AnotherSEED   作:another12

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幸福の在処ーー1

 

 

 

 

 

ーー信用していいのか? 奴らを

 

 ザンザスの疑念が込もった先ほどの言葉が頭を過ぎる

 RAVENとの会談を終えた後すぐザンザスから告げられた言葉は、重くユーフェミアに突き刺さった。

 信用に足る相手かなどわからない。だが、それでもそれ以上にどうこう出来る状況ではない。“彼ら”に迷惑をかけることも、今はまだ出来ないのだから。

 一国の主が素性も知られていない独立した部隊を信用するなどと馬鹿げているだろう。それでも、彼らを信用しても構わないと思う理由が確かにユーフェミアにはあったのだ。

 皇女用の正装に着替え終えたユーフェミアは心痛の面持ちで王宮の外通路を歩く。

 すでに王宮から見える外は日がかなり傾きかけており、茜色に空を染め上げる。そんな夕暮れを見つめていると先刻まで国が崩壊する危機に直面していた事など、無かったかのようだ。

ふと窓から見えるスカンジナビア王国の夕暮れの空を見つめていたユーフェミアの視界に、テラスに立ち空を包む綺麗な夕暮れ以上に燃えるように真っ赤な髪を風にたなびかせた青年が立っていた。

 

「あの方は、先程の…」

 

 RAVENの代表として会談に赴いた隊員だ。

 夕暮れの空をぼんやりと見上げている。彼の赤と蒼のオッドアイが見つめる先に何が見えているのか、何を思っているのか、ユーフェミアには分からなかった。如何とすれば近寄りがたい雰囲気を漂わせた青年に、ユーフェミアは恐れる事もなく歩み寄り、声をかけた。

 

「スカンジナビア王宮の夕暮れは綺麗でしょう?」

 

 急にかけられた声に青年ーーユウイチ・レオンハートは振り返った。

 赤と蒼の双眸がじっとユーフェミアを見つめる。

 その表情から感情を読み取る事は出来ず、ユーフェミアは不安になって言葉を続けた。

 

「…お邪魔、しましたか?」

 

 ユーフェミアの言葉に、ユウイチは「いや。」とかぶりを振り

 

「まさか皇女様が声をかけて来るとは思っていなかったもので…」

 

 伏せ目がちに告げるユウイチに、ユーフェミアは等身大の青年らしさを感じた。

 自分よりは若いだろうが、恐らく長く戦いに身を投じて来たのだろう。スカンジナビア王宮の夕暮れを見つめる瞳は、とてもユーフェミアの心を揺さぶるものだった。

 

「トリィ」

 

 ふと、どこからかメタリックグリーンの小鳥が電子音で鳴きながら、翼を広げて舞い降り、ユウイチの肩に止まった。

 

「あら? ペットロボットですか?」

 

 ユーフェミアがユウイチの肩に止まる鳥型のペットロボットに目をやりながら問うた。

 ユウイチの肩に止まるメタリックグリーンの鳥型ロボットはユーフェミアを見つめながら「トリィ…?」と首を傾けてさえずった。

 

「あぁ、コイツはトリィっていう俺の…親友みたいなもんらしいです。」

 

「らしい?」

 

 ユーフェミアがユウイチの言葉に違和感を感じる。見た感じ、彼の肩に止まるロボットはとても彼に懐いているように見える。なのに、何故か彼からは戸惑いのようなものを言葉から感じたのだ。

 

「1年前以前の記憶が、無くて…気づいたらコイツと、こいつの名前と自分の名前程度の事しか覚えいなくて……」

 

 ポツリポツリと苦い言葉を噛み潰すように告げるユウイチ。ユーフェミアは聞いてはいけない事を聞いてしまった気がして、胸が締め付けられる。

 

「記憶障害…ですか…」

 

「言葉や、物の事とかは覚えてるんですが思い出ってやつが俺にはないんです。」

 

 話しながら困惑した表情をしているユウイチを見て、ユーフェミアは言葉を詰まらせた。ユーフェミアにも楽しかった思い出、忘れてしまいたい過去が当然のようにある。言うならばそれら全てが今のユーフェミア・ラ・ルレッツァという人物つ作り上げているとも言える。だが、彼はどうだろう。幼少の頃の記憶も無く、楽しかった記憶もない、もし自分がそれらの記憶全て無くしてしまったとしたら?

 恐らく、自分が恐ろしく思うだろう。何も知らず、ただポンとそこにあるもの。

 私なら、自分が本当に人間なのかを疑ってしまう。

 

「記憶がないから、RAVENに?」

 

「たまたま拾われたんです。1年前に…RAVENに。」

 

 それは1年も前の話になる。

 覚えているのは、傷だらけだった事。曇天の空を見上げて、何もわからないままに死ぬんだと思った事。そして、自分を救った男の手があった事だ。

 そこからは覚えていない。突き付けられたのは、気づけばベッドの上で1週間眠っていた事、自分には記憶がない事、ユウイチ・レオンハートという名前だということ、ココは世界に捨てられた者達が集うところだということだった。

 

 

「だから、コイツも気づいたら懐かれてたペット、みたいなもんで…」

 

 自分の指を差し出し、そちらに飛び移るペットロボットを寂しげな表情で見つめるユウイチに、ユーフェミアはかける言葉が見つからなかった。

 RAVENは世界に捨てられた者達が集まる場所。つまり、自分は捨てられたのだと彼は受け入れているというのか、その運命を、何も知らないままに生き、人を殺めているというのか。

 

「……RAVEN、といいましたね。そこはあなたにとってどんな場所なんですか?」

 

 ユーフェミアの言葉に、ユウイチは困ったような表情になる。

 しかし、少し躊躇った後に口を開いた。

 

「家と、家族ですかね…そこにしか自分の居場所はないのだから。」

 

 どこか、似ている。とユーフェミアは同情にも似た感情をユウイチに抱いていた。

 国は焼かれ、両親は死に、いきなり皇女などと立てあげられ、この国のシンボルとして扱われる。この世界には自分の居場所はこの皇女という場所しかない。

 それ以外の選択肢を選べない。

 境遇は違えど私達は似ている、と。

 それが憐れみだったのか、恋募だったのかは分からないが確かにユーフェミアはユウイチを得体の知れない部隊の隊員という目ではもう見れずにいた。

 

「……蒼い鴉がやってくる。神に背いた罰を与えるために。」

 

 ポツリと表情を硬くしたユーフェミアが呟き、ユウイチが顔を曇らせる。

 

「あなた方の存在をほのめかす伝承のようなものです。」

 

 RAVENという存在が公になってはいないものの噂になった時にその伝承と共に名は広まった。ZEUSには影を担う蒼い鴉がいる、と。

 

「……らしいですね。耳に挟んだ事はあります。」

 

 ユウイチがユーフェミアに返す。

 

「あなたは人間です。決して神に従う鴉ではありません。」

 

「……。」

 

 ユウイチの返事はない。

 ただ、悲しみを帯びた表情で、ユーフェミアを赤と蒼の双眸で見つめる。

 

「あなたが、本当に望んでいるものはなんですか?」

 

 ユーフェミアの瞳が揺れる。

 ユウイチは悄然と目を落とす。

 本当に望んでいるもの。人間なら、願いはあるはずだ。記憶を無くし、自分がなにかも分からないままに戦い続ける。しかし、そんな日々を過ごすうちに確かに彼にも彼の願いが生まれたはずなのだ。

 

「……俺は、世界中の人々が幸福であって欲しいと願う。」

 

 ユーフェミアがその言葉の意味を問うようにユウイチを見つめた。

 

「……その為にあなたは戦う、と? 剣を握るというのですか。」

 

「俺には何もありません。戦う事以外、なにも…」

 

 ユーフェミアは溢れそうになる雫を振り払うように首を左右に振って、叫ぶ。

 

「違う、違います! それはあなたの願いではない! 戦う事しか出来ないから戦う。だから皆に幸せでいて欲しいだなんて願いは歪んでます。それは、願いではない!」

 

 我慢出来ずにユーフェミアの頬を涙が伝う。

 何故泣いているのか、とユウイチが不審げにユーフェミアを見つめる。

 

「それしか知らないからそうする。だから戦う。それでは平和になんてなりません! あなたの言う願いが皆の幸せならばあなたは戦ってはいけない…!」

 

 ユーフェミアの涙ながらの慟哭が、テラスに響く。彼女からの言葉に、ユウイチはただ沈痛な面持ちで耳を傾けている。

 まっすぐで硬質なユーフェミアの視界が止められない涙で滲んでいく。

 

「あなたの理想は絵空事です! 戦いでどれだけの生命が失われていくか、あなたはキチンと理解しているのですか!」

 

 RAVENが自分達の及び聞く通りの部隊ならばそんなのは平和には程遠い存在だ。

 力によって押さえつけられた平和。十年前に世界を戦火で包んだあの惨劇を繰り返す未来しかユーフェミアには見えない。

 

「平和の為に世界に背く者達を切り捨てる。だから剣を握る。だから自分を殺す。どうしてあなたは戦うの…」

 

「……それしかできないからだ」

 

「それは逃げよ! 戦いのない生き方なら、この世界にはたくさんある!!」

 

 それはありふれた幸せ、世界に捨てられたとしても、幸せに生きようと頑張る人々はいる。蔑まれ、迫害され、それでも幸福に生きる人々もいる。

 戦いではなにも変わらない。変えなければならないのは世界の仕組みだ。

 

「……俺には、それ以外思いつかないんです。幸福というものが、俺には分からない。」

 

 空虚な瞳でユウイチは告げる。記憶を失ったからだろうか。記憶がないから彼をそこまで戦いに駆り立てるのか。幸福なんて人それぞれある。

 

「たとえば大切な人がいて、恋をしたっていい。その人の為だけに生きようと思えたっていい。それもあなたにとっての幸福なら構わないじゃない。あなたはその幸福からすらも目を瞑るというの?」

 

「……幸福の定義なんて人様々です。俺は、幸福に程遠い人間です。」

 

 なにか、彼の為になにか出来ることはないのだろうかとユーフェミアは言葉を紡ぐ。なにかが彼に響けばいい、と。それが切っ掛けになるかもしれない、と。

 しかし言葉を紡げば紡ぐほどにユウイチの表情は苦いものになる。

 ユーフェミアはこれ以上は、彼を苦しめるだけなのではないか、と思う。

 彼には本当になにも分からないのだろう。だから、苦しんでいるのだろう。出すぎた事をしたのではないか、とユーフェミアの心を罪悪感が包む。

 

「ユーフェミア様」

 

 ふと、背後から声がかかり二人は視線をそちらに向ける。

 テラスへと通じる出入り口に顔をしかめたザンザスが立っていた。

 

「そろそろ夕食の時間です。この時間の外は冷えます。どうぞ中へ。」

 

「……えぇ、ありがとう。」

 

 ユーフェミアは頬を流れた涙の跡を拭い、ユウイチに再び向き合う。

 そして、困った笑みを見せながらユウイチに尋ねた。

 

「あなたの、お名前を教えていただいてもよろしいですか?」

 

 ユーフェミアに問われ、ユウイチは少し躊躇った後に静かに自らに数少ない覚えている自分の名を告げた。

 

「ユウイチ、ユウイチ・レオンハートです。」

 

「……レオンハート、良い名ですね。」

 

悲しげな笑みを見せて、ユーフェミアは踵を返そうとし、足を止めた。

 

「……良ければ、私の国をもっと身近に見てもらえませんか?」

 

 ユーフェミアの言葉の意図がわかりかね、ユウイチは眉を顰めた。

 

「明日、町への外出を許可します。」

 

「ユーフェミア様っ!」

 

 ユーフェミアの突拍子もない提案に抗議しようとしたザンザスを、彼女は手だけで制す。

 

「RAVENのあなた方は市政から離れすぎている。どうか、今の時代の民をよく見てください。お願いします。」

 

 そう言ってユーフェミアは頭を下げ、今度こそテラスから出て行った。

 一人残されたユウイチはただ、悲しげな表情を浮かべ心配げにこちらを見つめるトリィの頭を指先で優しく撫でた。

 茜色に染まっていた夕暮れはもう、夕闇に包まれかかっている。

 冷たい夕風がユウイチの熱がこもった心まで冷やしていく。

 

ーーー皆が幸せであって欲しい。それが自分の幸福ではいけないのだろうか?

 

 

ユウイチはまだ、その答えを知る由もなかった。

 

 

 

 

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