ーーオーブ。ライオンパレスマンション
「とりあえずはこれでよし、と。」
持ってきた機材を接続してハルバート大尉との連絡を取れる環境を整える。
とりあえず、各自持ってきた荷物は解いた。
「さて、対象のヒナ・シラカワちゃんなんだけど、この隣に住んでいるわ。」
「んなっ!?」
ゼルがお手本のような反応を見せてくれる。
流石だ。いつも期待を裏切らない男。
ふと、リナと目線が交錯する。目が合ったと分かるなり、リナはユウイチから恥ずかしげに目を逸らした。こうもあからさまに目線を逸らされると、つられてこっちまで恥ずかしくなってしまう。あれは事故だ。事故以外のなんでもない。
くそ、風呂に惹かれてしまったがために…!
風呂め!風呂め!風呂め!
「「ふふ〜ん」」
とニヤニヤしているレベッカとゼルを見ると余計に腹が立つ。
「ごほん。」とリナがわざとらしく咳払いをして、本題を戻す。
「対象は隣で今日は外出している様子はないみたいね。対象は独り暮らしの学生という事だし、明日は学校に登校するはずよ。」
「独り暮らしなの?」
こんな大きなマンションに? とレベッカが付け加えて尋ねる。
「両親は幼い頃に他界。と資料にはあったわ。」
「12歳にして両親もいなくてたった1人でこんなトコに暮らしてるのか、一体どんな子なんだろうな。」
ゼルが未だ資料でしか正体の掴めない少女を思う。そして、ふと気付いたように
「つまり、明日までは手持ち無沙汰ってわけか。」
ゼルが空いた時間を楽しげに言う。
「禁酒。忘れてないわよね?」
「!!!!」
ガックシと肩を落とすゼル。なんて残念な男なのだ。
もはやアルコールに依存しているコイツが軍人という事が信じがたい。
「対象の学校付近を偵察する班。“RD-X1”で待機するのが一名。この部屋で対象に動きがないか見張るのが一名。この三チームに分けましょう。」
チームリーダーであるリナが的確に提案する。
我先にとゼルが手を上げ
「じゃあ俺が部屋で待機「アンタは“RD-X1”で待機。」
レベッカに遮られ、モアイ像のような顔で固まるゼル。
なんて分かりやすい馬鹿なんだろう。
「お風呂も入りたいし、私がここで見張るわ。ユウイチとリナで偵察に行って来て〜」
ニヤニヤとユウイチとリナに向けて言葉を放つレベッカ。
何か陰謀めいたものを感じないでもない。
「わ、私が部屋に残るから、レベッカとユウイチで行って来てよ?」
しどろもどろになりながらリナが返す。
「いやぁ〜そんなギクシャクした状態じゃあ、任務に支障でるかもだし?」
「ぐっ…」
正論すぎる程の正論に、リナが言葉を堪えて押し黙る。
少なくとも美少女がやるような体勢とは思えない座り方でダラっと背もたれにもたれながらレベッカがユウイチに告げる。
「あんた覗きしたお詫びに、リナをエスコートしてきなさい。罰よ。罰。」
「エスコート? ふむ…」
確かに悪気はなかったとは言え、覗いてしまったのは自分の過失だ。
なら、彼女の言う通りなにかしらフォローをして機嫌を直してもらわねば任務に支障が出ては困る。
「…分かった。やってみよう。」
「おし、決まりね!」
「な!? 俺は一人でMSん中で待機でユウイチはリナちゃんとでぇとだと!? なんだこれは!? 納得いくか!」
モアイ像と化していたゼルが急に息を吹き返し、猛然と抗議を始めた。
騒々しい奴である。
「なに? アンタ、文句あんの?」
「アリマセン!」
ユラユラと殺気を浮かべるレベッカにゼルが恐縮する。
魚がつついているプイのように浮き沈みが激しい男だ。
「なら、さっさと行くとしようか。リナ。」
「…はい…」
誰だこのしおらしい少女は。
ユウイチとリナは、立ち上がると必要最低限の装備だけ持ちホームベースとなっている部屋を後にした。
ユウイチとリナは、オーブの街を歩いていた。
幸せそうに笑う人々。聞こえてくるのはたわいもない話ばかり。
先日の抜き打ちテストの話題や、彼氏らしき人物と待ち合わせをしていたのだろう女性。仕事の電話をしながら歩くスーツ姿の男性。楽しげに走り回る無邪気な子ども達。
「…。」
今の世界が平和ではないか? と問われれば間違いなく、平和なのだろう。
ある部分を見なければ、という注釈が入るが。
この国の国民を見ていると、何故この幸せが平等ではいけないのか。幸せとは、作られ、塗り固められた上でなければなし得ないのか。
なぜ、苦しまなければならない人間が生まれなければならないのか。と疑問を抱いてしまう。
「幸せそうね。みんな。」
リナが遠い目をして言う。
彼女がどんな思いでこの光景を見ているのか、この光景を見て何を思うのか。光に満ちた景色の果てに闇が、ユウイチには見えていた。
「…紛争地帯の子ども達は、飢餓で死んでいた時代があった。食べるものもなく、親もいない。勝手な戦いで親も生活も奪われていた。そんな時代があったらしいわ。」
それが10年前までのこの世界よ。とリナは付け加えて言う。
「戦争の果てに、苦しむ人達がいるのならこの光景を守れたら。なんて思ってしまうのも無理はないのかもね。」
「…結果だな。常に誰かがつまみ出されなければ平和をたもてないといういい例だ。」
誰かが苦渋を味合う上で守られている平和。
はじき出される人達がいる世界と、戦火の中で幸福から遠い世界にいる人達がいる世界。どちらがより幸せかと問われて果たしてどちらが幸福なんだろうか。
運命だと、受け入れて誰しもが生きている。
「デスティニープラン。自分の運命を遺伝子に任せるシステム…か。」
生まれた時から、かつての世界の戦争の中で生きてきた人達は自分の運命を呪ったのだろうか。こんな世界を望んでいない、肉親を返せと叫びながら。
だとしたら、この世界の人達はどうだろう?
自分の血を、遺伝子を呪い、他者より上へという意欲がまるでない。
「“無感動症候群”…知ってる?」
「…知識として、ならな。」
リナが言う“無感動症候群”とは、デスティニープランが落ち着きを始めたここ数年で各地で発症する人達が増加しているという病気のようなものだ。
刺激のない日々。デスティニープランが選んだ通りに生きれば、全てが幸福な世界。その中で生きる事で、なにも感動も激情も変化もしない。そうやって感情が死んでいくのだという。
意識はあるままに植物人間のようになっていく人々。
政府はそんな現象は甘えだと言い、定期的なメンタルケアのカウンセリングに通うよう推奨している。
幸福の代償に人々は刺激や、競争心というものを無くしてしまったのだろうか。
「あ。ここが、彼女の通う学校よ。」
答えの見えない問答をしているうちに、護衛対象が通う学校へとたどり着いたようだ。普通の学校に見える。というか、そうとしか見えない。
「とりあえず、周囲を散策してみましょう?」
「あぁ。」
一方、ユウイチ達と別行動をしていたレベッカとゼル。
「ふぅ。スッキリ〜」
良い風呂だった。とアンダーウェア姿のまま冷蔵庫からビールを取り出して、レベッカは一気に飲み干した。
格別だ。風呂上がりのビール。これだけは、ゼルを批判出来ない。
『おい、レベッカ!』
机に置かれた通信端末から、ゼルの呼ぶ声が聞こえる。
「なによ?」
騒々しい。とばかりにゼルに返す。
「いまビールの臭いがしたんだが!?」
「アンタの鼻はどんな構造してんのよ!?」
一体この嗅覚の良さはどうなっているんだろうか。
アルコールに関してなら犬すら超えているんじゃないだろうか。
「全く、アンタは黙って機体で待機してなさい。」
『眠い。だりぃ。酒が飲みたい。』
まったくこの男は何故口を開けば怠惰ばかりなのか。というか、何故この男を作戦に組み込んだのか疑問でならない。なにか、問題児の寄せ集めじみたものを感じてしまうのは私だけだろうか。
「ちょっとは真面目に任務に集中しなさいよ。」
新しいビールを冷蔵庫から取り出し、缶を開けながらレベッカが言う。
『人の事言えない癖によぅ。』
全く減らない口である。
「私はこうやって、マンションの入り口の監視カメラにハッキングして見張ってるんだから文句ないでしょう。」
『なぁ? なんであの二人に行かせたんだ? あぁいう任務なら、レベッカとリナが適任だろう。わざわざあんな回りくどい建前付けてまでよ』
全く、どこまで鋭いのかこの男は。
普段だらけてしかいない癖に変なところで鼻が良い。
「ここは、ユウイチの故郷だったかもしれない場所なんでしょ?」
『らしいな。』
ユウイチとレベッカは、リナ同様にユウイチが記憶を失っている事を知っている。隊内でも極少数しか知らない事だが、長く任務で共にしている三人だからこそ知っている事だろう。
「だったらさぁ、なにか思い出すかもしれないでしょ? 街を歩けば。それこそ、知り合いに会うとか?」
『ほぅー。お姉さん優しいんですねー。』
「アイツの腕は認めるわ。でもね、ユウイチは優しすぎるのよ。この世界には似合わない。きっと、リナもそれをわかってる。」
『ちょっと甘っちょろい所があるからなぁーあいつ。』
優しいという事は、この世界においてデメリットでもある。
今のユウイチは記憶がないという事で、なにか自信のようなものや芯が欠けているのだ。
「記憶が戻って、あいつが少しでも自分を取り戻すなら、協力してあげたいじゃない。大尉だってきっと、そう思ってユウイチを部隊に組み込んだんだと思うわよ。」
『ハルバート大尉がねー。』
通信端末の向こうで、ゼルがどんな表情をしているのかは分からない。
だが、なぜか心ここに在らずというような気がした。
「…うーん! お風呂入ると暑いなーアンダーウェア脱いじゃおうかなー」
『…』
さっきまであった返事がない。
わざとらしく、アンダーウェアを捲り上げる仕草をしてみる。
『う、お、おおぉ…』
小さく、だが確かに通信端末から息を飲む声が聞こえた。
「ゼル。」
『どした? いいから続けて?』
「さっき荷物を解いてる時になにかゴソゴソとしていなと思ったらアンタ…」
『あ』
ひょい。とリビングの一角に置かれた観葉植物から小型のカメラを取り上げるレベッカ。ユラユラと静かに笑いながら、レベッカの背後に鬼が見えた。
『いや。はっはっはっは。ほんの遊び心ですよ。レベッカさぁん』
「アンタって奴はああああああ!!!」
カメラ越しにも分かる程の怒り。まずい。これはまずい。
「いいわ。そこまでアンタがやるならコッチにも考えがあるわ。」
『え? レベッカ…さぁん?』
レベッカは発見した小型カメラをバーカウンターの上に置くと、カウンターの中に入っていった。そして、ニコニコと笑いながら
「アンタに、地獄を見せてあげるわ。」
と死刑宣告をしたのだった。
「特に周りにも以上はないわね。」
学校周辺を暗殺目的の仕掛けや、不自然な監視カメラがないかを調べる端末を手に持ちながら回ってみたものの、特に反応はなかった。
むしろ、これだけなにもないと本当に彼女が狙われているのかすら疑ってしまう。
「こうなると、突発的に狙われる可能性が高いというわけだな。」
「そうなると、一日中張り付く必要があるわね。常にMSで待機するのが一名。部屋で待機するのが一名。学校付近で待機するのが一名。後は交代で休憩って所ね。」
対象が何故どういった理由で狙われているのかも分からない今、とにかく完璧な防衛ラインで守る必要があるというわけだ。
手のかかる話だ。
「しかしまぁ、やる事は決まったわけだし、今日はこんな所ね。」
うーん。と伸びをしながらリナが言う。
昨日から任務続きで少し疲れているのだろう。
チームリーダー故に報告書等も作成しなければならないだろうし。
「さて、どうしますかな? ユウイチ少尉?」
彼女特有の悪戯っぽい笑みでユウイチに問いかける。
リナの質問が分かりかね、唖然として聞き返す。
「どうして俺に聞くんだ?」
「エスコート、してくれるんでしょ? やってみよう。とか言ってたじゃない。」
リナは期待の目でユウイチの顔を覗き込むように見つめる。
そうだった。俺は彼女のご機嫌を取らなければならないのだった。というか、この様子を見るにすでにご機嫌は取れているのではないだろうか?
「って顔してるよ?」
「君は心を読めるのか。」
「ユウイチの考えている事なら、なんなく、ね?」
無邪気な笑顔で笑う彼女にユウイチは一本取られたな。と思う。
こうなった以上引いてはいけない。と教えられた気がする。
「よし、いいだろう。覚えていないが久しぶりの故郷観光と行こうか。」
「やったあ! そうと決まれば、ヘイ! タクシー!!」
彼女が手をあげて叫ぶなりタクシーがピッタリ二人の前に止まった。
というか、なんでわざわざ叫んだのだろうか。
「…一回、やってみたかったんだぁ」
てへっと舌を出して恥ずかしげに言う彼女は年相応の女性にしか、ユウイチには見えなかった。