「じゃあ皆さーん! 今からサデヨリ島に社会科見学に行きますが、決して飛行機の中でははしゃがないようにお願いしますねー!」
担任の女教師が叫ぶ。
今日は学年総出で社会科見学の日だ。島間を飛行機で移動するため、ユウイチ達は空港を訪れていた。
「楽しみ?」
隣に座っていたヒナが話しかけてくる。
「……社会科見学なんて危険なイベント、出来れば参加させたくなかったんだがな。」
「ごめんってばー! 私がリナっちにワガママ言って駄々こねて泣き喚いて勝ち取ったわけだけど、皆を振り回して悪いなって思ってるよ!」
いや今思い返してもあのワガママっぷりは人生でも中々ない醜態っぷりだった。あのリナがもう少しでブチ切れる寸前だったわけだから。しかし、ゼルの若人から青春を奪うなんて許されないという誰かの台詞の使い回しみたいな説得と、本部から許可が降りたが故の結果だ。つまり、ごね得したワケだが。
「だってさ、初めての飛行機だよ!? それを学友と一緒に迎えられるなんて最初で最後の機会逃せると思う!? ないね! 絶対ない!」
鼻息荒くヒナは語る。
「それにさ、一週間一度も……あのケバブ屋の一件以来何も問題らしい問題は起きてないわけだしさ?」
「だからこそ気を張らなきゃいけないんだ。緩んだ今が一番危険「あーーもぅ、わかったわかった! もういい! お説教はたくさんですぅー!」
ぷんぷんと怒りながら、ヒナは向こうの学友の元へと行ってしまった。
スチュワーデスは、社会科見学客を案内し終えてほっとした。
彼らが搭乗する飛行機には、彼らの他に八十名ほどの乗客も同乗する。そうした一般客は、生徒らのやかましさに文句を言って来るかもしれない。席は離してあるものの、それだって気休め程度だ。
「もしもし?」
搭乗口から機内に入ってきた客に声をかけられ、スチュワーデスは我に返った。
「私の席はどちらかな?」
「……申し訳ございません。ご案内致します。」
プロ意識から彼女は柔らかい笑みを強引に作ってみせた。
「大変ですねぇ。あぁいう学生がたくさん乗ってると、気が滅入るでしょう。」
「いえ、それほどでは。」
「私だったらとても耐えられない。一人残らず撃ち殺してしまう。」
「…は?」
「皆殺しですよ。そうすれば静かになる。快適な空の旅の完成だ。」
「お客様……」
「冗談ですよ、冗談。」
客は笑い、自分の席に消えていった。いやな笑い方をする男性だなとスチュワーデスは思った。
飛行機は離陸し、順調に空を駆け上っていった。
はじめて飛行機に乗ったヒナは窓にへばりつき目を輝やかせる。天気は雲ひとつない快晴。眼下にはオーブの景観がいっぱいに広がっている。
「うわぁー、すっごーい!」
「そーね」
しかし、隣の学友の反応は薄い。どうやら彼女は飛行機慣れしているらしく、さして興味はないらしい。ヒナからすれば待ち侘びたビッグイベントだが、彼女からしたらただのわずらわしい移動時間というわけだ。
感性が鈍る、とはこういう事だろうか。
いつか自分も大人になれば色んな事に感動しなくなるのかな、と少し寂しい気持ちになった。
そこで機体が大きく揺れた。右へ、ついで左へ。
「きゃっ!」
と、ヒナが小さく悲鳴をあげた。
「大丈夫よ、これくらいならー」
飛行機慣れしている学友は投げやりに返す。
しかし、実際飛行機の揺れはその一度きりだった。
「でも変ね。こんなに天気が良いのに……」
周りの生徒もざわついている。ヒナは不審に思い、前の生徒の肩を叩く。
「どしたん?」
「わかんない。なんか、揺れる前にパンクみたいな音が聞こえたとか……」
「パンク?」
機内の放送が入る。男の声、機長らしい。
『お客様にお知らせいたします。ただいまの揺れによる機体への影響はございません。安全のため進路の変更はあり、今後も若干揺れるかもしれませんが、どうかご安心ください。』
と、それだけだった。
「ヘンね」
学友が怪訝そうに呟いた。
「どして?」
「だって普通、あぁいう場合は『ご了承ください』って言うのよ。『ご安心ください』じゃなくて。」
彼女は正しかった。
ーーー操縦室
機内放送のマイクを置くと、機長は後ろを振り返った。
操縦室の前で、レーザー照準付きの拳銃を手にした男がにんまりと笑っていた。
「それでいい。お客様を不安にさせちゃいけないからな。」
スーツ姿にサングラスで目元を隠した男は、かけていたサングラスを放り投げた。少し長めの黒髪に無精髭、血色の色が悪く、顔に大きな傷が入っている。
「機内で爆発物を使うなど、正気か!?」
「ちょっとじゃねぇか。扉をこじ開けるための少量さ。」
「下手すれば君も死ぬぞ。」
「俺が死ぬだって? そうだな。確かにアンタの言う通りだ。」
男は底冷えする笑い声をあげた。
青ざめた顔で計器に目を走らせる機長を見て、
「で、どこに逃げようと?」
相手の考えを見透かしたように、男は言った。
「今の爆発で、電気系統がやられたかもしれん。緊急着陸が必要だ。」
「ほう、故障か?」
「そうだ。君の要求はきちんと伝えるから、空港に引き帰させて欲しい。」
「故障してるのは、ここかな?」
男は機長の頭にレーザー照準器をポイントすると、無造作に引き金を引いた。肉と骨のはじける音がひびき、機長は即死した。
「ありゃ、ホントに故障しちまったぜ。」
男はわざとらしく笑うと、緊急ブザーの音を口真似した。
「何をしてるんだ、一体……」
返り血を浴びた副機長が、震える声を上げた。その副機長に、男は赤いレーザー照準器をちらと向ける。実践でほとんど用いられないこの照準器を使っているのは、銃を向けた相手の反応が見たいからなのだろう。
「あんたも故障か?」
「や、やめろ! 操縦士がいなくなるぞ。」
「そうかい? でも男なら一度はパイロットに憧れたもんさ。実際楽しいのか? どうなんだ。」
にやにや笑いを浮かべながら、鼻息がかかる距離まで顔を近づけてくる。
「こ、殺さないでくれ……」
「楽しいのかって聞いてんだよマヌケ。」
男は引き金に手をかけようとしてーー
「マガシッ!」
新たな声がそれを止めた。
操縦室に大柄な男が入ってくる。身の丈はニメートルは近い。スーツを着てはいるが、とてもビジネスマンには見えない。
「おう、ホーか。」
「どういうつもりだ。何故パイロットを殺した!?」
「嘘をついたからだ。俺は嘘が嫌いなんだ。こいつは俺を馬鹿にした。」
死体をつついてみせる。
ホーと呼ばれた巨漢は、マガシの銃をひったくった。
「操縦はどうする気だ。」
「俺がやるさ。輸送機なら何度も飛ばしてる。」
「旅客機と軍用機を混同するな。貴様が殺人を楽しむのは勝手だが、忘れるなよ。お前たちに機会を与えているのは我が祖国だ。作戦の不確定要素は減らしておきたい。」
「そう言うなって、相手が言う事を聞けば、俺は紳士だ。」
マガシは凍りついた副機長の肩をわざとらしく叩いた。
「副機長、名前は?」
「モリ……」
「モリさん、聞いての通りだ。仲間の方針で、君はなるべく殺さない。君が逆らえば別の人に死んでもらおう。いいな?」
「やめてくれ、お願いだ。誰ももう殺さないでくれ。」
「それは君次第だよ、モリ君。」