとして見ていた在校生たちはその試験場に唖然した。声の一つも発せられないほど強い衝撃を受けた。
その中で一人あたりを見渡しながら叫ぶ者がいた。それはその大きなクレーターの中心から聞こえてきた。そのクレーターには彼以外存在せず、彼の声は奇しくもこの試験場に響き渡った。
「ふざけんなぁぁぁぁ!?」
気づいたらもう九話ですか………早いですね。やっと物語が進んだなって感じですね。まだまだ頑張っていきたいです。
お気に入りがすっごい増えていてびっくりしました。ありがとうございます。評価と感想もたくさんいただけるように頑張っていきたいです。