ーーー小惑星内部工房“ファクトリー”
無数に散らばる小惑星帯の中、その岩塊の中にはある施設があった。外から見ただけではそれが偽装された施設だと気づくものも少ないだろう。小惑星に上手く偽装されたレジスタンス組織“AEGIS”《アイギス》と密接な関係にある宇宙工房、それが通称ファクトリーと呼ばれるこの場所だった。
コペルニクスを後にしたティアはエリカらと共にこのファクトリーを訪れていた。
ZEUSの新型3機を脱出した謎の組織、それに加えて驚異的な武装を持つ黒いガンダム。この二つを早急に対応する必要があった。しかし、ティアだけでは戦力が圧倒的に足りない。エリカとリュウタは非戦闘員だ。銃くらいなら扱えるが、パイロットではない。戦場に出るまでがメカニックである彼女らの戦いだ。
「ここも久しぶりねー」
ティアが工場内の通路に設置されたレール式のスクライドグリップを掴み無重力空間を進みながら呟く。
「“フェンリル”を受領した時以来だから、数ヶ月になるかしら?」
ティアとは違うサイドのスクライドグリップを掴んで掴んで通路を進んでいたエリカが答える。
もう“フェンリル”と出会って数ヶ月になるというのか。まぁ、実戦に実際使用したのは先日の一戦が初めてだったのだが。
「でも先日の戦闘で良いデータが取れたわ。ガンダムっていう特異性故に実戦投入は渋ってたから。データが欲しかったのよ。」
反抗勢力が優れたガンダムを有していると知ればZEUSも黙ってはいないだろう。それこそ、自分達を殲滅にかかって来る可能性が高い。それを思えばあのタイミングで謎の勢力が介入してくれたのは幸運とも言える。
これで自分達だけが狙われるということはなくなった。今頃ZEUSは新型3機を奪取した連中と白いガンダムがグルだったのかを探っているだろう。
「機体慣れしてないばっかりに、あいつらを仕留めれなかったのは屈辱だけどね。」
ティアは不機嫌な声色で述べる。先日帰還してからずっとこの調子だ。期待されてあの任務に就いた故に答えれなかった事も、また新型の一機も撃墜できなかかった事も悔しくてたまらないのだろう。
しかし、あの不利な状況でよく頑張った方だ。新型3機をザクで相手にして生き延びた事も、フェンリルでの実戦が初めてだったとはいえドラグーンシステムを相応に使いこなしていた。彼女の能力も勿論だがやはり、SEEDの因子を持つ者の力は伊達ではない。
「気持ちがはやるのも分かるけれど、今は戦力補強が先よ。一人で謎の勢力とZEUSを相手にするには無謀すぎるわ。」
「わぁかってるわよぅ…」
プクリと頬を膨らませながら無重力で膝を抱えて宙をコロコロの転がりながら拗ねるユイ。まるでハロのようだ。
「それに、あなたも会いたかった二人だと思うけど?」
「ん?」
エリカの楽しげな口調に、拗ねてはろの化していたユイも興味を惹かれた。そういえば、追加要員が誰か聞いていなかったな。と今になって思い出す。
やがてある部屋の前にたどり着き、エリカが躊躇なくドアを開けて入室した。ティアもコロコロと宙を転がりながらエリカに続いて部屋に入室する。
その直後だった。
「うぉ!? なんだなんだ!? 人間型ハロが紛れ込んでるぜ!?」
部屋に入るなり入室してきたユイの格好を見て驚いた声を上げる男の声。
「…バカなんですか?」
そして、クルクルと宙を転がり入室してきたティアを受け止めて冷たい声を掛ける女性の声。
鬱々としていたティアの心が、二人の声を聞いて途端にサプライズでプレゼントを貰った子どものように跳ね上がる。
「ディアッカ!!! マユラッ!!!」
人間型ハロを解除して嬉しげに室内でユイを待っていた二人を見つめるティア。そして弾かれたように手近に居たマユラと呼んだ女性に抱きついた。
「ぐ、苦しい…! 苦しいよ!」
ティアに抱き着かれ、マユラの首がお約束のごとく絞まる。
「隠していて正解だったわね。」
愉快げに笑うエリカにティアが反論する。
「言ってくれてもよかったじゃん!!」
「サプライズよ。サプライズ。」
全く、彼女には敵わないな。とエリカは自分を気遣ってあえて秘密にしていたのだろうと感じる。
「し、死んじゃう…! ホントに…!」
「マ、マユラああああ!!!!」
みるみるティアの腕の中で青ざめていくマユラを見て、ディアッカも顔を青くさせた。首を絞めていたティアも「あ。」とようやく気づき、その腕をマユラからようやく解放させた。
「ご、ゴホゴホ…し、死ぬかと思った…こんなに死を感じたのはヤキン・デューエ以来だよ…」
マユラが床に膝をつき、息を整えながら呟く。
トレードマークのピンクの眼鏡に、ウェーブのかかったセミロングの茶色の髪ーーC.E.72年のオーブ戦での初出撃以来ずっと戦い続けている歴戦のパイロット、マユラ・ラバッツ。エリカ同様に長きに渡りAEGISとして活動している。
「おいおい、出撃前に死傷者出すなんてジョーク勘弁してくれよ?」
マユラが落としたピンクの眼鏡を拾い上げ、ティアに向けてニヒルな笑みを向ける男。肌の色は浅黒く、男らしい彫りの深い顔立ちに紫水の瞳を持つーーディアッカ・エルスマン。かつて、ZAFTの兵士として戦線に立ち、後輩からも慕われる程の人気を持っていたエースパイロットだったのだが今では理念の違いから軍を離れ、AEGISの活動に参加している。
「なんならディアッカも抱き着かれてみる?」
「そ、それはノーサンキューだ。」
ティアの悪巧みを企んでいる悪代官のような顔にディアッカが引きつった笑みで答える。
「まさか補助要員がマユラとディアッカだなんて…ねぇ」
あらためて二人を凝視すると、ディアッカが心外そうに吐き捨てた。
「俺たちじゃ不満だったかな?」
片目を閉じ、腕を組みながらディアッカが問う。
「まさか、会えて嬉しいに決まってるじゃないっ!」
ずっと宇宙で活動してきたティアが二人と会うのは数ヶ月ぶりだが、二人とも変わった様子はない。
「アイツから直接の御用達でな。わざわざ宇宙までマユラと二人で上がって来た。ってわけよ」
「今日からは三人で任務に当たることになるからよろしくねおバカさん。」
ディアッカは軽く額に指を当てて片目をつむり、マユラがニコニコと邪悪な笑みを向ける。
これは、思っていた以上の援軍だ。二人とも戦場でのキャリアはティアよりも格段に上だ。ユイをバックアップするメンバーとしてこれほど頼りになる面子も中々いない。
「さて、再会もそこそこにするとしてディアッカ、マユラ、資料には目を通したわね?」
部屋のモニター前に立っていたエリカが二人に告げる。
「勿論、目は通しました。」
「俺もだ。要求した通りの仕様にされていて感動しちまったよ。」
二人が頷き、エリカは上出来ね。と笑みを浮かべる。
ティアはなんのことやらと首を傾げて三人のやり取りを眺めていた。置いてけぼりを食らっているユイにエリカが状況を説明する。
「ユイ、あなたの“フェンリル”をバックアップする為に二人にも新型を預けるのよ。」
「あぁ! 成る程ねー」
そう言えばそんな事エリカが言ってたなぁーとユイは思う。
確かに機体なしでは二人を呼んだ意味もない。エリカが画面を操作して、モニターにファクトリーの格納庫に悠然と立っている巨神を映し出す。
「COG-004 “アストレア”。私達AEGISのメカニックの傑作MSよ。」
ユイが画面に映し出された姿に息を呑む。
どこか十年前にオーブで開発された機体“M1アストレイ”に似通ったフォルムをしており、見た目はユイの“フェンリル”と同じガンダムの姿にそっくり酷似している。
「これからの戦闘の様々な局面に対応、活躍出来るように“アストレイ”シリーズの流れを組み込んであるわ。パイロットの戦闘データやスタイルに応じた武装を装備させる事で真価を発揮できる。“RPS”装甲は積んでいないけれど、バッテリーでの活動可能時間は比較的倍増しているわ。」
これから、AEGISは厳しき戦いを強いられる事になるだろう。
組織全体で戦いを挑む序章が始まろうとしている。その第一手が先日の新型MSの破壊だった。しかし、それは失敗してしまった。自分のせいで。ティアの心を再び苦い思いが満たす。
「ディアッカはご希望通り、全身重火器を内蔵させた砲撃仕様にしてあるわ。マユラは“M1アストレイ”に近いOSで調整してるから、二人とも自分に合ったスタイルで思うように動かせる筈よ。」
「グゥレイト! ようやく砲撃仕様のMSが帰って来たぜ!」
ディアッカが嬉しげに声を上げる。
十年前に地球軍の新型MS、“バスター”を駆りヤキン・デューエを生き延びた彼からすれば砲撃仕様の期待そのものに愛着があるのだろう。
一方、マユラはというと話を聞きながら拳を胸の前で握りしめ何かを呟いていた。
「ジュリ、アサギ…私やるよ…頑張るから…」
かつて、マユラはオーブでアストレイのテストパイロットとしてモルゲンレーテに務めていた。同じ同期のテストパイロット二人と共に常に三人で行動している事が多かったという。 しかし、MSのテストパイロットとしてM1アストレイ開発に携わった後、地球連合軍のオーブ侵攻を機にMSパイロットとして戦いに身を投じていく中で親友二人を失った。なんとか生き延びたマユラはオーブに身を尽くしていたと聞く。
でも、今ではレジスタンスとして活動している。
自分の国を奪われる、という感覚がユイには分からない。
世界から捨てられて生きてきたユイにとって、帰る場所なんてなかったようなものだから。もしあるとすればそれはココ、AEGISとその仲間達だ。
AEGISーーーある男によって創設された反ZEUSのレジスタンス組織。その組織規模と影響力、資金力、コネクションは世界に広がっており世界を牛耳るZEUSですらその組織の全貌を掴めずにいる。
組織の全貌を知らない者達は自分達を、クライン派と呼ぶ。
ティアがAEGISに拾われたのはおよそ八年前だ。世界に捨てられ絶望していたAEGISに生きる道と場所を与えてくれた。ティアにとってAEGISの皆は家族だ。
家族の為に、ティアは戦うと決めた。守る為に。
ティアが胸に秘めた覚悟を問うていると、エリカが三人に声を掛けた。
「ファクトリーに来て早々に悪いけれど私達には時間がないわ。新型3機を強奪した機体の進路が“アメノミハシラ”付近を通過すると出たわ。」
「っ!」
三人がその報告に三者三様に動じてみせる。
偶然か、はたまたそれが狙いなのかどうかは分からない。だが、敵はオーブが所有する軌道エレベーター、アメノミハシラ付近を通過する。
「敵の狙いは掴めないけれど、ZEUS軍の追跡を担当しているアスカ隊が地球降下を阻止する為に“アメノミハシラ”付近で戦闘になる可能性が非常に高いわ。」
エリカがそこで言葉を切り、三人の顔をジッと見つめる。
「…私達AEGISは何としてもアスカ隊の新型、及び奪取された新型3機を破壊しなければならないわ。」
「おいおい、ZEUSも新型のガンダムもどっちも相手にしろっての? 三機じゃ無理あるぜ?」
ディアッカが声を上げる。
いくら補助要員が来たとはいえ、三人だ。何とも言えない状況だ。
「恐らく敵も互いに焦燥しているはずよ。アスカ隊は“デスティニー”を欠いており、新型3機を奪取した組織も先の戦闘でMSをかなり減らしたはず。つまり、実質各勢力の戦力は互角に近いわ。」
「なるほどね。」
エリカの答えに、ディアッカは納得してみせる。
「つまり、出てくるやつは全部ぶっ倒せばいいんでしょ!」
ユイがグッとガッツポーズを掲げ、高らかに告げる。
三人の視線がユイに集まる。
「…簡単に言うと、そうなるわね。」
多少呆れたエリカが言葉をつまらせて答え、ディアッカはやれやれと肩をひそめる。
そしてマユラは先ほど人間型ハロと化していたティアを見た時と同様に冷ややかな目つきでティアを見やり、口を開いた。
「…おバカさんがエースって大丈夫なんですか?」