弟子視点です。
私の魔女様は、世界で一番可愛い。
私は今改めてそう思っていた。
私の目の前にいるのは、手足を魔法で隠し、可愛らしく着飾った姿の魔女様。
やや強引だった自覚はありますが、服屋に連れ込んだ私の選択は間違っていませんでした。
その姿は当然、往来の注目を集めています。
見ないで欲しいような、見せびらかしたいような、そんな小さな葛藤の中で、私は魔女様の初めて見る一面に少し興奮していました。
私はこれまで、魔女様がおしゃれしているのを見たことがありませんでした。
それは、魔女様が普段、決まった服しか着ないからです。そのレパートリーは屋敷にいる時は変わったことがありません。
魔女様に、村に買い出しに行ったついでに買ってきた服を見せると、一度は着てくれるのですが、そのあとは棚にしまいっぱなしなのです。
魔女様が理由を答えてくれたことはありませんでしたが、魔女様がほつれてきた衣服を失伝魔法と言われている
たぶん勇者様絡みです。
でも今日は私の選んだ服を着てくれている、そう考えるととても嬉しいです。
「魔女様、食べる手が止まってますよ。」
魔女様に話しかけるが、返事はありません。
魔女様は考え込んでしまっていました。
わたしと食べてるご飯は考え事よりも優先して欲しいな。
「あの、魔女様? 考え込んじゃってる……」
ちょっと妬いてしまう。
何を考えているのか、魔女様の心の内なんて私にわかるはずもないのだが、今は食事「私との」を楽しんで欲しかった。私が用意したわけでもないこの場で私は何も言えないのだけれど。
「冷めちゃいますよ、ご飯。考え事の前に食べましょう。美味しいですよ?」
三回目の声かけで、やっと魔女様が戻っきてくれました。
そして、すっかり食べ終わった私の皿と、半分ほど残った自分のグラタン、そして私の顔を順ぐりに三回づつ見たあと、おもむろにグラタンを一口差し出してきました。
「弟子、これ、食べるか?」
「ふぇっ⁉︎あ、え⁉︎ 魔女様、それ……」
唐突の申し出に動揺した私は、悪くないと思います。
魔女様にとっては大したことではないのかもしれませんが、魔女様が口をつけたスプーン……
「食べないのか?」
「ぃや、その……食べます!」
魔女様に問いかけられてノーと言う選択肢は無い。
そんな思いで私は頷いていた。
────────────────
ご飯を食べ終えた魔女様と私は、街の大通りを教会の方へと歩いていた。
「あの道をまっすぐ行った突き当たりがこの街の聖教の教会だ。ここの角を曲がれば見えるはず……ほらあれだ。」
案内を聞きながら、周りをキョロキョロと見て歩いていると、魔女様が唐突に聞いてきました。
「さて、この街…と言うか聖教会がある街全てに言えることなんだが、聖教の教会はほとんどがたった一つの条件だけで立地が決められている。それはなんだと思う?」
どう言うことでしょうか。魔女様の質問の意図がよくわかりません。
教会の立地に何か条件があると言うことですが、私が今分かることしか魔女様は問題にしないはずです。
私が知ることができる情報?
街の最も人が通る場所?それとも防衛しやすい場所でしょうか。
立地……地面に関係することでしょうか。
なら、私も今すぐに知ることができます。
地脈を知る。
地精霊の本能として先天的に備わっているこの能力。
今までは魔女様の森を抜けるのに使ったことしかありませんでした。魔女様の森は通るたびに風景が変わるので、地脈を辿らないとたどり着くことが難しいのです。
さて、しっかりと感じようとすると、固められた舗装路の下の地面のさらに下を伸びる地脈を感じることができました。
行く先を辿っていくと……当たりです。
教会に繋がっています。
他の地脈も何本か、教会に向かっていました。
どうやら、周辺の地脈が教会の真下で合流しているようです。
「わかりました! 魔女様、答えは地脈が集合する場所、ですか?」
「うん、正解。だけどその答えじゃ70点くらいだ。」
え? 何か間違っていたのでしょうか。
「地脈をもう一度慎重に感じてみるんだ。緩やかに、捻じ曲げられて教会に向かうようになっているんだよ。」
もう一度地脈を感じてみると……本当です。わずかに流れに違和感がありました。
「だから、100点の回答は、地脈を集めやすい場所ってことだ。」
少し惜しかったようです。
魔女様の問いには全て100点を取りたいのですが、まだまだ精進が必要なようです。
「それで、基礎の確認だ。地脈とは何だ?」
「大地を流れる魔力の流れ…地母神の血液のようなもの、です。」
「正解。地精霊は、と言うより地母神より生まれたる精霊は全て、地脈を感知することができる。中でも地精霊はとてつもなく精細に感知することができる。さらに、地脈と地精霊は本質的には同じものだ。どちらも地母神の魔力そのものだからな。」
魔女様に教えられた内容です。
「さてここからが本題。教会は地脈をそのまま転用して結界に使っている。この結界は、ほとんどの場合は神聖術と併用している。神聖術とは?」
「神に対価を与えることで加護をもらう術です。費用対効果は信仰の度合いによって変わります。」
「正解。この神聖術も常時発動型ともなると簡易的なんだ。神の奇跡を使っている割にはね。元の魔力の『色』がそのままなんだよ。結界の制限自体は『教会に害意のある者を通さず』なんだけど、これには抜け道がある。つまり地脈そのものを通さないことができないこと。そして地脈と同じ魔力を持った者なら、たとえ害意を持っていても読み取れずに素通りさせてしまうんだよ。」
数学の公式を組み合わせるように説明してくれた魔女様。この後の流れはなんとなくわかります。
「つまりだね、私は教会に入れないから弟子に結界内部に入ってもらって、情報を集めてもらいたいんだ。まあ、今回のは練習で、本番は王都なんだけどね。」
「わかりました。何を探ってこればいいんですか?」
「そうだね、教会には、今は娼館の女性が避難しているはずだから、彼女らが今後どうなるのか、軽く探ってきてくれ。」
「娼館とは、何かあったんですか?」
「昨日の夜、情報収集がてら襲撃して逃したんだよ。無事ならいいんだがね。」
私の寝ている間にどこかに行っているのはわかっていましたが、情報収集だったようです。
「そうですね……では行ってきます。」
────────────────
魔女様の命令に従って結界に近づくと、強固に見えた結界は、簡単に私を通してくれました。
結界さえ通ってしまえば、一人一人に対する検査などはなく簡単に教会に入れるようです。
確かに毎回祈るたびに検査なんてされたら信仰が持たないでしょう。
教会に入ると、端の方によって魔女様から教わった隠密の魔法を使います。
人目につきにくくなったことを確認してから、教会の内部を片っ端から探していきます。
裏庭に面した大部屋は例の娼婦たちの寝床になっていました。今はどうやら全員どこかに移動しているようです。
さらに歩いていくと、小部屋が連なるエリアに入りました。この辺りは修道女の部屋なのでしょうか。
修道女の世間話を立ち聞きして、後をつけ、この教会の偉い人?の部屋を突き止めました。
部屋をノックせず、音を出さずにドアを開け、内部を確認します。
どうやら誰もいないようです。
中に入ると、流石は教会と言うべきなのか、質素な部屋です。
贅沢と言えるのは壁一面に据え付けられた本棚に並べられた神学書。何冊か手に取ると、どうやら手書きの物のようです。魔女様の蔵書は聖教の本があまり多くなかったので、この系統の本は新鮮です。
読みたいですが、今はやるべきことがあります。
渋々本を戻します。
他に、部屋の中にあるものは棚と机とベッドだけです。
机の上には、書きかけの便箋が置いてあります。
中身を読んでみます。
「魔女が十五年ぶりに共和国に侵入している可能性があります。犯罪組織の娼館が不自然に炎上し、魔女の目撃情報があがりました。また、娼館から脱走した人間を100人ほど確保できました。本日中に聖都へ出発させます。これで御魂送りの人員はおそらく足りるかと思われます。……」
もう魔女様がいることが聖教会に知られているようです。
これだけでも良いので内容を急いで伝えるべきでしょう。
部屋を出て、走って教会を出ます。
教会から少し離れた位置で待っていた魔女様のところまで辿り着き、先ほどの文章を全て伝えます。
「そうか。この街にはいられないな。もう出発するか。」
魔女様の反応は意外と淡白でした。
いや、この表情は、落胆、それと自嘲でしょうか。何かあったようです。
「魔女様、何か落ち込むようなことが?」
「いや、自己満足の終わりを直視させられただけだよ。弟子が悪いわけじゃ無い。」
やっぱり少しモヤモヤします。
魔女様がこう言う時、魔女様は悪くないのです。
「多分それは魔女様は悪くないですし気に止む必要はないと思います。」
つい口に出して言ってしまいます。
魔女様はそれを聞くと、目を丸くした後、少し笑ってこう言いました。
「確かにそうかもね。だけど、私はこの世界を神から救いたいんだよ。」
人間不信の要素が足りないって?
人間不信が解消されるだけだと……誰が言った?
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