機体を着艦させ、コックピットから降りてきたティア・キサラギをある人物が待っていた。
「お疲れ様、ティア。」
ティアの機体ーー“フェンリル”の開発者、エリカ・シモンズだ。
金褐色の長い髪をたなびかせ、女神のような微笑みをティアに向けている。
「ホント疲れたわよ……なんなのよ、まったく……!」
苛立ちを隠しもせず、無重力空間の中を飛びながら言う。
「私達も想定外だったのよ。新型の三機を狙う別勢力、それに“ZEUS”の隠していた新型のモビルスーツ……」
そこで、エリカは端切れ悪く言葉を切った。
「どうしたのよ? そんな顔して」
不思議に思ったティアが問いかける。
今まであまり見た事のない表情だったからだ。
「コレを見て頂戴。」
そう言うなり、エリカは抱えていたパット型の情報端末をティアに見せた。
そこには先ほど自分と戦闘を行っていた漆黒のモビルスーツが映っていた。
「コイツ……」
しかし、画面の漆黒のモビルスーツは先の戦闘で一度も使っていないバックパックの砲塔を目前のモビルスーツ部隊に向けている。そして、次の瞬間行われた画面の状況に言葉を失った。
「なによ、これ……こんなの……」
漆黒のモビルスーツから放たれた巨大な熱線が、群れをなしていたモビルスーツを、艦船を全て飲み込んでいた。熱線が走った先には、鉄屑しか残っていない。
たった一撃、たったの一撃でモビルスーツ部隊と艦船が撃墜されたのだ。
「こんなの……!!」
「由々しき事態ね……計算外だったわ……こんなモビルスーツを開発していたなんて……」
どうりであのモビルスーツだけ情報が漏れていないわけだ。
これだけの力を持ったモビルスーツの存在が知られれば、それを排除しようと自分達は動く。それを利用とする者もいるだろう。それを見越して情報を徹底的に制限していのたか。
「つまり、あの新型三機はブラフ扱いってわけ……?」
あの新型三機も恐ろしい性能を持っていた。一騎当千ともいえる性能だ。だが、このモビルスーツは大量殺戮破壊兵器だ。こんなの。モビルスーツが持っていい火力の限度を超えている。
「コイツ一体で拠点ごと潰されちゃうじゃない……」
「そうね……それだけの威力は持っているわ。」
“ZEUS”が管理している起動間全方位砲“レクイエム”という装備がある。
それだけで地球のどんな場所も砲撃する事ができる。だが、その巨大さと取り回しの悪さからあまり利便性が高いとも言えない。だが、この漆黒のモビルスーツは違う。
簡単に持ち運びが出来、たった一機で世界中のあちこちを“レクイエム”に及ばないとはいえ、一撃で制圧できる威力を持っている。
「こんなのが、地球に降りて来たら……!」
“ZEUS”に逆らう連中は全て一掃されてしまうだろう。
そして、おそらく反旗を翻した国も、人民ごと。
「とにかく、“彼”の指示を待ちましょう。」
そう言って、エリカはティアの肩に手を置いた。
漆黒のモビルスーツ部隊は間違いなく新型三機を奪取した連中を追うだろう。自分達だけでは数が足りない。
「ティアさん!」
呆然としていたティアに、声がかかる。そちらに目を向ければエリカに良く似た顔に、同じ金褐色の髪を持つ少年がこちらに近寄ってきていた。
「リュウタ、ただいま」
リュウタと呼ばれた少年は嬉しげにティアの近くに立った。
「“フェンリル”の調子はどうだった?」
「問題なかったわ。強いて言うなら、ハロが生意気って事くらいね。」
「オモエモナー! オモエモナー!」
と無重力空間をプカプカと浮きながら、ハロが反論してきた。
いたのかよ。
「ハハッ! ハロはティアさんの相棒なんだから仲良くしてやってよ?」
「リュウタ、機体の調整を急ぎなさい。ドラグーンを二基だけでも使える状態に。後、追加武装も用意できるならして頂戴。」
エリカがリュウタに声をかけると、リュウタは「はいはーい」とぶっきらぼうに答えた。
「ドラグーン二基だけは使えるようにするけど、追加武装に関しては母さんも手伝ってくれないと難しいよ?」
「はいはい。手伝うから、私はティアとお話ししなくちゃいけないから先に作業始めといてくれる?」
と言って自らの息子、リュウタ・シモンズにエリカは返した。
その返事を聞いたリュウタは地を蹴って、無重力空間の格納庫に飛び上がる。
「了解〜! ティアさん、ハロ借りるよー!」
「はぁい、こき使ってやって〜」
浮きながら“フェンリル”に向かっていくリュウタに向かいティアは手を振りながら返す。そして、エリカに微笑みかけながら
「立派にメカニックね、リュウタも。」
「……そうね。私のわがままに巻き込んでいるのに、強く生きてくれているわ。」
母として、この世界で危険な目に合わせているという葛藤があるのだろう。
しかし、デスティニープランの中で生きて欲しくもない。リュウタ自身、その中で生きる事を拒んだ。もし彼が普通の幸せの中で生きたいと言ったならばそうしたのだが。
それでも、強く生きてくれているリュウタをエリカは優しげに見つめていた。
ティアはその母子の絆を見て、少し羨ましくなる。
自分は幼い頃に両親を亡くしている。もはや、親からの愛というのは覚えていない。
しかし、自分に親のように接してくれる人達はいた。エリカもその一人だ。
その親代わりでもあるエリカに向けて神妙な面持ちでティアは告げた。
「私達だけじゃ、どうしようもないわよ。」
ティアの言葉を聞いたエリカも頷き、方針を語る。
「えぇ、ひとまず“ファクトリー”に向かいましょ。そこで待ちくたびれてる二人と機体を拾ってから考えるとしましょうか。」
無事に救出されたヒロキは疲れた顔でコックピットハッチを開いた。
「ヒロキ」
頭上から声がかかり、呼ばれた方向を見ると、コックピットハッチの入り口付近に軍服姿の女が立っていた。 ボディラインや胸の膨らみなどは軍服ごしでもわかる。表情は締まっているが、こちらを見つめるパープルの瞳は、深く優しげなものだった。
チヅル・ホシカワだ。
「ご苦労さま、だな。ヒロキだったからここまで出来たんだ」
「……なにも、出来てない。やられっぱなしだ……」
「そんな事はない。私達はすぐに敵艦を追う事になった。すぐにまた取り返す事機会は来るさ」
「……」
「しかし、とんでもないな。アレは」
どういうことだ? と、ヒロキは眉をひそめた。
「“フォルテッシモ”……聞いてはいたが想像以上の威力だ。」
“フォルテ”にのみ備えられた特殊兵装ーー超高出力ビーム砲塔“フォルテッシモ”。
機体にはそれぞれ作られたコンセプトが存在する。“フォルテ”が開発された経緯は、一機での反抗勢力の拠点制圧。大軍の殲滅。というコンセプトだ。
そして、それを可能とするのが“フォルテッシモ”だ。
あの兵器は、かつて世界を恐怖に陥れた兵器ーー“ジェネシス”の技術が応用されている。
ジェネシスのようにガンマ線を用いてはいないものの、その威力は一撃でコロニーを破壊できる程とも言われている。
「よくもまぁ、そんな不安定な技術を応用するものだ」
チヅルがのんびり言った。
あるいはーーこれが実験機なのかもしれない。
それでは完成機はーー
ふと、緊張の糸が切れたヒロキの視界が曇っていく。
意識が濁ってくるまえに、ヒロキは言葉を残して、
「まだ訓練が……必要、だな……手伝ってくれると、嬉しい……」
微睡みの中に引きずられていく。
「お疲れさま」
ヒロキの傾いた身体を抱き止め、チヅルが耳元で囁いた。
ブラインドが閉められ、薄暗い部屋の中に水槽のモーターの音と、窓の外ーー外下に広がるオーブの喧騒だけが響く。
窓際に立つ女が、冷めた目で部屋に備えられている四つあるうちの一つの椅子に膝を組んで座る男に声をかけた。
「……首尾は上々か?」
声をかけられた男は、ニヤリと笑みを浮かべ
「問題ありません。“アコード”の捕獲には失敗しましたが、新型三機の奪取には成功しました。」
「……“アコード”は“鴉”の手の中にあるという、一刻も早く奪い取る算段をして欲しいな。それと、“あの国”も始末してくれ。」
窓際に立つ女は後ろで手を組みながら、淡々と告げる。
「随分と心配性ですな。オーブの代表ともあろう方が。」
そう声をかけられ、オーブの現代表ーーーカミラ・サラ・アスハは鋭い目つきで椅子に腰掛ける男を睨みつけた。
「あまりその話を私にするのは、賢い選択だとは思えないな。アロク・ダ・リーフ准将。」
アロクと呼ばれた中年の男はフッと自嘲気味に笑ってみせる。
「准将なんて立ち位置はかつての名前だ。今はただの反逆者だよ。」
「あまりにチクチクとうるさいのでね。ついからかってみたくなっただけさ。」
カミラはクスクスと妖美に笑ってみせる。
そんなカミラを見て、アロクは内心毒づく。
ーー性悪女め……
「感謝していますよ、あなた方オーブとモルゲンレーテの皆さまには。MSの開発支援、資金援助、裏工作ーーーまさか世界で一番平和な国が、世界にとって一番危険な国だとは思いもしませんでしょう。」
アロクが答え、カミラは探るように見つめる。
「なに、君達のやる事に興味があるだけさ。モルゲンレーテの利益にもなる。需要と供給だよ。」
カミラはクスクスと妖美に笑いながら机の上の地球儀を手に取った。
「この世界はつまらないと思わないか? 誰もが運命を受け入れ、そして運命に従っている。」
カミラの詩のような口調に、アロクは聞き入る。
「こう見えて私は世界が好きなんだ。愛しているとも言える。だからこそ、この世界の堕落は見ていたくない。だから、試練を与えて成長を促す。幸せというエサを食べ過ぎた人間が自らの翼でまた飛べるのかーーーはたまた肥え過ぎたその身体を支えきれず、地に堕ちるのか。」
クルクルと地球儀を回しながら、カミラは微笑む。
「ラルフ・ウォルドー・エマソンの自己信頼という本を読んだ事はあるかい?」
アロクに金色に輝く瞳を向け、カミラが尋ねる。
「かなり古い本ですな…残念ながら古書はあまり嗜みませんので。」
アロクの返事にカミラは残念そうに肩を落とす。
そして歌うような口調でアロクに語り出す。
「本はいいよ。自分を忘れさせてくれる。その世界だけに自分を閉じ込めてくれる。あぁ、さっきの話の続きをしないとね。私はすぐに本の事となると人に強いてしまう癖がある。」
カミラは楽しげに手に持っていた地球儀をクルクルと回しながら、アロクの前の椅子に腰掛ける。
「ーーラルフ・ウォルドー・エマソンの自己信頼の中にね、『真の人間は誰もが原因であり、国であり、時代である 。』という言葉がある。私は実に的を得ていると思うよ。人々は個人主義だと悪い意味で捉えるが、エマソンの唱える個人主義は、スピリチュアルなバックボーンを持ったある種で背骨の通った哲学なんだよ。」
そしてクルクルと回していた地球儀を止め、アロクを見つめながら
「自分の考えを信じること、自分にとっての真実は、すべての人にとっての真実だと信じることーーそれが天才である。自分を信じよ。あなたが奏でる力強い調べは、万人の心をふるわせるはずだ。外からの支援をすべて退け、ひとり立つときにのみ、人は強くなり、勝利を手にする。他人には何も求めるな。そうすれば万物流転の世にあっても、あなたは唯一不動の柱として、 周囲のものすべてを支えるようになるだろう。 あなた自身をおいて、あなたに平和をもたらすものはない。 」
「…それが、この世界となにか?」
アロクのぶしつけな問いかけにも、カミラは気を悪くした素振りを見せずに楽しげに言う。
「単に全体主義の反対の意味としての個人主義ではなく、自己に内在する力に目覚めるという意味での力強い“個”。あるいは、心の奥底を探求した結果、世界と各個人が深いところで繋がっていることを自覚した上での哲学。いうならば、エマソンが提唱しているのは、人や社会に依存する生き方ではなく、個人それぞれが、独立心に目覚め、自分の内在する力を発揮する生き方を目指す人生観なんだよ。」
「……なるほど、この世界にはそんなものはありませんな。」
アロクが顔色一つ変えずに口にする。
「そう。この世界に“個”なんてない。独立心もね。人がデスティニープランという社会システムに依存し、幸せをそこに求めようとする。だからね? 君たちのように世界に抗おうとする人間は、とても私は美しい、人間らしい。と感じるんだ。だからこそ、私はこの世界を見守りたくなるんだよ。君たちーーー革命同盟軍という絶望を見せられ、どのような“個”を世界が見せるのか、ね。」
アロクは低く唸る。いちおう、これが彼の同意らしい。
いかにも堅物といった外見の男で、はじめて会った時は互いに相容れないと思ったが、意外にもお互いの相性は良いらしい。
「貴女といると、私は自分の知識の無さに恥ずかしくなってしまう。」
「無識を恥じる事はない。君はいずれ世界の頂点に立つ男だ。必要なのは人を惹きつけるカリスマ性だよ。少なくともそこに関して言うならば、私よりも優れていると言える。」
その金色の瞳がなにを物語っているのか分からない。
いつも、彼女の瞳は濁っているようにも見える。瞳を見つめていれば自分が正しいのか、自分の劣等感に押しつぶされそうになる。その自分の人に及ぼす影響を知っているからか、彼女は人と滅多に関わろうとしない。周りも彼女に関わろうとはしない。
だが、いつだって彼女は正しいのだとそう言わせるだけのなにかを持っている。
次に義務的に彼女は尋ねる。
「“アラクネ”達の効率は?」
「おおむね問題はありません。奪取した三機も含めて問題なく戦力として使えるかと。」
表情を変えずにアロクが返す。
「“アラクネ”ーー神々に勝負を挑んだ織り手。“ゼウス”とその娘“アテナ”に挑む愚かにも人間らしい神話を持つ女性だ。全く自分で付けた名前とはいえ、出来過ぎているな。」
自嘲気味に笑い、アロクに微笑みかける。
アロクは馬鹿にしたようにため息をつく。
「“ZEUS”というこの世界の神に挑むのですから。それぐらい言葉遊びの名前を持っても構わないと思います。今はなにもかもが試作段階です、艦も、モビルスーツも、パイロットもーーー世界も。」
アロクの目の前でその言葉に納得したようにカミラは微笑む。
「分かっているさ。……本当にはじまる日が来る。」
カミラは妖美に微笑み、アロクの目を見つめた。
「……我らの名の下に、ね。」
金色に輝いている瞳とその笑みは、飄逸たる物腰にも関わらず、どこか人間的な冷たさを漂わせていた。
「そろそろ時間ですので、これにて失礼します。」
アロクはそう言って立ち上がり、カミラに背を向けて扉に向かう。
その背中に向けてカミラの歌うような声がかけられる。
「君達が“アテナ”よりも優れた織り手である事を祈るよ。」
その言葉に返事をせず、アロクはその場を後にした。
扉からアロクが出て行き一人広い部屋に残されたカミラは嬉しげに椅子に腰かけたまま誰にでもなく呟いた。
「“アラクネ”は“アテナ”との勝負の折、自らの愚行を恥じて死んだ。さて、君達はどうだ?」