side ZEUS
革命同盟軍の盟主アロク・ダ・リーフが発した宣戦布告を、地球、プラント問わず、すべての国の者達が息を呑んで受け止めた。ヒロキたちーーアスカ隊のクルーも寝入っていたところを緊急招集により叩き起こされ、この声明を知った。
『知恵なき者は小さな知恵に酔いしれてしまう。力無き者は小さき力に酔いしれてしまう。刃物を持つ者はその刃物に酔いしれてしまう。ZEUSなどと全知全能ぶる貴様達に我が軍ーーー革命同盟軍は決して屈指はしない!! 見よ! この軍事力を! この兵力を! 我々がたかがテロリストと侮っているのなら見識違いも甚だしい! 我々は同盟軍ーーつまり、世界中の各国が我々と協力関係にあるのである! 』
モニターに映る男は、声高々にこれを見ているであろう人々へ語りかける。
抗うのだ、支配からの脱却を、とーーー。
曲がりなりにも世界はZEUSの管理の下に平和を保っている。それは、世界がデスティニープランを受け入れたからだ。この幸せを人々は受け入れて生きている。
しかし、男は言った。世界中の国々が協力関係にあると。おそらく間違いないだろう。でなければあれだけの軍事力を手にする事が出来るはずもない。
何故だ。平和の道を歩んでいた世界をなぜまた壊そうとするのだろう。
ZEUSの管理下を望まない者達の巨大な思惑が知らない所で動いているというのか。
「戦争に、なるっていうのか…!」
ヒロキは怒りに満ちた瞳で画面に映る男を睨んだ。
「……だろうな。」
隣で同じようにモニターを睨みつけていたチヅルが同意した。
ーーまた、あんな……あんな事が……!
10年前、家族をオーブで失ったような、相手を無理矢理力でねじ伏せて、関係のない者達を自分逹のエゴで巻き込んで、大切な人逹を失うような、あんな……!
ヒロキの脳裏に姉や母、父の顔が浮かび、あの日の地獄が頭に過る。
ーーそんな事、させはしない……!
ヒロキはあらためて憎しみにかき立てられた。
『とんでもない事になったものだ、これはまた。』
シン・アスカの自室のモニターに映る長い黒髪姿の男ーーZEUS最高評議会議長ーーギルバート・デュランダルが硬い表情をして告げる。
「はい。全く馬鹿げたことをしてくれます。」
『うむ。ZEUS主導の下、世界はある程度平和の道を歩んでいたと思ったのだが……私の提唱したデスティニープランは間違っていたのだろうか?と思ってしまうよ。』
「そんなことはありませんっ! 総裁は立派で……デスティニープランが無ければ世界はもっと荒れた状況になっていました…!あまりにも疲弊した戦後の世界をここまで立て直せたのは、総裁とデスティニープランがあったからですっ!」
戦後、世界中が疲弊した状況はデスティニープランにより纏められ、徐々にだが復興してきた。今では戦争なんて過去のモノという見識が広がり、人々は幸福に生きている。テロ等は絶えず行われているが、それでも人々はようやく訪れた平和を噛み締めていた。
その為に、シンも、デュランダルも身を粉にして奔走してきたのだ。
『そう言ってもられると、私も救われるよ。シン。』
「いえ……ですからどうか、気を落とさないで下さい。総裁。」
『あぁ。』
つかの間浮かんだ柔和な笑みは、すぐに深刻な表情に置き換わる。
『しかし、これは……世界滅亡のシナリオ、とでも言うのかな?』
「ふんっ! そんなくだらないシナリオ、認めるわけにはいきません!」
『あぁ。シン逹が追っている奪取された新型3機も恐らく彼らーーー革命同盟軍の部隊である事は間違いないだろう。』
コペルニクスの新型3機を奪ったのは恐らくこの為の布石だったのだろう。なんだか、敵に嘲笑われているような気がして、腹わたが煮えくりかえりそうだった。
『“RAVEN”の部隊も、すでに革命同盟軍の部隊と交戦し、その主力MSを撃破したと報告を受けている。』
「“RAVEN”が?」
RAVENという単語を聞いてシンは眉をひそめた。
軍のお荷物や、問題児、SEED因子保持者、親から捨てられた人間等、この世界のゴミを一斉に集めたような組織がRAVENである。
デュランダルと組織の総帥の意向の元、独自の技術を取り入れたMSや、装備を有しており、ZEUS内部にはその存在を危険視する者も少なくはない。まぁ常に監視された状況下で活動しているのだが。
しかし、革命同盟軍は各国に協力者がいると言っていった。
「……大丈夫なんですか?」
RAVENに内通者がいるのではないか、という意味を込めて懐疑の言葉を呟く。
『私もそれに関しては危惧していてね……しかし、敵の主力MSや、量産機を落とした…と聞くとそこまでリスクを背負うだろうか、とも思ってね。』
確かに、こちらは奪われた新型3機を奪取、破壊すら出来ていないというのに奴らはすでにその主力MSを落としたというのか。ますますその力が逆に恐ろしくすら感じた。
『その点については、レイに調査を依頼していてね。上手くやってくれるだろう。』
「レイが?」
懐かしい友の名に、険しい顔つきになっていたシンの顔が綻んだ。
レイ・ザ・バレル。かつて、シン・アスカの同期生としてミネルバ隊に所属し、シンと共に幾度の死線をくぐり抜けてきた戦友であり、親友である。今は彼も隊を任される隊長である。そんな彼が調査しているならば安心だろう。
『とにかく、敵が武力を持って制しようとしてくるなら、我々はまた武力を持って戦わねばならない。この状況で開戦し、それですら常軌を逸しているというのにね……これはまともな戦争にはならないだろう。遺憾な事だがね。』
かつて、ーーー10年前のC.E.74年にユニウスセブンが落ちた日ーーー所謂ブレイク・ザ・ワールドと呼ばれる事件を発端に、連合はプラントがその実行犯を匿っているとこじつけて開戦宣言をしてきた。そこから血で血を洗うような戦いが世界中で繰り広げられた。自分も、銃を取ってその戦火に身を投じて色んな人間を殺し、数々の友を失い、そして、自らの故郷を撃った。
これでは10年前の繰り返しじゃないか。また、あんな悲劇が繰り返されるというのか。
『革命同盟軍は、各地のZEUS拠点を狙ってくるだろう……』
デュランダルはつらつらと思案するように言葉を紡いだ。
『敵がどんな手を講じてくるか分からない。どれだけの犠牲が出るのかもね……それだけは防ぎたい。』
敵の本拠地が分からない今となっては“レクイエム”も使えない。
戦争の早期終結には、敵の本拠地と全貌を洗い出す必要があるだろう。
「分かってます。俺が、必ず奴らを殲滅してやりますっ!」
プラントにはルナマリアや娘がいる。
失うわけにはいかない大切な家族が、自分にはいる。彼女達を失うわけにいかない。
怒りと憎しみを込めてシンは告げる。
「こんな……愚かで馬鹿げた事……絶対に、絶対に好きになんてさせるもんかっ!」
そう言った途端、シンの中で込み上げてくる思いがあった。
「また……あんな……辛い思いを、得るもののない戦うだけの世界にさせるわけにはいかないんですっ!!」
シンの脳裏にかつての戦争における辛い経験すべてが駆け抜ける。
家族を失い、守りたいと思った少女ーーーステラを失くし、妻の妹を殺した。
大切な人逹の死ーーーそれらをもたらした者達に対する憎しみと、敵ならばと割り切って殺さねばならなかった世界。
心を押し殺し、刃を、銃を握り続けた戦いの果て、そこでようやく訪れた安住の世界。それが今また戦火に包まれようとしている。また、自分はあんな……!
「またあんな世界になるっていうなら…俺は…!! 絶対に繰り返しちゃいけないんだ! あんなこと……!」
シンはようやく言葉を切り、息をついた。
全身に入っていた力が抜けていき、体にどっと疲労が押し寄せる。
黙ってシンの話しを聞いていたデュランダルが、静かに口を開いた。
『シン……君にはずっと辛い思いをさせてしまったね…』
「……いえ、違います。俺は、議長と大切な人達の為に自ら選んだんです……」
シンは同情をはねのけるように言葉を返す。
『君には本当に感謝しているよ……私とプラントーーー世界の為によく尽くしてくれている。』
デュランダルの言葉が、荒れていたシンの心を揺り動かしていく。
『革命同盟軍ーーー彼らは少しやり方を間違えてしまったようだね…』
シンは思わずデュランダルを睨みつけた。それでは革命同盟軍の存在を認めているようではないか。戦後、デスティニープランを主導に宥和の道を主導してきたのは彼だろうに。
『彼らも世界の為を思っているのだろう。よりよい世界を創ろうとしての行動なのだよ。』
シンは思わずたたじろいだ。それは、そうかもしれない。
彼らはデスティニープランというシステムを是非とせず、剣を握って立ち向かう選択を選んだ。少なくとも彼らにも守りたいとものがあったというのか。
『ーーー思いがあっても、結果として間違ってしまう人はたくさんいる。また、その発せられた言葉が、それを聞く人にそのまま届くとも限らない。受け取る側もまた自分なりに、勝手に受け取ってしまうからね。』
「……議長…」
デュランダルが自分を宥めているのだと知り、シンは憮然としてそれをしりぞけようとする。しかし、デュランダルは穏やかに、冷静に言葉を継ぐ。
『革命同盟軍は、自分逹の行動を正当化する為にあのような言葉を巧みに使い、利用したんだろう。自分達は間違っていない。この世界を変えよう、と甘い言葉を使ってね。』
そこでデュランダルは言葉を切り、自嘲気味に笑いかける。
『それを言うならば言葉で思いを伝える私もまた、同じ存在なのかもしれないがね。』
「そんな事……! 議長はあんな奴らとは違います!」
『あぁ、そうでありたいと思っているよ。』
デュランダルが間違っているはずなんてない。
彼の言葉を、世界も、自分も信じて戦って来たのだから。そうして今は平和な世界になっているのだから。
『……いまこうして、再び戦火に包まれようとしてる戦火を止めたいと思う私には、君の力が必要だ。ーーーまた、私の力になってくれるかい? シン。』
心からの笑みを浮かべてシンを見つめるデュランダルに、シンは強い眼差しで答える。
「もちろんですっ! 必ず、俺が……世界を、守ってみせますっ!!!」
『……いつもすまないね。奪われた新型の3機の奪取、破壊任務ーーー滞りなく頼むよ。シン』
デュランダルの表情にはシンに対する深い信頼がこもっていた。
「はい……!」
デュランダルの命令に、深い決意を込めてシンはうなずいた。
『では、またなにかあれば報告してくれ。』
それを最後に、デュランダルとの通信が切れた。
自室の椅子の背もたれにもたれるように腰掛け、張り詰めていた緊張をほぐしていく。
ふと、机の引き出しを開けて、その中にあるピンク色の携帯電話を取り出した。
かなり色褪せていて、年季も入っている。なんとか使えるように常にメンテナンスはしたものの、劣化は免れない。
『はい、マユでーすっ! でもごめんなさいっ、いまマユはお話しできませーん。あとで連絡しますので……』
あどけない少女の声が自分しかいない自室に流れる。胸の痛みは、10年以上過ぎた今もあのときと変わらずにしめつける。
――この痛みを忘れるには、一体あとどれだけの犠牲を払えばいいのだろうか?