救出作戦
「どうなってるの……」
震える機内の天井を見上げ、女教諭はつぶやいた。
たて続けの爆発音が聞こえてきた。
そのとき、窓の外を大きな影がよぎった。窓際の生徒達が一斉に騒ぎ出す。基地の照明と爆炎に照らし出されたそれを見て、彼女はあんぐりと口を開く。
「モ、モビルスーツ……!?」
テレビやニュースでも見た事もない巨人がそこには居た。
『全員窓から離れてっ!』
外部スピーカーから声がした。窓の向こうなので聞き取り辛かったが、それは女の声だった。
“BD-X1”は、刃渡り六メートルの短刀を腰元から抜き放った。
「な、なにをする気っ……!?」
女教諭達の目の前で、“BD-X1”は有無を言わさずジャンボ機の横腹に突き立てた。耳をつんざくような高い音がして、はげしい振動が機体を襲う。乗客達は悲鳴をあげ、座席や壁にすがりついた。
MSが壊しているのは客室ではなく、その下の貨物室だった。ガリガリと機体を切り裂き、突き刺した短刀をえぐりまわし、容赦なく隔壁を抉り取ると、
「あった!!」
“BD-X1”は貨物室に手を突っ込み、すばやい動作でコンテナの一つを取り出すと、助走をつけて基地の向こう、駐機場の方角に向かってそれを力いっぱい投げ飛ばした。
その行動の意味がわからず、女教諭は首を傾げたが、次の瞬間にその理由がわかった。
コンテナが地面に落ちたところで爆発したのだ。
五〇〇メートルは離れていたに関わらず、ジャンボ機は強い衝撃に襲われた。
『こちらアサルト1! 爆弾の処理に成功! 何時間も隠れて待たされた甲斐もあったわね!って、いけない、いけないーー』
それきり機体の外部スピーカーは沈黙した。
続けてジャンボ機の出入り口ががちゃりと開き、黒ずくめの兵士達が十数名、どやどやと入ってきた。サブマシンガンで武装し、青いベレー帽を被っている。
「お、おおお落ち着いてください! わ、われわれはオーブ本国の救出部隊です! 出口から黄色いテープがは、ははってあります! そのテープから離れず、外で待っている輸送機へ歩いてください! 決して慌てず、れ、れ冷静にっ!」
あんたが一番落ち着け。
最初の難関をクリアしたリナは、すぐさま次の試練ーージャンボ機の護衛に集中した。なるべく目立って敵を引きつけなければならない。
リナの“BD-X1”は、ジャンボ機のそばから誘導路上に躍り出た。五〇〇メートル向こうのビルの陰から、早速敵の戦車が一輌現れ、リナ機に向かって発砲した。戦車の砲弾はきわどいところでリナ機をかすめ、背後のビルに風穴をあけた。
「このっ……!」
リナはビームライフルを腰元から抜き放ち、戦車に向けた。
照準。発射。
放たれたライフルが命中し、戦車は爆発した。すぐさま次の獲物を探し求める。
「意外と敵が少ない……」
事前にユウイチが暴れたために、はからずも戦力を南北に分散したのだ。背後では人質グループが列をなし、二機の輸送機へと急いでいる。彼女はスクリーンの端の時計をチラリと見た。
「あと一二〇秒か……」
なかなかきわどい。ゼルはユウイチをちゃんとフォローできただろうか?
ユウイチはレベッカに支えられながら、滑走路を走り続けていた。
「しっかりして」
「問題ない。」
能面のような無表情で、ユウイチは答えた。頭の切り傷はそれほど深刻ではないが、脇腹の傷がひどく傷んだ。
「間に合うの?」
ヒナが問うた。
「わからん。ゼルが来てくれるはずだが……」
「あのバカ、遊んでんじゃないでしょうね。」
まだ輸送機は三キロ先にあった。走るだけでは、到底離陸の時間まで間に合いそうもない。ゼルの“BD-X1”は、なかなか追いついて来なかった。苦戦しているのだろう。敵の狙いはヒナなのだから、ゼルは足止めで精一杯のはずだ。
せめて通信機があれば輸送機と連絡が取れるのだが……。
「……くっ! しつこい奴め…!」
正規軍のものでもない、見たことのない深紅のMS。
「うおおおおらああああ!!」
雄叫びを上げなから、ライフルを手に飛び出し
直撃する。筈だった。
「っ!?」
しかし、直撃した筈のビームライフルが深紅のMSの目前でその銃弾がかき消された。
ゼルが目を見開いて敵の出方を伺う。
ーーなんだ!? ビームがかき消された?
聞いた事もない。ビームをかき消すMSなんて、“RAVEN”や“ZEUS”にすら存在していない。実弾や真剣から機体を守るものとしてはフェイズシフト装甲が存在する。アンチビーム加工されたシールドよりも強化、軽装化させた手甲型のビームシールド発生装置なら存在する。
だが、未だかつてビームをかき消すという装置はMSに搭載された前歴はない。
「こいつ…」
ゼルはコックピットで頬を伝う嫌な汗を拭うと、モニターに映し出され同じように眼前で起きた現象に驚愕する。
ゼルはチラリと時計を見やる。
残された時間は少ない。ヒナを回収した時点で恐らく出航を早めるだろう。
つまり、このMSを片付けてなおかつゼルは艦か輸送機まで辿り着かなければならなかった。
「チッ、早めに片付けさせてもらうぜ…!」
ビームライフルを構え、右に走りながらトリガーを弾く。
が、またしても行動を見せたわけでもなく深紅のMSの眼前でビームがかき消される。
ーーくっ! 一体なんなんだ!
ビームの銃弾がダメなら、刃ならどうだ…!
ライフルを腰に収納し、肩からビームサーベルを抜き放つ。
ピンク色の光刃を煌めかせ、深紅のMSへと切りかかる。しかし、深紅のMSは動く気配はない。光刃が弧を描き深紅のMSへと降りかかる。
「っ!?」
やはり、というかまたしてもビームサーベルは深紅のMSの眼前で完全に止まった。
まるで見えない壁が、二機の間に立っているかのように光刃は火花を散らしたままそれ以上進む事はない。
『てめぇには興味ねぇんだよなぁ〜!!』
深紅のMSが握りしめたゼルに向け拳を振るう。
ゼルは敵が拳を繰り出すのを見て取ると、左に搭載されているアンチビームコーティングされたシールドをかざしてその拳から身を守る。
そして、その場から飛びのいて後退し距離を取った。
コチラの攻撃は通らないが、どうやら敵の攻撃は通るらしい。
というより、敵がシールドを殴りつけた時に壁のようなものは感じなかった。
他のMS同様にシールドで拳を容易に防ぐ事ができた。
機体の各部に異常が見られないのを確認していると、深紅のMSがビームサーベルを同じように腰から抜きはなったのが確認できた。
「へぇ。俺と接近戦やろうってのか?」
ペロリと舌で唇を這わせ、ゼルが操縦桿を強く握りしめる。
“RAVEN”の隊員は何かに特出した才能を持つ者が多く存在する。
それは電子機器を扱う事であったり、銃を扱う事や、作戦指揮、艦隊戦、MSの操縦技術。そして、ゼル・ウィガーが最も突出した才能を発揮させるのが接近戦だった。
彼は生身においても、MSでの操縦においても接近戦において右に出る者はいない。
それだけしか取り柄がないとも言えるため、筋肉バカと揶揄される事もある。
が、彼を懐に飛び込ませた事あるものならば知っている。彼の普段からは想像できない程の獲物を狩るハンターの瞳を。
左手に装着されたシールドを捨て去り、もう片方の手でビームサーベルを抜き放つ。二刀の構えで深紅のMSに向き合う。
『ほぅ〜! いいねー嫌いじゃねぇぜ!? 捨て身の覚悟ってやつぁな!!』
深紅のMSから男の声が聞こえると同時に相手が動き出す。
繰り出されたサーベルの切っ先を低い姿勢で躱し、切りつける。深紅のMSは必殺の一撃をシールドで防いだ。
ーーシールドで防いだな?
あの見えない壁は発揮させなかった。
つまりは、万能に見えるそのシステムにも弱点はあるわけだ。
ゼルの刃をシールドで防ぎながら、蹴りをゼルに向けて放ち距離を取ろうとする。
しかし、逃がさない。
その蹴りを右腕でいなし、敵の頭部めがけてサーベルを突き出した。
『…っ!』
命中するかのように思われたサーベルは、頭部を捻る事でかわされてしまう。サーベルの切っ先がジュッという音を立てて相手の側頭部を削る。と同時にバックステップで深紅のMSが、ゼルから距離を取った。
『なるほどなぁ…! 接近戦に自信アリってわけか…!』
男の声が高ぶる。
どうやら上物の獲物、とゼルを認識したらしい。
「悪いが付き合い続ける気はないぜ? こっちも忙しいんでな!!」
『それはお互い様だろ? もっと楽しみたいが、そろそろ終わらせてもらうぜ?』
男が告げる。
厄介なのはあの見えない壁だ。
あの壁には法則がある。発生するタイミングや、条件が存在するはずだ。
つまりその間さえ見切ることが出来れば勝機はある。
二刀のビームサーベルを構え、深紅のMSに向き合う。
先ほどまで晴天だった夜空は暗く曇り始めていた。
一瞬の間の後、お互いが飛びかかる。
光刃と光刃がぶつかり合い火花を散らし、ゼルのもう片方のサーベルが深紅のMSを切りつける。軽く深紅のMSが後ろに後退することで左から右に振るわれたサーベルが空を切る。逃すまいと空いた右のサーベルで切りかかる。
と、同時にそのサーベルが空でその刃を止めた。
例の見えない壁だ。
しかし、その手を緩めることはしない。左に握られたサーベルで切りつけ、壁で防がれる。次は右のサーベルで薙ぐ。交互に必殺の一撃を目にも止まらないスピードで繰り出していく。
「うおらあああああああ!!!!」
雄叫びをあげ、止むことのない連撃を浴びせ続ける。
疾く、もっと疾く。
『良い加減、諦めなあああああ!!!!』
男が絶叫する。
この時を待っていた。
ゼルが繰り出した二刀のサーベルをシールドで受け止められる。そして迫る深紅のMSが繰り出した右のサーベルがゼルの“RD-X1”に迫る。その一撃が迫る前に敵のメインカメラが搭載されているであろう頭部に向けて“イーゲルシュテルン”をばら撒いた。
こんなものは目くらまし程度にしかならないだろう。
だが、それでいい。
振るわれたサーベルを握っていた二刀のサーベルを手放し、低く姿勢を落とすことで躱す。と同時に脚部に収納されていたコンバットナイフを右手に握りしめた。
そして、ガラ空きの深紅のMSの懐へと飛び込んだ。