実は……まだエタってないんですよ。
遅筆ですが少しづつでも更新していけたらと思っています。
弟子とこの町を見て回ろうと思っていたが、門で列にならんだ時には昼すぎ、今はもう夕方だ。町を見て回るのは明日にして、旅の疲れを癒すために先に宿に向かった。
行商人に勧められた宿屋は、確かにこの町で最も良い宿であった。
最上級の部屋には小さいが浴室までついている。
まあ予想通り、この宿屋には王国諜報部の息がかかっているようだが。
最上級の部屋を取る。
最上級のランクにしたのは、個室ごとに風呂がついている、それだけの理由だ。
弟子が風呂に入りたいと言っていたからでもあるし、私が入りたいからだ。
部屋に入る。
部屋の内装は装飾の少ない、作りの良いものが多い。客層に商談に来た商人や高位の傭兵、そういった人間が多いのだろう。
一つ一つの魔道具が機能的に配置されていて、防音や魔法妨害の術式が張り巡らされている。
そういった点は確かに間違いなくこの宿のスイートルームなのだろう。
「魔女様! この部屋って魔道具いっぱい置かれてますね! 機能は大したことないですけど、少ない魔力で動くようになってておもしろいです!!」
弟子がはしゃぎ回って、設置された魔道具を一つ一つ見て回っている。
そういえば、宿に泊まるのも弟子にとっては初めてなのか。
初めてでこのレベルに泊まって弟子の中での基準を引き上げないか心配だ。
「魔道具壊すなよ。あと今手に取った魔道具、元の配置に戻しておくんだ。この部屋に置いてある魔道具は、効率的に効果が発揮されるような配置になっているんだ。魔力の流れと効果範囲を視て確認してみろ。」
「ほんとだ……すごいですね、こんな方法があるんだ。」
弟子に今まで教えてきた魔法は世界の法則に干渉する類のものだったから、こういった生活用途の魔法を弟子はあまり詳しく知らない。
市民の生活を詳しく知らない弟子に、そういう部分を経験してほしいというのも旅の目的だ。
弟子になって以降、ずっと森にいて、森とその近くの買い出しに行く村落しか知らない弟子にとってすべてが新鮮なのだ。
明らかに怪しい
そろそろ、風呂に入ろうか。荷物も特にないし、買ったものも宝石以外は特にない。夜ご飯は宿の食堂で提供されるらしいが時間はしばらくかかると宿の受付で言われている。
「弟子、風呂に入りたいと言っていたが、そろそろ入るか?」
魔道具を分解する勢いで解析している弟子に声をかける。
「魔女様、ちょっと気になるので先に入っていてください。」
「わかった。それじゃ、私は風呂に入ってくる。」
この調子だと弟子はしばらくは魔道具から意識が戻らないだろう。
昔、ちょっとした実験で成長促進の魔法をかけた花の種を庭に植えたら、弟子がそれが花をつけるまで丸一日眺め続けたことがあった。その時と同じ顔をしている。
弟子を置いて浴室に向かう。
洗面室の先に浴室がある構造だ。
洗面室で服を脱ぐ。
上着を脱ぎ、シャツを脱ぐ。そうやってすべての服を脱いだがまだ一糸まとわぬ姿ではない。椅子に腰かけて最後に残った義肢に手をかける。
義肢を風呂に持ち込んだら当然劣化が早くなる。だから私は風呂に入るときは義肢を外しているのだが、その状態で公共浴場に行ったら間違いなく注目されるだろう。そんなことは耐えられないので、浴場付きの部屋が必要だったのだ。
まずは右足から。ベルトを緩めて足から取り外し洗面台に置く。
次に左手の義手。右手だけでベルトを緩めて外す。左腕の位置からずり落ちる義手を右手でキャッチして洗面台の上に置く。
義肢の接合面には精密な魔方陣が彫られ、私の身体から零れ落ちる魔力を受け止めて動力としている。本当によくできた義肢だ。
洗面台に取り付けられた鏡を見る。
鏡に映る、私の上半身。身体の欠けた私。
左手の先端に目をやる。左手の切断面は真っ黒く、洗面台の上に動かすと切断面から流しに闇が零れ落ちた。
純度100パーセントの闇の魔力。白神の照らす地上ではまず見ることのできないものだ。それを無限に提供してくれる私の身体はエネルギー源としてはさぞ有用なのだろう。
ポタ、ポタと零れ落ちていく闇。それを目で追う。
白い磁器の流しに落ちた実体化するほどの濃度の闇の魔力。落ちたそばから希釈され霧散していく。
私を構成する要素が少しづつ流れ出す感覚。苦痛。
けれど、失った闇は魂の呪いから補充されるのだ。
終わらない痛み。
闇に蝕まれた身体はもはや人の範疇ではないのだろう。
ふと、再び鏡を見る。
鏡に映った私の顔は自嘲に満ちていて、とても醜く見えた。
────────────────
気を取り直して浴室に入る。
もうすでにお湯の張られた浴槽はそこそこ広い。大人が三人くらいは足を延ばして入れそうだ。
身体のバランスをとって台に座る。
身体を洗い、一週間分の汚れを落とす。
実際は外の埃でしか汚れていないだろう。どういう原理なのかはわからないが私の身体は汗をかかないし、排せつをしない。これも人間性の欠如の呪いに含まれているのなら闇神は本当に良い趣味をしている。
身体を洗い終わったら、魔法で体を支えながら浴槽に移動する。
浴槽に入る。快適だ。
間違いなく一週間の疲れを癒してくれる、例え私が肉体的には一切疲れていなくても精神的な疲れはあるのだ。それを溶かしていくような感覚。
片足しかないが足を延ばし、脱力する。
しばらくその状態でいろいろなことを考える。
明日、この町を見て回るがどこへ行こうか。この町でも情報収集はしたいがどうすればよいだろうか。この旅で泊まる町や通るルートも決めておいた方がいいかもしれない。
「……あ。」
気づくと、浴槽が黒く染まっていた。
「忘れていたな……」
普段は浴室に入る前に、切断面から魔力がこぼれないように魔法をかけるのだが、それを忘れていた。私自身も普段と違う環境に疲れているのかもしれない。
「どうしようか……このまま流すわけにもいかないな。」
下水道に魔物が発生した、なんて騒ぎになっても困る。
だが、こんな風呂に弟子を入れるわけにもいかないだろう。*1
よし、適当に魔法に使って消費しよう。有効活用だ。お湯は入れなおせばいいだろう。長風呂はあきらめるしかないか。
そう決めると、魔法を発動する。
浴槽から黒い液体が浮き上がり、烏の身体を形作る。
何羽も、何羽も。お湯がなくなるまで烏の使い魔を作る。
全てのお湯が使い果たされ、数百羽の烏が出来上がったら、すぐに浴室の窓を指さす。
浴室の窓に向かって烏が殺到していく。
しばらくすると、浴室にはお湯の消え去った浴槽に座る私だけが残された。
「へっくしゅ!! 寒いな……お湯だけためて上がるか。」
水道から水を出し、魔道具による加熱よりも早い炎系統の魔法で適温にして、浴室を出た。
風呂から上がると、弟子が鏡を見てニヤニヤしていた。時々、胸元の宝石を手で転がしてはまた嬉しそうにしている。
アクセサリーで着飾った自分が嬉しかったのだろう。自分の姿に嬉しくて仕方のないような様子だ。
自分がかわいい、ということは弟子にはナルシストの毛があるのだろうか。
とりあえず声をかける。
「弟子、風呂から上がったぞ、風呂に入りたいなら……」
声をかけるまで気づいていなかったのだろうか。
声をかけた瞬間、ビクッと肩が跳ね、振り返って、
「魔女様、見てたんですか?」
と涙目で聞いてきた。
「いや、まあ、ほどほどにな。」
そういうと、弟子は顔を真っ赤にして浴室に飛び込んでいった。
そこまで見られたのが恥ずかしかったのだろうか。女性の心の内なんて前世から今でもよくわからないな。
すでに寝巻に着替えているので、ベッドに体を横たえる。
先ほど大量に飛ばした使い魔に感覚を同期する。
使い魔の目的は奴隷商や麻薬商、暗殺ギルドなどの裏社会の拠点を探し、可能なら中心人物を特定すること。
同期させた視界には街の様々な喧騒が映し出される。
喧嘩をする人、スリや詐欺師……とりあえず犯罪を行っている人間を何羽かに追尾させる。
さらに他の烏で都市の構造を把握する。魔力探知のみでは判らない地下の構造や結界に阻まれる聖教会の位置などだ。
あっ、烏が一羽墜落した。
聖教会の結界に当たってしまったようだ。結構強度の強い結界だな。それだけこの都市を重要視しているのか。
しばらくすると、この街の犯罪組織の拠点の位置も内部の構造もだいたい把握できた。
今、勝手に宿を抜け出したら弟子に心配されるかもしれないな。弟子が寝たら、情報を抜きに行くか。
そんなことををしているうちに、弟子が風呂から上がってきた。
ベットに寝転がっている私に声をかけてくる。
「そろそろご飯が食べられるのではないでしょうか。どんなご飯なのか楽しみです! 早く食堂に行きませんか?」
「そうだな、そうしよう。」
弟子はとてもご飯を楽しみにしているようだ。この一週間、保存食しか食べてなかったので当然か。
もちろん、私も少し楽しみだ。客室がこれほどならば食事もそれ相応のものであるはずだからね。
────────────────
宿の飯は美味しかった。けれど、なんというかあれだね。
高級っていうのは繊細な美味しさというかそういうものなんだよね。
弟子はそういうのがあまりピンときてないみたいでモシャモシャとサラダを食べながら、「魔女様の料理と同じ、ただの食べれる草じゃないですか……」なんて残念そうに言っていた。うるさいわ。
うん。私もそう思う。疲れてるんだから大味な大衆食堂とかのほうが美味しく感じただろうな。弟子にとってはじめての宿屋だからと良い宿屋にしたけどこれに関しては失敗だったかもしれない。
明日の昼は外で食べよう、そう言うと弟子は目を輝かせていた。
部屋に戻ると弟子はすぐに寝てしまった。やはり疲れていたようだ。
ベッドは柔らかく寝心地も良い。寝てしまう前に用事を片付けなければ。
窓を開ける。
この街では一際高い四階建ての宿屋。最上級の四階は眺望も良い。
湖の水平線から城壁とその向こうの国境の山脈まで見ることができる。
窓から飛び降りながら魔法を発動する。防壁と風の魔法でまるで弾丸のように飛び出す。
向かう先はいくつか特定した犯罪組織の拠点。聖教会は今は行かない。昼に信者として弟子に行ってもらうか自分で入るかしてどうにかする。私は入れない以上しょうがない。
数秒間の飛行の後、私は1つ目の建物の前に音もなく着地した。
拠点の建物は売春宿としても使われているものだった。
一帯は歓楽街で、夜でも人が溢れている。
入り口には見張りが立っていて、その目はどちらかと言えば内部に向けられていた。
花売りと書かれた看板が目立っていて、一回部分の窓はほとんどが板が打ち付けられている。
探知魔法で内部を調べる。
一部屋一部屋に外から鍵がかかっている。内部には「花」が閉じ込められているのだろう。嫌な気分だ。
おおよその構造を把握できたら建物に歩いて入っていく。
人間は私に気づかず通り過ぎていく。魔道具が反応する様子もない。
姿を隠す魔法はちゃんと効いているようだ。
すれ違う人間全てに右手で接触していき、記憶を味わって
ふらふらと人を避けながら歩き、一番奥の部屋に向かう。読んだ記憶や探知魔法の結果から、そこにこの都市で一番勢力の強い犯罪組織のボスがいるのはわかっているのだ。
部屋に入るとそいつは手錠をつけられた女を犯していた。
結界を張る。魔力に反応する防御の魔道具が鳴るがもう遅い。
「テメェら!!すぐに侵入者を捕まえろ!!」
魔道具が反応した瞬間に部下を呼んで剣に手を伸ばした男。意外と頭は回るようだ。
魔法でボスを拘束する。同時に触れてみるが、大した情報は無い。この男がどれだけクズかを再確認しただけだ。
倒れ込む男に下で泣いていた女が小さく悲鳴を上げて壁際まで後ずさる。
「無駄だ。お前の声も魔道具も外に通じることはない。一応聞いてやるが、お前、魔女の手足がどこにあるか知っているか?」
端的に状況と要求を伝える。選択の余地は与えない。
「クソッ! てめえ何者だ! 俺を殺したら上が黙っていないぞ! 報復が恐ろしくないのか。」
「立場がわかっていないのか?」
下半身は全裸で拘束されているというのによくもまあその態度ができるものだ。
思わず蹴り飛ばす。
「畜生! 答えてやる、俺は知らない。俺は組織から任せられて、この街で売春と麻薬の元締めやってるだけだ。魔獣取引の類には関わっちゃいない。信じてくれ。」
「そうか。残念だ。」
「待ってくれ!! 上に聞いてみて情報を集めることはできる! ツテは広いんだ。」
返答にはあまり期待していなかったが収穫なし。当然か。
このクズもさっさと殺した方がいいだろう。
そう考えながら下を向く。
目線の先には先ほどまで犯されていた女。
部屋の隅で震えながら、こちらに向ける瞳は明らかに恐怖に染まっている。
この女も、私を怖がるのだろうか。
やはり弟子のようになる方が少ないのだろう。助けた恩など人間にとっては軽いものなのだろう。人間とは恩知らずなものだが、勝手に恩を押し付けた気になっている私も自分勝手なのだろう。嫌になる。
私を恐れるようなら殺してやろうか。
そう考えて近づいていくと、拘束されたまま床に転がっている
「なぁ、助けてくれよ。俺を殺さなかったらこの町で便宜を図ってやれるぜ。女も用意できるし、宝石でもいい。俺ができることならなんだってやる。な、いいだろ? お前も欲しい情報が手に入って、いい女も抱けて、一石二鳥だろ?」
私の姿が見えないように常に後ろ向きにしていたが、沈黙を考え込んでいるとでも思ったのか。
不快だ。
「黙れ。鍵はどこだ?」
殺気を向ける。
ようやく立場を思い出したのか、震え出す男。腰につけた鍵束を拘束された手で示している。
鍵束を剥ぎ取り、再び女の元へ向かう。
「女。ここに来てどれくらいだ?」
「い、一年ほどです……」
「他の女の部屋はわかるか?」
「はい。大体はわかります。」
「そうか」
左手で女の手を抑えて鍵を差し込み、手錠を外す。
拘束を外されたばかりで手錠がついていた手首をなでている彼女に鍵束を差し出す。
「他の部屋も開けてこい。悪人は……今から殺す。」
そろそろ仕込みも終わっただろう。
この拠点に入るとき、何人かすれ違った相手に取り付けた刻印は、刻印をつけられた人間が言葉を交わすたびに相手を判定する。私の
もうそろそろ、クズども全員に行き渡っているだろう。
結界を解除すると、刻印に魔力で合図を送る。
さて、ここで問題。
人間に闇の魔力を一定以上取り込ませると何が起こるでしょう。
正解は対消滅。
人間は白神が用意した魂と身体の一部、地母神が造った体でできている。白と黒は互いに対消滅を起こしやすく、地はどちらと融合しても染まるだけだ。
白神由来の魂と体の一部が対消滅して、あとに残るのは魔力に汚染された地母神由来の有機物の塊だけだ。
刻印からは人間の致死量の闇が流れ込む。刻印が発動したら最期、刻印をつけられた人間は死ぬということだ。
しかし、人間の致死量程度の闇の魔力では魂は傷つかない。つまりすべての
合図から数秒後、私の頭の中に大量の記憶が流れ込んでくる。殆どが美味しくないし、すべて分析するのは後回しだ。
とりあえず、犯罪組織のメンバーの情報のみに絞って記憶を読み、殺しそこねた人間がいないか確認する。
……どうやらいなさそうだ。
ふと見ると、女はまだこの部屋から出ていっていなかった。
「どうした、はやく鍵を開けて助けに行ったらどうだ? ここに居る悪人はすべて殺したぞ。」
女は転がしてあった男を睨みつけたあと、私の方を見て、言った。
「あの、助けてくれてありがとうございます。」
どうやら、本当にそれを言いたかっただけのようで、そのまま出ていってしまった。
「ありがとう、か……悪い気はしないね。」
しばらくすると、部屋の外が騒がしくなってきた。女性の声でうるさい。
自分の声もそうだが、女性らしい甲高い声は効いててイライラするからあまり好きではない。弟子の声はむしろ聞いていて安心するのだが。
ここはこれで終わりかな。
最後に残った哀れな男に質問する。
「それで、何か思い出したかい? 魔女の身体の情報とか。」
「やめてくれ、本当に知らないんだ! 俺はただの下っ端で、そんなことを知っているわけがないだろう? 嫌だ、死にたくない。」
殺したほうがまだ有益だろう。
さっさと魔力を流し込む。
魂が私に吸収されていく。やはり美味しいものではない。これを視るのは後にした方が良いだろう。
今日は他のところにも行く予定なのだから。
壁をぶち抜いて外に出ると、通りは開放された元性奴隷によって占められていた。
聖教会まで行進して、保護してもらおう、なんて言っているのが聞こえる。
無駄だと思うけどな。聖教会は弱者救済を掲げてはいるけど、実際は寄付を集めるために耳障りの良い事を言っているだけだ。
体よく追い払われるか数日で追い出されるかの二択だろう。
彼女らのどれだけが再び売春に手を染めるかはわからない。この世界の治安を考えると奴隷になる方が早いかもしれない。
そう考えると、私が彼女たちを助けたのも結局は自己満足に過ぎないということに気づいて、嫌になってくる。
今日は早めに終わらせて、弟子の横で寝たいな。
魔女ちゃんの自己肯定はゼロ。その方がかわいいよね。
大量の記憶を読んで来て、人間が嫌いになっちゃったんだよ。
問題は「人間」の括りに自分も入れてることだね。
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