人間不信の大魔女様   作:皆方 ho_

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1.2 弟子と魔女

 

 

 

 私の師匠は、魔女様だ。

 

 私は魔女様の弟子、名前はない。

 なぜ名前が無いのか、それは、私が魔女様に救われた時、十年前までさかのぼる。

 

 当時、私は家族に疎まれて奴隷として邪教徒に売られた少女に過ぎなかった。

 取り替え子(チェンジリング)だった私は邪教徒にとって邪神への上質な供物として、地獄のような日々を送ってた。

 

 一番始めに見せしめとして一番反抗的だった少年が連れて行かれた。

 その次は一番魔力の少なかった少女。

 

 同じ牢に入れられた子が連れ出され、帰ってこない。

 次は誰なのだろうかと戦々恐々とする毎日。

 

 最後に残ったのは、最も供物として上質だった私だけだったのだ。

 

 私が必要になるのはいつだろうか。

 渡される食べ物は少なく、腹になにも入ってない方が天使を降ろしやすい、なんて見張りが言っていたのを覚えている。

 

 

 そんなある日、牢の外がやけに騒がしかった。

 「はやく逃げろ」だとか「儀式を放棄する気か!」なんて怒鳴り声が聞こえる。

 混乱する外の様子を空腹で動けずにぼんやりと眺めていると、

 

──救いの手は伸ばされた。

 

 

「高魔力を探知したと思ったら、闇の拠点? なんでこの国に邪教徒がいるんだ?」

 

 

 透き通った声が響いたかと思えば。

 

 いつも牢の見張りをしていた男が彼女を魔術で攻撃しようとした瞬間に焼き尽くされて灰となる。

 気づいたら私は牢の外に連れ出されていた。

 

 その時初めて魔女を見た。

 

 きれいだな、なんて思った。

 

 私と同じくらいの身長の彼女に助けられたということに現実感がなくて、

 

 そのまま手を引かれて、所々に戦いの跡が残る邪教徒の拠点を歩く。

 拠点には、戦いとも呼べない一方的な蹂躙の跡が残っていた。

 壁には血痕が付いているのに死体は一つもなく、手を引く彼女にも血は付いていない。

 

 闇神の祭壇にたどり着くと、魔女様は何か目的のものを見つけたらしく、落胆の声を上げた。

 

 

「ハズレ。私の身体じゃない。にしても相変わらず悪趣味だなあ、これは」

 

 

 祭壇の上。そこにあったのは、先に連れ出された子供達でできた異形のオブジェ、と表現するようなおぞましいものだった。

 皆一様に苦しみの表情を浮かべて死んでいる、はずなのにそのオブジェは脈動している。

 

 

 そのあたりで私は耐えきれなくなり、助けられたという安堵と恐怖で気絶してしまって、その後のことはわからない。

 

 

 そして、気がつくと私は焚き火のそばで寝かされていた。

 体には黒いローブが掛けられている。

 

 横には私を助けてくれた人が座っていて、焚き火に焚べられた鍋をかき混ぜている。

 

 まだ夢を見ているんじゃないか。実際にはまだ牢の中にいて、助け出される幸せな夢を。

 そんなことを思うくらい、魔女様は神秘的に見えた。

 

 しばらく見とれていると、私が起きたことに気がついたのか、視線をこちらに向けてきた。

 意を決して、私はその人に話しかけた。

 

 

「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」

 

「いいや、構わない。助けたのも一種の気まぐれだからね。」

 

「それでも、ありがとうございます」

 

「わかったわかった。それよりも食べろ、栄養失調で死ぬぞ」

 

 

 ぶっきらぼうに突き放すような口調と対照的に、その言葉には優しさがこもっていた。

 

 渡されたお椀に注がれた雑炊はとても美味しそうで、鳴ったお腹に数ヶ月間もまともに食べていなかったんだな、とやっと思い出す。

 

 現実感が戻ってきて。

 

 思わず、かきこんでむせて、魔女様から水をもらう有様だった。

 どうにかこうにか全て食べ終えて、自分が彼女のことを何も知らないことに気づいた。

 

 

「あの、名前。なんて言うんですか?」

 

「あぁ、魔女だ。好きに呼べ。名前など無い」

 

「ええと……魔女様、私の名前は「名乗らなくていい。人の名前は覚えられないんだ」

 

 

 まず最初に名前を聞こうとして、私に帰ってきたのはあからさまな役職名だった。自分の名前も聞いて貰えなかった。

 私に興味が無いのか、と落胆する私。

 

 そんな私を魔女様はじっと見つめてきた。

 きれいな瞳。濁ってバックライトが無いのに、瞳そのものが仄かに光っている。それがなぜか宝石みたいに見えた。

 

 ふいとそっぽを向いた魔女様はぶつぶつと小声で呟いている。

 

 

「この魔力……取り換え子、いや精霊の落とし子か? それにしてはなにかおかしい。なんでこんなものがこんなところに……いや、この才能なら……」

 

 

 そして、次に私にかけられたのは予想外の一言だった。

 

 

「ところで、お前、私についてこないか?」

 

「え?」

 

「私の弟子にならないか?」

 

 

 話の唐突さに、頭が回らない。

 

 

「なんで?名前も聞いてないのに……」

 

「お前には才能がある。それを育てたいと思っただけだ。それと、私は邪神の呪い(祝福)のせいで人の名前を覚えられないんだ。」

 

 

 その返答は、先ほどまでの凛とした印象とは真逆だった。

 その声には寂しさが隠れていた。

 孤独が嫌いで、だけど誰も自分を見ていないような。

 表には出ていないけれど、断られたらどうしよう、なんて考えてるような臆病な本性。

 

 

「そうなんですか……」

 

 

 少し、逡巡した。

 

 わかっていた。

 私が家族に売られたこと。

 取り替え子だから、気味悪がられた。奇妙な髪色、子供にしては冷静な考え方、魔法の能力。

 だから、売られた。

 

 故郷に戻っても居場所なんて無いだろう。もう一度私を売るかもしれない。

 

 だけど、寂しそうな魔女様は、私を必要としてくれている。

 なんだ。迷う余地なんてどこにも無い。結論は決まっているじゃないか。

 

 

「魔女様の弟子になります。」

 

 

 そう言うと、魔女様は初めて笑った。

 とても綺麗な笑顔だった。

 

 

「そうか、ありがとう。」

 

 

 この人なら私の全てを捧げてもいいと思ったから。

 私は名前を捨ててもいいと思えた。

 

 そうして私は魔女様の弟子になって、名前を捨てた。

 

 

 それと同時に一つの小さな誓いを立てた。

 

 未来、魔女様が自らに掛かる呪いを解いた時。

 

 私は魔女様に名前を着けてもらうのだ。

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 あれから十年。

 

 私は変わらず魔女様の弟子だ。

 

 

 初めてこの森に来たときはとても驚いた。

 魔女様が、建国王の英雄譚に出てくる大魔女様だったことに。

 

 魔女様と一緒に住めるということに舞い上がってしまっていた幼い私は。

 英雄譚の登場人物が目の前にいて、それが師匠だということに更に舞い上がった。

 

 そして、質問をした。

 

 

「勇者様は魔女様のことを愛していたの?」

 

 

 王国内の村娘なら皆知っているだろう物語、建国王の冒険。

 巡回の吟遊詩人が語るその物語。中でも人気一番の建国王こと勇者様と、魔女様と、癒しの使い手たる神官にして後の王妃の三角関係のロマンスは娘たちに人気の娯楽だった。

 

 私は魔女様の一番になりたかった。

 魔女様のことをもっと知って、役に立って、そんなことを考えていた。

 

 無邪気な質問。しない方がよかった。

 

 

「ん?いやそんなわけないな。私はあいつの名前も知らないわけだし。愛していたのは王妃のほうだろう。」

 

 

 魔女様の返答には自虐がこもっていた。

 呆気にとられた。

 そんなわけがない、そう思った。

 

 

「それじゃあ、なんで勇者様は魔女様をこの国に呼んだの?」

 

 

 魔女様に気づいてほしかった。魔女様は勇者に愛されていたんだと。

 勇者が王妃を選んだとしても、確かに親愛の情はあったはずだ。

 

 

「さあな。私はあいつが何を思っていたのか今もよくわからないんだ。この国に呼んだのも私を野放しにしないためだったのかもしれない。まあ、こんないつ邪天使になるかわからんようなやつ、野放しに置けないよな。」

 

 

 勇者様はこの国をつくったすごい人で、魔女様は私を助けてくれた天使様、なんて。脚色を重ねられたであろう冒険譚を信じていた。だから、その返答に納得できなかった。

 

 魔女様は続けた。

 

 

「だけど、あいつが私を好きでこの国に呼んだなら、悪い気はしないね」

 

 

 なんて言う魔女様は、私がいるのに寂しそうだった。

 もう会えない故人への寂しさ。

 知りたくなかった返答。

 

 勇者様には私は勝てないのかな、なんて思った。

 すごい壁が立ちふさがったような気がして、それなのに勇者様がもう死んでいることに優越感を覚えてしまった。

 

 魔女様は今は私しか隣にいないんだ。そんなことを思ってしまった。

 

 私はこの気持ちを魔女様に知られたら見放される、

 

 そう思って必死に隠そうとした。けれど、逆に不審がられてしまい、問い詰められてしまった。

 問い詰めても答えない私に業を煮やした魔女様は手袋を外して私に触れて、記憶を読んでしまった。

 魔女様は、私のそのみっともない優越感を知ってしまった。

 

 

 

 魔女様は、それまで、私に触れるときには欠かさずつけていた魔力遮断の手袋をつけることをやめた。

 私の記憶を読まないようにという魔女様の配慮だったそれを外して、魔女様に触れられる度記憶が読まれるということ。

 魔女様は私がこんな思考をしていることを知って失望したのだろう。私に日常的に触れば、勝手なことを私が考えることも減る。

 だから、魔女様は手袋を外した。

 

 それだけなら私は逆に嬉しかった。魔女様に自分のことをさらに知ってもらえるから。

 だけど、もちろんそれだけではすまなかった。

 

 それ以来、私に勇者様との話をしなくなってしまった。

 それどころか、昔の話をほとんどしなくなってしまった。

 

 だから、私は魔女様の昔の話を英雄譚以上に詳しくは知らない。

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 今日の朝、いつも通りに朝食を用意して魔女様を起こしに行く。魔女様の寝顔を見るのは弟子である私だけの特権なのだ。

 

 部屋に入ると、珍しく魔女様はすでに起きていた。

 魔女様の寝顔が見れなかったことが少しだけ、本当に少しだけ残念だったけれど、魔女様の顔色が悪かったのを見て、すぐにそんな気持ちは霧散した。

 顔色が悪いのはたぶん、また悪夢を見たのだろう。

 

 

「大丈夫ですか?だいぶ顔色が悪いですが……」

 

 

 近づいていって、ベッドの脇でしゃがみ込む。

 

 

「いや、少し悪い夢を見ただけだ。」

 

 

 そう言いながら、魔女様は私の頭に手を伸ばしてくれる。

 目線を魔女様より下に下げれば、魔女様は撫でてくる。

 昔からこんな風にすれば私を撫でてくれるのだ。

 

 

「きれいな髪だな……」

 

 

 ふと、口の端から思考がこぼれ落ちたように、魔女様が言った。

 不意打ちに頭が真っ白になる。

 私の記憶を読んで、少しづつ顔色が良くなっていく魔女様。

 

 思考が戻ってきて、顔が赤くなっていることを自覚する。

 もう大丈夫だろう。私が恥ずかしい。

 

 

「朝ご飯ができているので、早く下に降りてきてください」

 

 

 そう言って立ち去る。

 部屋を出て、階段を降りたところでしゃがみこんで、魔女様がなでてくれた頭に手をやる。

 

 髪がきれいって言ってくれた……

 故郷では不気味がられた髪の色。昔から何度も言われた事はあるけど、やっぱり嬉しい。

 しばらく立ち上がれなかった。

 

 

 そして、その後。

 

 魔女様と食事を摂っていると、王国からの使いがやってきた。それ自体は一年に一回くらいある、その程度の出来事だった。

 

 問題は魔女様がその後に言ったことだ。

 旅に出ること。そして、昔の話をしてくれるということ。

 

 それは、私が勇者様に勝つために、魔女様の一番になるためにとても重要な話だろう。

 

 本当に嬉しかった。魔女様が私に話してくれるくらい信頼してくれているという嬉しさ。

 それと、魔女様の過去を知ることができる喜びと少しの恐怖心

 

 それらが同時に襲ってきて、その日は何も手につかなかった。そして、夜も眠れなかった。

 

 

 






性癖のごった煮を少ない文章力で書くことの難しさ……
小説書いてる人みんなすごいよね……

読者が評価、感想を与えることで作者は成長します。お願いします。
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