昇降用のハッチが開かれ、出迎えらしき一団がアーサーらの視界に飛び込んで来る。
青い軍服で統一された一団の中から一際オーラを放つ眼帯をつけた壮年が歩み出てきた。
「RAVEN総帥ゲイブ・R・モリソンです。長旅ご苦労様です。英雄と誉れ高いアスカ隊の皆さんのご無事を拝見でき、我らも安堵いたしました。」
敬礼して名乗る男に応えるように、シンとアーサーも敬礼をして名乗る。
「ZEUS軍“ミレニアム”艦長、アーサー・トラインです。」
「同じく隊長のシン・アスカです……お会いするのは、ファウンデーションとの一件以来ですか。」
「そうですね。それ以来かと……お変わりないようで、アスカ殿。」
久しく見たRAVENの総帥の姿に、アーサーとシンは身を引き締めた。
ゲイブと名乗る男は軍人という印象よりも政治家という印象が強い。その身に纏うオーラはギルバート・デュランダル総裁にも引けを取らない。これはなかなかの曲者だろう。
「いえ。我々も不足の事態とはいえ、RAVENの手を煩わせること申し訳なく思う。」
シンは腹で思ったことをおくびにも出さず、きびきびした口調で告げる。
「アスカ隊のご活躍は聞き及んでおります。出来る限りの事は協力させていただく。ともあれ、まずはごゆるりと休まれるといい。事情は承知しておりまゆえ。クルーの方々もさぞお疲れだろう。」
アーサーは用心深く頷き返す。
「…ありがとうございます。」
なにも約束しない言葉だ。どのみち政治家や統治者の言葉はあてにできない。それは以前の上官であったタリア・グラディスからも口が酸っぱくなるほど言われていた事だ。彼らの言葉の九割は間に受けるな、と。
「ZEUSのアスカ隊?」
リナから突然聞かされた事に、ユウイチは思わず聞き返した。
「そ。“アメノミハシラ”の攻防戦からそのまま大気圏に降下して、かなり損傷してるから補給と補修の為にココに来るみたい。」
「なんだってこんな時に?」
「こんな時だからじゃないの?」
食堂で昼食を摂りながら、冷ややかにリナが返す。
自分達はZEUSにとって癌細胞のようなもの。今回の革命同盟軍の一件に関与していないとも限らない、という事か。
「今日はカレーかあ。あ、隣失礼〜」
ユウイチとリナが座る席に、ミナミ・マクスウェルがカレーを乗せたトレイを手に、ユウイチの隣へと腰掛けた。
「…なんでそっちに座るの?」
「え? ダメだった?」
リナからのジトッとした問いに、ミナミはとぼけて返す。
席なんてどこでも変わらないだろうに。
「ZEUSの艦を補修するらしいな。」
「そうなんだよ〜。ただでさえ新型の最終調整や、ユウイチが壊した“スパイラルフリーダムガンダム”の補修もあるのにさぁ〜。もうクッタクタっ」
ミナミの言葉の一部に苦いものを感じてユウイチはバツが悪くなる。
ミナミはRAVENが誇る最高の技術者だ。それだけに、仕事に忙殺される程の量が入ってくる。余計な手間を増やしてしまったな。
スカンジナビア王国での戦闘で中破した“スパイラルフリーダム”の補修は70%といった所だ。機体の修理が完了するまでユウイチは任務から外されるだろう。
「まぁこれも私達だけじゃないものね。ZEUSは世界中の国を対象に革命同盟軍との関与が無いか、探っているわ。」
リナの言葉に不穏なものを感じ取り、背筋がざわつくような気分になる。リナは続ける。
「ZEUSも足元を掬われたようなものね。完璧な管理社会と思っていたら、その裏で反逆の芽が育っていたなんて。」
ZEUSとデスティニープランによる徹底的な管理社会。
しかし、その陰で自分達のようにつまみ出された人達もいれば、そのシステムを疎ましく思う人々もいるのは間違いない。しかし、何故革命同盟軍はこのタイミングだったのだろうか。
ここまで社会にデスティニープランが根強く根付いた世界で反旗を翻すのには些か時遅しとも取れる。いや、このタイミングでなければならかった理由があるのか?
「それに加えてZEUSから送られてきた資料…」
リナの言葉に、ユウイチも先ほどハルバート大尉に見せられた資料に映るMSの姿が浮かぶ。
純白のガンダムと、アストレイシリーズに酷使した二機のMS。
革命同盟軍とも戦闘を交えていたという記録がある。という事は、別に革命同盟軍やZEUSに反抗するだけの技術を持った勢力が存在するという事だ。
「革命同盟軍に加えて謎のガンダムを有する組織の存在。ZEUSも焦る訳よね。」
ZEUSにも恒久的な平和を守るという義務がある。にも関わらずコペルニクス、アメノミハシラと続けざまに市民に被害を被ってきた。世界中の市民達の不安は増す一方だ。
「革命同盟軍とやらの思う通りに進んでいる。という事か…」
ポツリとユウイチが呟く。
「そうね。第一段階はもしかするとここまでなのかもしれない。ここから、革命同盟軍はさらに大きな動きを見せる筈。」
リナの言葉に間違いはないだろう。
革命同盟軍の真意は不明だが、ここまではなんとか撃退しているものの革命同盟軍の勝利には違いない。
たった数週間で世界中にここまでその存在の危険性を示したのだから。最初は存在のアピール。なら、次は?
しんと静まり返ったユウイチ達の席に、リナの重々しい言葉が響いた。
「だからこそ、私達はもっと冷静にならなきゃならないわね。」
ZEUSと協力してでも、革命同盟軍の進行は止めなければならない。
私情は挟むべきではないのだろう。だが、世界から捨てられた者達で構成されるRAVENが、果たしてどこまで私情を捨てられるだろうか。下手をすれば、革命同盟軍に手を貸す者が現れるかもしれない。
「私達が、誰と戦わなきゃいけないのか…見極めていかなきゃいけないんだね。」
アスカが呆然とカレーを見つめて呟く。
こうして世界は徐々に二分、三分されていく。敵と味方ーーその間にあるものをすべて巻き込んで。
急速に時代の歯車が回っていくのを、ユウイチは肌で感じていた。
「そうだな。スラスターや火器は、できればここで完璧に治しておきたいところだ。」
アーサーは“ミレニアム”の舷側を見上げながら、マッド・エイブスに頷きかけた。技術スタッフのチーフでもあるエイブスは、“ミネルバ”の頃から一緒に戦ってきた古株だ。無愛想でぶっきらぼうなところはあるが、いざというときに頼りになる腕と判断力を持っている。
「時間もあるんだ。RAVENから資材や機器を調達できれば何とかなるだろう?」
いつものように無理を承知でアーサーが要求を口にすると、エイブスは難しい顔になる。
「まぁそれはなんとかしますが…問題は装甲ですな。」
アーサーはエイブスの視線を追って、母艦の装甲を見上げた。
「そんなに酷いか?」
エイブスはじろりと横目でアーサーを睨む。
「そりゃ。コイツにナニをさせてきたか、いちばんよくご存知なのは艦長でしょうが。」
アーサーは憮然とする。シンといいエイブスといい、まるで自分が好きで無茶をさせるかのように言う。自分だって必要がなければ、こんな無茶を艦にさせるわけではないのだ。
「モビルスーツの方もありますので、さすがに全部となると厳しいですな。」
エイブスの言葉を聞き、アーサーは諦めてため息をつく。なにを優先させるかは分かっているからだ。
「ではしょうがない。装甲は損傷の酷い箇所を優先してくれ。あとはカーペンタリアに着いてからーー」
「それは、お手伝いできると思いますが?」
あの言葉に被せるように、やわらかな女性の声がかかった。アーサーとエイブスは振り向き、少し離れた場所で彼らを見ていた女性に気づく。栗色の肩までの髪をひとつくくりにしたあどけない女性は、青い軍服に身を包み、幼さの中に毅然としたものを感じさせる笑みをたたえている。
「戦闘艦ですし、常に100%の状態でなければお辛いでしょう。指揮官なら尚更。」
彼女は無造作に言ったが、その言葉には自分の経験に裏打ちされたような確たる響きがこもっていた。
アーサーは警戒半分、その幼さへの興味半分の視線で相手を値踏みするように尋ねた。
「失礼ですが、あなたは?」
「失礼いたしました。RAVEN所属、戦艦“アテナ”艦長のバーバラ・ロス・ホームズ大佐です。」
バーバラは歩み出て、すっと手を差し伸べる。柔らかい物腰と穏やかな笑顔に魅了されたのであろう、エイブスが小さくため息をついている。良い年したおっさんが。
この若さにして階級が大佐とは恐れ入るものがある。一体どれほどの能力をこの可憐の裏に持っているのだろうか。
アーサーもその魔性さに心奪われかけるが、差し出された手を握り返した。
「み、“ミレニアム”艦長のアーサー・トラインだ。」
「かの“ミレニアム”の副長さんですね。お噂はかねがね。」
握った手は、その笑顔と同様に暖かった。アーサーはその瞬間すでにバーバラの申し出に従おうという気になっていた。おそらくシンが聞いたら憤慨するだろうが。
バーバラが手配しはじめた後は早かった。RAVENの作業員がみるみるうちに“ミレニアム”の周囲に足場を組み、必要な資材が運び込まれてくる。その態勢からも、彼らの技術力、統制力の高さを伺わせる。もしかすると、ZEUSの作業員よりも優秀で勤勉かもしれない。
プラットフォームの上から並んで作業を見上げながら、バーバラ・ロス・ホームズ大佐が苦笑するように言う。
「最新鋭の艦と聞きましたが、何だかすでに歴戦の勇者という感じですね。」
「あぁ、残念な事にね。」
たしかにこう見ると、滑らかだった装甲にはひどく傷がつき、さらに大気圏突入時の熱にやられて見る影もないありさまだ。これでよく突入時に保ったものだと、いまさらながらアーサーはぞっとする。こと新鋭艦を造ったスタッフが、現在の姿を見たらたいそう嘆くことだろう。
数週間前には、自分がこんな所にいるなんて夢にも思わなかった。ため息まじりに、アーサーは告げる。
「自分もまさか、こんなことになるとは思ってもみませんでしたが…まぁ、仕方ありませんな。この状況下なので。」
アーサーだけでなく、誰もがそう思う事だろう。平和な時には軍艦なんてお飾りの意味しかない。しかし現在、情勢は10年ぶりに急激に動いている。
「いつだってそうですが、先の事は誰にも分かりませんから。ーーいまは特に、ですが。」
「そうですな…」
バーバラが口調に必要厳しさを漂わせて言うと、アーサーも少し顔を曇らせる。そして、アーサーはバーバラの表情を探るような目を向ける。
「本来ならRAVENも、こうやって我々の艦やMSの修理など、手を貸していられる場合ではないんじゃないですか?」
バーバラはその言葉に少しも動ずる様子もなく目を向ける。アーサーの鋭い目と出会うも、臆する事なくまっすぐに見返してきた。
「そうかもしれませんが…でも同じです。先の事は私達にも分かりませんので。元々、先なんてなかった者達の集まりですから、私達は。」
彼女はやわらかな印象からは窺えなかった、凛とした口調で答える。
「…今は出来ることをひとつずつやっていくしかないんです。それで間違えたら、その時は怒って、泣いて、まず決めて、そしてやり通します。」
その横顔には侵しがたい芯の強さがかいま見え、アーサーはつい、相手の事を過小評価していた自分を恥じた。
バーバラはその視線に応えるように視線をこちらに向け、静かに微笑む。
彼女のその笑みを、アーサーはどこかで見た事があるようなそんな気がしていた。
艦長から上陸許可が出たヒロキは“ミレニアム”を降り、RAVENの地上基地、サン・フェリクス島の空気を吸っていた。夕刻の空は血のように真っ赤な赤に染まりつつある。ここの空気は、どこか自分の故郷である10年前のオーブに似ていた。
すれ違うRAVENの隊員達がチラチラとこちらを見てくる。そんなにZEUSの兵士が珍しいのだろうか。いや、腫れ物を触るような感覚なのだろう。ここは同じ軍隊内とはいえど、異国の地も同じなのだから。
海から吹きつけてくる風は、記憶よりも重い。
いつもなら付いてくるチヅルも今日ばかりは気を遣ってくれたのか一人にさせてくれた。
ヒロキも上陸する事にためらいを覚えたが、艦にとどまっているのもどうも落ち着かず、外の空気を吸いがてら島を歩く事にしたのだ。
この島は歩けば歩くほどに自分が住んでいた10年前のオーブに雰囲気が似ている。
久方ぶりの地球の重力と海の匂い、空気感が、かつての惨劇をフラッシュバックさせるに充分な素材だった。耳をつんざくような爆音、母親の無惨な遺体。掴み損ねた姉の手。そして、失った自身の四肢。
ヒロキの胸にどうしようもない怒りと悲しみ、幻肢痛がこみあげ、蝕んでいく。
ーーいつになっても、消える事はない、か……。
もしかするとこれはあの日生き残ってしまった自分への罰なのかもしれない。もしくは、あの日掴み損ねた姉の…。
ヒロキは痛みに耐えられずにうずくまり、自身の黒い鉄の片腕を握りしめる。
『ヒロキ! 男の子がそんな簡単に泣いちゃダメだよ! ヒロキは強くなって、お父さんのかわりにお母さんと私を守れるぐらい強くならなきゃいけないんだからっ!』
「くっ…! ぅっ…!」
大好きな姉の言葉が、呪いのように頭に流れ込む。まるで風に乗って運ばれてくるかのように。
胸の痛みは、腕を、脚を失った痛みはいまもあのとき変わりなく強い。この痛みを忘れる日が、いつか来るのだろうかーー?
風に混じって、かすかな声が届いた。歌声ーー?
ヒロキは涙を振り切るように立ち上がった。植え込みを回り込んで進むと、海辺に新しいものや、老朽化したもの。様々な石碑が無数に並べられていた。そして、その前に人の姿があった。その人物がヒロキに気づいて振り返る。
夕焼けにも負けない真っ赤な赤い髪と、思わず息を呑むほどの整った顔立ち、そして宝石のような赤と蒼の双眸。その身はRAVENの青い軍服を身に纏っている。彼の肩にはメタリックグリーンの鳥が留まり、首を傾げて『トリィ…?』とさえずった。
よくできているが、ペットロボットだろう。しかし、このペットロボットをどこかで見たような気もする。
青年にヒロキが近づいていくと、無数に並べられた石碑が見えるように横に寄った。その肩から鳥型のロボットが飛び立っていく。
「…慰霊碑…か?」
なんとなく、ヒロキは青年に話しかけた。相手は静かな声で答える。
「あぁ…そうみたいだな…。」
ヒロキはあやふやな答えに、相手を見やる。
「よくは知らないんだ。俺も覚えている限りでは初めてなんだ。…ここへ来るのは。」
青年は周囲を見回す。その物腰には、若さにそぐわない落ち着きと、どこか哀愁を漂わせていた。彼は悲しげな瞳で言う。
「RAVENの隊員達の墓らしい。……俺たちにはきちんとした墓を作る場所すら与えられない。」
言われてみると、無数の石碑には名前と、年が刻まれていた。ヒロキはその風景を見つめ、低く言った。
「……生きている限り、戦い続ける蒼い鴉達…か。」
正直に言うとRAVENの事を、あまりよくは知らなかった。
ただこの世界から居場所を失くし疎外された人々の再利用をする場所。そう教えられてきた。いや、そう印象付けされていた。でも彼らも人間だ。同じように怒り、苦しみ、死んでいった者達へ想いを馳せる同じ人間だ。忌み嫌われる鴉なんかではない。
しかし、今の世界は彼らの存在を容認しない。カースト制度とも取れるこの人間が決める人間による序列付けは、この10年の間に根深く残ってしまっていた。それでも生きる為に彼らは生きる術を身につけて、こうして生きていく。
一体、自分と何が違う。ともすれば、あの日シンに救われなければ自分も彼らと運命を同じくしていたかもしれない。両親を失くし、片腕と片足を失くした元オーブの人間の居場所なんて、この世界には無いに等しいのだから。
ふと、ヒロキの視線が墓石の一文に止まる。ーーage8。恐らく享年であろう文字は、彼らに対する世界の残酷さを声に出さずに物語っていた。よく見れば、幼い年齢が刻まれた石碑が多く見て取れる。
「…この環境に耐えられず、死んで行く子ども達は少なくない。ここへ来てすぐ衰弱して亡くなっていく子ども達も跡を絶たない。」
とても冷めた口調で、青年がヒロキに告げる。
「…こんな幼い子ども達も、なのか…。」
「廃棄処分に年齢なんて関係ない。此処で死ねただけ、マシなのかもしれないな。」
教科書は、毎日人知れず死んでいく子ども達の数を教えてくれない。
先生は、世界に一体どれだけの人々が淘汰されているのかを語りはしない。何故、同じ人間が人間を選び、排斥しなければならないのか。此処で死んでいった子ども達は、どんな気持ちで逝ったのだろう。苦しかっただろうか、怖かっただろうか。憎かったのだろうか。
「ごまかせなくなってきたんだな…」
青年がヒロキの言葉の意味を問うように、ヒロキを見た。
「デスティニープランが人を守るんじゃない。人がデスティニープランを守るんだ。そんなの分かってた筈なのに、いくら綺麗な平和を見せつけても、人はまた繰り返すっ…!」
「……あんた…。」
気づくと、青年が不審げにヒロキを見つめていた。
歌声が近づいてくる。その歌を、どこかで聞いたような気がする。
坂を上ってきた少女が、青年の向き合うヒロキを見て歌を止めた。青い軍服の下にセーラー服を着た12歳ぐらいのまだ幼い少女だ。彼女もまた、此処に捨てられたのだろうか。
「悪い。変な事を言った。」
ヒロキは気まずくなり、慌てて踵を返した。
だが、自分が言ったことは間違っていないと思った。
いくら平和な世界だと取り繕っても、綺麗な世界を見せつけても、そんなもので隠しきれるものではないのだから。
平和の上に必要な犠牲だと割り切っても、迫害されて死んでいった人達を忘れようなんて虫がよすぎる。
自分は絶対に忘れてはならない。あの日、オーブで失われた命を、不要だと切り捨てられた人々の怨嗟の声を。