AnotherSEED   作:another12

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伝説の系譜ーー2

伝説の系譜ーー2

 

 

 

「ヒナ、まだ歩けるか?」

 

「歩かないと、始まらないんでしょ」

 

 強がってはいるが、彼女もだいぶ憔悴しているようだった。

 ユウイチとレベッカが両側からゼルを支え、よろよろと引き摺るように山道を歩いた。

 

「俺は怪我人だぜ? 丁寧に歩いてくれよ……」

 

「何言ってんの。四人中、三人が怪我人なのよ。我慢なさい。」

 

「よくあそこまで歩いたな。」

 

「……あの川を伝ってな。おかげで匂いが消せたよ。……しっあし、大尉も酷いことしやがる。機体から脱出するのが三十拍子遅かったら俺も木っ端微塵だぜ。……まぁ、あの場でくたばってた方が楽だったけどな。」

 

 そう言ってゼルは苦々しく笑った。

 

「赤いMSにやられたのか?」

 

「あぁ……まるでわけがわからねぇ。」

 

「なにがあった」

 

「至近距離に誘い込んで、ブッ刺してやろうとしたんだ。……ところが、仕留めたと思ったら、次の瞬間にはこっちがバラバラになってた。」

 

「指向性の散弾地雷でも使われたか?」

 

「いや……そういうモンとも思えねぇ。見えないハンマーで、ぐっ……ブン殴られたみたいな感じだった。……っ……うっ……」

 

「もういいわ、喋るな。」

 

 やがて彼らは上の斜面を超えた。樹齢は千年以上はありそうな樹木の下まで来ると、

 「上り坂はここまでだ。」

 

 下り斜面の先には平地が広がっていた。星のない夜空の下、あぜ道を走る軍用車両のヘッドライトがまだらに見えた。手前には集団農場。その先は水田地帯だ。

 ヒナが目を細める。

 

「あんな見晴らしのいいとこ、ノコノコ歩いてたら……」

 

「あぁ、間違いなく発見されるだろうな。」

 

 ユウイチとレベッカはゼルの身体を横たえた。彼はうめき、聞き取れないほどの声で悪態をつく。レベッカもその隣に腰かけ、むせぶように咳き込んだ。不平は一言も漏らさないが、具合は良くなさそうだ。

 モルヒネが再び効いてきたらしく、ゼルは再び寝息を立てる。

 

 真夜中の悪路を歩き続けて三時間――よく頑張ったと思うが。

 

「……ここまでか。」

 

 この四人で、海岸まで歩くのは不可能だ。彼は結論した。

 仮に“アテナ”が救出作戦を考えていてくれたとして……ここで連絡を取る手段もない。ゼルが持っていた小型の通信機はあるが、更新可能範囲はわずか数キロ先だ。ここから海岸までまだ三〇キロはある。

 自分の身体もかなり限界が近い。頭ははっきりとせず、傷の痛みはひどくなってきた。動けない。連絡はとれない。包囲網は狭まる。

 

 ーー出口なし、か……。

 

「ヒナ」

 

「なに?」

 

「……よく聞いてくれ。」

 

 ユウイチは真摯に事情を話した。今置かれている状況を簡潔に。

 

「……そう」

 

「だから……こうしようと思う。俺とゼルがこの場に残り、派手に暴れて陽動する。レベッカとヒナは、その間に走って西の海岸へ。」

 

「……なんで?」

 

「西へ逃げるんだ。この通信機を持って、海岸へ向かえ。もし味方が迎えに来てくれていたら、この通信を拾ってくれるはずだ。」

 

「だって、そしたらユウイチとゼルは――」

 

「気にする必要はない。俺達の仕事は君を守る事だ。それに三人揃って捕まるより、一人でも生き延びた方が可能性がある。」

 

「そんな……」

 

 自分はいい、とユウイチは思った。納得づくの人生だ。自分の人生はこんな結末だろうと思っていた。ゼルもそうだ。彼がここで野垂れ死ぬのは、彼が選択した結果だ。だが、彼女は――

 

「君には生き延びる資格がある。だから、行け。」

 

「……逃げる。私とレベッカさんで……。」

 

 長い沈黙。

 ヒナはユウイチとゼルを交互に見た。明らかに、迷っているようだった。実際には迷う事など、なにひとつなかったのだが。

 一人でも助かる道を選ぶ。誰でも納得できる道理だった。負傷者を置いて逃げても、だれも彼女を責めやしない。当然――彼女は逃げる道を選んでくれるだろう。そう思っていた。

 

 一分以上は黙っていただろうか。やがてヒナは答えた。

 

「いやだ」

 

「……なんだと?」

 

「いやだ、って言ったの。ここから二人を置いて逃げるなんて、まっぴらごめんだね。他の手を考えればいいじゃん。皆で考えようよ。」

 

 そう告げる彼女の声には、力強さがあった。

 

「いいか、ヒナ。ここから全員が脱出できる手はない。君一人さえ逃すのは難しい。これは事実だ。」

 

「事実? ユウイチが一人で決めた事情じゃん。」

 

 彼女の声に、わずかな怒気がこもった。

 

「しかし――」

 

「黙って!!」

 

 目の覚めるような一喝に、ユウイチは呆然とした。

 

「この山の中を歩きながら、ずっと考えてたけど……ようやく気持ちがまとまった。」

 

 前置きしてからヒナは大きく息を吸い込んで。

 

「ユウイチ、やっぱりバカだよ。大バカ。」

 

 きっぱりと指摘した。

 

「私を助けようって気持ちはありがたいよ。なんか忘れてない? なにか、非っっ常〜〜〜に大切なことを見落としてると思うけど。わかる? わかんないでしょ。なんで分からないかって言ったら、ユウイチがネクラのバカだから。それでもってそんなネクラのバカに助けられても、ちっとも嬉しくなんかないよ!」

 

「なっ……」

 

「なんでなのか教えてあげる。ユウイチはね、『いつ死んでもかまわない』とか、そーいうナメた事ばっか考えてるんだよ。私の気持ちなんか考えずに、善意を押し付けてる。自己満足なんだよ! だれかのために犠牲になるなんて立派だけど、それは自分自身を大切にしてる人がやるから立派なの。ユウイチのはただの自暴自棄、思考放棄の死にたがり。自分の命を勘定に含めないなんて頭おかしいんじゃない⁉︎」

 

 一気にまくしたてられ、ユウイチの頭は混乱した。

 誰かのために自分を犠牲にする。それは、当たり前の事だった。救える命が目の前にあるなら救う。それが、生きる意味だった。何故なら自分は生き延びたのだから。――なにを?

 そこまで思考して、ユウイチの頭に痛みが走った。ノイズのような、鋭い痛みだった。

 彼女の言葉の意味はわからない。ただ、それが自分の抱えている重大な欠陥……それだけはぼんやりと理解できた。

 

「だから、考えるの。手を。生きるために全て尽くす。尽くして、尽くして、それでもダメならまた考えよう。」

 

 どこまでも前向きに、彼女は告げる。

 

「この山に火を点けるとかは? 山火事起こして大騒ぎするの。それで消化に駆けつけた車を盗んで逃げるとか!」

 

 無謀を通り越しているが、ヒナの声はあくまで真剣だった。

 

「私は絶対諦めないよ。」

 

 彼女は自分の胸に手を当てた。

 

「みんなで助かる方法がないなんて、絶対に認めない。なんとかするの。ユウイチもゼルもレベッカも見捨てずに、ここから抜け出して、これからも生きるの。私が選ぶの、文句ある⁉︎」

 

「根性や気力ではどうにもならない事もある。」

 

「じゃあ勇気と知性!」

 

「だめだ。いけ。君は逃げるんだ。」

 

 とうとうユウイチはサブマシンガンの銃口をヒナに向けた。彼女は一瞬息を呑んだが、すぐに緊張を解き、まっすぐにユウイチを見つめた。

 穏やかな声で、

「いかないと、撃つの?」

 

 なぜか、哀れむように言った。

 

「……そうだ。敵に捕まって廃人にされるより、ここで死んだ方がマシだ。」

 

「そんな、苦しい理屈。」

 

 ヒナは微笑んで、一歩ユウイチに近づいた。

 なぜ怯えない? ユウイチはひどく焦った。そして漠然と、もはや彼女を従わせる手段がないと知り、絶望的な気分になった。

 

「どうして怖がらないんだろう……って、思ってるんでしょ?」

 

「っ……」

 

「理由は簡単」

 

 彼女は優しく言うと、銃をおしのけ、ゆっくりとユウイチに抱きついた。硬くも強くもない、やわらかな抱擁。

 

「私はね、もうユウイチを信じたの。」

 

 胸から彼女の体温が伝わってくる。

 

「だから……だからこそ、ユウイチを見捨てるのは嫌なんだ。」

 

 彼女は笑う。力無く、優しく、微笑んで。

 

「ヒナ……」

 

「私ね……さっきまで確かにユウイチが怖かった。私が知るユウイチじゃなくなったみたいで、すごく強くて、あんな風に……約束してくれたじゃん。だから自分に言い聞かせたの。ユウイチも一生懸命なんだ、私を助けようとしてくれてるんだ、って。だから、恐れずに彼を信じよう……って、立派でしょ?」

 

「あぁ。立派だ……」

 

「でしょう? ただの中学生が、ここまで言ってるんだよ? だからユウイチももう少し頑張ってよ。自分は死んでも構わないなんて、そんな悲しい事、考えずにさ。……一緒に帰ろ。」

 

 一緒に帰る。それは、素敵な言葉だった。

 

「あーー。コホン、そろそろいいかしらー?」

 

 そばに座り込んでいたレベッカが、申し訳なさそうに咳払いした。気づけばゼルも目を覚ましてニヤニヤしている。

 二人は慌てて距離を取った。

 

「お……起きてたのか?」

 

「そりゃあんだけ言い合いしてたら起きるだろ。」

 

「ひどい! なんで黙ってたの⁉︎」

 

「そりゃ黙るしかないだろーが……」

 

 ゼルはこめかみの辺りをポリポリと掻いた。

 

「お前の負けだよ、ユーイチ。とにかく彼女がいやだ。って言ってんなら、お前のプランは却下だろ。しっかし、山火事ってのは良い案だった。」

 

「と、いうと?」

 

「まぁ、この雨じゃ放火は難しいが……このままくたばるよりマシだな。それに今の装備じゃ山火事までは起こせない。」

 

「そうね。敵に位置を知らせるだけだわ。」

 

「わかんないじゃん! 味方の飛行機がこの辺を飛んでて、空から見つけてくれるかも。」

 

「ここは敵の制空圏だ。味方が飛んでいるわけもない。」

 

 

「……じゃあもっと上は? スパイ衛生とか、そういうのないの?」

 

 ユウイチは“RAVEN”の偵察衛生“ジャベリン”の存在を、部外者に話していいのか迷った。だがすぐに思い直して、

 

「ある、都合の良くこの上を飛んでいるわけない。偵察衛星の軌道は秘密事項だ。俺達のような下士官には知らされていない。」

 

「……いや、待てよ。」

 

ゼルがぽつりとつぶやいた。

 

「俺は出撃前に衛生写真を見せられた。昨日の一五三○時だ。あの基地だ。……いまの時間は?」

 

 ユウイチは何かに打たれたようになり、腕時計を見た。

 

「○ニ四八時。あと少しで半日が経つー――」

 

 通常、偵察衛星は九〇分で一周する。地球の自転を計算すると、偵察衛星がもう一度やって来るのは――約一二時間おきだ。昨日の一五三〇時にこの地域の上空を通ったのならば――

 “ジャベリン”が、もうすぐ上空を通過する……!

 

 ほぼ正確な時間が分かっているなら、地上から火文字で存在を知らせれば……?

 ユウイチ達は顔を見合わせた。

 『熱源の目印』と、『偵察衛星』。この二つのキーワード、生死を分けるほどの重要なヒントが、はからずしも素人の彼女の口から出てきたのだ。

 

「どうしたの?」

 

「こんな盲点があったとはね……」

 

「ヒナちゃん、君はサイコーだ……!」

 

「な、なに? いきなり……」

 

  ただし、プランは分のいい賭けとは言えない。火を焚けば、味方だけではなく敵の注目も集めてしまう。衛生が確実にこちらを見つけてくれるとも限らない。そして味方が発見しても救助部隊が間に合うかも分からない。

 やはり、ヒナとレベッカを逃す方が確実だ。

 しかし、やってみる価値はある。

 

 ユウイチは立ち上がり、サブマシンガンを肩にかけた。

 

「早速実行してくる。みんなはここに居てくれ。」

 

「私は動けるし、手伝うわ。」

 

「……頼む。無茶は……いや、どうせだからしてこい。」

 

「そうだな。」

 

 

 ユウイチとレベッカは山を降りると、農業用のトラクターからエンジンオイルを抜き取り、荒れた農地にオイルを撒いていく。本当はガソリンが良かったが、外郭区の生活の苦しさ故か、ガソリンタンクはどのトラクターも空っぽだった。

 

 オイルを撒き終え、ジッポライターで火を点ける。

 

 『A234 Alive』

 

 Aはヒナの暗号名、天使を意味し、『2』はレベッカ、『3』はゼル、『4』はユウイチのアサルトから始まるコールサインを意味する。

 

 オイルの火は、数分と経たないうちに消えるだろう。それに味方が気づくか、敵が気づくかは分からない。

 これは、賭けなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ本島外郭区 航空基地

 

「不審火?」

 

 部下の報告を受け取り、マガシは眉を顰めた。彼は基地の一角、整備トレーラーの前で“キリング”の整備を監視していたところだった。

 

「はい。ここから西に十五キロの農場に、何者かが火を点けたとの報告が。」

 

「ふん……」

 

 陽動だろうか? いや、ただの不審火が陽動とは考えづらい。いずれにせよその放火をしたのはユウイチだろう。意図はわからないが、付近に隠れているはずだ。

 

「軍の連中はすでに捜索の幅を狭めています。発見は時間の問題でしょう。」

 

「男は殺せ――女は犯そうが手足を折ろうが構わんが、殺すなと念を押せ。」

 

「はい」

 

「俺もこれから出る」

 

「“キリング”に乗って、ですか?」

 

「文句あるのか?」

 

「め、滅相もありません……! ただ“リフレクター”の修理に時間がかかっていると聞きましたので……」

 

「禁じ手を使ったからな。だが、手負いの獣相手にゃ良いハンデだ。……いや、相手はユウイチだ。人騒ぎあるか……?」

 

 海軍からの報告では、連中の艦はすでに沿岸部を離れていると聞く。救出部隊の派遣は不可能なはずだな――

 

「ま、念の為だ。念の、な」

 

 

 

 

 

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