ハイジャックーー2
どうもおかしい。
ほとんどの乗客がそう思っていた。なにしろ予定到着時間を過ぎたばかりか、島らしきものはなく海ばかりが眼下には広がっている。
スチュワーデスに尋ねてもどうにも要領を得ない。
そんなこんなしている間に、機体は着陸態勢に入ってしまった。ようやく到着したのかと眼下を見れば、ひどく閑散とした市街地が見えた。酷い言い方をすれば薄汚れている。
「やっぱり変だ。」
窓の外を見て、ユウイチは言った。
「どうやらハメられたらしい。」
ほどなく機体は着陸し、滑走路から数十メートル離れた格納庫の前に、古臭い軍用機が並べられていた。
ーーどれも最新機ではない。十年前に活躍していた“骨董品”ばかりだ。
その奥にはMSが見えた。ここから見えるだけで三機。
「で、いきなり最新鋭機のウィンダムMk-Ⅱか。」
ーーどうなっている……?
ここまでの大規模かつ強引な誘拐方法。これは単なる偶然ではないのは明白だ。名も知らない敵は、確実な方法で数百名を人質に取ってみせた。さすがに“RAVEN”も迂闊に手は出せない。
使い古されたテロのやり方だが効果的だった。
「見事、と言わざるを得ないな。」
今のユウイチに打つ手はほとんどない。機内に拳銃はもちろんモデルガンすら持ち込めない。よしんば銃があったとて、出来ることなどたかがしれている。
乗客達も異変を察知し、ざわめきはじめたところで機内放送が入った。
『機内の皆さん。本日は当機をご利用頂きありがとうございます。』
出発の時とは違う男の声。
『私は機長に代わり、この機の責任者となった男です。、……さて、大多数の方がお察しかとは思いますが、ここはサデヨリ島ではありません。当機はやむを得ぬ事情から、“イズモ”の外郭区に着陸致しました。』
「な……なんですってぇ!?」
ひときわ大きな悲鳴を担任があげた。
「が、外郭区なんて……デスティニープラン外のスラムじゃない! そんなところに何で!?」
“イズモ”の外は内郭から見放されたゴミ捨て場も当然、内郭に住む者からすれば人ではない者の巣窟といったところか。彼女のように取り乱す者も珍しくはない。
『まぁ要するに、皆さんには人質になってもらいます。窓の外をご覧ください。』
見ると装甲車にMS、夜戦服の兵士たちが飛行機を取り囲んでいた。
『彼は皆さまを歓迎してくれるそうです。未来あるデスティニープラン適応者の方々。ただし、指示には従ってください。逃亡を試みたり、不穏な動きを見せた場合、我々は容赦なくみなさんを射殺致します。』
乗客たちがどよめいた。
『なお、当空港には皆さんを収容できるだけの満足な施設はありません。解放の目処が立つまでそのまま機内で待機してください。』
オノゴロ島近海ーー“アテナ”ブリッジ
正面のモニターは、目まぐるしいほどの情報の渦だった。
「完全にしてやられた。情報部も当てにならないね。」
バーバラーーバーバラ・ロス・ホームズはハルバートに言った。彼女は艦長用のスクリーンに映った、数十パターンの地図情報に目を通しているところだった。
「いつも後手に回ってばかり、悔しいなぁ。」
「我々の仕事はもぐら叩きみたいなものです。根本的な予防策はあまりありません。」
ハルバートは答えた。
わざわざユウイチを同行させて社会科見学に行かせたのだ。可能性はあると見ていたのだろう。しかしそのハルバートですらここまで大胆な手を使ってくる事は半信半疑だった。
「どうもオーブとは違う黒幕がいるようですな。」
「ブルーコスモスというわけでもないみたいだね。」
「はい。何者かにどちらも乗せられているだけ……あるいは軍事的な協力のみだけです。」
研究の情報は完全に抹消できたはず。しかし、それを密かに持ち出した者がいた。いや、もしかすると内部から外部に洩らしたという可能性も。そして敵はヒナ・シラカワをーー“アコード”を手に入れようとしている。
「そのミスターxと仲間達の見当はつく?」
「まったく不明です。現段階では」
「オーブ政府も今回のハイジャックは我々とは無関係との声明を出してる。事態解決に全力を尽くす、ともね。たまたまハイジャック犯が転がり込んできた、という姿勢だね。」
バーバラは画面に映った、文書を読みながら言った。もはや速読に近いスピードでページをめくっていながら、まったく別の話題をよどみなく話す。並の頭脳では出来ない芸当だった。
「で、少佐。人質が穏便に解放される見通しは、どの程度だと思う?」
「ヒナ・シラカワ抜き、ですか」
バーバラはすこしも躊躇せずに頷いた。
「そう。私達が動かなければ、ヒナ・シライシ以外の四◯◯人は安全かもしれない。」
「……確かにオーブ政府もこれ以上事態が緊張するのを望んでいないでしょうな。戦後悪化していた経済もようやく立ち直りはじめたところです。数百人の自国民を死なせたところで彼らに何の益もありません。」
「だよね。ここは相手に主導権を渡しておいて、外交交渉で人質が戻ってきたら、ヒナを探して救出するべきだ。」
仮にうまくいったとしても、その救出までにヒナ・シライシがどのような扱いを受けるかーーそれを知った上で、二人は話しをしていた。ハルバートは少女の顔に自己嫌悪の色がかすかに浮かぶのを見逃さなかったが、あえて気づかないフリをした。
「見守ろう。今は」
「いいでしょう。まだ猶予はある。戦闘待機はどうしますか。」
「フェリクス島の輸送機を待機させます。それから空中給油機を二時間以内に離陸させて。飛行計画は追って指示を。」
「はい」
通信担当のアリサが返事をし、作業をはじめた。
「大尉はリナとウィガー、ゲートを呼び戻して。“BD-X1”を六を◯七◯◯時までにホットにして。それと……“スパイラル”も使える状態にしておこう。」
「了解致しました。」
「気に病むのは来週に。私達はこういう事態にも備えているんだから。」
ハルバートはうなずき、
「しかも敵は、体内に猛毒を抱えています。」
猛毒。
こうした局面では、彼は間違いなく猛毒だった。