この小説は一か月ほど前に投稿した同名の小説を書き直したものです。
もう一回投稿していくので気長に見てください。
頭がふわふわする。
禍々しい神殿の中、なにかを唱えている黒衣の人々。
彼らの前にある
その上には厳重に拘束された少女。胴体は頑丈な鎖で縛られ、顔には目隠しと猿ぐつわを着けられている。
右足が無い。切断されている。切断面には血ではなく、黒い何かがこびりついている。
それを外から見ている。
ああ、これは夢だ。古い昔の。
視点は自分に近づいていって、自分の中に入ってしまったかと思えば、自分の視点に切り替わっていた。
何も見えない。
──当たり前だ。目隠しを着けられているのだから。
喋れない。
──猿ぐつわが着けられている。
体が動かない。
──拘束されているんだ。……もしかしたらもう全部切り取られているのかもしれない。……いや、そういえば右足を一週間前に切られたかもしれない。
聞こえるのは奴らの
──言葉の意味がわかるのは果たして救いなのか。
こんなことがいつまで続くんだろう。
祝詞の調子が少しづつ速くなっていく。
音頭を取っている一際大きな声が近づいてくる。
「我らが神、我らが母たる大地よ、我らに賜りし祝福に感謝を。神の御心のままに」
来る。
ザシュ!!
左腕に痛みが走る。
剣で切られたようだ。
それを合図に祝詞が別の祝詞に変わる。
そして、幾人もの気配が祝詞を唱えながら順番に近づいてきて、左腕を刺してくる。
「神の御心のままに」
ザシュ……
「神の御心のままに」
ザシュ……
「神の御心のままに」
グシュ……
「神の御心のままに」
グシュ……
「神の御心のままに」
グチュ……
女の声もあれば老人の声、子供の声もある。
少しづつ傷口は大きくなっていく。皮膚を断つ音から肉を
そのうちに肉の繊維をほぼほぼ断ち切って、血管も切れて。骨だけでつながっているような状態になる。
もうすでに何百回と経験した痛みだ。
こんな痛み、知りたくなかった。
もうはじめてのときほど痛みを感じない。痛覚が麻痺している。
ほとんど感覚のない二の腕から先に、振動を感じる。
のこぎりで骨を切断しようとしているのだろうか。先程とは別の祝詞が、先程よりも強い調子で聞こえてくる。
ゴリッ……ゴリッ……と祝詞の調子に合わせて文字通り骨に響く振動が伝わってくる。
ここまでのことをされているのに、心はかなり冷静だ。
今思うとその思考は現実逃避ではなかったのだろう。
あの時は知らなかった話だが、私の体は死ねば死ぬほど人間性を失っていくらしい。
死ねば死ぬほど天使に近づいていく、なんていう邪神サマから頂いた悪趣味な呪いだ。
奴らからすれば人から生まれた神の愛子を天使にする神聖な儀式なのだろう。
そもそも奴らがこの地上では異端なのだが。
振動は早くなっていって、骨の中の神経に達した途端にまた痛みが走る。
その痛みがなくなった、つまり腕が体から切り落とされた瞬間、意識が覚醒した。
────────────────
ガバっと布団を跳ね上げて起きる。
ベッドの上。
朝日が部屋に差し込んでいる。ベッドの上には窓枠が影を作っている。
鬱蒼とした森の中の小さな屋敷。自分の家だ。
自分の荒い呼吸と窓の外からの鳥の鳴き声以外は聞こえない。
当然、あの祝詞も聞こえない。
部屋の隅に置かれた鏡台に映る自分の顔は真っ青だ。
久々にあの時の夢を見た。
「あれは夢だあれは夢だあれは夢だ」
自分に言い聞かせる。人間性がやや回復している今となってはなんで自分があれほど冷静でいられたのかわからない。
「落ち着け自分。あのあとは、数日後にはあいつが助けに来て、終わったんだ」
両手を顔に当てる。
左手だけ金属の、冷たい感触。
あいつが用意してくれた義手だ。跳ね除けた布団から覗く右足も義足だ。
少しづつ呼吸が落ち着いてきた。
そろそろベッドから出なくては、そう思った矢先、ドアがノックされた。
「魔女様、起きていますか?」
言葉と同時にドアを開けて部屋に入ってきたのは弟子だった。
「大丈夫ですか?だいぶ顔色が悪いですが……」
私の様子を確認するなり近づいて来る。
私より20cmは高い身長なのにベッドの脇でしゃがみこんで、ベッドの上で起き上がっている私よりも下から上目遣いをしてくるのは、とてもかわいい。
「いや、少し悪い夢を見ただけだ」
地の妖精の特徴である緑色に茶色のメッシュの入った髪を撫でる。
撫で心地の良いきれいな髪だ。
「そうですか……撫でないでください」
「ちょうど良い位置に頭があったから、ね」
撫でる度に弟子の記憶が頭に流れ込んでくる。
平和な記憶ばかりだ。ほとんどが私との記憶。美味しい。
少しづつ、心が落ち着いていく。
撫で続ける自分。
それ以上何も言わずに撫でられるに任せる弟子。心地よさそうだ。
無言でしばらく撫で続ける謎の時間。
双方心地よいから別に良いのではと思っていると、耐えられなくなった弟子が私の右手を掴んで頭から降ろす。
そのまま立ち上がって、
「朝ご飯できているので、早く下に降りてきてください」
と言って出ていってしまった。照れているのか顔が赤い。
ふと鏡を見ると、真っ青だった自分の顔は、普段どおりに戻っていた。
弟子のおかげで結構落ち着いたな。
ベッドを出て、一階へ降りる。
洗面台で顔を洗う。
顔を上げると、そこには気だるそうで、不機嫌な、それでいて無表情な顔をした少女がいる。
何ということはない。鏡に映った自分である。
地面近くまで伸びる、艶のある灰色の髪。
血色の悪い白い肌。
濁った赤い目は魔力過剰で仄暗く光っている。
視界の上の端には灰色の紋様がチラチラと見えている。
黒神が私に与えた
黒い魔力の塊で構成され、鏡に映らず、魔力を視ることができないなら認識できない光輪は太陽の照らし出す大地の上でも白神から私の居場所を隠している。まあ、視える人間なら私が黒神の眷属であるということが一目視ればわかってしまうので一長一短なのだが。
全ての属性精霊から好かれるという邪教徒ども特製のこの身体。
私がこの身体を
自分の身体が成長しないことは別に構わないが、私より低いくらいの身長だった弟子に見下ろされると少し心にくるものがある。
居間に向かうと、美味しそうな匂いが漂ってくる。
弟子が作ってくれた朝ごはんだ。
「「いただきます」」
元日本人の習性で言っていたら弟子も真似するようになって今では食事前の慣例になってしまった挨拶。
こんなところだけでもいいから自分が転生者だと忘れたくないんだ。もうすでに150年も昔なんだから。
もうすでにこの世界で暮らした期間の方が遥かに長いのだ。前世の微かな記憶の中でも忘れたくないものはある。
正面に座る弟子を見る。
邪教徒から助け出して以来十年。弟子として私が魔法を教えている。
「今日は何をするんだい?」
「ええと、買い出しは一昨日しましたし……そろそろ魔女様の義足のメンテナンス、した方がいいんじゃないですか?魔女様なら生体義足も作れるでしょう。変えないんですか?」
確かにメンテナンスはした方がいい。
けど、この義足を替えるつもりはない。
壊れるまで、いや、”見つかるまで”使い続けたい。
「これでいいんだ。わかってるだろう?」
弟子もわかっているはずなのになんでそんなことを言うんだろう。
少し咎めるような口調になってしまった。
「まあ、そうですけど……」
一瞬、弟子の顔が曇るが、それ以上は何も言わなかった。
そのまま会話は絶え、ご飯を食べ続ける。
平和な時間。
そこへ、
ドアがノックされる音。
すぐに弟子が席を立ち、玄関まで向かう。
誰だろうか?
禁足地である森を抜けてこの館までやって来る者は少ない。というか、この十年間で王国の騎士以外が来たことなど一度もない。
勝手に立ち入る者がいないように王国軍が警戒していて、さらに森の中には凶暴な魔獣が跋扈する、世界有数の危険地帯だ。
何やら話し声の後、戻ってきた弟子の後ろには知らない男が一人。
仕立ての良い、動きやすさを重視した義礼服に身を包んでいるのは、馬に乗ってきたからだろうか。身なりは整っているので貴族だろう。
王国からの使いか。
その男は、僕の目の前まで来て跪き、何やら大仰な文書を差し出してきた。
「国母たる大魔女様。食事中に失礼いたします。魔女の森の警備を預かっております、
反射的に席を立ち、弟子の後ろに隠れる。
さらに手のひらに魔法を起動状態にする。
この世界の人間は信用できないから。
人は平気で殺すし、約束も、契約すら破る。
もう少し文明が発達して、倫理観を持ってくれればいいのだが。
「誰だい?」
いきなり敵対行動をとっても反応してこないあたり、わかってはいたが敵では無いらしい。
弟子の陰から顔だけ出して確認する。
「魔女様、
「子爵?警備隊長?覚えていない」
「私は買い出しに行く時に会ってます。敵ではないですよ」
弟子がそう言うなら最低限、敵では無いのだろう。
渋々武装解除して弟子の前に出る。
「お弟子殿に覚えていただけてるようで良かった。」
それにしたってなんで名前を名乗るんだ?
私のこの呪いのことを知らないわけではないだろう。
「次から連絡係って名乗ってくれ」
「申し訳ございません。では、この文書を読んでいただけますか?」
渡された文書は、王の印が入った私に向けた専用のものだった。
封印はもちろん解かれた形跡はなく、幾重にも魔法をかけられた上質なもの。
封を解き、便箋を取り出す。
読む前に、押された捺印の王の血が本物かを魔法で確認する。
結果は、どうやら本物らしい。
どうやら読むしかないようだ。
腹を括って読み進める。
仰々しく修飾された、読みにくい文章。
最後まで読み進めたあたりで、弟子が聞いてきた。
「魔女様、どのような内容ですか?」
「来月にカラニア王国との貿易条約の締結会議が首都であるらしい。それに出席してくれないかってさ。それと、貴方が出席されるならば、カラニアとの交渉もうまくいくだろうって」
内容は、有り体に言えば私を十年ぶりに会議に出すことで魔女と王国の関係が未だ健在であることを国際社会に見せつけつつ、外交でカラニアに圧力をかける、という都合のいいものであった。
王としては、機嫌を損ねてから十年も森から出ようとしない私をどうにかしたいのだろう。
「魔女様、断っても良いのではないですか?盟約を利用して魔女様をいいように使おうとする王なんて、認められませんよ」
弟子が怒っている。私が利用されるのが嫌なのだろう。
「大魔女様、どうかお受けください。あなた様の存在を世に示せば、この国と戦争をしようという国は減るでしょう。あなた様の望んでいることの一つではないですか?」
一方の連絡係は、この国のメリットから私にめんどくさくない方を選べと言ってくる。
「いいえ、あなた達は魔女様を政治の場へ引きずり出したいだけです!魔女様がそれを望んでないことなんて見たらわかります!」
「王がなぜあなた様を頼られたのか、わかりますでしょう。どうか、よりよい決断を」
この国の正規軍は建国以来(私の影響もあるが)負けていない。武器の質はよく、士気も練度も高いはずだ。
戦争になったら負けることはまず無いだろう。
そもそも。
私はこの男を信頼していない。
どうせ私をいいように利用したいだけだろう。
王も最近は信頼出来なくなってきた。
初めは王として認めこそしたが、十年前、私が激怒して半ば命令した邪教徒狩りの依頼は進捗どころか行なったという話も聞かない。
「ねえ、連絡係。」
「はい、なんでしょ「私は、邪教徒をこの国からの完全排除してほしいと王に依頼したんだ。その進捗について聞きたいのだけど」
「はっ、それについては……」
「私は、十年前に、そうするように言ったんだけど、あれ以来一度もその結果を聞いてないんだ。」
十年前。
それは私が弟子を邪教徒から救い出し、弟子にした時だ。
あの時、私はこの国の中で彼らの拠点を見つけた。
光の使徒たる勇者が建国し、教皇国と同じくらいには邪教を敵視するこの国で、だ。
それは、国内の有力者にも裏切り者がいるということを意味していた。
「申し訳ありません、大魔女様。すぐによい報告を持って来ますので……」
「いいや、いい。私達はしばらく旅に出る。久々の旅だ。だからここに来ても無駄だぞ。」
少し、怒りが湧いてきた。
目の前の連絡係に対する怒り。ただの八つ当たりかも知れない。
「それでは、会議の出席は……」
「もちろん出席なぞするか。王にもそう伝えてくれ。」
早く視界から消えて欲しい。言外にそんな意図を込めた返答。
その言葉に連絡係は悔しさやら何やら入り混じったような顔をして、
「わかりました。大魔女様。すぐに王に伝えます。では、失礼しました。」
と言うと、最敬礼をして家から去っていった。
玄関まで弟子が見送る。
連絡係が出ていったのを確認して、ドアを閉めた弟子が戻ってきた。
「魔女様!旅に出るって本当ですか?」
興奮した様子で弟子が聞いてくる。
「ああ、旅に出るぞ。弟子も連れてな。」
「どうしてそんな急に?そもそも魔女様って基本的に引きこもりな性質じゃないですか。」
「うるさいな。弟子が来る前は数年に一回、旅してたんだよ。そろそろ弟子も大きくなってきたし社会勉強になるだろう。」
信じられない、といった表情の弟子。
最近の私の生活を知っているからだろう。
家事は弟子に任せっきりで、買い出しも弟子がやっている。
そもそも人と会うのが苦手な私が旅をしていたというのが予想外なのか。
「そうだ。それと、まだ話してない話もあるからな。旅に出る前に話した方がいいだろう。旅に出る理由とこの国と私の話だ。それを弟子に話さないとならない。」
「え!? 私に話してくれるんですか!?」
「ああ。話すさ。明日、話そう。」
あいつに救われて、この森に住むようになるまでの話だ。
弟子には話したことがないけれど、一部は伝承やら英雄譚で知っているだろう。
英雄譚の真相なんて前世から碌でもないものばかりだ。
私の過去なんて知ったら失望されるだろうか。
でも、弟子ならそんなことはないだろう。絶対に大丈夫だ。数年間、ずっと触れ合ってきて、弟子について知らないことなど無いのだから。
そう結論付ける。
弟子に触れれば弟子がどれだけ私のことを大切に思っているかはわかる。
「それより連絡係、ご飯中にこないで欲しかったな。」
「まあ、そうですね……」
話の矛先を変える。
私の目の前には、先程の妨害と立ち話ですっかり冷めてしまった食べかけの朝ご飯が残っていた。
――弟子作ったご飯は、冷めていても美味しかった。
一週間で2000字程度しか書けないので更新頻度は少なくなりそうですが、頑張って投稿していきます。
評価、感想、それは作者の栄養です。お願いします。