かつてを知る男
スクラップと化した車体から這い出し、敵は我先にも逃げ去っていった。
「よし……」
戦車二輌を片付けたユウイチは、ヒナの待つ格納庫に向かった。
またすぐ増援は来るだろう。とにかくここから離れなければーー
「ヒナっ」
外部スピーカーで呼びかけた。くずれた壁の後ろから、ふらふらとした足取りでヒナが現れる。青ざめた顔、機体を見るその瞳は、弱々しく、追い詰められた野兎のように怯えていた。
「終わったの……?」
かぼそい声を、聴覚センサーは何とか拾い上げた。ユウイチは機体の右手を差し伸べて、
「つかまれ、基地から離れる。」
基地から離れた北西、川と道路の向こうに小高い丘が見えた。針葉樹が生い茂るそこは、ひとまず逃げ込むにはちょうどよく見えた。
「こ、これに乗るの?」
「そうだ。手のひらに腰かけろ。」
「で、でも……」
「急げ」
切迫した声で告げると、彼女は恐る恐る手に乗った。大事に彼女を抱え上げると、ユウイチは機体を走らせた。
「いっ……!」
ヒナが裏返った声を上げ、機体の親指にしがみつく。
ユウイチにも、彼女の恐怖は容易に想像できた。ビルのてっぺんみたいな高さで、はげしく上下にゆられながら時速六〇キロで運ばれたら、だれだって怖いだろう。
しかし、いまは我慢してもらうほかなかった。
「下を見るな。目を閉じていろ。」
“ウィンダム”の手の中で、ヒナは肩を振るわせながら、
「まっ……待って! みんなはどうするの⁉︎ 私らだけ逃げるなんて!」
「いまはこちらの方が危うい。俺の仲間がなんとかしてくれるだろう」
「仲間……?」
「救出部隊だ。」
そうは言ったものの、確信はなかった。ヒナを助けるためとはいえ、救出作戦の前に戦闘を開始したのはまずかったか。
追手はすぐに来るだろう。運よくMSを奪取できたが、事態は好転していない。
基地のフェンスを越え、茂みを突っ切り、広い道路を横切ろうとする。そこで、コックピット内に警報ブザーが鳴り響いた。
《ミサイル警報/四時方向》
右後方からするすると、誘導式のミサイルが迫った。
「くっ……!」
機体を振り向かせる。いきなりヒナを胸から引き離すと、頭部に二門備わったバルカンで迎撃。
「きゃっ!」
誘導ミサイルは空中で爆発し、ユウイチの機体はすぐさま身体を翻し、木立てを駆ける。なにが起きたのかもわからず、ヒナは身を固くして無我夢中でMSにしがみついている。
「もう少ししんぼうしてくれ……敵を引き剥がすまでの――」
彼女に答える余裕はなさそうだ。顔面を蒼白にして、手の中で縮こまっているばかりだ。
だが、この程度で済んでいるのは、驚きだ。普通の娘なら半狂乱で泣き叫び、MSの手から逃れようと大暴れしている事だろう。それに比べ、ヒナは不平ももらさずこうしてしっかりMSにつかまっているのだ。
ーー大したもんだ。
内心でつぶやき、ユウイチは機体を急がせる。土を蹴り低木をかきわけ、堤防の川を渡ろうとしたその時ーー
「!」
まったく警戒していなかった方向から、鋭い射撃がユウイチ達を襲った。
川の下流、二時方向。
とっさにユウイチは機体を振った。弾丸が機体を掠め、樹木をバラバラにした。続いてグレネード弾が迫った。広範囲を焼くあれが炸裂すれば機体は無事でも、ヒナは無事ではすまない。
「しまっ……!」
グレネード弾は“ウィンダム”の眼前に落ちた。爆風からヒナを庇おうと、ユウイチは彼女を抱えて機体の背中を向けた。
衝撃。機体の右足、膝から下が吹き飛ばされた。バランスを崩し、ユウイチの機体は川めがけて倒れ込んだ。
「きゃっ……!」
「ヒナ!」
ヒナな身体が放り出され、川に落ちて水しぶきをあげた。
残った手足で身体を起こし、ユウイチは叫んだ。
そこで気づく。
グレネード弾は爆発していなかった。信管を抜いた不発弾。右足は敵機の狙撃で射抜かれたのだ。つまりグレネードはこちらの動きを止めるための囮ーー
ヒナが水面に顔を出し、
「ぶはっ……!」
「ヒナっ」
近寄ろうとしたユウイチを正確な射撃が三度襲う。とっさに機体を伏せたが、右腕と脇腹に被弾した。
「くそっ!」
暗闇の中から、赤いMSが現れた。
見た事のないタイプーー新型機か?
距離はおよそ三〇〇メートル。それがみるみる縮まってくる。川岸の土手沿いに、砂利を蹴立てて突進してーー
ユウイチの“ウィンダム”はライフルを持ち替えて応射した。手応えはない。右腕、右脚を失ったためにまるで踏ん張りがかかない。
敵も撃ってきた。一発ずつ、まるで砲弾を惜しむかのような射撃。こちらは這うか、伏せるしかできないので、機体のあちこちが被弾していく。
まともに補給して起動させていなかったために、エネルギーが底をついた。エネルギーゾーンはレッドだ。
そこに赤いMSが迫る。ユウイチは片膝をついたまま、ライフルを棍棒がわりにして、殴りかかった。敵機はそれを打ち払い、ビールマシンガンを胸部に押し付けた。コックピットを一撃でーー
発砲。
機体の腰を振るのがもう少し遅れていたら、ユウイチの身体は血煙になっていただろう。かろうじて射線のずれた砲弾は、
“ウィンダム”の装甲を引き剥がし、胸部の電子装置をえぐりとった。制御を失った“ウィンダム”は、糸の切れた操り人形のように仰向けに倒れた。大きな水しぶきを上げ、川岸に腕を出す。
「っ……」
夜の大気が頬を撫でる。額から流れ出た血が、目に入った。脇腹に焼けるような激痛。レバーや脚を動かすが、機体はまったく反応しない。
大破した“ウィンダムに”ヒナは泳いで近づいてきた。ぼろぼろの腕につかまると、
「ユ、ユウイチくん⁉︎」
「来るな、下がっていろっ!」
苦痛を無視してユウイチは叫んだ。赤色のMSが眼前に立ちはだかった。やはり見覚えはない。ZEUSというより旧地球連邦が作りそうなデザイン。どこぞの実験機か?
『川の手前までは良い動きだったな。』
外部スピーカーから声がした。操縦者はあの傷の男だ。間違いない。
『しかし、そこから先がいただけない。こちらが欲しいのはその娘だ。本気でグレネードをぶち込むと?』
「……もっともだな。」
基地の方角から二機のMSと一輌の装甲車が向かってきていた。もう逃げる手はない。完敗だ。
『全く、久しぶりにやり合えると思ったらガッカリだ。及第点以下だぞ、レオンハート』
――――コイツはいま、何を言った?
『おいおい、まさか忘れちまったのか?』
言いながら男は、あろう事かコックピットハッチを開き、タラップを使って降りてきた。手には拳銃を握りしめているが、ありえない無防備さだ。
「あん? なんだぁ? その顔…てめぇまさか本当に記憶がねぇのか?」
「…黙れ…」
男はユウイチの顔を見て拍子抜けしたように落胆してみせる。
「おいおい〜てめぇから大切なモンを奪った男を忘れるなんて、俺の傷が可哀想じゃあねぇかぁ…!!」
男は、自身の右目に走る傷を指差して告げる。
思い出せない。思い出せないが、確かになにかがユウイチを駆り立てる。
「貴様…何者だ…一体…なんなんだ…!!」
知っている。自身も、そして相手も。ユウイチを知っている。
かつての、ユウイチ・レオンハートを。
唯一にして、初めて遭遇したユウイチの記憶を失う前を知る人物。
それが、こんな最低な男だとは認めたくはないが、だが、確かにかつて生きていた自分をこの男は知っている。
「俺ぁガッカリだわ。いまの面のテメェに興味はない。記憶拾って出直してきなぁ」
「黙れ! 俺を知っているなら吐いてもらう!!」
「くっくっ、聞かせてやりたいのは山々だが、時間もない。その娘の脳みそをいじくり回す仕事があるんでな。」
憎悪の入り混じった懐かしさから、マガシは饒舌になっていた。
「なにを言っている……!」
「その娘の頭には、世界最高峰のシステムにすら潜り込める電子制御能力が備わってるのさ。嬢ちゃん、覚えがないとは言わせないぜ?」
この男の言葉にユウイチは目をしかめた。確かにヒナはZEUSの電子プロテクトまで破ってハッキングに成功している。若干十代にして、そんな能力を持つ子も居るかと納得してしまっていたが、よくよく考えればそんなおかしな話しはない。
ヒナと一緒に居ればいるほど分かる。この子は、普通の中学生だ。
ハッカーから特別な事を学んでいるわけでも、独学で学んだ形跡もない。普通に学生生活を送る普通の学生だ。
そんな彼女が、ZEUSのシステムにハッキングして書き換えるなんて事が、果たして可能なんだろうか。
「そのガキは世界中のあらゆる機密情報を丸裸にしちまう。この世でもっとも強い武器、情報という武器を奪い取るための兵器なんだ。だからお前らも欲しがるんだろ?」
「そんな……」
力なく、ヒナはその場にへたり込む。
「思い当たる事がありそうだな。だが、おしまいだ。もう教えてやらんよ。三途の川の先頭に、『団体さんがもうすぐ来る』とだけ伝えてくれ。じゃあな。」
マガシが改めてユウイチに銃口を向けた。
「やめ………!」
ヒナが叫ぼうとした瞬間、マガシが構えた拳銃がバラバラに破壊された。発砲によるものだ。
次いで、暗闇から何かが飛び出してきた。
飛び出した人物は煌めくナイフを片手にマガシに肉薄する。
「レベッカ!」
「待たせたわねっ!」
駆けつけたレベッカ・ゲートは地を蹴り、猛スピードでマガシに肉薄した。
しかし、それは良い案ではなかった。
「おぅっと? 威勢の良い女だ。」
マガシはレベッカのナイフをかわしながら、せせら笑う。
「走って!!!」
ヒナとユウイチに向けて声を掛けるが、ヒナは力無くその場に座り込んでしまい、全く動く気配はない。
「お前、一体、彼女に何を!!」
「何もしてないさ!! ただ、教育してやっただけさ? 自分の危険度をなぁ〜!」
レベッカのナイフを手で捌きながら、なおも余裕を感じられる。
ーーーコイツ!!
“RAVEN”に配属される者達は民間人もいれば、元軍人も多く存在する。
レベッカもまた、その一人だ。かつては“ZEUS”の東アジア戦隊に配属され、洗練された男達が情けなく見えるほど腕を鳴らしてきた一人だ。だが、そんな卓越した彼女のナイフですら男には届かない。
「そんなもんかぁ!? 鴉さんよぉ!!」
「ちっ!」
コイツは、“RAVEN”の存在を知っている……!
レベッカが男の素性に気を取られた瞬間だった。
男の手がレベッカの腕を掴んだ。そのままレベッカは気づけば地に組み伏せられていた。
レベッカですらほんの数秒の間の出来事に何が起きたのかも理解できなかった。
「なんだぁ〜拍子抜けだなぁおい……!」
男がレベッカの腕を捻り上げ、ナイフを奪う。
ナイフを握った男はそのまま捻り上げたレベッカの右の手の平に突き立てた。
「ぐぁぁぁっ……!!」
レベッカを容赦のない激痛が襲う。
「せめてもっと俺を楽しませてくれないと……割に合わないぜぇ!? てめぇの死体でも鴉に送りつけてやればもっとマシな奴が来るか?」
男の下卑た笑みがレベッカを見下ろす。
殺られるーーー!!!
レベッカは自らの生の終わりを予感する。が、その予感は外れる事となった。
付近で爆発音がなった。それは、増援の装甲車がげきついされた音だった。
マガシは危険を察知し相手にしていたレベッカを放り出し、足早にタラップを使って機体に再搭乗した。搭乗したマガシはユウイチ達から距離を取る。
頭上から轟音がした。見上げると、ダークブルーと青のMSが一機こちらに向かってまっすぐに降下してくるところだった。
『いぃぃぃ……ヤッホッーーー!!』
そのMS、“BD-X1”はライフルを乱れ撃ちしながら、ユウイチ達の目前に荒々しく着地した。川面に津波が起きて、ユウイチ達三人はずぶ濡れになった。
『アサルト3、着水成功っ! アサルト4とアサルト2に、天使もここに居るぜっ!』
言うなり、敵に向かって景気良く発砲。ビームライフルが、次々に命中する。二機のMSがふきとび、マガシの“キリング”は回避運動に専念し、丘陵の向こうに姿を隠す。
「ゼルっ!」
「ユウイチぃ! 動けるかぁ?」
「なんとかな。だが、レベッカも怪我をした。」
「これぐらい何でもないわ。」
苦痛をこらえ、レベッカは布を手に巻き付け止血している。ユウイチはコックピットから這い出した。その時、“アテナ”から発射された多弾頭ロケットが小型爆弾を撒き散らし、頭上で火花を散らした。
基地のそこかしこで火の手があがり、爆発の大合唱がはじまった。
降下してきたのはゼル許だけではなかった。さらに五機のMSが、夜の基地へと飛び込んでいた。続いて大気を震わすローター音。攻撃ヘリと輸送ヘリが丘のむこうから姿を見せ、基地の上空に突進していく。“アテナ”から出撃した救出部隊だ。
『いいか、ユウイチ! 2人を連れて基地まで走れ! 滑走路の南だ!』
ゼルはビームライフルを構えて、丘陵の赤いMSに対峙した。
『あと少しで輸送機が強行着陸する。待ち時間は五分だ。ここは俺にあずけて行け。後で拾ってやる!』
「飛行機の爆弾はどうする?」
『ウェッジとリナちゃんが対処する。』
「分かった。気をつけろ。機体もパイロットも桁違いだ。」
『心配すんなって、ケツを蹴っ飛ばしてやるよ。』
かがんで力を加え、ゼル機は跳躍した。