「いい加減勘弁したらどうなんだよ」
「…。」
軍服に着替えたヒロキとチヅルは軍工房の通路を歩いていた。
チヅルが先を行き、ヒロキが後ろから話しかける。
帰ってからというもの、ヒロキと顔を合わせようとしないチヅル。いつも勝手にペラペラ喋るくせに今日に限ってはヒロキの質問にはオールスルーだ。
やがて、ヒロキ達の目的の場所ーーある執務室の前にたどり着いた。
「ったく…」
ヒロキは総無視する相棒に毒づいて執務室のドアを三度静かにノックした。
「入っていいぞ。」
中から男の声が聞こえ、ヒロキとチヅルは一層身を硬くする。
「失礼します!」
そう告げて二人が執務室に入室する。
椅子に腰掛け書類を眺めていた男性がコチラに目をやり、入室してきた二人の顔を認めると柔和な笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、ヒロキ。チヅルも。」
「いえ、アスカさんもーーお元気そうでなりよりです。」
ヒロキにアスカ、と呼ばれた男は困ったような顔をして
「シンでいいよ。」と答えた。
シン・アスカ。かつて、“ZEUS”がその前身“ZAFT”の時代の頃。
C.E.74年にエースの証であるザフトレッドを託され、当時の最新鋭機“インパルス”を用い、第一次ヤキン・デューエで多大な活躍を見せた伝説的MSーーー“フリーダム”を討ち取り、その後も常に十年に渡り最前線で戦い続けている生きる伝説。士官学校で配られる教本にも乗っている男だ。もし、彼の熱狂的ファンがこの場に居たならば卒倒ものであろう。軍内部でも彼を慕う者は多い。士官学校においても、シン・アスカに憧れて入隊を希望する者も多い。
今ではギルバート・デュランダル議長の懐刀とも呼ばれている。
「お久しぶりです、シンさん」
ヒロキがとても穏やかな表情で語りかける。
「あぁ、士官学校入学以来だな。」
かつての赤い服、ザフトレッドではなくーー白い“ZEUS”の高階級に配布される軍服を身に纏ったシン・アスカは手をヒロキに向けて差し出した。差し出された手をヒロキが握り返し、シンは視線をその隣へ向けた。
「チヅルも、久しぶりだな。」
「アスカ隊長ーーーヒロキが浮気をしました。」
「はぁっ!?」
久しぶりに声を発したと思ったらコイツはいきなり何を言い出すというのか。
「ヒロキが? おいおい、あんまりチヅルを泣かせるもんじゃないぞ?」
意地悪な表情をしたシンが言う。シンに言われ、ヒロキは罰が悪そうに
「ちょっとアクシデントがあっただけですーーーちょっと街で女の子とぶつかって…」
「それでヒロキがその子の胸を揉みしだきました。」
チヅルが余計な補足をする。
「っておい、チヅル!!!」
「……。」
相変わらずヒロキにはだんまりを決め込むチヅルをぐぬぬと頬を噛んで睨みつける。
そんな二人のやり取りを聞いたシンは、少し穏やかなな表情が消えていた。
「街で…女の子と…」
その顔は遠い、遠い過去に思いを馳せているような。
懐かしむような、悲しむようななんとも言えないヒロキも見たことのないシンの表情に、ヒロキが戸惑う。
ヒロキが戸惑っているのを横目で確認したのか、チヅルがシンに声をかける。
「アスカ隊長、大丈夫ですか?」
チヅルに声を掛けられ、ハッとした顔をしたシンが慌てて返す。
「あ、あぁ…! 問題ないよ。悪かったな、ちょっと昔を思い出してさ…」
ヒロキも知らないシン・アスカの過去。
彼は、今に至るまでに様々な経験をしてきたのだろう。
そして、その一端を今彼は振り返っていたのだろうか。
「というか、改めてお祝いを言わないとな。二人共“ZEUS”に入隊ーーおめでとう。」
とても穏やかな表情で、シンが二人に告げる。
ヒロキは少し照れたように
「ありがとうございます!」
隣でチヅルも恥ずかしそうに頭を下げている。
二人は無事、士官学校での訓練を終えて“ZEUS”に入隊が決まりーー今日から正式に配属先へと勤務が開始される。そして、ヒロキとチヅルはシン・アスカの元へと配属が決まったのだった。
「二人共俺の隊に配属されるって聞いたら、ルナも喜んでたよ。落ち着いたら飯食べに来い。ってさ」
嬉しそうにシンが言う。
ルナマリア・ホーク。かつて、シンとと共にミネルバ隊に配属されて共にC.E.74年を戦い抜いたザフトレッド。軍内では彼女?聖母のような扱いを未だにしているものもいるという。いまでは守るべきものを変え、軍を退役しシン・アスカを支える良き妻として家庭を守っている。
「ヒスイちゃんも元気ですか?」
「あぁ、どんどんルナに似てきてさ。軍じゃ偉そうにしてるけど家に帰れば俺は下士官だよ。」
そう言って困ったように言うシンの表情は幸せに満ちていた。
シン・アスカが戦いの果てに手に入れた幸せーールナマリア・アスカと、ヒスイ・アスカという二人の家族。彼はいつも二人の写真がはいったペンダントを持ち歩いている。軍内では伝説的パイロットでも、家に帰ればただの父親だ。
「ルナマリアさんの作るシチューが久しぶりに食べたいよ。」
ヒロキが言う。
彼女が作るシチューは格別だ。あまり料理は得意じゃないとか言っていたが、そんなことはない。あのシチューの味だけは、将来一生忘れることは無いだろう。
「さて、そろそろ本題に戻すかーー。」
シンが表情を変えたのを見て取り、ヒロキとチヅルの表情から笑顔が消えた。
和気藹々としていた執務室は水を打ったように静まり返りシンに二人の視線が注がれる。
「資料には目を通してるな?」
シンに促され、二人が真剣な面持ちで頷く。
「なら、資料にあった通りだ。我が軍の新型機動兵器ーー“フォルテ”。今日からヒロキ、そいつがお前の愛機だ。」
ティアは一人、町から外れた場所に居た。
ここが待ち合わせの場所だ。目の前の電子ビルボードに彼女の故郷ーープラントが映し出される。ティアは苦い思いで映し出されたプラントを睨みつける。
そして、空を見上げる。
コロニーの空には太陽がない。
しかし、雨も降るし曇りにもなる。やろうと思えば雪もいつか降らせる事が出来るだろう。閉鎖された居住空間。かつてはそこで自分も暮らしていた。だが、今ではそのコロニーもただの鳥籠にしか見えない。人間という鳥の翼を千切り、檻の中でこう生きろと命令されて飼い殺される大きな檻。
ふと、腕時計に目をやると、近づいてる来る一台の車両を見つけた。
運転席には“ZEUS”の軍服を着ている男が座っている。
「お前が、ティア・キサラギだな?」
「えぇ。どうやらあなたが協力者みたいね。」
男が頷き、後部座席に乗るよう促した。ユイは黙って後部座席に乗り込んだ。
車両はどんどん街を離れて外れにある軍事工廠の敷地内に入っていく。
入り口のゲートで前部座席の男はIDを見せ、VIPを案内する係官であるかのように振る舞った。VIPというのはティアのことらしい。
彼が本当に“ZEUS”の軍人なのか、それとも偽りの身分を名乗っているのかは分からない。分かる必要もなかった。
誰もティア達に不振を抱くものはいない。
主力量産機のザクイェーガーが歩き回り、作業員達が動き回る軍事工廠内を車両は走り抜け、ほどなく巨大な格納庫の前で停車した。
「……。」
ティアは無言で車両から降りて、足早にその格納庫の入り口に立つ。
予め手に入れていたIDを打ち込み、内部へと踏み込んだ。
そして、用意していたナイフを服の内部から取り出す。ナイフの鞘を抜いた途端、ティアのスイッチが入る。
今から、自分は殺戮者となる。
先ほどまで凛としていた少女に殺気が迸る。鋭い目で格納庫の中を見通した。
薄暗い格納庫内には、MS運搬用のクローラーが並んでいる。その周囲には10人ほどの軍人の姿がある。この程度なら自分一人で余裕だ。
『滞りなくね。』
耳元のインカムでサポート役の女性の声が響く。
同時に、ティアは物陰から走り出した。誰も彼女の侵入に気づいていない間に一番近くにいた一人の兵士の喉元が掻き切られた。そして、その兵士からマシンガンを奪い連射を浴びせる。ティアのマシンガンの連射を浴びた兵士が天を仰ぎ倒れる。
「な、なんだあああ!?」
兵士達の悲鳴は銃声にかき消され、ティアは宙で側転しながらマシンガンを放つ。訓練された兵士達でさえ、その動きに幻惑されやっとの事で構えた銃は虚しくも宙を撃った。
「まだ、まだああああ!!」
ティアは撃ち尽くしたマシンガンを投げ捨て、雄叫びを上げて残った兵士の中に飛び込む。片手のナイフで一人の兵士の喉元を切り裂きながら身を翻し、今殺した兵士の腰元から拳銃を引き抜くと、後ろの兵士の眉間を撃ち抜く。その動きはコーディネイターほ域を凌駕しているように見えた。
ふわりとした青いワンピースが舞うたびに、血しぶきが飛ぶ。
ーーSEED。
自然と生まれる新しい人類、その可能性を遺伝子に秘めた存在。
いつか芽吹くかもしれない旧人類を超えた新人類の可能性の種。しかし、それは今となってはデスティニープランーーーしいては世界の平和を脅かし存在、とされている。デスティニープランにより管理された世界における異分子。遺伝子適性を知る事で安定した生活、人生を送れるデスティニープランにおいて新人類なんてものが現れればどうなるだろうか?
答えは単純だ。より良い遺伝子を持つ新人類が優先される。学力も運動神経も全て優れた素質を持っているならば社会に立つのは新人類だ。そうした危険性を鑑みて、デュランダル議長はSEED因子保持者達をプラン適性外と判断した。
判断されてからは早かった。どんな人間であれ因子を持つ者はデスティニープランを受けている同じ人間に淘汰され、蔑まれ、人権を、住む世界を奪われた。
世界における最下級の存在ーーSEED因子保持者。
ティア・キサラギもまたその因子を宿していた。
そして、彼女はその因子をーーー意のままに使いこなせる。
仲間は彼女を、“SEEDに選ばれた子”と呼ぶ。
数分もしないうちに、格納庫内にはティア一人しか立っていなかった。
奇襲とはいえたった一人の少女に、軍人達が壊滅させられたのだ。
「片付いたわ。」
インカムの先にいる女性に話しかける。
『ご苦労様、後は手はず通りにーーーー』
そこで、インカムの向こうに雑音が走った。
「もしもし? エリカ? ちょっと!」
インカムに向かって呼びかけるも返事はない。
嫌な胸騒ぎがする。ーーその時だった。
「これは、これはーーまさか壊滅させてくれているなんて、ね」
愉快げな男の声が格納庫内に聞こえる。ティアは唖然として格納庫内を素早く見回した。
そして、見つけた。自分が入ってきた場所に三人。
人影が見える。ちょうど影になっていてその姿はよく見えない。
「おいおい、俺達の仕事なしかよ。」
人影の一人がつまらなさそうに言った。
「良いではないか。手間がはぶけた。」
その内の一番ガタイの良い男一人が返す。
ーーー何者!?
ティアは異様な雰囲気を感じてその人影に向かって銃を向ける。
そして、躊躇する事なく引き金を引いた。
「おいおい!? 躊躇なしかよ!?」
「なんとまあ、危険な小娘でしょう!?」
瞬時に物陰に隠れてティアの銃弾から逃げた男達が毒づく。
「チッ、やるというなら遊ばせてもらおうか…!」
物陰から一人、飛び出してくる。
先程のガタイの良い奴だ。ライトに照らされ、その顔があらわになる。
真っ黒の肌に丁寧に手入れされたスキンヘッド、オレンジの瞳は躊躇のない殺意が込められている。
ティアの銃弾を全てかわしながら、男が肉迫してくる。
ーーコイツ!
そして、目前に現れた男はティアの腹部目掛けて大きな拳を振るう。
ティアはバックステップでその拳をかわす。が、逃すまいと男はティアが握っているマシンガンを掴んだ。
「おうおう! やっちまえ、ジェイム!!」
「そうです、やっておしまいなさい!!」
「気軽に名前を告げるな!」
後ろで観戦していた二人に向けて激昂し、一瞬意識が違う方へと向いた。
ティアはその隙を見逃さなかった。男が掴んでいるマシンガンを手放し、もう片方に握ったナイフで男の顔目掛けて肉迫する。しかし、それに気づいた男ーージェイムはティアのナイフの切っ先を寸前で、かわした。
しかし全てはかわしきれずに男の頬に赤い血が滴る。
ティアから距離を取ったジェイムは奪ったマシンガンを連射する。
しかし、ティアは人外離れした動きでそのマシンガンをかわして物陰に飛び退いた。
「なんだ!? あの女!」
物陰に隠れ、息を整えながらティアは声のする方へと目を向ける。
ーーなんなんのよアイツら!
ここに来たと言うことは、狙いはーー
ふと、男達の目線がコチラから移る。
「目的はあの女じゃない! ウェイン、リーブ! 二人とも、アレを奪え!!」
ジェイムと呼ばれた男が叫ぶ。
「お前も俺らの名前呼んでんじゃん!」
「これでおあいこだ!!」
ーーやっぱり!!!
と、ティアは焦りをあらわにする。
ティアと同様に奴らの狙いは同じだ。なんてタイミングで出くわしてしまったのだろうか。
ウェインと呼ばれた男と、リーブの二人が格納庫の奥に向けて走り出す。
ティアは舌打ちをして物陰から飛び出そうとした
が、ティアのいる場所へとジェイムがマシンガンを放つ。これだけの手練れが三人では流石にティアでも部が悪い。
「くそったれ!!」
およそ彼女には似つかわしくないセリフを吐き捨てる。
リーブとウェインのふたりはすでに二基のクローラーに飛び乗っている。その上には鉄灰色の巨大な機体が横たわっている。彼らは開いたままのコックピットに飛び込んだ。
それを見て取ったジェイムが勝ち誇ったようにティアに笑みを見せると、マシンガンを連射しながわ自身も残ったもう一基のクローラーへと走り出して行った。
「あぁ! もうなんだってこんな奴らにっ!!」
やられた。と毒づきながら、ティアはその格納庫を飛び出した。