任務を終えて
“RAVEN”が創設されて四年。
デスティニープランが世界の柱となって10年。
2度に渡る大戦で激減した人口、疲弊した人々、そして、新たな統治者と法。
旧地球軍とZAFT軍を取り込んだ現世界統一機構“ZEUS”の総裁ギルバート・デュランダルはデスティニープランで統一された世界を安定させるための欲望の捌け口《スケープゴート》を設定させた。
SEEDを内に秘める者、規律・戒律に背くもの、潜在的な犯罪者、遺伝的欠陥、そしてデスティニープランを拒む者、それら全てをデスティニープラン対象外とする事で抑圧された人々の悪感情をそれらの人々に向けさせたのだ。
皮肉にもこの方針がナチュラル・コーディネイター間の軋轢を減らし、世界はデスティニープランに従う者とそうでない者で差別が広がっていった。
その苛烈さは止まる事がなく、
デスティニープランに従わない者は人間ではない。とデスティニープラン適応済みの人々は強く弾劾した。
そうした中で生まれるもったいない人材。
有能だが正規軍に居場所はなく、かと言って世界では生きていけない人間を集めたゴミ箱。法の外の異端部隊。
ZEUSの命によりのみ行動する死神。
神に遣える蒼きカラス達。
それが、“RAVEN”だった。
その任務の苛烈さ、危険度は正規軍の比ではなく、任務中の死亡というのも珍しい事ではない。
ただ、ユウイチ・レオンハートが所属する部隊コールサイン“アサルト”チームでの戦死者は初の事だった。
仲間の死を看取ったユウイチも、手厚く彼女を葬る式に参列する。誰も口にしない。涙する者は居て、拳を握りしめてやり場のない怒りを抑える者がいる。
だが、こんな事はここでは珍しい事じゃない。
正規軍は彼女の死も、名前も知らないだろう。家族が居るのかどうかすら分からず、居たとしても彼女の死が知らされる事はない。
個人の墓を建てる権利はなく、彼女の棺は焼却され、遺灰は海に蒔かれる。
優しい人だった、と思う。
あまり人付き合いが得意ではない自分に、よく話しかけてくれて、気にかけてくれていた。チームではアサルト2という副リーダーの位置に付き、実力もあり、他のチームからもよく相談を持ちかけられる良き人格者だった。
忙しそうな生き方だ、と人事のように思っていた。
せめて死した後くらい、安らかに眠って欲しい。
心の中でそう願い、ふとユウイチは思い立つ。
ーーー俺は、彼女の好きな食べ物も、どうしてここに居るのかすら知らないままだった……。
もしかしたら語ってくれていたのかもしれない。
けど、それを聞き入れるほどの余裕は自分になく、自分から知ろうともしなかったのだ。
「死んじまえば、灰しか残せねぇ。」
横で同じように参列していた同じチームのゼル・ウィガー少尉が黙祷しながら呟いた。
葬儀を終えたユウイチは格納庫で自らが先の任務で駆っていた機体。“RD-X1”を見上げていた。
“RD-X1”。ユウイチが所属する“RAVEN”が独自に開発した量産機だ。量産機といえど、その性能は“ZEUS”軍の最新量産機よりも性能や凡庸性は高く、卓越した操縦技術を持つ“RAVEN”隊員達にも愛用され、さまざな状況下での作戦を可能としている。
“RAVEN”が独自に開発できるのも、“ZEUS”の監視下にあるとはいえ、独立している部隊として認識されている特異性とその任務の重要さ故にである。
「お疲れ様さん」
ふと、“RD-X1”をぼうっと見上げていたユウイチに声がかかる。
声の主を見やると、長めの金髪をオールバックのようにかき上げた髪に、緑がかった瞳、右腕のタトゥーが特徴的な男。ユウイチと同じチームで“RAVEN”の隊員であるゼル・ウィガー少尉が立っていた。
「しっかし、“RPS”装甲を搭載していないコイツでよくもまぁ、対MS武装されていたヘリに突っ込んだなぁ〜」
下手すれば中破もんだぞ。とゼルは笑いながら言う。
“RPS”装甲。フェイズシフト装甲という機体表面に電力を流す事で相転移し、実体剣や実弾を弾くようになる特殊金属を用いた装甲がC.E72に開発され、その年代を代表するMSに搭載されるようになり、さらにその弱点を克服した“VPS”(ヴァリアブルフェイズシフト)装甲を強化、発展させたのが“RPS”装甲(ラディエイトフェイズシフト装甲)である。
「コイツの機動性なら、あの程度の軍事ヘリに遅れをとる事はないさ。」
事実、“RD-X1”の機体性能ならばMSではない機体に遅れをとる事はまずない。
「まぁ、そりゃそうだがよー。リナちゃん、激おこだったぞ?」
「任務は成功した。問題はないはずだ。」
と悪びるつもりもなく、胸元のポケットから簡易栄養食を取り出し、口に含む。
相変わらず簡易栄養食ながら上手い。やはり、メロン味は格別だ。
「はぁ。好きだね〜カロリーメイト」
「コイツ一つである程度の栄養は賄える。それに、腹持ちも良い。任務中でも手軽に食べる事ができる。コイツに巡り会えたのは幸運だ。」
「そんなんだから、お前の評価表から任務態度の項目が上がらねぇんだよ。」
と、ゼルは呆れながら言う。
「それは、自分の任務態度は良いと言っているように聞こえるぞ。」
「俺の好物は任務中に摂取出来ないからな。お前とは違う。」
俺は、認識態度の話しをしていたのだが。
どうやらいつの間にか、任務中に摂取可能な飲食物の話しにすり替わっていたようだ。
「…ん?」
ふと、話しをしていた二人は視線が集まるのを感じる。
辺りを見渡すと、ヒソヒソと話しながらコチラを見ている隊員達。ゼルが眉間に皺を寄せた。
「…どうやら、お前がヤッた事に皆さんはお気に召さないみたいだぜ?」
「…適切な判断だったと思っている。詫びるつもりもない。」
カロリーメイトを口に含みながら言い切る。
ユウイチが最期の手を下した、あの一発の銃弾の事だろう。早くも隊員達にはユウイチが最期を下したと広まっているらしい。
「そんなんだから、敵が増えるんだよ。お前は」
ゼルが再び呆れながら、ユウイチに言う。
あの時は、あぁするしかなかった。あれが最前だった。
少しでも苦しまず送ってやりたかった。
「そういや、ウチのチーム。レベッカがアサルト2を引き継ぐらしいぜ。」
「適任だな。」
「そ。繰り上がって俺がアサルト3、お前が4。」
「俺が3じゃないのか。」
「お前は4。俺より下。」
「そうか。」
少しムッとした表情をわずかに浮かべ、ユウイチはカロリーメイトを口に含んだ。
ふと、ユウイチの後ろから誰かが信じられない速さで地を蹴りながら走り寄るのが聞こえる。
「くぉらあああああああ!!!」
「ぐばっ!?」
背中に強烈な痛み。
卓越した戦士であるユウイチですらかわせない苛烈な一撃が背中に叩きつけられた。
もはや殺気すら感じなかった。やるな。
地に倒れこんだユウイチに容赦のない言葉が飛ぶ。
「アンタねぇ!? あの作戦内容はなに!? 誰が飛び出せって言ったの!?」
鬼のような形相でユウイチを見下ろす美少女。
鬼なのか、美少女なのか。
金色の長い髪をたなびかせ、澄んだ青い瞳は今にも吸い込まれそうだ。鬼の形相さえしていなければ彼女を初めて見た者は皆心奪われるだろう。それ程に彼女は美しかった。
先の任務でユウイチの部隊のリーダーを務めていた女性。
リナ・ハマチ少佐だ。
「俺は、可能だと思ったから実行しただけだ。」
「可能だと思った。じゃなくて、あんなのは結果よ。過程がぶっ飛んでるのよ!」
「しかし、あのタイミングで飛び込まなければ間に合わなかったかもしれない。」
事実、間一髪であの少女を救えたのだ。
「…ユウイチ。私達の先の任務内容は知ってるわよね?」
怒りの形相を引っ込め、リナが真摯に問いかける。
その真摯な瞳に、ユウイチは思わず目を逸らした。
「…軍事利用目的の為の人体実験施設の破壊。及び証拠隠滅…だ。」
そう、あくまでも軍事利用目的の為の人体実験施設の破壊が先の任務の内容だった。そして、そこに進入させていたエージェントの持ち帰る情報の回収。
つまり、そこに少女の命は換算されていないのだ。
「私達は“RAVEN”。世界の汚れ仕事の引き受け役よ。決して正義のヒーローじゃない。」
“RAVEN”に命じられる任務は、テロリスト幇助者の暗殺や、テロリストの駆逐。“ZEUS”に不利な情報の隠滅等、汚れ仕事や危険な仕事ばかりだ。人命の救助という名目の任務は、こと少ない。
“RAVEN”の特異性は、その汚れ仕事の成功率の高さからある。
たからこそ、“ZEUS”内部でも重要視され、特例が認められるのだ。
「…救える命は、救いたい。」
「そうね。私もそうよ。でも、それで大勢の味方が犠牲になったら?」
一人の命を救う為に、多くの命を失うとしたら。
自分は、どうするのだろうか。
自分は…
「…まぁ、いいわ。結果として上手くいったのはいったんだしね。……あの子の事、聞きたい?」
あの子、つまり先程ユウイチが助けた少女の事であろう。
教えてくれるなら知っている分には問題ない。
「あぁ。」
「彼女は、一度“プラント”本国で精密検査、治療を施されるわ。」
“プラント”。コーディネイターが作り上げた砂時計型のスペースコロニー。
一説では、神話で語られるユートピアをイメージしているらしい。が、あのコロニーに楽園などというイメージを抱いた事はない。あそこは、“ZEUS”の本拠地。さしずめ、今の世界における頭脳、心臓といった所だ。
C.E74年に連合軍による“レクイエム”で崩壊したヤヌアリウスワン〜フォー及び、ディセンベルセブン〜エイトは現在修復が完了され、そのうちの一つヤヌアリウスワンが“RAVEN”の宇宙本拠地となっている。
いまユウイチ達がいる場所は、サン・フェリックス島。“RAVEN”が与えられた地球における孤島の軍事基地だ。この基地の場所は、“RAVEN”隊員及び、上階級の者しか知らず、“RAVEN”という組織が、公には公表されていないためである。“RAVEN”という組織が実在するのか、否か、という都市伝説じみた存在にする事で、隠密行動を可能にしているのだ。
「その後は、どうなる?」
「そこまでは分からないわ。かなり衰弱していたみたいだし、薬漬けにもされていたみたいだから、元の生活に戻れるかどうかは…」
リナはそう言いながら、遠くを見つめた。
彼女なりに、あの少女の未来を憂いているのだろう。作戦として冷徹にならなければならないが、彼女もまた芯では優しい女性だ。
「行き場がなければ…ココに来る事になる…か…」
ユウイチが呟く。
この世界に行き場がなければ、“RAVEN”に捨てられる。
ココは、世界に生きる場所を奪われた者達の最期の場所なのだ。
「そうならない事を、願うしかないわね。…まぁ、とにかく、今は身体を休めなさい。あの子が命懸けで持ち帰った情報を解析次第、また任務になるわよ。それじゃ」
リナは、そう言うと踵を返して歩いていった。
残されたユウイチは、シャワーを浴びるために、自室と向かった。