「敵もまさかアメノミハシラに近づこうとはしないだろうが、軌道エレベーター付近での戦闘になる。各員充分に気を払え。」
艦長のアーサーが念を押し、艦橋の隊員達が「はっ!」と威勢良く返事をする。
アメノミハシラーーオーブが世界に誇る唯一の軌道エレベーター。こんなものに傷をつたとあったらそれこそ処分物だ。
「ヒロキとチヅルの準備は整っているな?」
「二人共各機で待機してます。」
エリーが答え、隣の隊員が敵艦との距離を読み上げた。
「目標まで六五◯◯!」
慌ただしいブリッジのドアが開き、アーサーは振り返る。
「遅くなりました、アーサーさん。」
アーサーの予想通り、入室してきたのはこの隊の隊長、シン・アスカだ。
その表情はすでに臨戦態勢に入っている。シンの表情を見て、アーサーは立派になったものだと内心ため息をついた。
十年前の新人の頃は減らず口を叩く問題を抱えたエースだったのだが、今ではこの隊を仕切る隊長である。自分もこの艦の艦長にはなったものの、肝の座り方では足元にも及ばないだろう。
むしろ、この艦の艦長を任されたのもシンの部隊だからという理由が濃厚だろう。
「いつでも出撃出来ます。」
階級的には上のシンに対し、敬語で告げる。
「目標まで六◯◯◯!」
「よし、対艦、対モビルスーツ戦闘用意だ!」
シンの声に応えて、ブリッジの動きが慌ただしくなる。
エリーが各機体で待機しているヒロキとチヅルにも聞こえる声で読み上げる。
「“フォルテ”、“ゲルググ”、発進スタンバイ。」
モビルスーツデッキでチヅルの“ゲルググメナース”とヒロキの“フォルテ”の発進準備が進んでいく。
「ーー目標、進路そのまま、距離四七◯◯」
隊員の報告を受け、アーサーが命じる。
「“ゲルググ”、“フォルテ”を発進させろ!」
「“ゲルググメナース”、カタパルト・エンゲージ」
『了解。チヅル・シライシ、“ザク”、出るっ!』
エリーが告げ、チヅルの蒼い“ゲルググメナース”がカタパルトから射出されていく。背中に特徴的なスラスターブロックを搭載している。ファイアービー誘導ミサイルだ。
チヅルが駆る“ゲルググメナース”も、ヒロキが駆る“フォルテ”と同時期に開発された試験運用機だ。
すでに“ジン”や“ザク”の後継機として、量産化計画が進められている。
頭部はザクに近い丸みを帯びたデザインで、角を付けたジン、トサカを付けたザクと言った印象を受ける。
C.E.84年となった今では一機で複数の戦局に対応できる機体というのが主流になっており、様々なバリエーションの機体が開発されるようになっていた。
『ーー続いて、“フォルテ”、どうぞ!』
コックピットにエリーの声が届き、ヒロキはぎゅっと操縦桿を握りしめた。
ーー今度こそ、絶対に…!
ランプがグリーンに変わり、ヒロキは真っ直ぐにカタパルトデッキを見据える。
「ヒロキ・ディン、“フォルテ”、行きますっ!!」
勢いよく射出されていったヒロキの“フォルテ”が鉄灰色から漆黒の闇色に変わる。
実態弾や実体剣を弾くRPS装甲が通電したのだ。
『オーブのアメノミハシラに傷つけたら、私からお仕置きだぞ? ヒロキ』
チヅルが変わらない軽口を通信機越しに呟く。
ヒロキは、わざとらしくため息をついて同僚に応じた。
「ならチヅルが傷つけたら俺の部屋から持ち帰ったもんを返してもらおうかな」
『んなっ!? なんて殺生な事をっ!?』
チヅルが狼狽して言い返す。
『あれは私のものだっ! たとえヒロキでも渡すわけにはいかないっ!』
……チヅル、世間ではそれを窃盗と呼ぶんだよ……。
視界には地球へと突き刺さるようにそびえたつ人工の塔が、手元のモニターには赤い光が表示されている。これが“ボギーワン”だ。その光点に動きはまだない。
ーーー何でまだMSを出してこないんだ…?
敵艦が迫るその時、ヒロキのモニターの隅でなにかが動いた。
と、同時に全身をかけぬけるあの嫌な感覚が襲う。
『高速で接近する熱源ーーーこれは…! 気をつけろ、ヒロキっ!』
チヅルが息を呑み声を上げる。
「分かってるっ!」
突如として飛来した白いMA。
それは、先日苦渋を舐めさせられたあの白いガンダムだった。ヒロキは考えるより先に回避運動に入る。白いMAの展開したドラグーンバレルのビームがヒロキとチヅルの間をかけぬける。
「くそっ! まさかこのタイミングで来るなんて…!」
愚痴をこぼしながら、白いMAの第二波のビームをシールドで防ぐ。
『ヒロキっ!』
チヅルの叫びがヒロキに突き刺さる。
「来るなっ! 巻き込まれるっ!」
敵の狙いは、どうやら自分らしい。前回同様に、この機体に用があるというわけだ。
なら、チヅルを近づけるわけにはいかない。この敵に自分達が足止めされれば、例の新型3機が“ユーピテル”を狙うだろう。
目まぐるしく動き回るドラグーンが前後からビームを射かけてくる。
「くそっ! ここで待ち伏せしてたってのか!」
“ボギーワン”に動きがないから油断していた。
交錯するビームをかわしながら、ヒロキは苛立たしげにモニターの光点を見つめる。と、その光点が画面上から消えた!
「“ボギーワン”が…!?」
『まずいぞ、ヒロキ…!』
チヅルが焦りの声を上げる。
“ボギーワン”の光点は消え、三機の新たな光点がこちらに接近していた。
識別信号は味方のものーーつまり、奪取された新型3機だ。
ーーやっぱり、コイツらはグルなのか…!?
「“ボギーワン”、ロスト!」
そのころ、“ミレニアム”のブリッジでも同様の事態を観測した隊員が同枠の声を上げていた。アーサーが眼前の漆黒の空間を睨みつける。
「ミラージュミストコロイドか…!!」
「ヒロキ、チヅルの両名は例の“羽根付き”と交戦中!!」
エリーがうわずった声で叫ぶ。
「イエロー六二ベータに熱紋! これはーーー“バヨネット”、“クラッシュ”、“フォートレス”です!」
シンは唇を噛んだ。つまり、例の新型三機以外にあの白いガンダムも戦線に加わったということだ。あの羽根付きも革命同盟軍なのか!?
「索敵急がせろ! “ボギーワン”が来るぞっ!」
だが、シンの言葉が言い終わる前に、センサー担当が声を上げた。
「ブルー、一八マーク九チャーリーに熱紋!ーー“ボギーワン”ですっ! 距離を五◯◯!」
「なんだって!?」
アーサーが驚愕の声を上げ、シンもその座標に強くモニターを睨みつける。
ーーー後ろを取られたか!
「さらにモビルスーツ、…新たに二機!! アンノウンです!」
「ここに来てさらにアンノウンだと!?」
アーサーが愕然と声を上げた。
一体どれだけの機体を隠していたというのか…!
アーサーは臍を噛みながら、すばやく指示を飛ばす。
「アンチビーム爆雷発射! 面舵三十! “トリスタン”、照準ーー!!」
「ダメです! オレンジ二十、デルタにモビルスーツ!」
レーダー担当が叫び返す。背後をとられてロックオンされ、回頭もままならない。
このままでは被弾してしまう…!
アーサーは一か八か決断した。
「機関最大! 右舷側のアメノミハシラを盾に回り込め!」
「しかしっ!」
部下が反論の声を上げる。
「敵もアメノミハシラには傷をつけないはずだ…! 的になる前に早くするんだっ!」
“ミレニアム”が背後から迫るミサイルを振り切るように走り出す。
右舷側に見えていたアメノミハシラがどんどん近づいて来る。ミサイルが“ミレニアム”に追いすがり、後部の迎撃システムに撃ち落とされる。
その衝撃にブリッジが大きく揺さぶられ、クルー達の悲鳴が漏れる。
しかし、アーサーはすぐに命じた。
「エリー! ヒロキ達を戻せ! 防衛に回すんだ! 迎撃開始っ!!」