考えておきます。
その日は一日中を義足のメンテナンスに当て、明くる日。
私は弟子とテーブルに向かい合って座っていた。
テーブルの上にはティーカップに入った紅茶。弟子が淹れたものだ。
眼前には不安げな顔をした弟子。
「さて、話さないと行けないね。これは私の昔の話だ」
自分の気持ちを落ち着けるために紅茶を一口飲む。
弟子が勇者に対して悪感情を抱いていることに私が気づいて以来、私は弟子にこの話をしていない。
弟子が勇者を嫌っていることが嫌だった。そして、それよりもこれ以上過去の話をして、その悪感情が自分に向かってきたらと思うと怖かったのだ。
弟子に嫌われるかもしれない。その恐怖が私の口をつぐませた。
右手には着けていた魔封じの手袋も外した。弟子に私の知らないところで裏切られたく無かったから。
もともと私の目的のために弟子にしたのだから、私の過去を知らないと私の目的を説明できないのに。
いつの間にか私は、目的よりも感情を優先していたのだ。
それでも。
私の過去を弟子には知ってもらう必要がある、
この話は私が必ずしも善性の人間*1では無いという話だ。
過去のすべてを話すのはまだ怖いけど、その一部くらいは話してもいいだろう。
「まずは前提から。私が魔女と呼ばれているのは知っているだろう? その呼び方はあくまで聖教会が私を迫害するために昔につけた名前で、私の本質を表していないんだよ。そもそもの私の本質は邪天使と呼ぶようなものなんだ」
「邪天使?それって普通の天使と何が違うんですか?」
「聖教会が唱える神話の大地が作られる部分は知っているだろう?」
「もちろん知っていますが……ええと、善を司る白神と邪神たる黒神が争い、その戦いは三日三晩続いた。戦いによって欠けた二つの神の欠片が交じり合い、大地の神と影の神が生まれた。戦いに負けた黒神は大地の裏に逃げ、地上は白神の領域となった。っていうところですか?」
「ああ、その部分だ。黒神は今でも大地の裏側から地上を狙っている。それは聖教会も常々主張している通りだ。聖教会が唱える終末の決戦なんてやつが本当にあるのかは知らないがね。その一環として、邪教徒を地上に増やし、手先を送り込もうとしている。今もね。
──邪天使というのは、黒神が地上に送り込んだ使徒のことだ」
「それって、魔女様は悪魔とかの同類ということですか? でも……魔女様って黒神を憎んでいますよね? 神の類いはすべて嫌ってますけど中でも黒神を特に。」
「それは、私が地上に生まれ落ちたとき、つまり邪教徒どもに召喚されたときのことが原因なんだ。それじゃあ話そうか。」
────────────────
はるか昔、私はこの世界とは別の世界で普通の人間として生きていた。
ごく普通の、妻子を持った、権力者でもなんでもない男としてね。
──ああ、男だった。そんなに大した問題じゃないよ。
そこで事故で死んで、気づいたら私は黒神と名乗るやつに問いかけられていたんだ。
「まだ生きたいか?」ってさ。
それに対して、私は「まだまだ生き足りない」なんてほざいたんだよ。生き返らせてくれるなら十分だろうってね。詳しいことなんて何も説明されなかった。
それが地獄の始まりになるとも知らずに。
邪神と、直接会ったのはそれが最初で最後だね。
その後、気がつくと邪教徒の神殿にこの体で拘束されていた。
そこからが地獄だった。数十年間、私はずっと拘束されて、手足を切られては殺されて、そのまま殺されては復活するっていうのが続いたんだ。
どうしてそうなったのかって?
私が神に騙された。これがすべてだ。
邪神である「闇」が地上へ勢力を広げるために地上の邪教徒達にコンタクトを取った。
邪教徒は闇のために最上の器を用意し、闇は神の権限でこの世界の何物にも影響されない異界の魂を
私はもう一度人生を送れるなら、と詳細を聞かされずに承諾した。
そうしてこの世界に私は生まれたんだ。
弟子はいくつか知ってるだろうけど、その祝福って言うのが厄介でね。
まず他人の記憶を読むことができる。
相手に触れるだけで相手の記憶の一部を手に入れることができて、相手を殺せばその記憶をすべて手に入れることができるんだ。
次に記憶を魔力に変換することができる。
これは他人から読み取った記憶でも使える。
初めの能力と同時に使う前提だね。
最後に不老不死。
これが一番副作用があるんだ。
不死と言ってはいるけど死にはするんだ。そしてそのたびに復活する。
復活のたびに、私は強くなり、人間性を失い、黒神の使徒に近づいていくんだ。
私が名前を憶えられないのもこのせいさ。
本来は、この能力で人間を虐殺して、手に入れた魔力で討伐に来た天使と戦い、殺されるたびに体が邪天使に置き換わって、強くなっていく。
そうやって地上に低コストで邪天使を顕現させようとしたんだろうね。
あと、これは祝福そのものではないんだけど、私の身体の膨大な魔力のせいで魔物がよってくるからあんまり一箇所にとどまれない。
だから、私のこの「使い方」は闇も本来想定してはいなかったのだろう。
邪教徒達は闇からの神託を曲解した。
上質な闇の魔力で詰まった身体を切り取って実験材料として使い、本体から切り落とされた手足の魔力が尽きれば私を殺して、また新しい素材を用意する。
そうやっていれば、そのうち邪天使を地上に顕現させることができるし、研究も捗る。
私を召喚した邪教徒たちは正統学派と言うらしくてね、この世界の真理を探求するためなら聖教を離反して邪教を信奉することも厭わない連中だったらしいから、その曲解も研究を優先したものなんだろう。
そんな風にしてすごす日々が十年以上続いたんだ。
初めの方は拘束を破ることなんてできなくてね。
何十回も死んだら、拘束を破ることができても、今度は呪いのせいで信徒である彼らを殺すことができなくなったんだ。使徒としての考え方だね。拘束を解くために天使の力を開放したら、その時点で本質的に白神と地神の子である人間は死んでしまう。人間は脆いんだ。
それで、あいつが来た。
勇者、いや、建国王の方がこの国では良いかな?
あいつはその場にいた邪教徒を皆殺しにして、私をそこから助け出したんだ。
本当に、あいつが救世主に見えた。
だけど、切り落とされた手足、左手と右足はどちらもその場には無かった。もうすでに持ち去られていたんだ。
それで、その後にあった話は建国王の英雄譚にでも書いてある話だ。
それ以降勇者と私は一緒に旅をするようになった。
知っての通り、勇者っていうのは白神から直々に加護と祝福を与えられた人間、つまり白神の使徒なんだ。
白神からしたら邪天使になりかけている私なんて最優先殺害対象だったはずだ。
勇者も、夢やらお告げやらで、殺せって言われ続けていただろう。
だけど勇者は最後まで私を殺さなかった。
それどころか旅の道中、私の身体を探すのを手伝ってくれた。
まあそれも長くは続かなかった。
勇者と私の旅は三年ほどで終わった。
ある町で走ってぶつかってきた男が、身体の在り処のような情報を持っていたんだ。
基本的に高魔力反応と邪教徒の拠点から身体を探していたから、今までそんなことなんて無かった。
動揺した私は宿に戻るまで勇者にそのことを話さなかったんだ。
その時に手に入れた情報はそういう話を知っているっていうだけで、断片的だったから頭を整理したかった。
宿に戻った私と勇者は口論になった。
その男がそれ以上情報を知らなかったとしても、殺して記憶を奪うのかってね。
私はそんな男の事よりも身体の在り処の正確な情報ができる限り早く欲しかった。だからさっさと殺そうとしていたんだ。
口論の末に勇者は、
「おまえがそいつを殺すなら止めはしない。ただ俺はお前とこれ以上旅を続けない」
って言ったんだ。
さすがにそれは嫌だったからその場では譲歩した。
明日、話を聞きに行く。
それで、その場では納得したふりをした。勇者に嫌われたくなかったからね。
だけど、もちろんそんなことをする気なんて無かった。
夜に宿を抜け出して、その男を探して、話を聞いたんだ。
はじめは普通に話を聞いていたけど目的の情報は出てこないから拷問したんだ。
拷問してもまだ知らないという。だからついには殺してしまった。
手に入れた記憶を直接見てみたら、その男はただのスリをやっているだけの小悪党でね。
盗品屋界隈でそんな噂を聞いた、程度の情報だったんだよ。
それで今度は盗品屋にいって、脅して話を聞いて、そちらはちゃんと殺さずに吐いてくれた。
そこで、その噂の大本は最近潰したばかりの邪教の拠点だったってことがわかったんだよ。
とんだ無駄足だったから宿に戻ったら勇者はもういなかった。
当時は、とにかく邪神に対してどうにか復讐することしか考えてなかったんだよ。
私が勇者にどれだけ助けられてるのかわかってなかった。
だから、私は勇者に見捨てられたんだよ。
この話、私が勇者と別れる部分。建国王の物語には別のことが書いてあるだろう?
勇者が私に、「王国を建国して魔女の安住の地、平和の国を創る」って誓ってそれぞれ別の道を進んだっていう話。
多分、勇者が、民衆が私に敵対することがないように、気を使ったんだろう。
私の正体も、邪教徒に閉じ込められていた天使、なんて書いてあるしね。
歴史はこうやって捏造されていくんだ。
その後は二十年ほど、邪教徒を殺し、魔物を殺し、情報を持ってたやつを殺して回っていたら、いつの間にか魔女なんて呼ばれるようになっていた。
その時のことはまあ……割愛しよう。
いろいろと自棄になっていたんだ。勇者に嫌われたと思っていたからかな。
そしてその後、国を作って王になった勇者に国に来るように誘われたんだ。
君のためにつくった国だって言われてね。
私は自由に魔法を研究できる土地やらなにやらをもらって、身体の情報もこの国の密偵が探して、見つかりそうなら私に報告する。
代わりに、勇者以降の王を私が王として認めるなら、この国を護ってほしい。
勇者が私に提示した条件は条件とも呼べないような、私に有利なものだったんだ。
それまでは、呪いを解くために身体を探して完全体にして、その上で呪いを解くための魔法を研究しようとしていたのだけど、魔法の研究以外はほとんど何もしなくてよくなった。
研究でわかったことも色々とある。
ぜんぶあいつのおかげだ。
そんな話で、私はこの国、この森に住んでいるんだ。
私の過去の話はこれくらいでいいだろう。
────────────────
一気に話しきり、冷めてきた紅茶を一口。
途中から、弟子の反応が少なくなったから、少し不安だ。弟子の方を見ると、うつむいてなにか納得したような表情をしている。
嫌われただろうか。失望されたかもしれない。
いやだ。何か言ってくれ。
「魔女様。私は怒っています」
ああ、嫌われたのか。
「なんで今までこんなに大事なことを黙っていたんですか?!」
弟子の声に体が縮こまる。やっぱり喋らないほうがよかったかもしれない。なんで話したんだろう、後悔しかない。
「魔女様、もうこれ以上ひとりで抱え込まないで大丈夫です。私は魔女様を肯定します」
しかし、弟子の声は徐々に涙声になっていく。
泣き出したかと思うと席を立ち、私のそばまでやってきて後ろから抱きしめてきた。
どうやら嫌われてはいないようだ。
よかった。
「これからは私に話してください。私は魔女様の弟子なんですから」
安堵でぐったりとしているうちに弟子がヒートアップしている。
とりあえずなにか言ったほうがいいな。
「ありがとう、弟子。私もやっと話せて安心しているんだ。それに、私は大丈夫だよ。」
「そう……ですか」
「ああ、何かあったら話すよ。それじゃ、次の話だ」
「まだあるんですか?」
お腹いっぱいだといった様子の弟子。
「なんでも聞いてくれるんじゃないのか?」
「確かにそう言いました……」
「さっきの話みたいな話じゃない。私の行動指針の話だ。
この森にいた百年ほどで、魔法やら世界そのものやら色んな研究をしたんだ。
それでわかったことがいくつかあるんだ。
まず異界の魂はこの世界の法則の影響、つまり魔法の影響を受けない。神はそれを利用するために異世界から魂を引っ張ってきているんだ。
だから私の魂にかけられた呪いは魔法由来ではなくて神の権能そのものなんだよ。
次に記憶を魔力に変換する魔法は存在し得ない。
魂の一部である記憶をエネルギーに変換することもまた、神の権能だ。
これはさっき言った「呪い=神の権能」という説を強化しているね。
他にもいろいろと研究はしてきたけどとりあえず今伝える必要があるのはこれくらいだね。
だから、私は何をするべきか。
知っての通り私の目的は神の呪いを解くことだ。
その方法はいくつかあるんだけど、順に説明するね。
まず必ず必要なのは私の完全な身体だ。
つまり失った手足を取り返すことだね。
私の手足には私の魂の一部が入っている。分霊箱としても機能するんだろうけど、これがなくてはそもそも、呪いの完全解明ができない。完全な魂が無いと呪いの解析すらできないんだ。
自ら死ぬことで取り返すこともできるけど、あくまで最終手段だ。
これ以上人間性をすり減らしたくないからね。
その上で、呪いに対する対抗手段を作ること。
私の魂をいじることで呪いを解除、それは無理でも低減できるかもしれない。
そして、それが難しいならもう一つの方法を考えている。
私が、神を殺すことだ。
そうすれば、私の呪いは解けるだろう。黒神が神の権能で私の魂を縛っているのなら、黒神を殺せば神の権能もなくなるだろう。
まあそういうわけだ。
だから、今回の旅の目的は、弟子の経験を積むことと、身体を探すことだな。
弟子、わかったか?」
「ええと、わかりました。でも色々と初めて知った事が多くて……」
相変わらず混乱している弟子。
私のために怒ってくれた弟子。
弟子ならば、きっと神殺しにもついてきてくれるに違いない。
孤独じゃなくてよかった。
「まあとりあえず、旅の準備をしてくれ。それと、最初の行き先はローラシア共和国だ。路銀なら腐るほどあるから、多少は何かあっても大丈夫だぞ」
「わかりました、出発はいつですか?」
「五日中だな」
弟子が準備を始めに席を立った。
その背中を見送り、冷めきった紅茶を飲み干す。
「……それに、あいつの名前を知るまでは、絶対に死ねない」
魔女ちゃんが他人を二人称で呼ぶのは勇者に対してのみです。それ以外は相手が目の前にいても肩書、役職名で呼びます。
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