「ユーフェミア様、あのような事をしては国の主としての威厳が……!」
汚れた姿のまま毅然として歩くユーフェミアに、ザンザスが先程の行為に反論の声を上げる。しかし、ユーフェミアはザンザスの言葉に聞く耳を持たずに自室へと続く通路を歩き続ける。
「ユーフェミア様……! ……っユーフェミア! 聞いているのか!」
「ザンザス・ローヴィル!!」
滅多に叫ばないユーフェミアの叫びが王宮に響く。
付近を歩いていた使用人達も何事かと目を見開いて固まっている。カレンが使用人達に目配せして向こうへ行かせた。
「貴方は国のためを思って彼らに責任を押し付けたのでしょう。しかし、そのような独断を私が許可しましたか!」
ザンザスはユーフェミアにもカレンにも相談する事なく独断でRAVENに子ども達の処理を任せた。
「アイツらの仕事は世界の汚れ役、適材適所に任せただけです。それとも君は国の防衛隊の信頼を地に堕とした方がマシだったとでも言うのか?」
「では彼らがいなければ、あなたは誰に責任を押し付けたのですか? そうやって国の責任を他人に押し付ける形でしか果たせないならば私達に未来はありません!」
髪を砂埃まみれにし、服も泥だらけにしながらユーフェミアは糾弾の声を上げる。
もし彼らがいなければ?
国民の悲しみを誰が引き受けたというのか。ユーフェミアの脳裏に昨日話した赤い髪の青年の悲しげな顔が過る。
「ユーフェミア、君は一国の主だ。理想論ばかり並べていては国を救えない。飢餓で苦しむ国民を見ろ! このままでは国は滅びるだけだぞ!」
「ザンザス……」
カレンがいきり立つザンザスの肩を掴み、制する。
デスティニープランは国の形までは決めてくれない。この国の国民達はそれを知っている。だからこそデスティニープランを拒み強く生きている者達が多くいる。
「貴方はデスティニープランを受け入れるよう国民達に促せというのですか!」
「そうだ。デスティニープランこそが国を救うカギになる。いつまでも理想ばかり語っていてもなにも救えない。」
冷ややかにザンザスが言う。
「プラントのデュランダル総裁のやり方を知っているでしょう!? 一方的な宣戦布告、デスティニープランの強制的ともいえる施行! オーブも我が国も焼かれたんですよ!?」
カレンがユーフェミアを宥めようと手を伸ばした時、ザンザスが怒鳴りかえした。
「そんな子どもじみた主張ばかりで国を救えるというのか!?」
そしてザンザスはまるで手に負えない子どもを見るような目つきでユーフェミアに答えを示した。
「デスティニープランの施行率が上がれば、プラントや他国からの援助も受けられる。国民を救えるかもしれない。」
ユーフェミアは反論さえ出来ずに立ち尽くす。
それは、ザンザスの勢いに負けたからではない。
この国の代表に自分が就いた時、約束したではないか。もうあんな悲劇は繰り返さない、と。世界に屈しない強い国を作ろう、と。
ザンザスは容赦なく切りこんでくる。
「では、ユーフェミア第一皇女様はこれから一体どうされるのですか? 世界にNoという理想を突きつけ続け、この世界でまた一国、孤立されるというのですか?」
「…違います。」
「自分の理想さえ貫ければそれで良いと? 苦しむ国民など自分でなんとかすればいいと?」
「違います!」
なんでそういうことになるのだろう。
ユーフェミアの想いは、あの時三人で誓い合った想いはもはやザンザスには届かないのだろうか。
ザンザスは駄々っ子を見るような目でユーフェミアを見つめる。
「少し自室でシャワーでも浴びて頭を冷やすといい。意地を張り、あの大国を敵に回すことがどれだけ危険な事か良く分かっているはずだ。」
知っている。知っているとも。一度は国を焼かれ、家族を失い、世界中から見捨てられたのだ。あんな悲劇は繰り返してはならないと何度も言い聞かせてきた。
それはザンザスも同じ筈だ。なのに、何故こんなにも自分達はすれ違うのだろうか。
ザンザスがキツくユーフェミアの自室の扉を閉めた。
一人、部屋に残されたユーフェミアは呆然と疲れた顔で大きなベッドへと倒れこんだ。
綺麗に手入れされているベッドにこんな汚れた格好で寝転べば、また使用人を困らせてしまうと思いながらも、彼女の重い身体はそこから抜け出せそうになかった。
『ユウイチ、大丈夫?』
画面越しにヒナが心配そうな表情をユウイチに向ける。
どうやら本部にも伝わっているらしく、誰からかユウイチの行いを聞いたのだろうヒナが“アテナ”から映像通信を行ってきたのだ。
ユウイチはカロリーメイトを頬張りながら、ヒナの質問に普段と変わらない口調で答える。
「無論問題はない。仕事を全うしただけだ。」
『……あ、ゼルがね! 早く酒をくれー、酒をくれーってうるさいんだよー! それをレベッカが汚物を見るような目で見つめててね!』
彼女なりに気遣ってくれているのだろう。
“アテナ”で起きた出来事をいくつも話してくれる。彼女にとって、あの艦での生活は辛いものではないらしい。
『皆優しくしてくれてね! 食堂のママさんなんかカレー食べたいって言ったらわざわざ作ってくれて! 三杯もおかわりしちゃった!』
「君はいま成長期なんだ。いっぱい食べて損をする事はない。」
『でも食べ過ぎてちょっとお腹にお肉ついた気も……』
なぜ女性はこうも体重というものを気にするのだろうか。
しかもまだ12歳に過ぎないというのに。
「食事を気にするのならば、カロリーメイトを摂取するといい。栄養バランスも良く取れているし食べ過ぎて太る事もない。」
ユウイチがカロリーメイトの素晴らしさを語り出そうとしたら、画面の向こうのヒナがわざとらしくため息をついた。
『出たよーユウイチのカロリーメイト推し。はいはいごちそうさまでーす』
何だろう。12歳の少女にウザがられた気がする。
しかも簡単にあしらわれた。カロリーメイトの有用性を理解できないとは帰ったら教育してやる必要があるな。
『……私には、分かんないや』
「……カロリーメイトの有用性か?」
『違うわ! このメイトヲタク!!』
怒られてしまった。というか、メイトヲタクって……
『……皆とっても優しい。ユウイチだって。なのに、なんでそんな辛い仕事ばっかりしなきゃいけないの?』
画面の向こうのヒナの表情が曇る。
『どうして私より小さい子達を殺さなきゃいけないの? ユウイチが』
先程殺した少女の涙でぐしゃぐしゃになった顔が頭にこびりついて離れない。
ヒナが瞳を揺らして悲しみに耐えているのが画面越しにも伝わる。そんなヒナを見てユウイチの心は目を閉ざしたくなる痛々しさで包まれる。
「……それが俺たちに許されたこの世界で生きていく生き方だからだ。」
『……私もね、慣れ親しんだ生活を捨てたよ。捨てざるを得なかったから、とっても辛かったよ。とっても痛かった。自分が特別なんだ、なんて言われたってこれっぽっちもピンと来ない……』
「君は俺たちとは違う。君の日常を奪ってしまった責は俺達にある。」
あの時、あの場所にいて対応できたのは自分だ。
しかし、ヒナしか救うことができなかった。自分には、それが手一杯だった。
『そうやって、自分ばっかり責めないで!!』
ヒナの悲愴感に満ちた声が画面越しから届き、ユウイチの部屋に静かに響く。
『どうして! どうして自分が全てを背負うとするの? 誰かがユウイチだけ苦しんじゃえって言った!?』
画面の向こうで堰を切ったように涙を流すヒナに、ユウイチはなにも言えなかった。
『ユウイチだって、生きてるんだよ! 心があるんだよ! 痛いのをユウイチだけが引き受ける必要なんてないんだよ!!』
何故だろうか。彼女はなにも知らない。なにも知らないくせに、先日まで戦いとは無関係の学生だったのにも関わらず、彼女の言葉はユウイチの胸を大きく揺さぶる。
「……俺は、誰かの為に生きれればそれでいい。この命で誰かが傷つかないで済むのなら。」
『ユウイチ…』
こんな自分にも誰かのかわりに傷つく事で救える事があるのなら。
それでいい。自分以外の誰かが傷つくところを見る方が辛いのかもしれない。
それ以上なにも言わないユウイチに、ヒナはなんと声をかけたらいいのか悩んでいるようだった。 ユウイチもまた、彼女に辛い話しをさせてしまっているなと思ったその時だった。
「っ!」
ユウイチの体を奇妙な感覚が貫いた。
ーーなんだ…!?
背筋を電流が通り抜けたような、不快な感覚。
何故か分からないがそれが良くないものだと分かってしまった。
そして、その感覚がする方向も分かってしまう。
ーーなんだ、コレは……
ユウイチは自身の身体を巡る未知の感覚に戸惑いながらも、机の上においてあった拳銃を握りしめた。
『ユウイチ……?』
モニターの向こうでヒナが不審げな声を上げる。
「すまない! また連絡する!」
ユウイチは背中越しにそれだけ告げると部屋を飛び出した。
ユーフェミアはシャワーを浴びていた。
湯を張っても良かったのだが、それも面倒に感じてシャワーで済ます。
暖かい湯が身体の汚れと一緒に自分の悩みまで流してくれないかと考えてしまう。風呂は好きだ。1日の疲れを忘れ、なにも考えずで済む。
ふと、脳裏に今日起きた様々な出来事が頭をよぎる。赤い髪の青年、ユウイチ・レオンハートの悲しげな表情が一番に浮かぶ。
なにを考えているのだろうか。もっと様々な事があったにも関わらず、あの青年の事を一番に考えてしまうだなんて。
ふと、浴室の外で物音がした気がした。
使用人かカレンだろうか?
ザンザスは自室には勝手に入って来る事はない。
ユーフェミアはシャワーを止めて、かけていたバスタオルを胸にまきつけて部屋に戻る。
「どなた? カレンですか?」
水気で湿った肌のまま、長い髪の先からも水を滴らせて部屋を覗く。
しかし、そこに人気はない。おかしいな、聞き違いだったのだろうか。
ユーフェミアは首を傾げて再び脱衣所に戻ろうとした時だった――
突如として後ろから伸びた手により口元を押さえつけられ、叫び声すら上げる事も出来ず、ユーフェミアは床に仰向けに押し倒された。
「こんばんわ、お姫様。」
後ろから襲った相手の顔が自分の顔の数十センチ先に照らし出される。
雪のように白く長めの髪は片目を隠し、そしてゾッとするような右の赤い瞳がこちらを愉快げにこちらを見つめる。男の口元は終始ニヤニヤとした笑いを浮かべている。
ーー誰……!?
問おうとするも口元を塞がれてしまい声を出す事もままならい。倒された時の勢いで胸にまきつけていたバスタオルははがれ、自分は見ず知らずの男に肌を露出させてしまっている。しかし、そんな羞恥など感じる事もなく目の前にいる見るからに危険な男に対する恐怖のみが支配していく。
口元と腕を押さえつけられ、馬乗りされていて全く抵抗出来そうにない。
「おっと、誰? と聞きたそうだね。うーん強いて言うならば君達の敵って事になるのかな?」
男は楽しげに語る。
下卑た笑みを浮かべた男の顔をユーフェミアは強気な目で睨み返す。
「怖い顔しないでくれたまえ、分かった。名を名乗ろう。私はシャネル・ラ・ジンカ。革命同盟軍の戦闘員だよ。」
革命同盟軍、という単語にユーフェミアは目をしかめてみせた。
そんな名前の組織や軍は存在しない筈だ。少なくとも、公には。
もしかすると、昨日の襲撃はコイツらが?
「必死に考えを巡らせているな? 見ず知らずの男に裸を晒し、組み伏せられてなお毅然な対応……痛み入るよユーフェミア第一皇女様。」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて挑発的に笑う。
男の目的は一体なんだと言うのだろうか。
「君のような気丈な人間の尊厳を奪う事は私の生き甲斐だ。君を連れて帰る前に少しその尊厳を奪ってやろう。」
男の舌がユーフェミアの首元を這う。
ヌルヌルと虫に這われているような不快な感覚が伝わり、ユーフェミアは自らにこれから行われるのであろう行為に愕然とした。
「君のような高潔な女性の処女というのはその価値をとても大切にする。それを奪った時、君はどんな顔で私を見るのだろうか。あぁ、ゾクゾクするよ。」
男はニヤニヤとさも楽しげにユーフェミアを見つめる。ベロリと舌を唇に這わせ、その汚らしい舌をユーフェミアの胸の方へと這わせていく。
不快な感覚がユーフェミアを包んでいく。その時だったわ――
バリィンと激しい音を立てて窓が割れた。ハッとしてユーフェミアと男の視線が窓に向く。
高速で侵入してきた何者かが、男を蹴り上げた。
シャネルは吹き飛ばされるも寸前でガードしていて体制をすぐに立て直し侵入者を睨みつける。
「無事か?」
侵入してきた男、ユウイチ・レオンハートはユーフェミアを背にして尋ねる。
「はい、なんとか。」
何故ここに彼がいるのだ、とかどうして分かったのだろうなどという疑問を押し込めてユーフェミアはユウイチの後ろに隠れるように立たされた。
「クックックッ……会いたかったよぉ、ユウイチくぅん。」
ユラユラと立ち上がりながら男が自身の名を告げる。
ユウイチは訝しげに目の前に立つ男を睨みつける。
ーーコイツも、俺を知っている……?
「あぁ、一体どれほど待ちわびたのだろうか! この瞬間を!」
「黙れ。お前を拘束する。話しはそれからいくらでも聞いてやろう。」
ユウイチは手元に構えた拳銃をシャネルへと向けて、殺気のこもった声で返す。
しかし、拳銃を突きつけられてなお男がの余裕は消えない。
「いいね。君に拷問されるのならそれも構わないなぁ。いや、でも君の苦痛に歪む顔を見る方がそそられる。」
恍惚とした表情を浮かべてユウイチを見つめる目の前の男に、ユーフェミアは生理的な嫌悪感を覚えた。
先ほど自分を支配しようとしていた男と同一人物とは思えないしまりのない顔、今にも絶頂してしまうのではないかと思うような不快な姿は見るものをゾッとさせる。
「どうやら会話の通じる相手ではないらしいな。」
ユウイチは引き金に指をかける。その時だった、目の前の男が先に動いた。
素早く身をかかげてユウイチに迫る。ユウイチは銃弾を放つも、シャネルはその軌道から逃れて迫る、ユウイチの放った銃弾がシャネルの肩をかすめた。
しかし、痛みに顔を歪めた様子もなく男はユウイチの眼前に躍り出た。
男はユウイチの拳銃を持つ手を払いのけると、ユウイチの反撃の拳をかわして、窓へと飛び退いた。
「勝負は、ガンダムで付けようじゃあないか。」
「チッ、待て!」
ユウイチが追おうとするも、男はすでに窓から飛び降りて姿を消してしまっていた。
「ユーフェミア様っ!」
銃声を聞きつけた衛兵達が部屋へと入ってくる。
裸で立つユーフェミアと、割れた窓、拳銃を持つユウイチの姿に衛兵達はユウイチへと銃口を向けた。
「お辞めなさい! 彼は私の命を救っていただいたのです!」
ユーフェミアが制止すると、衛兵達は慌てて銃を下げる。
「警戒を強化するようザンザスに! 敵が来ます!」
ユーフェミアは素早く告げ、衛兵達は「り、了解です!」と返事をすると足早に部屋から飛び出していった。ユウイチは無言で手近にあった上着をユーフェミアの肩にかける。
そこでようやく自身が丸裸で立っていた事を思い出し、ユーフェミアは恥ずかしげにその場に座り込んだ。いや、ようやく先程の恐怖が襲ってきたのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はまだだ。敵が来るぞ。」
ユウイチは先程の男を思い、恨めしげに睨む。
あの男は自分を知っているようだった。しかし、マガシの時のようにユウイチにはあの男と会った覚えがない。懐かしい感覚もなかった。分かるのは遠く離れていても奴の気配を感じ取れたという事。
ーーアイツは、なんなんだ……
「ユーフェミア様っ!」
女性の使用人が二人、ユーフェミアの部屋に入って来てユーフェミアに寄り添う。
「俺は艦に戻る。恐らくMSでの戦いになるだろう。住民を避難させておくんだ。君も安全な所へ」
「……わかりました。貴方も、お気をつけて。」
ユーフェミアの言葉に軽く頷いてユウイチは部屋を後にした。
向かうは“スパイラル”の元。
アイツはガンダムで決着を付けようといった。どうやらこっちの情報は漏れていると思って間違いない。
なんなんだろうか、この異様な不安感は。
ジワジワと敵の縄張りを広められているような、自分達の知らない所で迫っている危険。
ユウイチはまだ得体の知れない敵を思い、身を引き締めた。