「……おーい、チヅル。」
ドアが開き、入ってきたヒロキの両手には自動販売機で買ったドリンクが握られていた。チヅルはちらりとヒロキに目をやるが、すぐに視線を落とす。
“アメノミハシラ”で叩きつけられたと言っていたヒロキの言葉が、耳にこびりついて離れなかった。ヒロキが困ったような顔をしながら歩み寄り、目の前にドリンクを置いたがチヅルはそちらに手を伸ばそうともしない。
ヒロキはやれやれとチヅルの前にかがみ込む。
「考えたってしょうがない…チヅル。わかってたことだろ?ーー俺の事をそんな風に思っている人間もいるはずだって。」
「しかしっ…!」
チヅルは呻くようにつぶやく。
「ヒロキはっ…!… “お前ら”はっ!」
その事を思うと涙が溢れそうになり、チヅルは唇を噛んだ。
それは、“あの日”の惨劇によって家族を奪われたヒロキらにすれば、お前達のせいだろうとZEUSを責めたくなる気持ちがあったとしても無理はないだろう。そんなZEUSに彼らが加担している。それは仕方のない事かもしれない。だがーー
「ヒロキだって、苦しみながら決めた事なのに……それをっ……!」
確かにヒロキは国をプラントに焼かれた。それでも守りたいモノが、守れるだけの力を欲したからこの道を選んだ。
決してオーブで失われた人々の命を、嘆き、あの惨劇を忘れたわけじゃない。それでも信じないと言われるなら、どうやって信じてもらえばいいというのか……?
こらえきれずに涙をこぼすチヅルを、ヒロキはそっと抱きしめた。
「けど、仕方ない。だからわかってくれって言ったって、全ての人に伝わるわけじゃない。」
ヒロキはチヅルの髪を撫で、そっとその目を覗き込んでささやきかける。
「チヅルなら分かるだろう?」
憎くてーー大切な人を奪った相手が憎くて、憎くて、殺してやりたいとひたすら思い、その手に武器を取る。
それは、かつてチヅル自身もたどった道だ。
その憎しみを捨て去る事が出来たのは、いまも目の前にいてチヅルを支えていてくれる相手の存在ゆえーーそして、自分を育ててくれた人達の言葉ゆえだった。
ーーー撃ち合ってばかりじゃ、なにも変わらないよ…。
ある人は言った。このまま進めば世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うものばかりのものになるだろうーーと。
それを止めるために、何が出来るだろう?
世界は再び争いの一路を辿ろうとしている。このままではダメだといくら叫んでも、チヅル達の願いはもう届かない。
何の為にデスティニープランを信じた?
なぜデスティニープランこそ恒久的平和の道だと願いを抱き続けてきた?
ーーこれでは…自分やヒロキ達は何の為に…
チヅルは爆発した感情をヒロキの胸にすがってむせび泣く。
ヒロキは黙って、そんな彼女を受け止め、強く抱きしめてくれた。
ーーーAnosherSEED
ーーーー第5章『偽りの歌声』
「しかし……なんだってこのタイミングで…」
艦内を歩きながらアーサーが愚痴り、シンはチラリと彼を見やる。
「ゆっくり休めと言われても……しかも、RAVENの地球基地で…どうしていきなり…?」
アーサーは困惑気味に具申する。
「艦の補給はともかく、修理などはやはり、カーペンタリアに入ってからの方がいいのではと思うんだが…。」
地球に降下したアスカ隊に下された指令は、RAVENの地球での拠点基地が存在するサン・フェリクス島。そこに入港して補給、修理を受けよ。という内容であった。
確かにいま現在“ミレニアム”がいる海域からサン・フェリクス島はほどない場所に存在する。だが、ZEUSから独立した組織であるRAVENの基地へと入るのは、ZEUSにおいてもごくごく稀な事だ。RAVENも“ミレニアム”の補修、補給を容認したものの、修理となればRAVENの人間が“ミレニアム”に触れることになる。
この艦も最新鋭の艦である事を鑑みると、あまり望ましくないことだ。
「議長直属の命令なんだ。仕方ないだろ。」
シンがエレベーターに乗り込みながら、不満気に言う。
「こう言っちゃ悪いけど、ZEUSに巣食う鴉達の中に飛び込むってのもたまにはいいものかもしれないでしょう。…もしかすると、害鳥を駆除する機会を得られるかもしれない。」
世界中のデスティニープランから対象外とされた有能な人物達をかき集めて軍事利用させる組織、RAVENを忌み嫌うZEUS兵は少なくない。ZEUSの配下組織とはいえ、その実状…その存在を知るものはZEUSでも数少ない。そのような組織が存在する事を世間体にひた隠している事もあるのだが。
シン・アスカは今回の革命同盟軍の反乱、その騒動にRAVENが関与しているのではないかと疑っていた。
つまり、その内部へと踏み込めるのは願っても無いチャンスでもあった。
「まぁ、コペルニクスから地球に降りてくるまでの間色んな事があり過ぎたのもありますしね。正直、皆疲れてるだろ。」
他人事のようなシンの言葉に、アーサーはひっそりとシンを睨む。
いったいそれは、誰のせいだと言うのだろう。めちゃくちゃな出航からの度重なる戦闘、それに加えての大気圏突入。
どんな高性能艦だってボロボロになるだろう。
「情勢も最悪だし、しかも今回のRAVEN基地にはラクス様の慰問ライブもあるんだろ? 皆の期待も上がってる。」
エレベーターが止まり、シンは開いたドアから出て行きながら、いつもどおりの口調で言い放つ。
「まぁ、息抜きも必要だ。臨機応変に。」
臨機応変に、ね。
アーサーは密かに脱力する。確かにここのところ穏やかな日々が続いていたとのが嘘かのように激戦に次ぐ、激戦だ。手応えのある敵を相手に、鈍っていた戦闘勘が戻りつつある。しかし、その分疲れもひとしおだ。
今ははやく、唯一の癒しであるラクス様のライブが見たい。
巨艦が波を切り裂き、ひとつの島に近づきつつあった。
整然と伸びる桟橋を抜け、巨艦はしずしずと港の奥に進入する。その先には大きく口を開いたゲートが見え、巨艦はその手前でゆっくりと回頭した。ゲートの内部は広々としたドッグになっており、巨艦の受け入れを報せるアナウンスが流れ、作業員が慌ただしく動き回る。プラットフォーム上に、明らかに作業員とは一線を画した人影が並んでいた。
ドッグに入ってくる傷だらけの巨艦を見やり、前列に立った壮年の男がにがい表情で呟く。
「ZEUSが誇る英雄アスカ隊の“ミレニアム”か……上層部もまた、面倒な時に面倒なモノを送り込んでくれるなぁ」
RAVENの創始者にして、総帥を務める男、ゲイブ・R・モリソンだ。総帥の隣に立つスカイブルー色の綺麗に切り揃えられた髪に知的なメガネの似合う女性がゲイブに応えて言う。
「仕方ありません、総帥。この情勢下です。ZEUSも機密や、最新鋭だなんて言っていられないでしょう。ずっと私達に頼って来たのですから。」
とりなすような台詞だが、彼女を表す堅実な口調はどこかZEUSを侮ったような響きを持っている。
彼女の名はレハス・キャロル。総帥ゲイの右腕にして秘書官を務めている。その容姿は見るものの目を惹くが、どこか鉄壁とも言える近づきがたいオーラを纏わせていた。
「議長直属の命令ですし、かの英雄の乗る艦を、冷たくあしらうわけにもいきません。」
あちらこちらで入港の準備を進める作業員から不平、不満の声が聞こえてくる。
ここにはZEUSを快く思わない者達ばかりが在籍している。神の遣いではあるものの、その神を慕っているとはかぎらないのだ。それは逆に神も同じだろうが。
ZEUS艦の入港など、この島に基地が建設されて以来数年ぶりの出来事だ。
ゲイブはドッグに入ってくる“ミレニアム”を見上げ、憂鬱げに漏らした。
「……はぁ、面倒臭い。ラクス様早く来ないかな〜。」
「お口を閉じてください、総帥。心の声が漏れてますから。」