機内はハイジャックされたとは思えないほどにぎやかだった。四分の一ほどを占める一般乗客は、不安げな顔で各々の席に身を落ち着けていたのだが、残る四分の三ーーマガタマ中等学校の生徒達が退屈しきって騒ぎ始めたからだ。
だが、途端に機内が静まり返る。
……というより機の出入り口から波紋が広がるように、生徒達が次々と黙り込んでいった。見ると、サブマシンガンを持ったスーツ姿の男が三人、機の客室に入ってきたところだった。
先頭の男は手ぶらで、にやにや笑いを浮かべている。
「構わんよ、学生とは騒がしいもんだ。続けてくれ。」
鷹揚に両手を広げ、男は言った。
そう言われたところで、ふたたび騒げる者がいるはずもなく、男が部下に何やらささやき、ヒナを指さす。
「なにかしら。」
隣の学友が不安そうな顔をした。ほかの生徒達もひそひそと囁き合う。
「そこの君」
男は立ち止まり、穏やかに言った。近くで声を聞いて、あの機内放送の男だと分かった。
「聞こえないかな? そこの髪の短い綺麗なお嬢さん。」
「……?」
「君の事だよ、ヒナ・シラカワさん。」
男はさらに近づいてきて、ヒナを見下ろした。
額に縦一文字の大きな傷。
「……なんですか。」
「マスコミに映像を送りたくてね。出演してくれる人を探していたとこだ。」
「はぁ、そうですか。ごくろーさまです。」
「君に出てほしくてね。いい素材をお持ちだ。」
ヒナは小さく手を振り、
「いえいえ。私なんかは……もう、見ての通りの貧相な身体です。視聴者の皆さんのご期待には添えられないかと。いや、ホント。」
「いいから来いって、遠慮するな。」
「あの、ちょっと、えー……」
男の部下達が両脇から、ヒナを引っ立てた。
「お勧めできませんよ! あたしなんか……っ!」
その場に担任が駆けつけてきて、男に抗議する。
「ちょっと、私の生徒に何するんですか!?」
「なに、少しばかり協力して欲しいだけです。すぐにお返しします。」
「いえ、許ません! 連れて行くなら私になさい!」
「アンタじゃ意味ないんだよ……っ」
「そんな口実は通りませんよ、卑怯者っ!」
男の顔が冷たく歪んだ。だが、担任はそれにもかまわずまくり立てた。
「……やれやれ。」
男は部下たちと、示し合わすように笑った。ヒナが見ている目の前で、スーツの下から拳銃を抜く。レーザー照準付きの拳銃。その銃先が担任の額に向けられーーー客室にけたたましい音が鳴り響き、ヒナは肩をびくりと振るわせた。
銃声ではない。なにかの金属が打ち付けられた音だ。
音のした方を、その場の全員が注目する。見ると、男子生徒が一人、通路の床に落としてしまった食器を、ゆっくりと拾い上げているところだった。
「……失礼。」
その生徒ーーユウイチ・レオンハートは何事もなかったかのように、通路脇の席に座り直す。
「……ふん。」
気を削がれた様子で鼻を鳴らすと、男は拳銃をスーツの下に戻す。
「いくぞ。コイツらにもう用はない。」
部下と観念したヒナを連れて、テロリストは機の出口に向かった。置き去りにされた担任はぽかんとしているだけだった。
危なかった。本当に。
奴は誰か知らない。だが、ユウイチはあの傷の男に見覚えがあり、そして、全身が奴は危険だと知らせていた。
ユウイチは一度大きく息を吸って呼吸を落ち着ける。
いつまでもこうしてはいられない。
ヒナは連れて行かれてしまった。
もう自分達に用はないと言っていた。
おそらく監視の目も緩むだろう。
こちらも、行動を起こす時だ。
誰も見ていないのを確認し、ユウイチは調理室のエレベーターに乗り込むと、シャフトを伝って貨物室に降りて行った。
ユウイチはポケットからペンライトを取り出すと、手当たり次第にコンテナを開け、中の荷物を探っていった。
いくつかのコンテナを開けたところで、ユウイチは自分のバックを見つけた。強力な暗号機能付きの、衛星通信機だった。
それとスタンガン。各種薬物の携帯セットをポケットにねじ込む。
装備を肩にかけ、コンテナを閉じようとした時ーー
貨物室が甲高い音に包まれた。
すぐそばの、貨物の搬入ドアが開きはじめたのだ。
「っ…」
コンテナを閉じ、すぐそばのバラ積みされた荷物の山に飛び込み身を隠すしかなかった。
人数は三人。もしバレたら戦うしかない。
ーー素手で? 外に何人いるかわからないのに?
ヒナは車から降ろされ、黒塗りのトレーラーに連れて行かれた。ドアを抜けると、車内には電子機器と医療機器がひしめいていた。それらの装置の使い方など、ヒナには全く見当もつかなかった。制御卓の前に白衣の女が待っている。
「この子で間違いないわね?」
「そうだ。さっさとテストしろ。」
「テスト? いったいなんのーー」
「これに着替えてちょうだい。」
ヒナが問うのをさえぎり、女は入院患者が着るようなブルーのガウンを手渡した。
「そりゃまたどうして?」
「制服についてる金具が邪魔なの。ブラジャーも付けているなら外して。アクセサリーも全て。」
「……レ、レントゲンでも撮るの?」
「似たようなものだけど、もっと高級な機械よ。これはまだ下準備。」
「でもさっき宣伝用の撮影だって……」
「いいから。はやく着替えなさい。」
「やだよ! なんだって私がーー」
次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走って、ヒナは意識を失った。
「この方が早い。さっさと剥いちまえ」
スタンガンで気絶したヒナを片手で支えて、マガシが言った。
「乱暴な真似しないで! テストに影響が出たらどうするの!?」
「知るか。本物だと分かればいいんだろ。」
女はマガシに軽蔑の視線を向ける。
「ふん、気楽なものね。アンタ達には“アコード”のなんたるか、その重要さが分かってないのよ。」
「分かってるさ。」
「どうだか。機密度の高い“キリング”まで持ってきておいて、よく言えるわね。」
「未完成とは言えあれ一機で一個大隊は相手取れる。この国の連中の心変わりに備えて、念のためだ。」
「意外と臆病なのね、“悪食の孤狼”ともあろう人が」
マガシはヒナの体を床に放り出すと、いきなり女の首を鷲掴みにした。
「う……。」
「図に乗ってんなよ、雌豚。」
その声は冷ややかだが、どこか楽しげにも聞こえる。
「お前は黙って言われた通りの仕事をしていればいいんだよ。それとも何か? わざわざ俺を怒らせて、こうされるのがお好みか? あ?」
ぎりぎりと女の首を絞めながら、胸を力強く揉みしだく。
女は瞳を潤ませ、苦痛と好悦の入り混じったあえぎ声を出した。マガシは舌打ちして手を緩め、女の体を制御卓に叩きつけた。
「結果はいつはわかる。」
激しく咳き込む相手を見下ろし、彼は尋ねた。
「……明朝」
「長いな。なんとかならねぇのか。」
「薬物を投与しても……効き目が出るのは六時間以上先よ。その前の検査や手続きもあるし……ごほっ」
「だったら急ぎな。急がなければ、お前も殺す。」
ありがたいことに三人の男は、バックの山に潜んでいるユウイチに気づいていない様子だった。
「どの辺りだ?」
一人が言った。
「このあたりだ。そのコンテナが黄色いから……あったぞ。」
「……この事を知ってるのは?」
「俺とお前とレリック、あとはボスだけだ。」
「あーぁ……もったいねぇなぁ。上には生きのいい女がわんさか居るってのに。一人くらい連れ出してもバレねぇだろ。死体の数なんかーー」
「馬鹿言え。バレたらボスに殺されるぞ?」
「バレなきゃ平気だ。」
「私が報告する。私はボスに殺されたくない。」
「……もちろん冗談だよ。」
テロリスト達が出ていくと、程なく搬入口のドアがしまった。貨物室は再び闇に包まれる。
連中は何をしていたのだろうか?
ユウイチはテロリスト達がいじっていて黄色いコンテナを引っ張り出し、開けた。
ペンライトに照らされた中身を見て、ユウイチは顔を顰めた。
中には爆弾が、それもかなりの大きさのものが詰められていた。