オーブの呪縛
『繰り返しお伝えします。先ほど“アメノミハシラ”にて革命同盟軍と思わしき部隊と我らがZEUS軍が誇る英雄、シン・アスカ率いるアスカ隊により事なきを得ました。“アメノミハシラ”は小規模ながらも損傷しており、市民の安否が懸念されましたが幸い犠牲者は出ず、軽傷者のみにとどまったとのことです。この一件にプラントのギルバート・デュランダル総裁はーーー』
照明の抑えられた薄暗い部屋の中、点けっぱなしのテレビ画面からアナウンサーがたったいま届いたばかりのニュースを読み上げている。牛革で作られた高級なソファに腰掛けながらブランデーグラスを一人傾けていた中性的な顔立ちの女性ーーカミラ・ナラ・アスハは敵意を含んだ瞳をテレビ画面とは違うモニターに映る男へと向けている。
しかし、モニター越しに睨まれている中年の男、アロク・ダ・リーフには動じる様子も見受けられない。
「さて、これはどういう事か説明してもらおうか、准将」
壁面に埋められたモニターを前に、カミラは画面の向こうの主へと詰問する。
『申し訳ありません。“調整”を受けた兵士を実戦投入した所、錯乱状態に陥ったようです。』
「准将、私はそんな言い訳を聞きたいんじゃないんだ。君もそれぐらいは重々理解していると思っているのだが、私の見見当違いだったかな?」
カミラの見る者を当惑させるような妖美な視線が、アロクを睨みつける。
しかし、アロクは変わらぬ調子で返す。
『申し訳ありません。』
「彼女が元オーブ国民である事は報告には聞いていた。そしてその憎悪を利用するという趣旨もね。けれどね、准将。私は自国の市民を危険にさらす事、加えて“アメノミハシラ”を傷つける事に同意した覚えはないが?」
カミラは確かに革命同盟軍を援助している。それは、アロクという男に興味があったからだ。自室に誘いたいだとか篭絡したいという興味ではなく、彼自身の理想に興味を抱いた。
デスティニープランにより管理された世界は、カミラの目にはとても退屈で滑稽に見えた。だからこそこの停滞してしまった世界に革命同盟軍という石を投じて世界にどのような波紋が広がるのか、見てみたい。カミラにとって革命同盟軍に協力こそしているけれども、彼らの行動に参加はしていない。
「私はこう見えて独占欲の強い女だ。ヒステリックとも言えるだろう。私は私のテリトリーを汚されるのをとても嫌う。かつて私が可愛がっていたメイドが居てね、よく私の寝室に招いたりととても優遇していたんだが彼女にある使用人が手を出したんだ。私は使用人もメイドも捨ててやったよ。人間としての尊厳を絶望するまで奪ってやってからね。」
口早に自分の過去を英雄譚のように語り終えると、カミラは手にしていたワインを口に運んだ。
「この意味が、利口な君なら理解出来るだろう?」
嫌らしい笑みを浮かべてカミラはアロクに告げる。
彼女は昔から回りくどい言い回しが好きだ。いや、彼女にとってこの問答も彼女なりの選定の意味を含むのだろう。
自分達が彼女の興味を満たす対象であるかどうかを品定めするための。
『はい。重々承知しております。しかし、カミラ様』
「なんだい?」
『もうお手元にお届くと思いますが…“アラクネ”から送られてきた資料。それは一体どういう事ですかな?』
アロクと通話していたカミラは送られてきた手元の資料を目に通して口元を緩めた。
「これが、どうかしたのかい?」
カミラの手元には画素数が低く、充分な明るさのもとで撮影されたものではないが、それでもそこに映るモビルスーツが“純白のガンダム”である事は見て取れる。他にも緑とM1アストレイカラーの二機の見知らぬMSが映っている。
『この存在を、貴女は知っていたのではありませんか?』
アロクは噛み付くような視線を、皺の入った目元を顰めて尋ねる。
「真実はたいまつのようなもの。揺さぶりをかけるほど輝きを増す。」
『…ウィリアム・ハミルトンですか。』
モニターの向こうで、アロクが変わらない無骨な表情でカミラの言葉の裏を取る。
アロクが自身の言葉の元を知っていた事に機嫌を良くしたのかカミラは楽しげにグラスに注がれたワインを揺らし、口元を緩めて見せた。
「准将、私の口から語られる真実ほどつまらないエンディングはないよ。どんな本でも真相とは山場に持って来るものだ。でなければ、読者の好奇心を駆り立てれない。」
『……貴女にとって、我々の戦いも本のストーリーの一部に過ぎない、と?』
珍しくどこか不満気なアロクの言葉を、カミラは悠然としてワインを続けて口に含み、綺麗な脚線美を組み直す。
「10年前の戦争だって、もはや歴史の1ページとして教科書に載せられたじゃないか? さも英雄譚のように自身が体験した戦争を題材にした自伝や体験談も出版されて、さぞ儲けた者達もいる。色々と読んではみたが、歴史の真実とは虚勢と自慢で上書きされて一人歩きしていくとはまさにこの事だと思ったよ。」
『…。』
「だがそんな駄作だらけの山からも思いがけない最高の本を引き当てる事もある。」
そして、カミラはあるデータをアロクへと送った。アロクが唐突に送られてきたデータを閲覧し、彼の表情が大きく動いた。どこか狂気をも含んだ口元の緩みをひた隠し、アロクはカミラを画面越しに見つめる。
アロクには、やはりカミラの真意を測りかねる。
どれだけ彼女の深淵を覗こうとしても、深い霧に包まれるようだ。長い付き合いになるが、彼女の半分も理解出来ていない気がしてならない。アロクの観察眼を持ってしても、彼女の闇も、光も掴む事はできない。
「いかに神といえども、これを許せる人間など、この世のどこにもいはしないだろう。そしてコレは、君達にとって最高の本を作る良い材料になるだろう。今度こそ、私を落胆させないでくれたまえ」
モニターの向こうでアロクは、取り澄ました表情でカミラを見守る。それ以上、アロクはなにも彼女を詮索しようとはしない。女狐を出し抜くにはまだ材料が足りない。
最後にカミラは、手にしたワイングラスを高く掲げて締めくくった。
「ーー全ては鳥籠の中の世界のために、ね。」
「突入角度調整、排熱システム、オールグリーン……自動姿勢制御システムオン、BCSニュートラルへ…」
ティアの指はせわしなくキーボードを叩いていた。額に滲みはじめた汗をぬぐおうとして、彼女は手を挙げ、ヘルメットに阻まれて憮然とした表情になる。“フェンリル”の機体は灼熱し、コックピット内の温度もじわじわと上昇しつつあった。だがもともと、単機での大気圏降下を可能とする機体だ。ティアの操作により、“フェンリル”は安定した突入姿勢に入っていた。
「アイツは…っ!?」
気になっていたのはあの漆黒のガンダムだ。恐らくあのガンダムも、大気圏突入の高熱に耐えうる装甲を持っているに違いない。だがもし中破してエネルギーも底をついた状態であの機体に乗って地球に降りてみるかと訊かれたら。正直誰もがごめんこうむると答えるだろう。
あの損傷した状態でこの高音の中、果たして保つだろうか。
ティアは熱で干渉を受けている計器を調整し、あの機体の位置を懸命に探る。
ーーいた!
かなり離れている。下方だ。
漆黒のガンダムは慣性の法則に逆らうことも出来ず、“フェンリル”より下方を落下している。
機体に異常はなさそうだーーいまのところは。
「ちょっと…! アンタ、まだ生きてるわよねっ!?」
ティアは必死に呼びかけながら機体をMA形態へと可変させ、漆黒のガンダムに近づこうとする。高音には耐えているが、問題はこの後だ。エネルギー切れの機体ではスピードを殺せまい。このまま降下していけば海水に着水ということになりそうだが、減速できなければ水面に叩きつけられた衝撃でMSといえど粉砕されかねない。
『ーーお前…まだ…っ!?』
呼びかけに気づいたらしいヒロキの声が、ノイズに混じって届いた。ティアは心の中で安堵する。彼は無事だ。
「待ってなさいっ! いまそっちに…」
垂直に海に飛び込む鳥のように漆黒のガンダムに向かって降下する。
だが、ヒロキはティアの努力に対して叫び返す。
『よせ……くら…でも、二機ぶんの落下エネルギーは…』
ティアはまたもその台詞に苛立ちながら、無視して目の前に迫った機体をとらえた。
漆黒のガンダムを両手に抱えるようにして姿勢を制御し、バーニアを全開にしながら彼女は怒鳴った。
「うるっさいわね! 私が助けたげるって言ってるんだから黙って助けられなさいよっ!」
クリアになった通信機の向こうで、少年が観念したように苦笑混じりに返す。
『なんだよ、そんな無茶苦茶な理由は。』
ティアはしばし考える。
「……『俺を助けやがれこのヤロウ』とでも言ってみる?」
『………その方がいいのか?』
馬鹿正直に相手が尋ねるのでむっつりとしてティアは言い返した。
「ただのたとえよっ! 本気にすんなっ!」
なんだってこんな奴とこんな会話をしているんだろうか。ZEUSの飼い犬なんかと。
「艦長、空力制御が可能になりましたっ!」
艦を襲うビリビリという振動を圧して、アーサーは声を高める。
「主翼展開、操艦、慌てるなよっ!」
「主翼展開します。大気圏推力へ!」
“ミレニアム”の両翼が開き、艦が大気の中、ゆっくりと減速していく。アーサーは内心、ほっとひと息をついた。幾度大気圏突入を経験しても緊張するものだ。
アーサーはエリーを見上げた。
「通信、センサーの状況は?」
「ダメです。“アメノミハシラ”に長時間接近し過ぎた為か電波状態が中々…」
アーサーは小さく舌打ちした。
「レーザーでも熱センサーでもなんでもかまわんっ! “フォルテ”を捜し出せっ!」
ヒロキの運を信じたい。そして彼がベストを尽くし、突入時に大気によって焼き尽くされていないという確率を。実のところ、アーサーは彼が生きているような気がしていた。彼が10年前のオーブ侵攻戦で生き延びた事、そして彼の腕の良さにも恵まれている事を知っていたからだ。
だが、もしヒロキがこの過酷な条件下で生き延びているとしたら、急がなければならない。いまこのときにも彼が、最悪の危機に瀕しているかもしれないのだ。
「センサーに反応っ!」
しばらくして上がったエリーの声に、期待の目を向けないものはいなかった。シンも、拳をぎゅっと強く握りしめる。艦橋に上がって来ていたチヅルもすがるような表情で両手を握りしめる。
「七時の方向、距離四◯◯! これはーーー“フォルテ”? いや……」
「光学映像を出せるかっ!?」
せわしなくシンがたずね、エリーが「はいっ! 待ってくださいっ!」と答えてあわててモニターを操作する。モニターが灯り、そこに現れた映像を見たとたん、艦橋に歓声が満ちた。モニターの中には、“フォルテ”を抱えて減速しようとしている純白のガンダムが映し出されていた。
「ヒロキっ……!」
チヅルが声をつまらせ、両手で口元を覆った。
「羽付きに助けられていたかっ……!」
アーサーが安堵の混じった複雑な声で叫ぶ。アーサーはチラリとシンを見やる。羽付きに助けられていたのが気に入らなさげだが、彼の無事を心から祈っているようだった。この人柄の良さは評価できる。
「発光信号で合図しろっ! リン、艦を寄せてやれ。早く捕まえてやらないとあのままではいずれ二機とも海面に激突するぞ。」
リンの操艦により、“ミレニアム”は二機のモビルスーツに向かって空中を滑っていく。発光信号に気づき、純白のガンダムもこちらに進路を取った。
「ハッチを開け! “フォルテ”が着艦するぞっ!」
モビルスーツデッキに向かってアーサーが報せると同時に、チヅルが艦橋から飛び出していく。
アーサーは一瞬、目元をわずかに和ませてその背中を見送った。
「ほら、お出迎えよ。」
ゆっくりと“フォルテ”を抱えたまま“ミレニアム”に接近し、ティアは抱えた荷物へと声を掛ける。
『……すまない…助かったよ。』
少し複雑げな声色で漆黒のガンダムのパイロットが返事をしてきた。
互いに、気まずい空気が流れる。勢いで助けたとはいえ、互いに討ち取らねばならない敵だ。今日助けた事により、次は自分が殺られるかもしれない。けれど、そんな事よりもティアには大切な事があった。
助けられた命なら、キチンと返すべきだ。撃たれた相手だから恩を忘れて見殺しにするような世界にする為にユイは戦っているわけじゃない。
「ただの気まぐれよ。借りを返しただけ。アンタが義理を感じる必要はないわ。」
なんで私が敵を宥めているんだろうか。
『お前は、悪い奴には見えない。』
「やめなさい、そういうの。敵にかける言葉じゃないわ。」
全く調子が狂う。こいつと話していると、ペースを持っていかれっぱなしだ。
なにを甘い事を言っているんだ。お互いに敵であると分かっていたはずだ。
「たった一度利害が一致して、命を助け合ったぐらいで鈍る覚悟なら今すぐその機体を降りなさい。私が破壊したげる。」
自分にとって見れば、その方が都合が良いのだから。それでも助けたのは恩を返したに過ぎない。
それを棚に上げて何をのたまっているのだろうか、このガキンチョは。
『……それは、出来ない。』
「なら戦うしかないじゃない。お互いに、守りたいものがある限り、ね。」
冷徹に言い返す。
敵であるなら撃つしかない。戦うしかない。そうやって自分は育って来た。勝ち取り続けてきたのだ。
だからこそ、敵の甘っちょろい言葉に腹が立って仕方がなかった。
「ほら、さっさと帰りなさい。次に会ったら、容赦なく私はアンタの機体を破壊するわ。」
“ミレニアム”のMSデッキへとゆっくりと漆黒のガンダムを降ろしながら、ティアはついでに挑戦状を叩きつけておく。
「……その時、アンタがためらおうが私は容赦しない。私の戦う理由は、そんな簡単なものじゃないんだから。」
これが最初で最後の情けだ。次に会う時には必ずその危険な機体を破壊しなければならない。
自分達の願いを叶えるために。
ティアは着艦させた“フォルテ”を一瞥し、機体を素早くMA形態に可変させる。
「さよなら、甘っちょろいパイロット君。」
それを捨て台詞にして、長居は無用とばかりにティアはその場をMA形態に切り替わり高速で離脱した。あっという間に、純白のガンダムが点になっていく。途絶えた通信の向こう側で、ヒロキは静かに呟いた。
「……さよなら、優しいパイロット」
「ヒロキっ!」
コックピットから降り立ったとたん、チヅルの声が耳を打った。ヒロキはハッとして顔を向けるが、物凄いスピードで走り来てヒロキの胸に勢いよく飛び込んで来るチヅルを受け止めるのが精一杯だった。
「馬鹿ものがっ……! お前はいつもいつも……心配ばかり。、かけさせるなっ……!」
ヒロキの胸に縋り付くように安堵の涙を流すチヅルの頭を優しく撫でながら、ヒロキは笑みを浮かべる。
「ごめんな……」
その間にも“ミレニアム”は降下していた。海上に落ちた影がみるみる大きくなり、近づくにつれて対地効果で水面が盛大な水しぶきを上げ始める。
『警報っ! 総員着艦の衝撃に備えよっ!』
船体が大きく傾き、ついで、水によるものとは思えない硬い衝撃に突き上げられる。クルーはシートに着き、衝撃に耐えた。艦は艦尾で水を切りながらしばし前進し、両側に高く水しぶきが上がる。やがて水の抵抗によって減速した“ミレニアム”の巨体は、倒れ込むように完全に着水した。
『着水完了、警報解除』
アーサーの声がスピーカーから流れると、クルー達の間にも安堵の空気が漂った。
『ーー現在、全区画浸水は認められないが、今後も警戒を要する。ダメージコントロール要員は下部区画へ』
つづいて指示がアナウンスされると、格納庫にいた技術スタッフの一部が道具を取り、通路へ向かう。
その通路の奥から、ツカツカとかかとを鳴らして足早に格納庫へとやって来るシン・アスカの姿を見て取れた。そして、彼に向けて敬礼を向ける部下達をかき分けて真っ直ぐにヒロキへと向かい
「っ!」
バキッ、という痛々しい音と共に突き出されたシンの右拳が容赦なくヒロキの頬を捉えた。
格納庫内が一瞬にして静まり返り、息を呑む。
「お前は……なにをやっているんだっ!?」
しん、と静まり返った格納庫にシンの耳をつんざくような怒声が響き渡る。
「お前が“フォルテ”のアレを使わなければ、“ボギーワン”をみすみす地球へ逃がしはしなかったんだぞっ!」
口元を垂れる血を手の甲で拭いながら、ヒロキは怒れるシンの赤い瞳を見つめ返す。殴られた頬がじんじんと熱い。
「殴りたいなら別に構いません。 けど、俺は間違った事はしていませんっ!」
ヒロキは今日助ける事ができたであろう子ども達の笑顔を思い浮かべながらシンに言い放つ。
「人命救助に協力するって、“ミレニアム”もそう答えたはずですっ!」
しかしヒロキの言い分は、二度目の鉄拳で遮られた。シンが触れれば切れるほど鋭い目でヒロキを見据え、言った。
「戦争はヒーローごっこじゃないんだぞっ!」
ヒロキはシンの異常なまでの怒りの方向性に狂気すら感じた。
ヒーローごっこ? シンだってあの状況を見ていた筈だ。尊い命が、目の前で失われようとしていたんだぞ?
それを見た上で人命よりも任務を優先しろと、それをヒーローごっこという言葉で貶めるっていうのか。
そこまでして任務に忠実でならなければいけないというのか。
シンは厳しい口調で続ける。
「自分だけで勝手な判断をするなっ! それだけの力を持っているなら、力の使い道を自覚しろっ!」
ヒロキは納得がいかずに顔を背けた。
言うだけ言い、殴るだけ殴るとシンは足早にその場を去っていく。
もちろん、軍人なら上官の命令に従わなければならない。だが、軍人である前に人として、自分は間違ったことはしていない筈だ。ヒロキは遠ざかっていくシンの背中を見つめた。
「大丈夫か、ヒロキ……?」
ヒロキの傍では心配そうに声をかけるチヅルの姿があった。ヒロキは穏やかに微笑み返す。
「あぁ……大丈夫だ。」
ヒロキは立ち上がり、チヅルはほっとした様子で、飼い主にまとわりつく飼い犬のようにそのあとを歩きながら話しかける。
「けど、ホント驚いたよ……おかげで寿命が縮んだぞ。」
「悪かったよ、本当に…」
ヒロキがわびると、チヅルは強くかぶりを振った。
「いや、そんなことはいいんだっ! 私はむしろ、お前に惚れなおしたぞ。」
全く相変わらずだな、とヒロキはチヅルの言葉に救われた気持ちになる。
どんな状況でも彼女の対応は変わらない、昔から。しかし、そのあとの言葉にヒロキは水を浴びせられたような気分になった。
「あの忌々しい蛇型だってヒロキが討ったんだ。充分大手柄じゃないかっ!」
それを聞くヒロキの表情は暗い。そのヒロキの様子に、チヅルは異変を感じて口を閉じる。
「ヒロキ……?」
不安げな声色でヒロキの背中に話しかけるチヅルに、ヒロキはポツポツと話し出した。
「あの蛇型のパイロットがな、言ったんだ。ーーーー私達オーブ国民にとって、カガリ・ユラ・アスハの示そうとした道こそが唯一正しきものだ、って。」
ヒロキの言葉を聞いて、チヅルの表情にようやく理解が浮かぶ。
苦い思いを噛みしめてヒロキは告げる。
「ーーオーブで家族を殺されて……その事をまだ恨んでいる人が居た。“十年前、オーブで死んだ人々の怒りや悲しみを忘れて、撃った奴らとなんで偽りの世界で笑っていられるんだ”って。」
その顔には深い自責の念が漂っている。チヅルは切なげな目線をヒロキに向けた。
「カガリ様が居れば…なんて、もう何百回だって思い返して来たさ。そしたら国を救えたかもしれない、って。……でも、今はオーブを攻撃した連中と一緒に居る。」
「それは…しかしだな…!」
「それは仕方のない事だって喚いても、俺がやっている事に、かわりはない……」
ヒロキが重い現実を突きつける。
ーー俺が、やっている事……
「許してくれるのか…? これでも…」
ヒロキがつぶやき、背を向けた。
チヅルはなにか言いたげに、だがやるせない表情で黙り込みヒロキを見送るしかなかった。