「どう? うまくいきそう?」
「わからん。もともと分の悪い賭けだ。君が逃げた方が見込みはあったかもな。」
「嫌だね、諦めて」
「それはよく分かったさ、もう君に指図はしない。」
「ありがと」
遠くからヘリのローター音が聞こえてきた。近づいてくる様子はなく、遠ざかっていく。
暗い林は陰気で、寒々しく出口のない迷宮みたいだった。
「「……っ?」」
そこで、ユウイチとレベッカは足音に気づいた。
人ではない。もっとすばやく、静かな音。荒い息。
これは、犬だ。
さらにその遠くから、人の足音も聞こえてきた。三人、四人……もっといる。
彼らは息を殺した。小枝を踏む音が次第に近づいてくる。凶暴な唸り声。
「どうし――」
「来るぞ、伏せてろ。」
彼が言うのとほとんど同時に岩陰から二匹の犬が飛び出してきた。弾丸のようにこちらに向かって――――
ユウイチはためらわず発砲した。軍用犬は悲鳴をあげた。うち一匹は勢い余ってヒナの体にずどんと当たり、身悶えしてから絶命した。
「きゃっ……!」
追跡隊がこちらの発砲音に気づいて、松林の奥から撃ちかけてきた。白い火線が跳ねる。
「尾けられたな、このバカ!」
ゼルがののしった。ユウイチは追跡隊に撃ちながら、
「時間の問題だ。仕方がない」
この怪我で、この装備では血の匂いを消しきれない。巨木の陰から様子を伺うと、敵の兵士が一人見えた。足を狙って一発ずつ撃つ。違わず命中。倒れたところをわざと回りに撃ち込んだ。兵士は悲鳴を上げ、仲間に助けを求める。たぶん友人なのだろう、もう一人の兵士が決死の覚悟で負傷者に駆け寄り、木陰にひきづっていく。
「これで二人」
「殺しちまえよ。ったく……」
敵の銃撃は増す一方だった。
「この調子なら、すぐ敵のMSも来るわね。」
「いよいよかよ。はは……」
ゼルはとうとう笑い出す。ユウイチの銃にはあと一〇発ほどしか残っていなかった。
「やっぱり駄目だったみたいね……」
レベッカがつぶやいた。
「……ヒナ、すまない。」
応戦しながらユウイチは言った。ヒナは努めて明るい声で。
「私、後悔してないよ」
「そうか」
「ユウイチ達と会えて、よかった。」
「……あぁ。」
暗い声で応えた途端、弾が切れた。クルツが叫ぶ。
「レベッカ! ヒナちゃん連れて行きなっ! 決断の時だろ。」
名を呼ばれたレベッカは、悲痛な顔でゼルを見やる。
「どのみちここで終わりだろ!」
「いや」
空を見上げ、ユウイチが否定した。
「空から、援軍だ。」
彼らの上空一〇〇メートルで、カプセルがはじけた。
爆発ボルトの火花が散り――黒い空に、MSが躍り出す。その機体は空中でバランスを取るように両手をあげて、まっしぐらに降下してきた。
「……来るぞ。」
四人が見守る中、MSは彼らのわずか五メートル先の斜面に着地した。ずしゃりと重たい駆動系の音が響き、泥と小石が盛大に跳ね上がる。機体のあちこちから白い蒸気が噴き出し、あたりにかりそめの濃霧をつくった。
そのMS――ユウイチの髪のように鉄灰色のMSを見て、四人はぽかんとした。
「これは……?」
それはユウイチ達がまったく見たことのない機体だった。
骨格の作りは、“BD-X1”に似ていたが、装甲の形や細部が異なる。そして、背中には翼があった。
シャープで力強いシルエットが、猛禽類の凶暴さを連想させる。その面構えはナイフのように鋭く、研ぎ澄まされた緊張感が漂っていた。
“人型機動兵器”と呼ぶよりも、むしろ“世界一危険な美術品”とでも読んだ方がしっくりくるイメージだった。
「……だれが乗ってるんだ? リナか?」
それに、他の味方は? 一機だけ?
彼の疑問に答えるように、MSは膝まずき、胸のコックピットハッチを解放した。
だが、誰も出てこない。
「……おい、ひょっとしてこれ」
ゼルの言葉を待たずして、ユウイチは吸い寄せられるように目の前の機体に向かった。
機体に駆け寄ると、タラップを使って上昇、中を覗くと――
「無人か……」
その機体には、誰も乗っていなかった。とにかく機体にすべり込む。いつでも機動できる状態だ。
《声紋チェック開始。姓名、階級、認識番号を》
女性の声で、機体のAIが要求した。
「ユウイチ・レオンハート少尉、認識番号Y-1173」
《照合完了。ユウイチ・レオンハートと確認。起動プロセスを開始してください。》
ユウイチは慣れた手つきで機体を立ち上がらせる。
そこでユウイチは、画面の端に赤文字を見つけた。
《最優先ファイル――A-1を閲覧せよ》
ユウイチは躊躇わずファイルを閲覧した。コックピット内に響いたのは、リナ・ハマチの声だった。
『この映像を見ているという事は、無事にこの機体を受け取ったようですね。』
澄んだ目でコチラを見つめるリナ。
『偵察衛星“ジャベリン”で四人を発見した時、“アテナ”は沿岸から六〇キロ離れた海域にいました。通常の救出部隊では間に合いそうにないため、改造した弾道ミサイルにこのMSを搭載して射出しました。無人なのはそのためよ。』
「……なるほど。」
『現在“アテナ”は、無線封鎖でオーブ近海の沿岸へ急行しています。〇四三〇時から一分間、“アテナ”は沿岸に浮上します。その時間までに指定した場所にて合流を』
デジタルマップに回収地点の表示。
現在の時刻は〇四一三時。味方が海岸に来るまで、あと十七分しかない。
『それと、この機体はあなたの為のあなたの機体です。STTS-73 “スパイラル・フリーダム”。ーー伝説の機体“フリーダム”の流れをくむ“RAVEN”が誇る最新鋭機です。』
淡々と、リナは画面越しで告げる。
だが、その表情は悲しげで…
『ーーーーその機体を使って貴方が守りたいと思うもの、思いだけでも、力だけでも守れないものを守るために使って。』
リナが画面の向こうで悲しげな表情で言い、モニターが切り替わる。
操縦桿を握りしめ、ユウイチは懐かしい感覚に襲われる。
画面には
General
Unilateral
Neuro-Link
Dispersive
Autonomic
Maneuver
Synthesis System
の文字が流れる。
「GUNDAM……」
かつて、C.E72年の登場から今に至るまで幾度にも渡る伝説を築いてきたMSの代名詞。
まさか自分がその“伝説の系譜”を受け継ぐ機体を駆る事になるとは。
色々な思いが錯綜する。が、頭を左右に振り余計な考えを拭い去る。
エンジン音がシートを震わせる。
ゆっくりと、糸を切られたマリオネットが息を吹き返していく。自由を取り戻し、自分を導く誰かが現れるこの時を待っていたとばかりに不思議なほどユウイチの身体にこの機体は馴染む。
立ち上がった巨神、“スパイラル”の目に光が灯る。
灰色の身体が“ZPS”装甲を起動させ、赤と白に染まる。
「想いだけでも……力だけでも…」
何故か、リナの言葉はとても心に残った。
守ろう。守れるか分からないけど、それでも自分に出来る事を。
立ち上がり、“イーゲルシュテルン”をゼル達の眼前に迫るテロリスト達にばら撒く。
ガンダムの姿を見たテロリスト達が部が悪いとばかりに退いていく。
「ガンダム…」
ヒナがユウイチが乗り込んだ“スパイラル”を見つめ、呟く。
何故か、初めて生で実物を見たはずなのにどこかで見た事がある気がした。
懐かしいような、悲しいような複雑な気持ち。
「ったく、こんなモンまで用意してるとはな…」
ゼルが隣で悔しげに呟く。
そして、機体は跳躍し、迫り来る敵援軍の真只中に飛び込んだ。それ以上は、ヒナの目にはもう追えなかった。
赤いガンダムは矢のように谷間を駆け抜け、宙を舞う。敵とすれ違った次の瞬間には、ビームサーベルで両断され、宵闇の空を自由に駆け回る赤い螺旋は、撃ちかけられるビームの雨をかわし、シールドを射出させた。射出されたシールドは三方向にビームブレイドを展開し、敵機を切り裂いた。
「映画みたい……」
敵機が何機いたのかは分からない。たぶん、四機以上だ。そのことごとくが、ユウイチによって射抜かれ、切り伏せられ、バラバラにされていく。
電光石火。
ユウイチが駆る“スパイラル”は、最後の一機に肉薄した。
ヴァイパー3 レールガンを連射して、
「五機……っ!」
ユウイチはつぶやいた。被弾した敵は地面に叩きつけられ、火と煙をあげて動かなくなる。
きっかり五十八秒、追手のMSは部隊は完全に沈黙した。
――よし、いまのうちに……
ヒナ達を拾って逃げるべく、ユウイチは元の場所へ引き返そうとした。
そこで――
左の山陰から突然、赤いMSが飛び出した。至近距離。敵意をむき出しに、ビームマシンガンを連射してきた。
「っ……!」
ユウイチはアンチビームコーティングされたシールドを構えながら、腰部のレールガンで応戦した。敵はそれを予想していたかのように跳躍してかわし、空中から撃ちかけてくる。
『はっはー? ガンダムたぁ大層なもん持ち出してきたなぁ!』
愉快そうに男が笑う。
「黙れマガシ。」
『っ!』
目の前に立つガンダムから放たれた言葉とその声に男、マガシは虚を突かれた顔をした。
『へぇ? そこにいるのはユウイチか? 思い出したってのか? 俺の事を! 俺がテメェにやった事をなぁ!』
反吐が出るような声で愉快そうにマガシが笑う。
面白くなってきたと、マガシの気分が高揚していく。
「黙れ。」
自分でもビックリする程の冷たい声で言い放つ。
『つれねぇじゃねえか? ユウイチちゃんよぉ!』
操縦桿を強く握りしめる。
もうたくさんだった。
この男と会話を続けたくない。その顔ももう二度と見たくない。
「貴様と話す舌など持たん!!!!」
スロットルを全開に、腰にマウントされたビームサーベルで切りつける。
『いいぜぇ! いいねぇ!! 最高に最高だ!!! 殺し合おうぜ!昔みたいによおおお!!!』
マガシがせせら笑い、ユウイチが放ったサーベルと切り結ぶ。
「あの見えない壁を展開しない!?」
ゼルが深紅のMSの異常にすぐ気付く。
何故使わないのか。いや、見えない壁を展開しないのではなく、もしかすると使えないのではないのか。
先ほどの自分との戦闘で停止した時にあのシステムに異常が起きたのではないか。と推測する。
「行ける! 行けるぞ! やっちまえ、ユウイチ!!」
幾度となく斬り結び、ビームサーベルとシールドがぶつかるたびに火花を散らす。
深紅のMSのビームサーベルをアンチビームシールドで受け止め、同じようにビームサーベルで横薙ぎにコックピットを狙う。“キリング”が後退しながらマガシが叫ぶ。
『どうしたどうしたぁ!? 俺を殺す気なんだろ!』
“スパイラル”を操りながらその性能にユウイチは舌を巻いていた。
“RD-X1”よりも格段に火力、機動性、馬力、どれを取っても頭一つ抜けている。にもかかわらず互角に斬り結び敵のMSも素晴らしい性能だろう。
だが、それ以上に性能で勝っている確信があった。
にもかかわらず決め手を欠いているというのはやはり、操縦者のテクニックの違い。自分が機体に振り回されているという事か。
後退したマガシに向けて腰にジョイントされたビームライフルを立て続けに放つ。
着地する瞬間を狙ったものの、マガシはシールドでそれらを全ていなして見せた。
『そんなんじゃまた守れないぜぇ!!』
マガシが再び距離を詰める。
ユウイチは素早くライフルを再び収納し、サーベルで切り結ぶ。
『お前からまた奪ってやるよ!! 俺にお前の絶望に染まる顔を見せてくれ!!』
この男は欲の塊だ。食欲、闘争欲、性欲、睡眠欲、全ての欲に忠実で生きたいがままに生きる。相手から全てを奪うと決めれば絶望に染まるまで奪い、興味がなくなれば殺す。奴にとって人間なんてのは、欲を満たすための生きたオモチャに過ぎない。そうやって皆殺されていった。
ーーーまた、奪われるのかっ……⁉︎
ふと、脳裏に最悪の光景が広がる。
瓦礫の上で、全てが血に染まる中、慟哭し事切れた友の亡骸を抱きしめる光景。
何故そうなったのか、何故失ったのかは覚えていない。
覚えていなくても、この悲劇を繰り返したくないと、繰り返させるわけにはいかないと、この男にまた命を奪わせるわけにはいかない。
冷たくなったヒナが、腕の中に居る。
「……貴様と、話す舌は持たんと言ったあああ!!!!」
何かが奥底で弾ける。
同時に視界が広がり、全てを感じ取れるような気がした。
聞こえないはずなのにヒナとゼルが何かを叫んでいる。
ーーユウイチ!
周囲の全ての動きが指で触れられるようなほど精密に感じ取れる。なにかのスイッチが入り、時間を支配したかのようだ。
ユウイチは機体を操作し、シールドを切りかかるマガシに向けて投擲した。
いとも容易くそのサーベルはかわされる。
――が、それでいい。
ビームサーベルを抜き放ち、大地を蹴った。
『んなっ!?』
マガシも追いつけないほどの動き、ユウイチの操縦がマガシの反応速度を上回った。サーベルを握る右腕を切り落とされ、ガラ空きのボディを守ろうとマガシが後退する。
「逃すかああああああ!!!!」
雄叫びを上げながら、バーニアを全開にし、ユウイチはビームサーベルをマガシが駆る深紅のMSの腹部へと突き立てた。
『うおおおおお!?』
よろよろと、マガシを乗せた深紅のMSは後退してくいと一瞬の間の後に大きな炎と音を上げて爆散した。
「……」
――マガシは、即死だろう。
燃え盛る炎を見ながら、ユウイチは特に何の感情も湧いてこなかった。
チラリ、と時計を見やればすでに時間は五分を浪費していた。
三人のところに戻るなり、ユウイチは機体をひざまづかせた。
「いくぞ、時間がない。」
三人を手の平に乗せ、両手で覆うように二人を守りつつ、“スパイラル”は両翼を広げその場を飛び立つ。
「あばばばばばばば」
と、ヒナが情けない声を上げている。ゼルに至っては緊張の糸が切れたのか気を失っているようだった。レベッカは疲れたとばかりにへたり込んでいた。三人に負担のあまり掛からないように慎重に飛びながら、空路で母艦“アテナ”を目指す。
『……ヒナ、いいのか? もう元の生活には戻れないぞ…?』
今更になって、ユウイチが尋ねる。
しかし、ヒナは寂しげな表情をすることもなく無邪気に笑う。
「ユウイチが一緒なら、どこにでも行くよ!」
ずっと一人ぼっちだった彼女に初めて出来た彼女の味方。
彼らが正義の味方でないのだとしても、彼と一緒ならどこにだって行けるそんな気がした。
しかし、前方――岬の手前にMSが見えた。
海岸で律儀に警戒にあたっていた敵MSだ。さらに、砂浜の方にも敵部隊が。四機、五機、……いや、それ以上だ。
今の“スパイラル”は三人を抱えているため回避行動すら取れない。使える武装も限られている。
「くそっ」
正面の敵が、こちらにビームライフルを構えた。そこで――
『アサルト4、構わずまっすぐ飛んで――』
無線に女の声。
「リ……」
相手の名前を言い終える前に、正面の二機が火を噴いて倒れた。海からの狙撃だ。見ると、海岸から三〇〇メートルの波間に、大型ライフルを構えたMSの姿があった。
“オクスタン”と形容される――リナ機の“RD-X1”カスタム武装を海面にひざまずき、構えている。
いや、その下に――“アテナ”が浮上した。
真っ暗な海を切り裂いて、巨大な戦隊が姿を見せた。海岸線と平行に航走している。
『ユウイチ、チャンスは一度よ! 着艦して!』
“アテナ”の背中で、“RD-X1”が手招きした。
答える間もなく、ユウイチは機体を“アテナ”に向かわせた。みるみる“アテナ”の船体が迫った。そして、両手を広げたリナ機が――
『よしっ……!』
“スパイラル”を、丁寧に受け止めた。
『アサルト4を回収! 第二ハッチから収容を完了!』
ブリッジのスピーカーから、リナの報告が響いた。
「第二ハッチ、閉鎖を開始。あと二秒……閉鎖を完了」
アリサ・コルサコフが報告した。正面スクリーンが気密確保を表示。
バーバラ・ロス・ホームズはうなずき、
「面舵いっぱい、進路二-〇-五、最大船速」
「了解。面舵いっぱい、進路二-〇-五、最大船速」
クリス副長が復唱した。艦が右に傾き、海面の波で小刻みに揺れた。敵の砲撃が、艦の周りで暴れ回った。
“アテナ”はみるみる海岸から離れていく。
「深度五〇まで潜航開始。メイン・バラストタンクに注水。潜航角度は五度。速度このまま」
「了解、予定通り潜航を開始」
クリス副長が命じ、操舵士官が必要な操作を行った。バーバラとクリス副長は、潜航作業をきっちり見届けた。
「ここまで酷使したのは、はじめてですな。」
副長がぽつりと言った。
「超伝導推進のこと?」
「はい。たいしたタフさです。試験の時は、もっと繊細なシステムかと……」
「私も驚いてるんだ、実は。設計した本人が言うのも変だけどね。」
バーバラは微笑み、スクリーンに向き合った。
哨戒艇の囲みを突破する仕事が、彼女らにはまだ残っていた。