AnotherSEED   作:another12

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幸福の在処ーー2

 

 

 

  翌日、本当に外出許可を下された“RAVEN”の面々を、ザンザスがさぞ迷惑そうな顔で迎えに来た。

 

「ユーフェミア様たってのご厚意だ。馬鹿な真似はしないでくれ。」

 

 そう言う彼の顔には疲れが見えた。

 無理もない。昨日の本土への謎の勢力の襲撃、RAVENの介入、戦闘後の後始末に加えてまさかお守りまでさせられるとは思いもしなかっただろう。心中穏やかではないのは、彼の表情と小刻みに刻むつま先から見てとれた。

 

「どういう意図なんでしょうか? 昨日は街には近づくなとお達しがあったはずですが。」

 

 困惑したリナが尋ねる。

 

「君達が噂通りの部隊であるならば、世からは隔絶した生活を送っているのだろう?」

 

 確かに、ザンザスの言う通りではあった。

 行き場がないから“RAVEN”にたどり着いた面々で構成されたメンバーは、かつては一般市民と関わりがあった者もいるとはいえ、今や敵と武器と同僚としか関わる機会はない。

 

「……よく見ておけ。今の時代に生きる守られるべき人々の姿をな。」

 

 

 

 

 

 

 

 乗り気はしなかったがこう言われては断る理由もなく、ユウイチとリナは隊服からザンザスに与えられた服に着替え、町へ踏み出した。ミナミは機体の最終調整が、ジェノスはその護衛という建前で断られてしまった。

 王宮の裏口からこっそり街に踏み入れたユウイチがまず感じたのは。陰鬱とした空気だった。

 オーブの街を歩いた時とは様相がまるで違う。

 街に活気はなく、歩く人々はどこか怯えるようにユウイチとリナを見る。

 

「王宮の裏手、この通りは、スカンジナビア王国でも貧民街にあたる場所になる。」

 

 背後から帽子を目深にかぶり、ポケットに両手を突っ込んだザンザスが声をかける。

 

「俺が顔が割れているからな。あまり目立てん。それと、腕時計やアクセサリーは外しておけ。腕ごと持っていかれるぞ。」

 

 ザンザスの言葉に、リナはハッとして腕につけていた時計を外し、ポケットにしまった。無論、そんな強盗に対処できないリナではないが無用な荒事を避けるためだった。

 

「そんなに警戒しないでも大丈夫ですよ。防衛本能みたいなものですから、彼らの。」

 

 ふと、ユウイチ、リナ、ザンザス以外の凛とした声が聞こえ三人が振り返ると、マスクで顔を隠しながらもその端正な顔立ちと気品さの隠しきれていないカレン・エマ副隊長がいた。

 

「カレン、何故ここにっ……!」

 

「だってザンザスだけ事務仕事放り出して街に出かけるって言うじゃない。そんなのずるいなぁと思って私もベルに押し付け……もとい、交渉して外出許可取ってきたの。」

 

「押し付けって言ったな、今。」

 

 てへっと、笑うカレンにザンザスはため息をついて頭を抱えた。

 

「……遊びじゃないからな。」

 

「分かってるってば。さ、こんな所で固まってたら目立って仕方ない。行きましょう。」

 

 言うや否や、カレンを先頭に歩き始めユウイチ達も後に続きはじめた。歩き始めると、色々なものが目に入ってきた。

 コソコソと辺りを見回しながら歩く人、熱々の料理を店頭で売り、料理に飛び回るハエをタオルでひたすら追いやって商売する屋台。ユウイチ達一向をヒソヒソと話しながら侮蔑の視線を送る妙齢の女性達。

 キチンと整備されたオーブと違い、くすんだペンキで塗装された街はお世辞にも美しい景観とはいいがたい。

 

 

「かつて……少なくとも俺らが子どもの頃は、まだ美しい街だった。」

 

 言って、ザンザスが語り出す。

 

「貧民街なんてくくりもなく人々は住みたい場所に住み、就きたい職につき、食べたいものを食べた。カラフルで細長い建物が並ぶ景観は、まるで絵本の中の世界に来たみたいだとそれはそれは、観光客にも人気の街だった。」

 

 ザンザスの言葉を聞きながら、ユウイチも周りを見渡して感じていた。この街はかつてとても綺麗だったのだろう、と。区画が綺麗に整備され、街は今でこそ淀んだ空気が漂っているが、人に溢れていた頃は、さぞ美しい街だったのだと連想させる。

 

「それも、戦争が激化して意味のないものになったがな。」

 

「そうね。街の景観なんかよりも、人々は生きていくので必死だった。自分で精一杯なのに、街にまで気持ちを割けるはずもないもの。」

 

 カレンが悲しげに、言った。

 

「貧民街なんてくくりも、私達政府が定めたわけではなく人々が自分達で寄り合って、暮らし始めた。互いを頼らなければ生きていけないが故に、肩を貸し合うしかなかったの。幸い、街はかつてより人口が減少し、土地ならいくらでも余ってるからね。」

 

「ここが貧民街というくくりなら、王宮正面の街はまた様子が全然違うのか?」

 

 それまで黙っていたユウイチが尋ねる。

 

「ここより幾分かはマシさ。少なくとも、食い扶持には困っていないはず。ここは政府からの配給が頼りだからな。我々も、餓死者を出さないように気を払ってはいる。」

 

「それでも毎日のよう誰かが死ぬ。」と、ザンザスはやりきれない感情を押し殺すように言った。

 

「さっき防衛本能みたいなもの……っておっしゃいましたが、アレは?」

 

 リナがカレンの先の言葉について尋ねた。

 

「自分達の生活が部外者によって乱されないかの防衛本能です。この国は敗戦国ですし、いつプラントのデュランダル総裁に嫌われてレクイエムが宇宙から降って来るからも分からないじゃないですか。」

 

「そんな……いきなりなんて事は」

 

「ないって言い切れます? デスティニープランなんて政策を無理やり推し進め、それを武力で認めさせた人ですよ。」

 

 カレンの言葉に、リナは押し黙る。別段ギルバート・デュランダルの支持者ではないリナがそれ以上抗議する理由もなかった。ただ、“RAVEN”が形式上“ZEUS”の所属という事もあり、“RAVEN”もくくって否定された気がしたのだろう。

 

「さて、着いたぞ。」

 

 少し歩いた場所で、ザンザスがある店の前で立ち止まった。

 店の看板にはCoffeeの文字があり、中からは鼻をくすぐる美味しいコーヒーの匂いが漂っている。

 

「……四人でカフェするのか?」

 

「パンケーキはないぞ。」

 

 ユウイチの問いにぶっきらぼうに返し、ザンザスは店の中へと入っていった。カレンに「お先にどうぞ。」と、促されユウイチとリナも入店する。

 入店すると、店内のカウンターの向こう、一番奥に新聞を広げて座っている男性の姿が見えた。入店してきたこちらに気づき、新聞を少し下げて面々の顔を確認する。

 

「鴉なんて連れて来るんじゃねぇよ、ザンザス。」

 

 鴉、と呼ばれ反射的にユウイチとリナは隠していた拳銃に手をのばした。

 

「……気づいてたのか。」

 

「昨日の戦闘に介入してきた連中だろ? おぉ、久しぶりだなカレン。また胸が伸びたんじゃねぇか?」

 

「セクハラですよ、グレン隊長」

 

「バカ言え。年寄りの楽しみは若い子にちょっかいをかける事と一人でぼうっとコーヒーか茶を飲んでる時間くらいなもんだ。俺から楽しみを奪うなよ。」

 

 グレン、と呼ばれた男性は立ち上がりユウイチとリナに近寄る。ホリの深い顔に浅黒い肌、額の古傷にクリーム色の髪と同じ色の髭はもみあげから顎に繋がっている。

 立ち上がって初めて、身体の作りが軍人あがりだと確信させる。ユウイチよりも高身長で漂わせる雰囲気は、歴戦の強者のものだった。

 

「グレン・イェルハルド、元スカンジナビア王国防衛隊隊長だ。よろしく、鴉さん。」

 

 言ってグレンと名乗った男はユウイチに手を差し出してきた。その手を、ユウイチは安易にとらなかった。無言で手を差し出したままのグレンを見つめるユウイチに、グレンは問いかける。

 

「握手は嫌いか?」

 

「不用意に握手をしたが最後、手を落とされる恐れがあるからな。左手に隠したナイフを置いてくれれば、こちらも応じるが。」

 

 ユウイチの言葉に、グレンは豪快に笑い出した。

 

「はっはっはっは! 少し試してやろうとからかっただけだ。悪いな、少年。」

 

「構わん。アンタが本気になればもっと簡単に俺を殺せるはずだからな。」

 

「……ほぉ、そりゃ俺を買い被りすぎだぜ。」

 

 グレンのユウイチを見る目が、一層厳しいものになる。

 

「この時代にその歳まで五体満足のまま退役したんだろ?」

 

「ただ臆病だっただけさ。隊長なんて名ばかりで、部下を死なせすぎた故に生き遅れちまった老人さ。」

 

 へへ、と空笑いしグレンは再び定位置の椅子に腰掛けた。

 

「おもしれぇ青二才は嫌いじゃねぇ。取って食ったりはしねぇから後ろの嬢ちゃんも拳銃から手を離しな。」

 

 グレンに指摘され、ユウイチが手で諌めた事でようやくリナも拳銃から手を離した。

 

「まったく、肝が冷えますよ隊長……」

 

 緊張の糸が解けたのか、カレンがドッと疲れた様子でカウンターに突伏する。

 

「しかし隊長、また無線を盗み聞きしてましたね?」

 

 ザンザスがキッと睨みながらグレンに詰問した。

 

「我が国が焼かれるかもしれない一大事だぞ。情報は最大の武器だ。知ってさえいれば急に爆弾落とされて死ぬ事もないだろ。」

 

 悪びれる様子もなく、グレンはタバコに火をつけた。

 ーーなるほど、無線を傍受していたから“RAVEN”の事も知っていたわけか。

 

「立ち話しにきたのか? 奢りゃしねぇが、一杯飲んでけよ。」

 

 紫煙を吐き出し、グレンが言った。

 奢ってはくれないらしい、まぁこの辺りの生活基準を考えれば当たり前ではある。

 グレンに促され、四人はカウンターに腰掛ける。

 簡素な作りの店内は照明が抑えられていて、外の灯りが店内を照らし出す。グレンは慣れた手つきでコーヒーカップを準備し、豆を挽き、こぽこぽと沸かしたお湯を挽いた豆の上からドリップさせていく。途端、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

「砂漠の虎のコーヒーなんかよりも断然ウチのが美味い。」

 

 言って、グレンは四人の前にコーヒーを差し出した。

 出されたコーヒーはカップの中から湯気を立ち上らせ、鼻腔を刺激する。

 

「いただきます。」

 

 感謝し、いただく。

 濃厚な中にわずかな酸味、そしてコクが最後に押し寄せる。

 あまりコーヒーに広いわけではないが、それでもこのコーヒーが至高の一杯である事はユウイチにも理解できた。

 

「……美味しい。」

 

 コーヒーの味に感動したのか、隣で口元に手を当てながらリナが感嘆していた。

 

「嬢ちゃん、コーヒーは好きか?」

 

「どちらかと言えば、紅茶派だったんですが。最近はコーヒーにハマってまして……自室でも良い豆を仕入れて飲みます。」

 

「そいつぁ良い心がけだ。だが、良い豆が良いコーヒーを生むわけじゃねぇ。良かったら特別にベッドの上でレクチャーしてあげようか?」

 

「隊長、セクハラです。」

 

 ぴしゃり、とカレンが遮る。

 リナはあははと空笑い、怒られたグレンは口を尖らせて拗ねる。何故だか、リナがグレンに誘われた時、チクリとユウイチの胸が傷んだ。

 

「それで、なんだってわざわざ鴉を俺の店に連れてきた。ザンザス。」

 

「……隊長は、敵に心当たりはありますか?」

 

「それを俺に聞くのか? 今の隊長はお前だろ。」

 

 再びタバコに火をつけ、ザンザスを突き放す。

 作業台にもたれながら煙を深く吐き出す。その煙をザンザスは手で払い、

 

「“ZEUS”とは、考えにくいです。今更こんな周りくどいやり方で軍を派遣する必要性がない。我が国に壊したくないものがあれば別ですがそれがない以上――レクイエムを使う方がはやい。」

 

 レクイエム別名――軌道間全方位戦略砲。

 ビーム偏光ステーションを各宙尉域に配置し、基地から発射されたビームを、各コロニーを中継点として軌道を変える事で目標地点を攻撃する“ZEUS”最大の戦略兵器だ。

 コレがあるといらうだけで、デュランダルは心意的な優位を手にしていた。

 

「介入してきた“RAVEN”ではない、なら――オーブ? ここを武力で取ったと世界に知られれば針のむしろ状態にされる。」

 

「ここを戦略的な観点で抑えて得する奴ら――」

 

 グレンが付け足し、

 

「……旧地球連合、いや、反乱軍か。」

 

 ユウイチが答えた。

 

「ユーラシア大陸の端にあり、戦略的な要地としても機能させやすい。問題はレクイエムだが――恐らく何かしらの防衛手段があるのだろう。個ではなく集合体。どの国がどれだけ属しているか分からないとなれば、不用意に地球の国にレクイエムも撃てないだろうな。」

 

 グレンはタバコの先端を灰皿に押し付け、さほど興味もなさげに言った。

 

「だから来たんだろ? “RAVEN”はここに来る前の任務か何かで――敵をある程度割り出し、ここが狙われる可能性が高いと結論づけ、ここに来た。」

 

 挑むようなグレンの視線が突き刺さる。

 グレンの洞察力、推理力は大したものだった。ユウイチ達が作戦前にハルバート・レッキス大尉より聞かされた内容とほぼ一致していた。

 先のオーブ外郭区での戦いで、敵の統率性のなさ、協調性のなさから敵は一つの組織ではない、と仮定づけた。そして、これがギルバート・デュランダル体制への反逆、反乱の前兆であるとしたら――“RAVEN”はそれを未然に防ぐ義務がある。

 

「私達下士官は、ここに行けとだけ言われてきました。詳しい事情は、私達に命令する側だけしか知りえません。」

 

「嬢ちゃんもそっち側に見えるが?」

 

「買い被りすぎですよ。」

 

 ふふ、と微笑むリナと、はは、と笑うグレンの視線が交錯する。冷たい空気が漂いかけ――

 

「グレンおじちゃーーんっ!」

 

 と、快活な声が店内に響いた。

 

「かぁーっ! また来やがったのかお前らっ」

 

 頭を抱え、グレンが心底迷惑そうに叫んだ。

 入り口には笑顔でグレンを見る年齢性別の様々な子ども達が立っていた。まだ小さい子は5歳くらい、一番大きな子は12〜14歳くらいだろうか。

 

「だってここの水美味しいんだもん!」

 

「え! 珍しい、お客さんがいる!」

 

「なんだ、ザンザスだよ。」

 

「あ、カレンちゃーーん!」

 

「うわ、すっごいイケメンと美女もいるのだわ!」

 

 あっという間に店は雪崩れ込んできた子ども達に占拠されてしまった。四人も一瞬で子ども達に囲まれ、遠慮ない質問や言葉を投げかけられる。

 

「カレンちゃんみたいに綺麗なりたーい」

 

「なれるわ。綺麗な髪をしてるんだもの。」

 

 

「ザンザス、コーヒー嫌いじゃん。」

 

「嫌いじゃない、苦手なだけだ。」

 

「それ一緒じゃない?」

 

 

「ねぇ、お兄さんの髪綺麗な赤だねー」

 

「隣に座っているのは彼女?」

 

  彼女、と呼ばれたリナがブッ、と吹き出した。

  ゴホゴホとむせこみ返事できそうにないリナに代わり、返事をする事にした。

 

「まだ彼女じゃない。」

 

「ま、まだっ⁉︎」

 

 何故リナがそこまで狼狽えるのか分からない。

 まだ付き合ったり、交際をもうしこんだわけではないのだから言葉は適切だったはすだが。

 しかし、ユウイチの言葉に子ども達は――

 

「あー、暑い、暑い。ご馳走様〜」

 

「もう間近ですなぁー、これは。」

 

「天然で言ってるから腹立つわよね……この朴念仁」

 

 最後のはリナだろ。

 

 

「おい、お前らっ! 水ならくれてやるからさっさと帰れっ!」

 

「「「「わぁーい!」」」」

 

 

 怒涛の波は、グレンが入れた水を一気に飲み干し、様々な挨拶をして店内にまた繰り出していった。

 

 

「……ったく、遠慮見境いもねぇ。」

 

 グレンはそう嫌がるが、口元はニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「相変わらずよく来るんですね。」

 

 カレンが問いかける。

 

「あぁ。善意から水を出してやったら、すっかり味を占めやがった。以来毎日のように水の無銭飲食さ。」

 

 と、そこまで言ってグレンは何か思い出して茶袋をユウイチとリナの前に置いた。

 

「俺はまだザンザスとカレンに話しがある。悪いがこれを数ブロック先に住むコロ爺って奴に持っていってくれねぇか? コーヒー代だと思ってな。」

 

「……構わないが、いいのか?」

 

 ユウイチがザンザスに確認する。

 

「……構わん。場所は端末に送ってやる。届けてやってくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

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