ーー数時間後
リナが言っていたように、自室で休んでいたユウイチの元に戦隊長から連絡が入った。急いで“RAVEN”隊員の証である蒼い軍服を羽織り、自室を後にした。
ユウイチが戦隊長室に着くと、すでに召集されたメンバーが机の前に立っていた。
ゼルが遅ぇよ。と不満そうにこぼす。
「遅くなりました。」
「うむ。」
アンティークな椅子に腰掛け、ユウイチの到着を待っていたのは“RAVEN”の作戦指揮官。作戦立案や、指揮を担当している。つまりは、現場に隊員を派遣する偉いお方だ。
肩まである金髪をゼルとは違い、綺麗にオールバックで纏め上げ、白人らしい青い瞳は常に目の前に立つ者を緊張させる存在感がある男。ハルバート・レッキス大尉だ。
すでに待機していたリナ・ハマチとゼルウィガー、その隣に立つ明るい赤みがかかった茶色のボブの少女の隣にユウイチも並んだ。
「まずは、これを見たまえ。」
そう言うなり、ハルバートは机の上に資料をユウイチ達に見えるように置いた。
リナがそれを手に取り、確認する。
「この子は…?」
ゼルとユウイチもリナが手に取った資料を覗き込む。資料には、まだ幼い少女の写真と詳細なデータが記されていた。
リナが尋ね、ハルバートが答える。
「資料にある通りだ。名前は、ヒナ・シラカワ。年齢は12歳。“オーブ”にある学校に通うごく普通の少女だ。」
「いや、そういう事じゃ…」
ゼルが思わず突っ込む。
当たり前だ。ユウイチ達が知りたいのは、そんな資料に乗っている情報じゃない。この少女と作戦の関係性についてだ。
「その少女が狙われている可能が高い。見つけて、護衛。場合によっては、保護する。」
淡々と、ハルバートは作戦を語る。
なんて不確定な内容だろうか。
「…えーと、つまり、この女の子が狙われているかもしれない。だから、守れ、と?」
ゼルが呆気にとられたように答える。
ユウイチ達はこの少女の詳細を見せられた際に真っ先にこの少女の暗殺なのではないかと思考した。なのに、その逆で彼女を守れ。と言われたのだからゼルの反応は無理もない。
“RAVEN”における任務は汚れ仕事や裏の仕事が多い。
こんな年端もいかない少女を守る。という任務は初めてなのだから。
「伝えた通りだ。その少女を守れ。その身に危険が迫るなら、命をかけても守り抜き、保護するんだ。」
「命を懸けて、って…俺らにそんな理由も分からないままに見ず知らずの少女の為に命を懸けろってのか?」
「ゼル。」
明らかに不快感を顔と声質に現しているゼルをリナが制止する。
「せめて、理由だけでも教えていただけないでしょうか?」
ユウイチの隣に立つボブカットの少女が尋ねる。
自分達が命を懸ける程の価値があるのか。否か。その理由だけでも知りたい。
「開示できる情報は限られている。強いて言うならば、SEED因子を保持している可能性もある。とだけ伝えよう。」
またもや、曖昧な答えだ。
つまり、SEED因子を保持している可能性のある少女が狙われているかもしれない。だから守れ、というのだ。
「そんなもん。デスティニープランを受けているなら、SEED因子を保持しているかどうかなんてすぐに…!」
SEED因子。人類の新たな進化の可能性を持つ新人類とされている遺伝子を持つ者達。しかし、デスティニープランを主導としている今では“新たな進化の可能性”という今の安寧を壊す悪と見なされている。そのため、世界においてSEED因子を保持している人間は、人間として扱われない。
“RAVEN”では、SEED因子を持つ者達を積極的に受け入れている。
が、やはりその特異性と不確定さからその存在自体が希薄なのだ。
噂によれば、リナもまたその因子を宿していると言われている。
「デスティニープランでも発見出来ていない可能性がある。彼女は、若干12歳ながら知識はすでにその枠に留まっていない。」
「所謂神童って奴ですか。」
ゼルが吐き捨てるように言った。
ふと、リナを見るとハルバートから受け取った資料を見つめて難しい顔をしていた。
「割ける人員は君達“アサルトチーム”のみだ。」
「4人だけ? いくらなんでも少なすぎやしないですか?」
「人手が割けない。決定事項だ。」
「……1人欠けたばかりだぜ?」
「随員の補充はない、君達4人の腕を見込んでの人選だ。」
ハルバート大尉の言葉には思うところがある。
確かにユウイチ達アサルトチームは“RAVEN”の中でも問題児ばかりではあるが戦果を残すエース級の戦士か集められている。
しかし、チームの精神的支柱を失ったばかりの自チームに過度な期待をかけ過ぎではないだろうか。
「…オーブへの出発は、二時間後。ミラージュミストコロイドを積んだMSを一体持っていけ。他のカスタムは自由にしろ。」
「ミラージュミストコロイドを搭載したMSを!?」
ハルバートの発言に、全員が驚愕する。
ミラージュミストコロイド。
可視光線や赤外線を含む電磁波を遮断する特殊なコロイド状の微粒子であり、この物質を磁場で物体表面に定着させることで「電磁的・光学的にほぼ完璧な迷彩を施す」事が可能なステルス機能をミラージュコロイドステルスと呼ぶのだが、条約により禁止され、主に現代では軍事用に使用されていない。そう、“RAVEN”以外を除いては。
様々な特殊任務に対応するために、“RAVEN”においてはミラージュコロイドの運用を黙認、秘匿されているのだ。そのミラージュコロイドを強化させ、透過性を発展させたのがミラージュミストコロイドと呼ばれるステルス機能だ。
つまり、ハルバートはステルス機能を使ったまま“オーブ”にて対象を護衛しろと言うのだ。
「この任務は、完全秘密裏に行われる。任務に赴く事も、任務内容を知っているのも君たちを含む一部だけだ。部外秘、ということだ。」
全員が息を呑む。
それほどの規模の作戦なのだ。
一体、この少女にどんな価値があるというのか。
自分達が命を懸ける程の価値があるのかすら、ユウイチ達には見えていなかった。
「説明は以上だ。各自、準備しろ。」
『…了解!』
部屋を後にするなり、ゼルが盛大にため息をついた。
「辛気臭いわねぇ。ため息なんて辞めないさいよ。」
ボブカットの少女が呆れたように言う。
リナに負けず劣らずの美少女で、オレンジの瞳に赤みがかかったボブカットが特徴的なレベッカ・ゲート少尉だ。
「そうだぞ。ため息は作戦の失敗を招く。」
「…女の子を逃す。じゃなかったか?」
ユウイチの言葉にゼルが一瞬逡巡して答える。
「…私、こんな残念な二人組とあんな意味不明な任務するの…?」
レベッカが呆れてガックリと肩を落とす。
ふと、リナを見るとまだ難しい顔をしていた。
「…リナ? どした?」
レベッカが声を掛けると、ハッと現実に帰ったようにリナが三人を見た。
「あ! ご、ごめん少し考え事してて…」
「大丈夫?」
レベッカが様子がおかしいリナを気遣うように声をかける。
「だ、大丈夫! 準備しなくちゃね! 皆また後で!」
足早に、無理して明るく振舞っているのを隠すようにリナはその場を立ち去った。
一体何を考えていのか。ユウイチには想像もつかなかったし、あまり興味も無かった。
ユウイチは胸元からカロリーメイトを取り出し、口に含む。
「…オシッコかな?」
ゼルが立ち去るリナの背中をぼうっと見つめて言う。
「アンタは…どんだけデリカシーってもんがないのよっ!!!」
「ほぎゃあ!?」
バカである。
もはやレベッカの回し蹴りがゼルの首に決まった事も、回し蹴りした時にパンツが見えた事もカロリーメイトに夢中なユウイチには、興味も無かった。
「…美味い。」
ーーー二時間後 フェリックス島“RAVEN”基地格納庫
準備を終えたユウイチが格納庫に行くと、すでに“ミラージュミストコロイド”を搭載した“RD-X1”が輸送ヘリに積み込まれようとしていた。
「来たわね?」
すでに準備を終えていたらしいリナがユウイチを見つけ、寄ってきた。
「トイレは済ませたか?」
「は? …あぁ、もちろん!」
満面の笑みで答えるリナにそうか。とだけ返すと、ユウイチは積み込まれる“RD-X1”を見上げる。
「オーブ近海までは、輸送ヘリで飛ぶわ。そこから、私はこの子に搭乗してオーブ入りする。あなた達三人は、正規ルートでオーブ入りして頂戴。」
そう言うやいなや、ユウイチに偽造パスポートを三枚渡すリナ。
MSで、隠密にオーブ入りなんてミラージュミストコロイド搭載でなければ不可能だろう。ただでさえ、あの国は異質だ。
「そう言えば、ユウイチはオーブに居たんだっけ?」
「…そういう記憶が微かにあるだけだ。」
薄れていく記憶の奥底に、確かにオーブのロゴがあった。
自分にかつての記憶はない。
あるのは、確かに忘れてはいけない何かがあった事と、それを忘れてしまったという事実のみ。今の自分には、その二つしかない。
「ごめん。記憶、無いんだったね。」
「いいさ。嘆いたり、喚いたって事実は変わらない。」
そうだ。記憶がない事をリスクに思う必要はない。
どちらにしても、自分はこの世界に、捨てられたのだ。
だから、ココにいる。今は、それだけでいい。
「…気のせいかな? 今までの任務と違って、上ずっている気がするのは?」
リナが悪戯っぽく問いかけてくる。
上ずっている? 高揚しているというのか。俺が?
「今まで通りだ。任務には、変わりない。それに今回の任務は更に分からない事が多すぎる。それだけで高揚するはずがない。」
「そうかな? 誰かを守れるのが嬉しい。みたいに見えるよ?」
まるで子どもをからかう少女のようにリナが笑いかける。
守れるのが嬉しい?
誰かを守る事が?
「命を守れる事が嬉しいなんて感情は、記憶と一緒に忘れてしまったよ。」
そうだ。
誰かを守るや、誰かの為になんて感情は今の自分にはない。
なにも、ない。
「そうかな? きっと、そういう感情ってなくせずに残っているものなんだよ。きっと…」
彼女がその時、何を思ってそう言ったのか、なにを伝えたかったのか、今の自分には知る由もなかった。
「…だといいな。」
そうとしか、返せなかった。
「まったく!!! アンタは!」
「い、痛い! 痛いです!!! レベッカさぁん!」
ユウイチとリナとの間に流れる沈黙を破るように格納庫の奥から賑やか二人組が遅れてやってきた。
たっぷりの皮肉を込めて言ってやる。
「遅いぞ。」
「わ、悪ぃ、悪ぃ〜」
はははー。とトボけたように笑うゼルを見て、何故レベッカに引きずられてやって来たのかと思考を巡らせる。
しかし、すぐに答えが出た。
「やっぱり、あそこに居た?」
リナが悪巧みを見つけた警察のような笑みを向ける。
レベッカが呆れ気味に返す。
「リナの予想通りよ。艦の酒場で飲んでやがったわ。」
なんと、コイツはあの後艦に戻って酒場に行っていたというのか。
ゼルにとってのホームタウン。彼を探すのにあまり時間はかからない。が、わかりきっているが故に手間がかかるのだ。
ユウイチがカロリーメイトを愛すなら、ゼルは酒をこよなく愛する男だ。
「だってよぅー。どうせ着いてすぐは暇なんだろ? だったらちょびっとだけと思ってよぅー。」
まるで子どもの言い訳だ。
というか、口から発せられる酒の臭いから察するにちょびっとじゃないだろうに。
「アンタねー! 任務前に何やってんのよ!」
レベッカが激昂する。
「だって、極秘任務なんだろ? 俺たちが何をするのかも知らないから、誰も俺が酒を飲むのを止めない。」
したり顔で言うゼルに、思わずリナやレベッカに続きユウイチまでため息をついてしまった。
「まぁ、いいわ。今夜は向こうについてもアルコール摂取禁止で勘弁したげる。」
「んなっ!?」
リナの宣告にまるで古くからの友の訃報を聞いたかのようにフリーズするゼル。
そこまでショックを受けるものなのか。
「リ、リナ少佐…それは、誠でありますか?」
「こんな時だけ少佐って呼んでもダメよ。さ、馬鹿やってないでさっさと行くわよ。ユウイチ、ゼルを連れてきて。」
すでにユウイチ達の搭乗を待つだけの状態になっている輸送ヘリへとリナが向かう。その後を「自業自得ね。」と吐き捨ててレベッカが追う。
…というか、俺が運ぶのか?
仕方もなく、ユウイチは思考をフリーズしたまま身動きもしないのゼルの襟を握り、引きずりながら輸送ヘリへと歩き出した。
ーー同時刻 機動戦艦ブリッジ。
「問題なく、出発致しました。」
ハルバートがブリッジの艦長席へと腰掛ける人物へと、報告をする。
「問題なく? ウィガー少尉を酒場で見かけた。と報告があったけど?」
その報告を受けたハルバートがピクッと眉をひそめ、CIC席に座る女性、アリサ・コルサコフがすいません。と頭を下げた。
彼女がつい、艦長に話してしまったようだ。
「すいません。私の管理不足です。」
「全くだぞ。レッキス大尉。」
副長席に腰掛ける老年の男性が声を上げた。
座席をハルバートの方へと回転させ、睨みつける。
さすがのハルバートといえど、副長と艦長に睨まれては恐縮せざるを得なかった。
「申し訳ありません。クリス中佐。帰投次第手厳しく注意致します。」
「頼むぞ。たたでさえ問題児の多い我が隊。風紀の乱れは、他の隊員にも広まる。伝染病のように、な。」
副長席から此方を睨みつけ、深い皺の入った目付きと丁寧に手入れされた頭部を光らせているのは、クリス・ワード中佐だ。この艦の副長だ。かつては、連合軍の潜水機動艦の艦長を務めていたのされており、艦の指揮能力、状況把握能力は隊内でも随一だ。そして、隊内でも彼を恐れる者は多い。
クリスを見るたびにハルバートですら、自分はまだまだだな。とその貫禄さに推されてしまう。
「ウィガー少尉への対応は後にして、我々もそろそろ動こうか。」
「は! 出航準備急がせます。」
艦長席に座る人物に促され、クリス中佐が視線をハルバートからブリッジの各員へと向けた。
「ハルバート大尉も、彼らに何かありましたら報告お願いします。何か、嫌な予感がするんだよね。」
「了解です。」