3章に突入しました。
まだまだ頑張ります。
森を抜けて平野に出ると、そこかしこに肥えた農地が広がり、山がちで痩せた土地の多い王国とは違う風景を作り上げています。
明るい日差しの照りつける、石の葺かれた街道。
その上を、20両ほどの馬車が列を成して進んでいました。定期商隊と言って、乗合馬車や小規模商会、行商人などの中でも国から許可を貰った人たちが集まってつくられる商隊で、都市間で定期的に運行されているそうです。
王国にはない仕組みだが、聖教の教えのある国ではよくあるやり方だよ、なんて魔女様が不機嫌そうに教えてくださいました。
私たちが乗るのは最後尾の車両。乗合馬車兼護衛の傭兵が乗った車両です。
私は、その馬車の端の方の座席で、魔女様の横に座っています。ちょうど馬車に乗る他の人に対して私が盾になるように座っています。
魔女様の人嫌いは街で人とすれ違う分には問題ないようですが馬車の中となるとそうは行かないようです。前の街で宿をとる時も、私に会話を任せていましたし。魔女様は、私に経験を積ませるためだ、なんて言っていましたが、たぶん人と話すのが嫌なだけです。
コンスタンシアを出発してから数日。魔女様は乗合馬車になど乗らないほうがよかったとこぼしていました。
馬車に乗った傭兵や乗客から顔を隠すためにフードを被り、さらにヴェールを身につけて私に寄りかかるようにして眼を閉じています。
寝てはいません。
恐らく考え事をしているのでしょう。私にはわかります。
魔女様は寝ているときと目を閉じている時では表情が違います。具体的には、寝ているときの方が表情が柔らかいです。肩に寄りかかってきているのは、馬車が揺れるからでしょうか。魔女様にもたれかかられるのは正直嬉しいです。
「お客さん方、そろそろアーレン市に着きますぜ。荷物の積み下ろしがあるので四時間ほど滞在しますから、昼ご飯を食べたうえで、軽い買い物程度ならできますぜ。」
御者が御者台から荷台に声をかけてくると、それを聞いた、対面の席に座っていた護衛の傭兵の剣士が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、そろそろ妹さんも起こした方がいいんじゃねえのか?」
おずおずと視線を魔女様の方へ向ける剣士の男。
直接話しかけない方がいい、なんて察しているのでしょう。
他の乗客もその声でこちらを見てきます。
魔女様の嫌いな状況です。この状況では魔女様は眼を開けないでしょう。
「いえ、ギリギリまで寝かせておきます。たぶん起きないですから。」
姉妹だと判断したのは、私と魔女様が同じ服を着ていたからでしょうか。
返答を聞いた剣士の男は、興味ありげにこちらを眺めたあと、隣の少しチャラそうな短弓を持った傭兵と雑談に移っていきました。
アーレン市と呼ばれていた街が見えてくると、隊商は俄かに活気づきました。
アーレン市は終着点の町ではないですが、積荷を下ろしたり便乗者が増えたりするらしく、商人たちが早くも商談の準備を始めたようです。
城壁もないこぢんまりとした街は、どこか王国の私が買い物に出かけた街に似ている気がします。
街の中に入り、短い大通りの突き当たりにある広場に車列が止まると、次々に馬車から商人やその丁稚、便乗客が飛び降りています。
「お客さん! アーレン市には四時間ほど止まります!それまでに戻ってこない場合は置いていきますのでご注意ください!」
乗合馬車の御者が降りていく客に呼びかけているのが聞こえます。
私たち以外の乗客全員が馬車から降りて、御者が餌をやるために馬を馬車から外そうとし始めた頃に、やっと魔女様が眼を開けました。
「やっと誰もいなくなった。全く、人間は他人を詮索するのが大好きだな、ヴェールをかぶっておいてよかった。」
顔に掛けていたヴェールを乱雑に外して不機嫌そうに呟いています。
「魔女様、アーレン市につきましたよ! 買い物していきませんか?」
魔女様に問いかけます。
魔女様にとっては何度か来たことのある町でも、私にとっては初めてなのです。色々見て回りたいのは当然です。
「わかった、昼ごはんも食べるか。」
魔女様もそう言って立ち上がり、馬車から降りました。
馬車から降りる時に、魔女様が少し怪訝そうな顔をしました。
見ると、時刻はちょうど昼頃で、馬車から降りた乗客が礼拝を始めようとして地面にひざまづいています。
魔女様が舌打ちをした後、馬車の影に隠れました。祈ってないのを見られても、地母神を信仰していると言えば問題ないと魔女様は言っていましたが、自分の正体を隠すためでも、神に頭を下げるのは嫌なのでしょう。
一分ほど、隊商の人々が唱える祈りの言葉が広場に響きます。
不思議なのは、この町の住民はそれに加わるでもなく普通に過ごしていることです。この町に住む人は、地母神を信仰している人が多いのでしょうか。
一度くらいは来たことがありそうな魔女様に聞いてみます。
「魔女様、この町は聖教を信じる人が少ないんでしょうか?」
「いや、わからない。昔はこのあたりに人口数万人規模の町なんて無かったと思うから、最近町に発展したんじゃないかな。でも、発展の過程で必ず、聖教徒が入り込んでくるはずなんだが……珍しいな。何か関係があるのか?」
魔女様もこの町に来たのは初めてらしく、詳しくはわからないそうです。魔女様が少し考えこんでいます。
礼拝が終わると、人々は次々に立ち上がり、それぞれの仕事に向かっていきます。礼拝の厳かな空気が一転、騒々しい雰囲気に包まれる広場。
「まったく、この町に教会がないのは別に構わんが、祠の一つくらい作って欲しいもんだな。」
「この町は地母神を信仰しているからな、反対派が多いらしい。それぞれの神が対立しているわけじゃないのだから、祠くらいはいいと思うがな……」
先ほど話しかけてきた護衛の剣士ともう一人が、私たちの前を通りました。
そして、私たちに気づき、こちらに向かってきました。
魔女様が嫌そうな顔をしたのがわかります。
「姿が見えないと思ったらそんなところにいたんだ、妹ちゃんも起きたみたいだね。どう? 一緒にお昼食べない?」
「おい、やめとけって……なあ、この町は珍しく公衆トイレがある。下世話な話かもしれないが野糞をするくらいならこの町でやっておいた方がいいぞ。妹もそうだろう?」
少しチャラそうな方の男が私に話しかけてくると、その隣にいた剣士の男がその話を遮り、唐突にトイレの話をしてきました。どうして急にトイレの話をしてきたのでしょう。そんなにトイレに行きたがっているように見えたのでしょうか。
ぽかんとする私の裾を魔女様が引っ張ります。
「もう行くぞ。」
魔女様の方を見るといつの間にか再びヴェールを身に着けていました。いつの間に。
私たちは一切返答をしていないのに、男はさらに私に話しかけてきます。横の剣士は止めようとしています。
「ねえ、お嬢ちゃん。ほら、この町初めてだろ? 俺、この町でおいしい店知ってるよ?」
「しつこい。」
魔女様はそう言って、おそらく相手を睨みつけています。……しかし、ヴェールのせいで相手には届いていません。
そして、後ろを向き、私の裾を引っ張って彼らから離れていきました。
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よくある隊商の護衛の任務だと思って引き受けたが、あんなに美人な乗客がいるとは思っていなかった。
車内のほとんどがその少女に注目していたし、その隣に隠れるように座っていた小さい子にも興味の目を向けていた。
長いこと一緒に仕事を受けている連れの短弓使いの男も、すっかり虜になってしまったようで、食い入るように見つめている。
けれど、俺はその隣に座る小さい子の方を注目していた。 俺が幼女趣味ってわけではないが、少し気になったからだ。
そいつはフードを目深にかぶり、さらにはヴェールを着けて顔を見えないようにしている。今は、どうやら寝ているようだった。
「お嬢ちゃん、そろそろ妹さんも起こした方がいいんじゃねえのか?」
街への到着に合わせて、試しに話を振ってみる。どんな反応をするのか気になったからだ。
違和感に気づくと詮索したくなるのが人間ってもんだ。
その少女が幼女を見やる、その目は、妹を見る目ではなく目上の人、特に尊敬する人を見るような目だった。だから気になった。
こういう判断は雇い主の権力を見極め、下手な依頼を受けないために結構重要だ。
「いえ、ギリギリまで寝かせておきます。たぶん起きないですから」
返答は、もちろんたいした情報にはならなかった。読み取れることは少女が小さいのを大切にしている、それくらいだろう。
あの少女と小さい子の関係は何なのだろうか。
王道な話で行くと、どこぞの貴族の令嬢が訳アリで身分を隠している、とかか。
もしかしたら、今話題の聖女様に関わっているのかもしれないな。
ほかにも、サラーブ王国の貴族令嬢が逃げてきているとかかもしれない。王国と共和国の関係は今、最悪だ。戦争になった時のために子供を中立国に逃がしておくのは、貴族がたまにするらしい。
まあ、間違いなく小さい子の方が立場は上だろうな。
途中の町に着いて礼拝を済ませたあと、祠すらないこの町の設備の悪さを連れと愚痴っていると、件の少女を見つけた。
よく見ると、幼女の方もそばにいた。馬車ではつけていたヴェールを外していたのか、急いで付け直そうとしている。その顔が、一瞬だけ見えた。予想通り、目の色も髪の色も、少女とは違う。
「姿が見えないと思ったらそんなところにいたんだ、妹ちゃんも起きたみたいだね。どう? 一緒にお昼食べない?」
連れが早速、昼飯に誘い始めた。悪い奴ではないのだが、美人に目が無いのが残念な奴だ。
「おい、やめとけって……なあ、この町は珍しく公衆トイレがある。下世話な話かもしれないが野糞をするくらいならこの町でやっておいた方がいいぞ。妹もそうだろう?じゃあ……」
お忍びとはいえ貴族に喧嘩を売るわけにはいかない。問題を起こさないでほしい、その考えで連れを止める。
噛み合わない会話をわざとして、敵意も興味もないことをアピールして離れようとする。昔、処世術として小耳に挟んだやり方だったが、
「ねえ、お嬢ちゃん。ほら、この町初めてだろ? 俺、この町でおいしい店知ってるよ?」
連れがまだ誘おうとしている。
「しつこい。」
なおも誘い続ける連れを無視して、小さい子が俺らと反対方向を向き、少女を連れて立ち去っていく。
今の動きも小さい子の方からだったし、推測はあながち間違いでもなかったようだ。
追いかけようとする連れを止める。
貴族がらみの問題はたいてい厄ネタなのだ。巻き込まれてはたまらない。傭兵なんてものは特にそうだ。社会的地位も市民権もないのだから、口封じなんて簡単だろう。だからこそ相手を見極めて自衛する必要がある。
「振られちゃったよ~、なんで止めるんだよ親友~」
アホが話かけてくるから、自分の推測を話す。
「お前な、あの二人組、たぶん小さい娘の方が貴族だ。娘の方はその御付だろうよ。娘の方が小さい方の言葉を優先していたからな。理由は知らないが訳アリならあんまり関わらないほうがいいだろう。」
「そうだったんか!? すまん、助かった。」
素直に謝ってくるあたり、気のいいやつだ。
結局、四時間後、その少女たちが乗合馬車に戻ってくることは無かった。
何かあったんだろうか。理由など知る由もないが。
「結局何だったんだろ、あの二人。かわいかったのになあ。」
ガラガラと音を立てながら動く馬車の上で、連れが残念そうにつぶやいた。
「さあな、何かしら事情があったんだろうよ。それより、次の仕事、どうする?」
俺はそれよりも次の仕事の方が気になっていた。
あんなものはさっさと記憶から消した方が良いのだ。そうすれば知らないと言えるのだから。
「まあしょうがないか。この仕事が終わったら、娼館であの娘に似た娘指名しよう。」
「そうしとけ。それで、次の仕事は?」
「そうだねえ、共和国が戦争準備で傭兵を集めているらしいしそれがいいんじゃないか?」
「そうだな。貴族の私兵じゃない、国ともなれば報酬も高いし確実だからな。まさか共和国が負けることはないだろう。それにするか。」
整備された街道を、馬車は進んでいった。
弟子は魔女様の目元のわずかな動きや気配で表情を読み取っています。
弟子にしかできないんじゃないかな…
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