ーーオーブ近海海上“アテナ”
ヘリが飛行甲板に着陸すると、ハルバートは発令所への道を急いだ。艦の二重船殻が閉鎖をはじめ、くぐもっと閉鎖音が通路に響いた。
第二甲板通路を足早に歩いていると、後ろからリナ・ハマチが追いついてきた。
「リナ少佐。あなたは格納庫で待機のはずだ。」
「このまま撤退するんですか?」
「えぇ。」
「ゼルと同じように、ユウイチとレベッカも見捨てて?」
「入隊契約の範疇です。少佐。」
それでもリナは食い下がった。
「彼らは私の部下です。責任があります。二時間……いや、一時間だけ行かせてください。それまでに見つけて戻ります。お願いします。」
「五十億の艦と、二五〇名の乗員をきけに晒すのかね? お願いしますの一言で。」
「無茶は分かってます。ミラージュミストコロイドを使えば……」
「気象班の報告によれば、これから2日は雨が降るらしいですよ。」
ミラージュミストコロイドには弱点があった。多量の水――雨に打たれ続けるとスパークするのだ。青白い炎が無数に生じ、透明化どころか広告塔になってしまう。ハルバートが救出作戦を急いだ理由もそこにある。
「ただの天気予報じゃない? 当てにならないわね」
彼は頑丈な防水扉の前で立ち止まり、振り返った。
「ここから先は発令所要員の区画です。」
「私は少佐ですよ?」
階級だけなら、ハルバート大尉より上になる。
「えぇ。しかし、現場に残るのを選んだのはアナタだ。彼のそばに居たいとね。」
「……いつもそうなのね。どうしたらそこまで冷淡で居られるんですか?」
「そうなる事が必要なんです。本来ならアナタがやるべき役目だ。」
ハルバートはリナに背を向けた。
いくつかの扉を開き、ブリッジに入る。艦長席のバーバラ・ロス・ホームズは、潜航の命令を発したばかりのところだった。彼女はハルバートを一瞥もせずに、
「どれだけ待てるか聞きに来たんでしょ?」
当然のように言った。この少女には敵わない、とハルバートは本気で思った。
「今は一分たりとも待てないよ。敵の武装哨戒船が三隻、機雷を満載して接近してる。このあたりの海は浅いし、ろくに隠れ
る場所もない。大至急、ここから五〇キロは離れなきゃ。」
「ごもっともです。」
バーバラはポニーテールに結んだ自身の後ろ髪を、きゅっと握って自分の口元に押し当てた。
「でも、ユウイチ君達は助けたいよね。」
「はい。まだウィガー少尉にも生存の可能性はあります。」
あれで死ぬ程度の男なら、ハルバートはゼルをこの艦における部隊員として“BD-X1”を任せていない。
「私が夜明け前までに沿岸部で、数分間だけ浮上時間を割り出したら……ハルバート君はどんな手を発案できる?」
「可能なのですか?」
「普通の艦なら無理だろうね? でもこの艦と、ここに私が居る。」
バーバラは強気な笑みを見せた。まるで自分の息子を誇る母親のようだった。
「……ゼル君が撃墜されたのも気にかかる。私の考えが正しければ、アレを使う必要がでてくるね。」
「……アレ、ですか?」
「リナ少佐の許可は取っています。然るべき時に備えて最善の準備を。」
バーバラはこの言葉を口にした時、この艦内のどこかに繋がれた凶暴な獣が、悦びのうなり声をあげた気がした。