輸送艦“シュヴァルべ”に戻ったユウイチはすぐさま状況をリナ、ジェノス、ミナミに伝えるとパイロットスーツに着替えるためにロッカールームへ飛び込んだ。素早く着替えを済ませて、愛機“スパイラル”のコックピットに滑り込んだ。
機体を立ち上げ、いつでも出撃出来る状態でスタンバイさせる。
『ユウイチ』
モニターに青色のパイロットスーツに身を包んだリナが映し出された。
『……なんか、気負ってない?』
「気のせいだろう。」
心配げに尋ねるリナに、憮然とした態度で返す。
本当は心の中はあの白髪の男の事でいっぱいだった。こうして離れている今も邪悪な気配を近くに感じる。
ーー会った事があるのか? あの男に、俺は…?
相手は自分の事を知っていた。まただ。
自分の知らない所で知らない自分の過去を垣間見られているような嫌な感覚。
相手に優位に立たれているようなそんな屈辱感。そして、強烈な不安感。
『ヒナがユウイチが血相を変えて飛び出して行った…って言ってて、帰って来たら敵が来る。だなんて…』
すぐにスカンジナビア王国の防衛軍からもユーフェミアが襲われたと連絡が入ったとはいえ、それを察知していたユウイチにリナも疑問を抱かずにはいられないのだろう。
無理もない、自分でも説明できないのだから。
「分からないが…奴の気配を感じたんだ…」
『……。』
リナは沈黙し、なにも言わない。
信じれなくとも構わない。自身で説明出来ないものを信じてもらおうとも思わない。だが、自分があの男の気配を感じ取れた事、そしてあの男が自分を知っていた事が気にくわない。
『まぁなにはともあれ、お手柄だ。ユウイチ』
紫のパイロットスーツに身を包んだジェノスがモニターに映し出され、会話に入って来る。
『皇女様の身柄を守れたんだ。俺達がついていながらなにをやってたんだとレッキス大尉にドヤされる所だったよ。』
ジェノスが画面越しに肩をすくめるのが見て取れる。
『大尉の説教長いからね〜』
また画面が追加されたと思うと、うんざりした表情のミナミの顔が映し出された。
ハルバートの説教は長いともっぱら隊内では噂だ。今頃レベッカとゼルはハルバートにオーブでの任務態度について説教されているのだろうか。ユウイチも何度か捕まった事はあるが軽く2時間は立ったままクドクドと言われていた気がする。
『私は受けた事ないから分からないわぁ』
ニヤニヤと勝ち誇った表情を浮かべるリナ。
『そりゃリナ少佐がハルバート大尉に説教されるような事があったら問題でしょう』
ジェノスの言う通りだ。少佐の階級にあるリナがハルバート大尉に説教されるような事があれば規律規律とうるさいクリス副長が逆にハルバート大尉を説教しそうな気もする。あぁ、なんかハルバート大尉の説教を思い出したら寒気もしてきた。
『私なんかこの前自作のガンプラを格納庫で塗装してただけでハルバート大尉に説教されたよー?』
『あぁ! お前だったのか! 俺の“RD-X1”の足元に青い塗装施したの!』
ミナミがうんざりした口調で告げる中、ジェノスが怒りをあらわにして画面越しにミナミに食いかかる。
『ちょっとスプレーの出が悪くてさ、試し塗りしてみた。』
『機体に試し塗りするな! お前それでもメカニックか!?』
そういえば先日ジェノスが機体の塗装がどうのこうの言って格納庫で騒いでいたのはそういう事だったのか。しかし、当の犯人は詫びる様子もなくジトッとした目でジェノスを見つめながら
『メカニックに逆らうとどうなるか知ってる? ジェノス』
『うっ…すいません…』
MSを武器とするパイロットにとってメカニックとはいわばその武器の医療班だ。
そのメカニックに逆らう事は恐らく戦場での死を意味する。いや、まあキチンと与えられた仕事をミナミはこなすだろうが。
ミナミがこなす整備に一切の不良はない。彼女以上に信頼のできるメカニックもいなければ、彼女以上に仕事の出来るメカニックもいないのだ。
唯一欠点と言えるものがあるとすれば、ガンダムを愛しすぎるという事ぐらいだろうか。
『おっと、お喋りはそこまでみたいだね…敵さんが来たよ!』
雑談をしていたユウイチ達の空気を一変させるミナミの言葉。
ユウイチはゆっくりと瞳を閉じ、そしてスイッチを切り替えた。
硬くなっていた身体が少しほぐれた気がする。リナ達のたわいもない雑談に少し救われたか。
『敵の数は?』
リナが問う。
『所属不明のアンノウンが多数! 凄い数だよ!』
「アンノウン?」
思わずユウイチが不審げに目を上げた。
続いて告げられた言葉に彼は二重の意味で驚く。
『見た事のないMSが多数ーーそれと、なんかカッコいいガンダムが一機!』
ガンダムーーー間違いない、あの白髪の男はそこに載っている。
「ガンダムで決着を付けようとはそういう意味だったか…」
敵もガンダムで戦いを挑んで来る。あの男が、やってくる。
性能も不明な敵に対してユウイチの操縦桿を握る手に力が入る。もっとも、ガンダムタイプの敵とあって、ミナミは心なしか嬉しげだが。
『各機、準備は出来てるわね?』
リナが問う。ユウイチとジェノスは機体を立ち上げながら、それぞれ返事をした。
「もちろんだ。」
『いつでも行けます。』
『全員の機体は私が調整したから100%の状態だから大丈夫! ぶちかましてこぉー!』
ミナミが勢い良く画面越しに腕を振り上げる。
『お先に失礼! ジェノス・ハザード、行きます!』
空中での高機動戦闘用のウイングユニットを取り付けたジェノスの“RD-X1”が発進していく。続いてリナの“レクト・ジャスティス”がカタパルトに運ばれる。
作業中、ふいに回線が開きリナの顔がモニターに映る。
『援護するわ。なにかあったら頼ってね。ーーー気負い過ぎないで』
ユウイチは自嘲気味に笑みを見せるとコクリと頷いた。
「……ありがとう。」
彼女達からすると、自分はそんなに気負っているように見えるのだろうか。
いや、先日の子ども達の件もあって気にかけてくれているのだろう。
『リナ・ハマチ、“ジャスティス”、出るわよ!』
そのリナの機体も発進していきそして、ユウイチの“スパイラル・フリーダム”もカタパルトに運ばれていく。
目の前にはハッチに切り取られた澄んだ青空が広がっている。
ユウイチの胸に高揚と共に諦念のようなものが入り込む。
ーー守り切れるのだろうか。自分に。
だが今は迷っている時ではない。防衛隊も、戦友も戦っている。
そして、敵は今もこの国を焼こうと迫っているのだ。
ランプがグリーンに変わる。ユウイチは進路の先を真っ直ぐに見据えた。
「ユウイチ・レオンハート、“スパイラル”、出るっ!」
地上の迎撃ミサイルが起動し、敵の群れに飛んでいく。
「なんとしてもここで食い止めろ!」
『第一戦闘群、間もなく戦闘圏に突入します! 全機オール・ウェポン・フリー』
管制の声がザンザスに届く。ほぼ時を同じくてして両軍のモビルスーツ部隊が砲撃を始めた。両軍の間に広がる青い空間を、無数の光条が切り刻む。そしてほとんど同時に、展開していたモビルスーツ隊の何機かが機体を貫かれ、光輝を放ちながら爆発四散する。
見たこともない黒いずんぐりむっくりした量産機を敵は操っている。しかし、見た目に似合わずかなりの高起動性を備えている。
ザンザスは見ず知らずの敵に怖気る事もなく、ビームの雨に逆らって敵への間隙を駆け抜ける。瞬く間に敵の戦線が迫る。ザンザスは背中のビームサーベルを抜き放ち、先頭の黒いMSーー“リベンジ・ディアス”をすれ違いざまに両断した。
「こんのぉおお!!」
カレンは構えたビームライフルの矢を放つ。が、その1射がたしかにとらえたはずの敵機は寸前で回避し、ビームは虚しく空を切る。
「くっ! どういうヤツらよ! こんなずんぐりむっくりの機体で!」
カレンは苛立ちを込めて唸った。
ーー私でも動きを捉えるのに一苦労だなんて…!
それは単なる自惚れではない。いまは防衛隊の副隊長に甘んじているものの、彼女はかつて訓練学校においてトップクラスの資質を持っていたエースだ。そして隊を率いるザンザス・ローヴィルと共に切磋琢磨してきた経験を持つ。その彼女のカンが告げているーーーコイツらの性能は異常だ、と。
味方の“ウィンダムⅡ”に敵の黒いMSが迫る。あわやという時、一条の光が黒いMSを貫いた。蒼い閃光のように飛びきたった機体が、またもや迫るリベンジ・ディアスに向けてビームライフルを浴びせかけ、たまらず敵は後退する。
『RAVEN所属、ジェノス・ハザード、援護しますっ!』
鋭い声で告げたのは“RD-X1”で駆けつけたジェノスだ。両肩にビームガトリング砲を背負ったカスタム仕様だ。
「RAVENも来たわね!」
見ればRAVENのMS三機も戦線に合流している。
辛くも先ほど命を拾った“ウィンダムⅡ”がちがう“リベンジ・ディアス”のサーベルに貫かれる。そして、命を惜しまずジェノスに突っ込んでいく。無造作にも見える“RD-X1”のビームガトリングの精射は一撃で機体をとらえ、地に散らせた。
RAVENの合流もあって、浮き足立ちつつあった防衛隊が統制を取り戻しつつあった。だが、安堵もつかの間、カレンの機体に警告音が鳴り響く。熱源探知機に一つの光点が入り込み、高速で接近してくる。
カレンの目がそれを捉えるより先に大出力のビームが雨のように付近に降り注いだ。
それは近くにいた味方の“ウィンダムⅡ”も敵の黒いMSも無差別に薙ぎ払い、焼き尽くす。
「味方ごとですって!?」
戸惑うカレンに熱紋が照合され、それが黒いMSとは違うタイプだと告げる。
ーーあれは、ガンダム!?
どうやら見るからに敵の指揮官機らしき機体が戦線に加わったらしい。
「コイツに来られたら、防衛隊は…!」
ただでさえ数で押されている防衛隊に甚大な被害をもたらしかねない。
カレンは防衛隊を守るように目前に迫るガンダムに機体を向けた。
敵の見慣れない黒いMSが、まさに雲霞のように空を覆っている。“インパルス”はその中に真っ直ぐ突っ込みながら、立て続けに二振りのビームサーベルを振り回し、機体を真っ二つに切り裂いた。機体を切り裂かれた二機の“リベンジ・ディアス”が黒煙を後に引きながら海に落下していく。
敵のモビルスーツ隊が“スパイラル”の突入によって隊列を乱される。これだけ僚機が密接している中で応射すれば、同士討ちの危険性もある。
だが敵も素人ではない。すぐに左右に散開して“スパイラル”を狙う。ユウイチは機体を急旋回させ、自分に集中する砲火をかわした。
「そこをどけぇっ!!」
憤怒の叫びがその口から迸る。“スパイラル”の両手に握られたビームサーベルの柄の部分で連結させるアンビテクストラス・フォームに変えて“リベンジ・ディアス”を袈裟懸けに斬り下ろした。空中で左右に切り離された機体が一瞬漂い、激しい爆炎に包まれる。そのときにはユウイチはすばやく機体を返し、敵から放たれるビームは虚しく互いに交錯した。
敵からの砲撃が、リナの“レクト・ジャスティス”の周囲を絶え間なく襲う。ビームブーメランを投げて迫る多連装ロケットランチャーを叩き落とし、周囲に群がるモビルスーツを牽制する。
背中に搭載されたリフター部分に搭載された二門のビーム砲塔を構え、砲口から迸る熱戦が接近してきた“リベンジ・ディアス”を串刺しにする。さらに背後から接近してきた敵をシールドブーメランを投擲、その先端から刀身を伸ばしてビームサーベル状にし、“リベンジ・ディアス”を突き刺した。。
「中々の性能ね…」
いくら叩き落としても、リナを取り囲む機影に変化はないように見えた。
しかし、いくら束になってかかろうともRAVEN最強のパイロットを前にしては、烏合の衆であった。
「くうううう!」
カレンは目前の緑色のガンダムに劣勢を強いられていた。
左右に展開している巨大なバックパックを全面にシールドのように張り出し、自機の“ウィンダムⅡ”よりは数メートル以上大きな巨躯にも関わらず動きはとても素早い。
そして、なによりも
「なんなんのよ! そのチートは!?」
カレンが打ちかけるビームのことごとくが屈性、偏向されて敵機に届かないのだ。
「だったら…!」
ビームが効かないのならばとカレンはビームサーベルを抜き放ち切り掛かる。しかし、敵も死神のような巨大なビームシザースを手にして切り掛かる。その鎌の軌道をかわし、切り掛かるも敵の両手腰部に搭載されたレールガンがカレンを襲った。
RPS装甲を積んでいない“ウィンダムⅡ”にとってレールガンは驚異だ。カレンはすぐさまシールドを構えてそのレールガンを防ぐ。しかし、その隙を敵は見逃さなかった。
目前のガンダムが大きな鎌を薙ぎはらう。機体を反射的に動かしたカレンだったが間に合わず、右足を持っていかれる。
「くぅぅ!!!」
大きくバランスを崩したカレンに向けて、トドメとばかりに巨大な鎌が迫る。
「カレンッ!!」
あわやというところでザンザスが割って入り、シールドでその巨大な鎌を防いだ。
おかえしとばかりにビームを放つもザンザスのビームも目前で湾曲して逸れていく。
「なっ!?」
『ザンザス、気をつけて! そいつはビームを!』
カレンの返事を聞く前に、ザンザスはカレン機の手をひいてその場を離れた。
敵から距離を取り、あの巨大な鎌の範囲から逃れたのだ。あの鎌を相手にしてはこちらのビームサーベルでは切り結ぶ事も難しいだろう。それにくわえて敵はビームを弾く。おまけに見たところ、“RPS”装甲まで積んでいるようだ。
「なんて硬い緑虫野郎だ…!」
ザンザスが毒づく、大きな緑色のガンダムはまたもやカレンとザンザスに向けて胸部のプラズマ砲を放った。ザンザスとカレンはその砲火ををかわそうと身を返す。しかし、そのビームすらもが急に湾曲した。
ーーっ!?
右に避けたザンザスの右腕を、ビームがごっそりと持っていく。
ビームすらも自在に偏向させたというのか。
「チッ! なんて厄介な…!」
敵の驚異にザンザスは舌を巻く。近づけば巨大な鎌が待っていて、離れていても湾曲するビームが襲う。これでは無闇に近づく事も出来ない。
ザンザスが対策を練っていると、敵は死神の鎌を振り上げて二機に肉薄してきた。ザンザスとカレンが対応しようと身構えた時だった。二機の間を何かが通り抜けた。
「下がっていろ!」
声を上げて切りかかったのはユウイチの“スパイラル”だった。しかし、鈍重そうなガンダムは巨体からも想像も出来なかった機動力を見せて一閃を回避する。
『クックックッ…ようやく出てきたか! ユウイチぃ!!』
不快な声が通信機を通じてユウイチに届く。
目前の緑色のガンダムーー“フォビドゥンシャーレ”を駆るシャネルが不快な笑い声を上げる。
『クックックッ! 君のお友達ーーマガシ・ウルフェンズから伝言だ。“この前の傷が疼いて仕方ないよ。”だとさ』
マガシ、という言葉にユウイチの神経が逆撫でされる。
ぞわり、と不快感がユウイチを包む。
ーー生きていたか……っ!!
「返事は伝える必要はないぞ…俺が直接会いに行ってやる!!」
叫びながらユウイチは機体を返し、こちらに旋回してくる“フォビドゥンシャーレ”に相対する。
速いーー!
急速に目前に迫る巨大にユウイチは圧倒されかける。
『クックックッ! その前に君は僕のモノになるんだ! ユウイチぃぃ!』
手にもたれた巨大な鎌が振り上げられ、“スパイラル”を薙ぎ払おうとした。ユウイチは危ういところでその鎌をすり抜ける。
「くそっ!」
高速ですれ違った“フォビドゥンシャーレ”は、そのまま後方を振り返り胸部の砲口から強烈なビームを放った。ユウイチは機体を急旋回させてかわすも、ビームが湾曲してユウイチを狙う。すぐさまシールドで防ぎ、そのビームを弾く。
「誘導プラズマ砲か…!」
砲身に設置された誘導装置の磁場干渉によって、ビームの軌道を自在に偏向する事が出来るという。ただし、一度の発射で曲げられるのは一度だけで正確に敵を追尾するほどの性能はなかったはずだ。
いや、はずだなんて常識は奴らには通用しない。事実、ある程度の追尾を可能としている。
『ユウイチ!』
リナの声が響く。
「来るな、リナ! 敵は“ゲシュマイディッヒパンツァー”を積んでいる! ビーム兵器は効かない! 俺が抑える!」
『でも!』
「君まで来たら他の敵はどうする! ここで抑えなければスカンジナビア王国は灼かれる事になる…! あの子達の親が死ぬ事になるんだぞ!」
自分達が身を切ってまでも守ったもの。あの子達の親や、あの影響を受けなかった子ども達もいる。それだけは避けなければならない。あの少女の最後に見せた笑顔の意味を、理由はわからない。だが、その少女の両親がいる街を灼かせるわけにはいかない。涙を流して、死ぬ間際に感謝を述べてまで止めて欲しかった彼女達の願いに報いなければならない。
「ここは任せろ!」
ユウイチは叫ぶ。
リナは苦虫を噛み潰したような表情で機体を切り返して雲霞のように群がる敵の群れへと突っ込んでいく。
ーーそれでいい、コイツは…俺が…!
コックピットに警告音が響く。目前に迫る“フォビドゥンシャーレ”。
その鎌をシールドで防ぐ。もう片方に握られたビームサーベルで切りつけるも、敵はユウイチから離れてその光刃をかわす。
『さぁ二人っきりだ! じっくり楽しもうじゃないか!』
シャネルがこの場を楽しむように声を上げる。
コイツといいマガシといい、なぜこうも不快な奴らばかり相手にしなければならないのか。
「その饒舌な舌、斬り落としてやる…!」