その夜は、恐ろしいほどに静かだった。
時刻は、夜も深まった午後22時過ぎだった。突如として静かな王国の夜におよそ似つかわしくないほどの爆音が鳴り響いた。
トリィが鳴き、リナも異変を感じ取る。
壁越しに聞こえる爆音と、微かな振動。
同じ部屋に居たカレンが部屋に備えつけてあった通信機の受話器を取った。
「なんの騒ぎ⁉︎」
すぐに管制室からの声が返ってくる。
『分からない、機影は確認されてない! とにかく、街で火の手が上がってるんだ!』
「すぐに街へ行く!」
返事を聞き終わる前にインターフォンを置き、乱雑に椅子に投げていた蒼い軍服を羽織ろうとしたが、街に出るのに住人達にも見られる可能性がある目立つ軍服ではまずいと思い直し、リナはベッドへと投げる。そして、拳銃だけを取る。慣れた手つきで残弾数の確認を済ますとすぐに部屋を出た。
部屋から飛び出し、王宮内を走ると同じように部屋から飛び出してきていたジェノスと鉢合わせた。
「敵襲かしら?」
「機影は確認されていないとの事ですし、暴徒かもしれません。現地へ向かいましょう。」
リナは頷き、三人は王宮外から足早に向かった。
王宮の出入り口に繋がる向こう側の通路からミナミが前方からサブマシンガンをいくつか肩に掛けて走って来る。
「拳銃じゃ心許ないでしょ! もってって!」
ミナミ・マクスウェルが二挺のサブマシンガンをジェノスとリナに手渡す。
受け取ったサブマシンガンを肩に掛け、拳銃を腰元のホルスターへ納める。その間にジェノスが口早に話す。
「まだ確認されてないが、このタイミングといい敵さんの可能性が高い! ミナミは機体をいつでも出せるように待機してくれ! とりあえず俺たちは現場の確認を!」
「了解っ!」
「急ぎましょう!」
ミナミとリナがそれぞれ答え、三人は艦外へと降り立った。
スカンジナビア王国の地を踏んだ三人が見たものは、街の奥で赤い火の手が大きく上がり、煙がもくもくと立ち上がっている光景だった。
夜の空に向けて大きな煙の渦が舞い上がっている。さらに奥からは銃声と悲鳴も聞こえる。地上から攻めて来たということなのか。
「あっちは中央市の方角です、急ぎましょう!」
カレンが先陣を切って走り出し、リナとジェノスも続けて走り出す。
前方から恐怖に顔を歪め、必死に火の手が上がる場所から逃げてきたのであろう住民達が走って来る。リナは逃げ惑う人々の光景を見て違和感を感じる。ジェノスも同じように難しい顔をしている。リナが逃げ惑ううちの一人を呼び止める。
「なにがあったの!」
「わ、わからない! 急に……貧民街の奴らが、銃を持って暴れ出したんだ!」
「貧民街の人達が……!?」
逃げ惑う人々は大人かまだ小さい赤子を抱えた大人ぐらいだ。子どもの姿が見当たらない。リナと話していた男は「あんた達国防軍か! だったらなんとかしてくれ!」と吐いて走り去っていった。
「なんで貧民街の人達が……?」
「さあな。変な宗教にでもハマったのかね?」
ジェノスが肩をすくめてみせる。
嫌なジョークだ。しかし、確認してみないことには分からないままだ。
三人は再び火の手が上がる方へと人ごみに逆流して走り出した。原因の方へと近づくに連れ、銃声が大きくなる。銃声が大きくなるにつれて猟犬のようにリナの体を緊張させていく。長年の中で染み付いた臨戦態勢だ。
そして、それはすぐにリナ達の目に入ってきた。
「やめろー!! やめてくれぇ!」
「なんでこんなっ…!!」
胸を疼くほどの痛ましい表情で、人々が前方から街を破壊する人達へと訴えかけている。リナ達は物陰から様子を伺えば、破壊活動を続ける人達は無表情のままゆっくりと銃火器を撒き散らし、街を火の海に変え、人々に向けて銃を乱射している。
そして、目を疑った。
「子どもも居るのっ⁉︎」
「あの子達はっ……!」
街を破壊していく百鬼夜行の戦闘に、昼間グレンの店で会った子ども達。目は虚に、昼間の笑顔はなく、銃器を構え――
「やめてくれ!! ぁぅごぁ……!!」
凶行を止めようと飛び出した大人がその自らの子どものサブマシンガンにより、蜂の巣にされ血しぶきを撒き散らし倒れた。その光景に周囲の両親達が「ひっ……」と小さな悲鳴を上げてたじろぐ。
「なんてこと……!」
リナが悲痛な面持ちで呟く。
子どもが躊躇なく人を殺す。そんな事がこの世界に生きる子ども達に可能だろうか。
「………見た所子ども達しかいないな。大人の兵らしき人影は見えない。」
ジェノスが前方から迫る子ども達を見つめながら言う。
誰かが操っているとも考えられない。つまり、子ども達は自らの意思で銃を手に取り街を、親を灼いているというのか。そんな事を無表情で行えるのだろうか。
「っ……! 皆さん、下がってください!」
カレンがたまらず前に出て先導を取る。。
そして、その背後からようやく防衛隊も到着したらしい。
防衛隊に訴えかけるように、貧民街の子どもらの両親達が泣きついた。
「頼みます! 助けてください! 息子を……!」
「あの子はあんな事する子じゃありません! きっとなにか悪い夢を見ているんです!」
「さ、最善は尽くします! あなた方は下がってくださ……」
その瞬間だった。防衛隊の一人と両親達が話している場所に、前方の子ども達の集団から放たれたロケット弾が炸裂した。爆音と、火が上がり、ロケット弾が炸裂した場所に奇妙なオブジェだけが残っている。
その光景を見た、防衛隊のメンバーが叫ぶ。
「くっ……! 物陰に隠れるんだ! はやく!!」
一斉に逃げ惑う大人達。
貧民街の人達にはもう、なにも届かないのか。子ども達は無表情のまま、街を、人を灼いて進む。進行方向は、スカンジナビア王国の王宮内だ。
「なんて惨い光景……」
物陰に隠れ、出方を伺っていたリナが突き刺さるような悲しみの表情を浮かべている。一体なにがあればこんな事になるのだろうか。
「ひどい事になったもんだ……」
ジェノスが愚痴る。
その時、リナ達の背後から足音が三つ聞こえてきた。ふと目をやればユウイチとザンザス、グレンが血相を変えて走ってきていた。三人はリナ達を見つけると、すぐそばまで来て拳銃を構える。
「状況は?」
ユウイチが問いかける。
「暴れている人達は貧民街の人々みたいね……こちらの問いかけには応じないし、中には子どもも混じっている。」
「なんだと……!」
ザンザスが信じられないとばかりに声を上げ、リナ達の背後から暴れ回る人々を確認した。
「……あの子達まで、何故っ……」
面識ある人々が声もあげずに街を、人を蹂躙していく様は目を疑うしかないものだった。
相手が一般市民で、これが反乱であるなら交渉もできる。だが、これは――
「虐殺、だな。」
押し黙って状況を確認していたグレンが呟いた。
「しかし、何故っ……!」
ザンザスが悔しげにうめく。グレンはいつもの仕草でタバコに火を点ける。
「理由なんざ、散々あるだろう。貧民街の連中にとっちゃよ。」
子ども達はまだ息のある大人を火炎放射器で焼き殺し、街の夜を眩しいほどに照らす破壊の炎で焼き尽くしながら進む。
「しかし、あの人々の様子……自ら進んで破壊活動に勤しんでるようにも見えない。」
ユウイチの言葉に、誰もが納得した。
この行為が怒りから来るものなら、人々は声高に怒りを自らの行為の正当性を口に上げるだろう。だが、貧民街の人々はただだ破壊し、殺し、王宮を目指している。
「集団催眠状態……って事ですか?」
ジェノスが言った。
「可能性は高い。彼らの意識を一時的にでも消失させる事ができれば、救えるかもしれん。」
希望が、見えた。
「いや、やめておけ。」
しかし、その希望をグレンは遮った。
「なぜだ」
「考えてみろ。アイツらはもう何十人もの命を奪っている。そいつらを防衛隊が救う判断をすれば、この件が片付いた時にどうなると思う?」
「……被害者、いえ、貧民街で暮らす人々の排斥活動が始まる。」
リナが慎重に答えた。
そして、それは暗澹たる未来だった。
「ご名答だ嬢ちゃん。排斥活動で済めばいいが、最悪報復活動にまで発展すればこの国は終わりだ。貧民街を擁護した名目で反政府論は高まり、内乱が始まり、スカンジナビア王政は幕を閉じる事になる。」
「しかし、それは最悪のケースだ!」
ユウイチが叫ぶ。
――まだ助ける方法はある、あるはずだっ……!
「俺は軍を抜けたが、お前らは政府側の人間だ。どちらにせよこの破壊活動を納めた後まで考えて動く必要がある。結果として貧民街の全ての住民が加わっていなかったとしても、貧民街は封鎖せざるを得ない。」
タバコの煙を吐き出し、グレンは短くなったタバコを足元に捨てた。
「殺すしかない。それが最善案だ。」
全員が、息を呑んだ。
「子どもも居るんだろ、アンタの知り合いのっ…!」
ジェノスが苦しげに吐き出す。
頭ではグレンの言葉が正しいと知りながら、心が否定する。
「違う、今は虐殺者だ。割り切れよ、お前らは鴉なんだろ。何のために存在する。その役割は? お前らのちっぽけな良心でこの国を終わらせるのか? “スカンジナビア王国の存続”のために遥々来たのにか?」
その言葉に“RAVEN”の面々は押し黙る。
救いたいと言う良心と、目の前に居るのは虐殺者だと割り切ろうとする心がせめぎ合い、軋む音をあげる。
周りは悲鳴と銃声の二重奏の調べが流れ、面々には沈黙がていたいする。
「……はぁ」
沈黙を破ったのは深いため息をついた、ザンザスだった。
三人に向けて、言葉を選びながら言う。
「……このまま放っておけば、じきに王宮にたどり着く。王宮には避難しているこの街の住民達が何万人もいる。ユーフェミア皇女もな。」
「くそったれ。」と憎々しげに吐き捨てる。
「……状況は最悪だ。このままいけば王宮に辿り着く。その前に脅威を排除しなければならない。意味はわかるな?」
質問をぶつけ、ザンザスは“RAVEN”に問いかける。
「……アレを止める手立てはない。対象を殺すか、焼き尽くされるのを待つしかない。人間のリミッターが外してある状態に近い。身体能力も、子どもの領域を超えているだろう。」
ユウイチの言葉を聞いて、ザンザスが「やはりな。」と呟いた。
身体能力が飛躍的に向上していなければまだ10歳に満たない飢餓で苦しんでいる痩せこけた子ども達が重火器を振り回し、街を焼き尽くせる筈もない。
「飢餓で痩せこけた体を身体能力を無理矢理向上させなんてしたら……」
リナがその先を絵に描いた絶望したように言い、ジェノスがその続きを紡いだ。
「……体は長くモタない。もしくは、成長を阻害する可能性が高い。」
まだ成長段階にある子ども達の成長を一般の子どもよりも発育が遅れている子ども達をさらに遅らせる事になる可能性高い。
「子ども達を使ってのこのやり口、まるで世界への皮肉だな。」
ザンザスが目の前で繰り広げられる惨劇に目を細めながら言った。
「デスティニープランのある世界しか知らず生きてきた子ども達が街を、人を焼き尽くす。世界の怒りだとでも言うつもりか? 敵は」
「少なくとも、ブラックジョークには富んだ奴らですね」
ジェノスが皮肉混じりに告げる。
デスティニープランが施行され、安定した世界に対する挑戦とでも言うつもりか。
「……アンタらに頼みがある。」
ザンザスの言葉に、三人が耳を傾ける。
「アンタらに汚れ仕事を頼みたい。あの子らを排除してくれ。」
「っ!」
表情一つ変えず、ザンザスは告げた。
排除、つまり殺せと言っているのだ。
「排除って……まだ子どももいるのよ!?」
リナがつかみかかる口調で怒鳴りつけた。
しかし、ザンザスは動じない口調と表情で告げる。
「銃を持って人を殺した時点で大人も子どもも関係ない。それが自分の意思に関係なくともな。もし仮に目を覚ましたとして自らの手で親を、街を焼いたと知ればどうなる? パニックになるだろう。最悪、身心共に廃人だ。」
「それでも……!」
なおもザンザスに食いつこうとするリナの肩にジェノスが手を置いて諌めた。
なんでとばかりにジェノスの顔を見つめたリナに向け、ジェノスは諦めたように力無く首を横に振った。
ザンザスの言う事は正論だ。
もし仮に助かったとしても、彼らに明るい未来は訪れないだろう。一生を自らの罪に苦しめれて生きていく。
グレンの言葉に、ザンザスの覚悟。
“RAVEN”がここに居る意味……。
ユウイチはじっと自らの手のひらを見つめた。
「一生の苦しみと糾弾を受けて生きていくぐらいならば、ここで楽にしてやった方が彼らの為だと思わないか……?」
ザンザスが告げる。
そうかもしれない。このまま野放しにすればもっと多くの人間が死ぬ。
もっと罪を増やしていく。その前に介錯してやるのもまた、優しさなのかもしれない。
ジェノスとユウイチがサブマシンガンのセーフティを外し、ガチャリと弾を込めた。
「ダメよ……そんなの間違ってるよ……」
リナが虚ろな面持ちで嘆く。
彼女のこんなにも弱った所を初めて見たかもしれない。
「リナ少佐、俺たちはRAVENです。創設メンバーの君なら知っているだろ? 俺たちは鴉。汚れ仕事を引き受けるかわりにこの世界で生きていく事を許された存在だ。」
意思のこもった口調で言うジェノスの表情も、どこか悲痛な影を落としている。
そう、自分達は世界から捨てられた存在だ。いらない、と。
あの子ども達も恐らく今後辿る道は同じではないか。世界から、街から、国からいらない、と捨てられて生きていく。
「……ユーフェミア様の理想の為に防衛隊の手は汚せない……君達に頼むしかなかった。すまない」
ザンザスが頭を下げて謝罪する。
その様子を見たリナが力無く立ち上がる。サブマシンガンを構え、目尻に溜まった涙をグッと袖で拭い去った。
そして、物陰から寸前に迫った子ども達を見据える。
しかし、人々に変化があった。無表情のまま焼き尽くし続ける人達。その目から大粒の涙が止めどなく溢れていた。無表情なのに、涙だけが流れている。
「……出来ない……私には出来ない……!」
子どもらに残る人間の部分を垣間見て覚悟を決めたリナがたじろぐ。
自分の知る言葉では現せないのだろう絶望感が彼女を包んでいく。ジェノスもまた、同じように銃を力強く握りしめている。歯を血が出るのではないかと思うほど噛み締め、吐き捨てる。
「こんな事をしやがる……最低な奴らが敵だってのかよ……! 本当に人間かよ!」
ガン!と手近にあった壁をジェノスが力一杯殴りつける。
三人の間に暗い淵に引きずり込まれたような絶望感が漂う。
だが、やらなければならない。今までだって何度も心を押し殺してきたはずだ。
自分も、リナも、ジェノスも。
ユウイチは静かに覚悟を決め、リナの顔を見た。
「……ユウイチ?」
ユウイチの表情を見てリナが不審げに問いかける。
甘いかもしれない。でも、彼女の手を子ども達の血で汚して欲しくなかった。
――「お前の理想は、血に塗れた先にしか手に入らんぞ。」
グレンの言葉が、脳裏に木霊する。
ユウイチは腰元につけていた閃光弾をザンザス、ジェノス、リナ、グレンの立つ場所に向けて投げた。一瞬にして視界がホワイトアウトする。眩い閃光が四人の視界を奪う。一瞬、四人がたじろいだ隙に目をつぶっていたユウイチは物陰から勢いよく飛び出した。
「ユウイチッ!!!」
リナの自らを呼ぶ声がした。
ーーすまない。
ユウイチは心の中で彼女と子ども達に謝罪すると、サブマシンガンを飛びすさびながら連射した。まるでミシンをかけたようにずたずたになりながら人々が脳髄を、血しぶきを撒き散らし声もなく倒れていく。
反撃の銃撃も、優れた戦闘技術を持つユウイチの撃ったサブマシンガンの連射の方が早く虚しく空を撃つ。サブマシンガンの弾が切れるまで撃ち続けたユウイチは最後に残った1人の少女へと腰元のホルスターから拳銃を抜き去り、肉薄した。
少女の持つ拳銃を蹴り飛ばし、仰向けに倒れる少女を組み伏せる。
必死に抵抗する少女の喉元をきっちり押さえつけ、その少女の額に拳銃を向けた。
「……っ」
その少女の顔から涙が氾濫した川のように流れ、ユウイチの心を締め付ける。
脳裏に、地獄の中で自らに感謝を述べる少女の笑顔が浮かび上がり目の前の少女と重なる。
「……くっ……!」
目の前の少女が意識のないはずの少女が嬉しげに笑った。
そして、そのつたない唇で声にはならない言葉を述べる。
ーーありがとう。
確かに、少女は声を出さず感謝の言葉を紡いだ。
「う、う、うあああああああああああああ!!!!」
そして、絶叫するユウイチの放った銃弾が少女の額を貫いた。
遅れてやってきたリナ達の目に飛び込んで来たのは、地獄絵図だった。
あちこちに血が飛び散り、物言わぬ亡骸と成り果てた人だった塊と、その真ん中で壊れた人形のように膝をつき、虚ろな赤と蒼の瞳をリナ達に向けるユウイチの姿だった。
「なんで……! なんで……っ!!」
リナはユウイチに向けて全力で走り出す。
そして、血に塗れたユウイチの肩を掴み責め立てるように声を上げる。
「なんでいつも、一人で全部背負おうとするの!?」
ユウイチからの返事はない。ただ、虚ろな表情で力無くリナに揺すられるがままだ。
「……こんなの、こんなの間違ってるよ……人間のする事じゃない!」
ーー人間?
捨てられた自分達が、人間として生きられると?
この世界は残酷だ。選ぶ選択肢があるならば、自分が傷つく選択肢を選ぶ。
それでも、誰かが助かるならば。命の選択をする。
「……お願い、もう自分だけ傷つけないで……私にも、背負わせて……お願い……」
銃弾の鳴り止んだ街に響いたのは、少女の咽び泣く声と、燃え盛る街の炎の音だけだった。