崩壊した街。瓦礫。物言わぬ塊と化した人だった者達。全てを焼き尽くす炎。
ここは地獄なんじゃないか、と思った。
いや、きっとここは地獄だった。
記憶が薄れてもなお自分はココを知っている。
天を仰げば一面は焼けた闇。自分を呑み込んでしまうのではないかとすら感じる程に、夜の空は燃え上がる炎と煙で明るく不気味で冷徹な程濁っていた。
もう歩く気力も、生きる気力もなくなっていた。
全てを失った。自分は、全てを失ってしまった。
生きる意味も、生きてきた証も、大切だと思えた人達も。
瓦礫の街に天を仰ぐように横たわっていた自分の頬をなけなしの水分が伝う。
喉は枯れ、身体は熱く、目は霞む。息が出来ない。
心は、とうに折れていた。
死への恐怖はない。
自分でも驚くほどに死に対して何も思わない。
当たり前だ。生きてきた上で手に入れたもの全てを失くしたのだから。
ただ、この状況が怖かった。
ここは地獄だ。業を背負った自らを焼き尽くす地獄の業火だ。
願うなら、たとえ苦しんだとしても一刻も早くこの地獄から逃げ出したかった。
だが自らの命を絶てる程の力も残ってはいない。
『ありがと…う…』
彼女はそう呟いた。
何故、自らの命が終わるその瞬間に人に感謝を述べたのだろうか。
自分には彼女がなにを思い逝ったのか分からない。
分からないし、もう、考えるのも疲れた。
ふと、自らの頬に冷たい雫が降りかかった。
地獄にも、雨は降るんだな。と優しく打ち付ける雨にぼんやりと思った。
自分の大切な人達が、天から降りかかる雨の中に微笑んでいる気がした。
あぁ、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ…
俺も、混ぜて……
何故だったかは分からない。
諦めたはずの命が急に惜しくなった。
まだ、死んではいけない気がした。
逝ってしまった人々の為にも自分はまだ、死ぬわけにはいかない。
「たす……け、て……」
声にならない声が喉の奥から漏れる。
誰でもいい、誰でもいいからこの地獄を…この地獄から助け出してくれ。
神に祈るのは、後にも先にもこれが初めてだったように思う。
そしてーーー
「よかった……」
何故、あなたはそんな顔で自分を見つめるのだろう。
何故、あなたはそんな表情で涙を流すのだろうか。
何故、救われたのは自分なのに、自分が救われたような顔をするのか。
その表情が、喜んでいるのか、悲しんでいるのかも、よく分からない。
だが、ただ一つ言える。
生涯決してこの光景を、この地獄を、この時感じた気持ちを、忘れたくない。
ーーーそんな気がした。
「イチ…ユウイチ?」
ふと微睡みの奥底から声がして、ユウイチ・レオンハートは目を開けた。
「もうすぐ予定ポイントよ。……大丈夫?」
コチラの顔を不安げに見つめる彼女の顔を呆然と眺めながら、まだ覚醒していない意識を手繰るように返した。
「リナ……すまない、少し寝ていたようだな。」
「疲れてるの? 凄い顔してるよ?」
心配そうにリナが尋ねる。
そんな心配される程にひどい顔をしていたのか。
「夢を、見ていてな……」
「…夢?」
彼女が尋ね返す。
「あぁ……多分あれは…夢だった……」
「昔の、夢……?」
珍しく歯切れの悪いユウイチの返事にリナは尚更ユウイチの顔を覗き込む。
見れば、同乗者のジェノス・ハザードも心配げにこちらを見ていた。
ユウイチ達は新しい任務を受け、ミラージュコロイドを展開した輸送艦に乗せられて一路目的の地を目指していた。
「分からない…だが、なんだか……大切なものを忘れてしまっている気がするんだ…」
そう言って視線を機内から、眼下に広がる眩しい程に日光に照らされ輝く青い海に落とす。
ーーあれは…誰だ……?
あの時あの地獄の中で現れた人物は、一体誰だったのだろうか。
忘れてはいけない事を、忘れてしまっている気がしてユウイチの胸を締め付ける。
気がつけば、パイロットスーツの下はビックリする程に汗をかいていた。頭が少し痛い。少し、疲れているのだろうか。
「アンタは…誰なんだ……?」
呟いた疑問は、輸送機のエンジン音にかき消され、誰も返してはくれなかった。
ーーAnotherSEED
ーーー第3章『見捨てられた理想郷』