アメノミハシラ
ーーー“アラクネブリッジ”
「艦長、“ミレニアム”から国際救難チャンネルでの呼びかけです。」
「読み上げろ。」
通信担当にバズが短く告げ、通信担当がゆっくりとその内容を読み上げる。
「“アメノミハシラ”での人命救助及び消火活動に尽力する為に貴艦に停戦を申し入れる。”との内容です。」
読み上げられた内容のあまりのくだらなさに、バズはわざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん。世界を脅かす敵艦に、しかもわざわざ“アメノミハシラ”を攻撃した本人達に向けて救助活動幇助とは、あのアスカ隊も聞いて呆れるな。」
予想外のアマンダの行動で予定が狂わされたとはいえ、敵の虚を突けたのも事実だ。敵は今頃“アメノミハシラ”を落とさせまいとてんやわんやしている所だろう。
バズの後ろの座席で通信担当が読み上げた内容と、バズの言葉を頬杖つきながら眺めていたレンはニヤリと口元を緩めた。
「…アマンダの馬鹿野郎が“アメノミハシラ”を攻撃し始めた時はどうしてやろうかと考えたんたが…これは、ある意味で好機だな。」
上官の含みのある言葉に、バズは訝しげな視線を送った。
“ミレニアム”を落とそうと付けねらう“バヨネット”を相手に、チヅルは“スネーカー”による不意を突かれた攻撃に左足と右手を失った状態で戦わねばならなかった。
国際救難チャンネルによる本艦の呼びかけを聞いたはずだが、敵の攻撃の手が止まる様子はない。救助活動を行おうとしている“ミレニアム”の邪魔をさせるわけにはいかない。
『遅いっ!』
「っ、しまった…っ!」
“バヨネット”が、チヅルの一瞬の隙を突いて“ユーピテル”へと肉薄する。
敵機を急いで追うチヅルの目前に、二機の見慣れないMSが飛び出して来て、左右に展開する。
『ディアッカさんっ!』
『オーケーぃっ!』
通信回線を通じて聞こえてきた女性と男性のやり取りに、チヅルは一瞬耳を疑った。
「……ディアッカ、ディアッカ・エルスマンか…!?」
オレンジと白を基調としたマユラのMSが巧みに“バヨネット”の射線をかいくぐり、ライフルの連射を浴びせかける。
『なんだ、コイツはっ…!?』
ジェイムがそちらに視線を取られた一瞬の隙を衝き、背後に緑を基調としたディアッカの“アストレア”が滑り込む。
『悪いけど、救助活動の邪魔はさせらんないんだよねっ!!』
言い放つとディアッカ機が94mm高エネルギー収束火線ライフルを撃ち放つ。ジェイムもその熱線を防ごうとビームシールドをかかげるも間に合わず、左腕ごと消失する。
『ぐっ!』
機を逸さず飛び込んで来たマユラ機がすれ違いざまに光刃を煌めかせ、ジェイムを狙う。寸前で機体をひねらせてコックピットへの直撃を逸らすも、左足が宙を舞った。
見ていたチヅルが息をのむ間もないほど、あっという間の出来事だった。
『ディアッカさん、次っ!』
『わぁかってるよ! しつこいねぇっ!!』
二機の見慣れないMSは、素晴らしい連携を見せて加勢に駆け付けた“クラッシュ”に向かっていく。
ディアッカの正確無比な連射が“クラッシュ”を翻弄し、その間にマユラ機は凄まじいスピードでその機体に肉薄した。
振り下ろされたビームサーベルが、ビームソードを突き出した右手ごと叩き斬る。
『クソっ! ざけんなっ!』
たじたじと後退しながら応射しようとする“クラッシュ”を、次の瞬間にはディアッカの両腰のライフルを連結させた長距離狙撃ライフルが“クラッシュ”の下半身をもぎ取っていく。チヅルは唖然として、華麗にさえ見える二機の戦闘に見入っていた。
彼らは、自分達がいかに戦えど傷一つつけることさえできなかった敵機を、わずか数秒で戦闘不能にまで追い込んで見せたのだ。
「あれが……かつて、二度の大戦を生き延びたパイロットの力……」
その口から知らず知らず、驚嘆の声が漏れる。
ディアッカ・エルスマン。かつて、アスラン・ザラやイザーク・ジュールと共に同期として二度も大戦を生き延びた名パイロットとして、10年経った今でも兵の中では名高い。ZEUSを裏切ったとは言われていたが、やはり生き延びていたとは。
『おい、アンタっ!』
不意に飛び込んできた声に、チヅルは我に返る。
緑色のMS、ディアッカ・エルスマンからの通信だ。
『“アメノミハシラ”の救助活動を行うんだろっ!? とっとと、行きな! ここは俺らがひきつけるっ!』
言われてチヅルは彼らが“ミレニアム”の発した国際救難チャンネルでの呼びかけに応えたのだと気付いた。
あの“羽根付き”が蛇型との戦闘に割り込んで来た事を見れば、彼らは革命同盟軍とは別の一派のようだ。
「あ、あぁ……協力感謝する……っ!」
チヅルがなんとか返答したその時だった。彼方に見える艦から信号弾が打ち上げられ、チヅルは意外の念を抱いてそれを見上げる。色とりどりの光が宇宙の闇を照らし出した。
“ミレニアム”艦橋でもその帰還信号を目撃していた。アーサーが安堵のため息を漏らす。
「信じてくれたか……」
するとシンがドライな口調で返す。
「かもしれないし、別の理由かもしれない。」
「……別の理由?」
アーサーが聞き返し、シンは短く返した。
「高度だ。」
その目は計器の数値を見つめている。
二人のやり取りを聞いていたエリーは窓外に目をやった。“アメノミハシラ”に気をとられているうちに、いつの間にか敵艦の眼下には青い惑星が近づいている。
「……アイツらはこの隙に、地球へと降下するつもりだっ…!」
エリーは焦燥と不安の入り混じった目をモニターに向ける。
“アメノミハシラ”での救助活動も大切だ。ヒロキがあの蛇型を抑えているおかげか、避難は着実に進んでいる。
だが、その隙に革命同盟軍と新型三機を地球に降下させてしまったら元も子もない。目も当てられない事態になり兼ねない。
「俺達も、命を選ばなきゃならない。」
シンが淡白に告げる。
「……助けれる命と、助けられない命を。」
10年前、“ユニウスセブン”の破砕作業を行った時に“ミネルバ”が下したように。
ティアは、機引力に引かれて地球へと落下していくコンテナの下部へ入り込み、持ち上げようと機体ほバーニアを全開に吹かせた。
『怖いよぉっ! お母さぁんっ!』
『先生ぇぇ! 助けてぇっっ! 怖いよぉ!』
『大丈夫。きっと大丈夫だからねっ!』
コンテナを通して聞こえてくる声に、ティアはより一層フットペダルを踏み込み、操縦桿を振り絞る。
“アメノミハシラ”へ社会見学か遠足にでも来たのだろう。中には恐らく子どもらと引率の先生が居る。
未来を作っていく命を、見捨てるわけにはいかない。バーニアを全開にして上昇しようとする。ティアの白い“フェンリル”のボディが赤化していく。すでに軌道エレベーターから剥がれ落ちたコンテナは、すでに重力の螺旋にしっかりとつかまってしまっていたのだ。いかに最新鋭の“フェンリル”といえど、巨大なエレベーターコンテナを抱えて上昇させるのには限界があった。
もし仮に地球への落ちていっても単機でも大気圏突入が可能な“フェンリル”は無事だろう。だが、コンテナを抱えたまま地表へ無傷で降り立つ事はできない。子ども達を載せたコンテナは、地表へ叩きつけたトマトになるだろう。
ーーコンテナにいる人々を救ってくれ……頼む……っ!
あの漆黒のガンダムのパイロットの言葉が脳裏に過る。
あんな風に見ず知らずの敵に人助けを頼まれたのは生まれて初めての事かもしれない。命をやり合っていた相手にそんな事を普通頼むだろうか。
自然と、強気な笑みがこぼれる。
「ミトメタクナイ! ミトメタクナイー!」
コンソールにセットされたボール型のユイの相棒が声を上げる。
「そうね。こんなとこで諦めるのは私らしくないわよねっ!」
諦めの悪さなら、誰にも負けない自信がある。だから、必ずこの子達も救ってみせる。
「…行くわよ、ハロ!……こんの……上がれぇぇぇぇぇぇっ!!」
「こんのぉぉぉぉぉぉおっ…!」
雄叫びをあげてヒロキは奇怪な動きでこちらを付け狙う“スネーカー”に対して切りかかった。
が、やはりその巨体からは想像も出来ない機動力でヒロキのビームサーベルの一閃を回避する。
「くそっ! デカい癖になんて機動力だっ!」
毒づきながらヒロキは機体を翻らせ、こちらに突進してくる蛇型に相対する。
速いーーー!!!
急速に眼前に迫る巨体にヒロキは圧倒されそうになる。そのとき、蛇型の上半身が握る二丁のビームライフルが火を噴いた。左手を失っていたヒロキは寸前でそのライフルの射線をかわす。しかし、ビームをかわせば“アメノミハシラ”に火の手が上がる。
なんてジリ貧なんだっ…!!
尾を切り離したてはいえ、蛇型のスピードは少し衰えた程度と厄介な尾の武装を封じた程度だ。
強烈な胸部の拡散ビーム砲もまだ敵には残っている。
『どうした…私の底知れぬ怒りを止めるんじゃなかったのか…っ!!』
ヒロキはあざわらうように告げるアマンダに切りかかる。しかし、ビームサーベルは敵機の直前で見えない壁に阻まれる。
「くそっ……!」
この厄介な力場を発生させている反射装置を破壊しなければ、敵機を傷つける事はおろか近付く事も出来ない。
しかし、これ以上この蛇型に好き勝手させるわけにはいかない。
チラリと端を見やれば、羽根突きが必死にコンテナを持ち上げようと奮闘しているのが見えた。機体もコンテナもかなり地球に近づいてしまっている。
『止めれるものなら止めてみなっ! 私とリリの怒りはこの世界を焼き尽くす程の業火なんだっ!!』
蛇型が両肩のレールガンを連射してくる。
「くっ…!」
ヒロキが呻く。レールガンが“アメノミハシラ”に激突して爆煙を上げる。
どんどん焦りがヒロキの額に滲み出て来て襲う。策を、なにか策を。
こんな所でまたなにも守れないで、こんなふうに祖国の作った上で、両親も姉も殺され、そしてまたたくさんの人々を失うのか?
“アメノミハシラ”から出されたズラリと並ぶ救難艦。恐怖に怯えるその誰もを守れずに、俺は何の為に力を手にしたーー?
あの日を、あの地獄を生きながらえたーー?
いきなり、ヒロキの中に怒りが溢れた。
ーーーもう、そんなのは嫌だ。
それは、弱さへの決別。すべてを失った少年のがむしゃらな葛藤だった。
『お母さんを、止めてあげて。』
ふと、頭の中に優しい少女の声が届いた。
頭の中で、何かが弾ける音が聞こえたような気がした。
同時に全方位に感覚が広がり、周囲のすべての動きが指先ひとつで触れられそうなまでに繊細に感じ取る事が出来る。
まるで時間が止まったのかとすら感違いしてしまう程に切り替わった視界の中、ヒロキはすばやく機体を操作する。
ビームサーベルを手に、蛇型に突っ込む。
その蛇型に向けて、なにかがビームを背後から放った。
『っ! なんだっ!?』
羽根突きのドラグーンだ。あのコンテナを押し戻しながらここまで操作したというのか。
放たれたドラグーンは、蛇型の腹部を貫いた。そこが、あの妙な力場を発生させる装置が埋められた場所なのだとユイは見抜いていたのだ。
『たかがシールドを壊された程度でっ!!』
虚を衝かれて動揺するもアマンダはヒロキに向けて、両腕のビームライフルを連射する。しかし、その乱射されたライフルのすべてをかわして肉薄したヒロキは高速の光刃を振るう。
ビームの刃が、“スネーカー”のライフルを握る両腕を切り落とす。
『なんで、邪魔をするんだぁぁぁっ!!!』
アマンダが憤怒して絶叫する。“スネーカー”の胸部があやしく煌めく。
ヒロキは、やり切れない思いを蛇型のパイロットに向けて叫ぶ。
「あんたにも聞こえる筈だろうっ! 娘さんの声がっ! 願いがっ!」
『なにをっ…!?』
ーーお母さん。
『……リ、リ?』
ーーもう、帰ろう? もう、頑張らなくていいから。私は、お母さんが居てくれたらそれだけで幸せだから。ね?
『リ、リ……。あぁ、そうだね…もう、帰ろうか……』
随分と私は遠回りをしてしまった気がする。本当に欲しかったものは、私が本当に望んでいたのは復讐なんかではなく、娘の元へ会いに行く事だったのだ……。
あの頃となにひとつ変わらない優しく小さな手を差し出してくる娘に向けて、狭く冷たいコックピットの中でアマンダは数年ぶりの暖かい涙を流して両の手を伸ばす。
その刹那、眩い光と共に“スネーカー”の胸部へとビームの刃が突き立てられた。
突き刺さった傷口から血が噴き出すように火花が散り、ヒロキは優しく“アメノミハシラ”から地球へと向けてその巨体を落とした。
彼女らが生まれた星へと落下しながら炎に包まれていく母娘が乗る機体を見つめ、ヒロキは確かに彼女の最期の言葉を聞いた。
ーーーありがとう、少年…。