サン・フェリックス島に“ミレニアム”が入港してから2日が過ぎようとしていた。
「え? でももうじき“ミレニアム”の修理は終わるんでしょ?」
「みたいね。」
買い物かごを提げたリナとレベッカの会話が聞こえてくる。
そこはサン・フェリクス島で唯一の雑貨店だ。RAVENの女子達に許された憩いの場所として、隊内の女子達は暇さえあれば足を運んでいる。カロリーメイトの追加発注をしに店を訪れていたユウイチも足を止め、買い物に夢中なリナとレベッカに目をやる。
「早く出てってくんないかしらねぇ〜。基地内の空気ピリピリしてて肩凝るわ…」
「まぁ今日は大丈夫なんじゃない? ラクス様の慰問ライブもあることだし」
そう言って棚に手を伸ばしたリナの籠には化粧品らしきものやシャンプーなどがずっしりと入っている。
「……女子とは、大変なんだな…」
ユウイチは圧倒されながらつぶやき、レベッカもあきれた表情になった。
「そうだけどさぁ……リナ、それなんでそんなに要るの?」
軽そうな籠を提げて、すたすたとレジに向かうレベッカを見送り、リナは腑に落ちない表情になる。レベッカは少し、女の子としての自覚を持った方がいいのではないだろうかとユウイチも思う。
RAVENの女性隊員とはいっても、こうも違うものなのか。
ユウイチは二人に声を掛けずに店を後にした。
RAVEN設立以来、このサン・フェリクス島が敵やテロリストの侵攻を受けた記録はない。
世間からも地図からも隠された絶海の孤島にして、その防備力はプラント本国の防衛隊にも引けを取らない。格納庫に並べられた“RD-X1”の数々がRAVENの技術力を物語っている。RAVENはZEUSのように多種多様なMSを開発していない。“RD-X”シリーズと呼ばれるたった一機で様々な戦況に対応できるようカスタム可能な凡庸性の高さ、これだけを極限まで追求している。シリーズといっても現行では“RD-X0”及び、“RD-X1”までしかロールアウトされていないが。
しかし、今後の戦況悪化を鑑みてミナミを主導に“RD-X2”がロールアウト寸前だとは聞いているが…。
サン・フェリクス島の基地内をブラブラとカロリーメイトを頬張りながら歩く。
歩きながらなんとなしに途中、途中にある店を覗く。ギャハハと下品な笑い声が聞こえるなぁと思って目をやれば、昼間から酒を飲んだくれているゼルの姿を発見してしまった。
「……。」
ゼルもユウイチの視線に気付いたのか店内から「こっち来いよっ!」と手招きしている。
が、行けばどんな目にあうか分かったものではないのでユウイチは左右に首を振って足早にその店の前を立ち去った。
さらに途中にあるレストランの店内に目が止まる。
身体のサイズに合わない軍服にセーラー服姿の少女…ヒナ・シラカワがこれでもかという量の食事を豪快に摂っていた。
いくら成長期とはいえ食べ過ぎだろ…いや、むしろその量の金を払う余裕があるのだろうか。
スパゲッティをちゅるちゅると啜っていたヒナの視線がこちらに向いた。
彼女の表情が金づるを見つけたとばかりにパァっと明るくなる。
とても嫌な予感がする。ユウイチは何も見ていないフリをしてさっとその場を立ち去った。
ひとまず皆、つかの間のオフを楽しんでいるようだった。
格納庫の間を歩いて、“アテナ”へ向かうユウイチはつらつらと考える。
それにしても、次の任務は一体どんなものになるのだろう?
スカンジナビア王国から帰還して以来、任務らしい任務はまだ受けていない。当初の噂通り、革命同盟軍の軍事拠点らしきものを見つけたという話しからそこを攻撃するのだろうか。
新しいカロリーメイトの包みを開けながら歩いていると、上空を降下してくる航空機に目が行った。
それは見慣れぬ形状の機体だった。戦闘機というたぐいには見えず、戦闘機というよりモビルアーマーのようだ。と、見るうちにその機体は空中で素早く変形した。
ーーモビルスーツ!?
あんな機体は見たことがない。
しかも降下して行く先は“アテナ”のドッグだ。ユウイチはカロリーメイトを頬張りながら走り出した。
息せき切ってハッチの中に駆け込むと、格納庫にはやはりあのモビルスーツの姿があった。
“RD-X1”に酷似した蒼いボディ。その機体から搭乗者が降りてくるのが見え、周囲に集まっていた隊員達によりすぐ隠れてしまう。
ユウイチは近くにいたジェノスに近づき、口を開きかける。
「今のは…」
そこで、人々の隙間からパイロットスーツ姿の人物が見え、ユウイチは注視する。
「あら、久しぶりね。ユウイチ」
「君は…」
藍色のパイロットスーツに身を包んだ搭乗者は、ユウイチも知っている人物であった。
そして、ユウイチがその人物に声を掛けるより先に帰っていたらしいリナが声を上げた。
「ミカエラっ!?」
リナの金に輝く髪とは対照的な銀色に煌めく長く細い髪に、ピンクローズの瞳。ミカエラ、と呼ばれた女性は大人びた笑みを浮かべてリナを迎え入れた。
「久しぶりね、リナ。」
「なんで、ミカエラがっ!?」
ミカエラ・ポートマン。ユウイチも以前、リナと彼女と共に任務をこなした事があるので面識はあった。そして、彼女がリナにとって親友である事も。
「ふふ、今日から“アテナ”配属よ。聞いてなかった?」
「聞いてないわよ…」
確か、ミカエラはRAVENの宇宙基地に勤務していた筈だ。一人…という事は、宇宙から単機でここまでやって来たというのか。ユウイチは、自然とミカエラが乗ってきた機体を見上げる。
「この機体はもうすぐロールアウトされる“RD-X2”。そのテスト機よ。」
ユウイチの視線に気付いたミカエラが説明してくれる。
「“RD-X2”…ついに、ロールアウトされるのね。」
「“RD-X1”と性能面ではあまり変わりないのだけど、この機体の特徴は単機での大気圏突入とMAへの変形機構を有している事ね。」
ミカエラの説明に、ユウイチが唸る。
すでに兵器として完成された機体である“RD-X1”とどう差別化させるとかと思ってはいたが、MAへの変形機構を有した機体に仕上げるとは思ってもいなかった。開発者であるアスカに一杯食わされたといったところか。
「ま、MAへと変形機構を有しているからカスタム出来る武装にも縛りが必要になって来るからオールラウンド性としては“RD-X1”としては上ね。」
と、ミカエラが笑ってみせる。彼女の笑みも、リナとは違うベクトルで人を惹きつけるものがある。どこかガサツな女性の多いRAVENの中でも落ち着いた高嶺の花のような女性として、リナに比類する人気の持ち主だ。
「乗艦許可を頂きたいのだけど、艦長はブリッジかしら?」
「あぁ。そうだろう。」
ユウイチがミカエラに返事して、すかさずリナが進み出る。
「私が案内するわっ!」
「よろしく、リナ。」
親友との再会にお互いに穏やかな笑みを浮かべ、ミカエラとリナはエレベーターへと向かっていく。
「うぃっーす。飲み過ぎたぜー。」
「ただいまぁ〜、食べ過ぎたぜー。」
どこか和ましい雰囲気をぶち壊すように暴飲暴食を終えたゼルとヒナの声が背後から聞こえ、ユウイチは深くため息をついた。
蒼い軍服への着替えを終えたミカエラを案内してエレベーターに乗り込む。
何度も任務で共にしてきたものの、ミカエラは“アテナ”へ乗り込むのは初めての事だった。同期で同階級の筈なのに、リナに先を越された感じだ。
「でも、なんで急に“アテナ”に?」
エレベーターが動き始めると、リナが神妙な表情で口を開く。
「この状況下だもの。総帥の意向よ。“アテナ”の戦力を増強させるっていう。」
RAVENが誇る最大主力艦である“アテナ”には、艦長であるバーバラ・ロス・ホームズ、副長のクリス・ワード、戦隊長であるハルバート・レッキスに加えてRAVENのエースであるリナ・ハマチ、そして“スパイラル”のパイロットであるユウイチ・レオンハートが常駐している。後の隊員は任務に応じて乗降という形だ。戦力として申し分ないとはいえ、今後どれだけ戦況が悪化していくかはわからない。ミカエラ程の名のあるパイロットなら、頼もしい事この上なかった。
「今後、主戦場である地球にある基地、ここサン・フェリクス島へは様々なパイロット達が集まる事になるわ。」
「…いよいよ、RAVENも臨戦態勢ってわけか。」
ポツリ、とリナが呟く。
「目を離してはダメよ、リナ。今度こそ…」
視線を落としていたリナを気遣うように、ミカエラが声を掛ける。
リナも、ミカエラの言葉の意味を理解して深く頷く。
ーー今度こそ、掴んだ手を離さないように。握りしめておかないといけない。…もう、失いたくないから。
それが、リナが胸に誓った“二度目”の決意だった。
艦長室へと足を運んだ2人を前にしてバーバラ・ロス・ホームズ艦長は呆れたような表情を、部屋に備えられた高級ソファに腰掛けるRAVENの総帥であるゲイブへと向けていた。
ゲイブの隣には秘書官であるレハスの姿もある。
「…仕方ない。伝え忘れていたものを責められても仕方ない。もう過ぎたことだ。」
「総帥。お言葉ですがそれを総帥ご自身で言ってはならないかと。」
ぶすっと開き直るゲイブに向け、レハスがツッコミを入れる。
ややあって、バーバラは小さくため息をついた。RAVENのトップであるゲイブの適当な性格も長く彼の下で働いていれば慣れるというものだ。
「“アテナ”へのミカエラ・ポートマン少佐の乗艦を許可します。ですが総帥、今後このような突然の来訪が無いようにお願いしますね。」
とソファに腰掛けてバーバラに目を合わそうともしないラカンへと釘をさす。
「申し訳ありません、ホームズ艦長。総帥の躾…もとい、監督不届きは私の責任です。」
そう言って、レハスが頭を下げる。
まぁゲイブ総帥の突然の思いつきや、言動は今に始まった事ではない。一応、“アテナ”の艦長として隊員らを任されているものの、ゲイブ総帥からの急な進言も少なくはないのだ。その度に頭を痛めるのは自分なのだが。
悩ましげにバーバラは肩をすくめた。
「べつに、レハスが謝る事じゃないよ。ーーーただ、アスカ隊の隊員達がいる状況下で新型である“RD-X2”の姿を晒す事になった件については、一考の余地が必要だけど。」
バーバラは皮肉っぽい口調で言い、ソファに座るゲイブへと視線を送る。
容疑者であるゲイブはというと、「う。」と気まずげに声を上げて肩をひそめた。
ZEUSの下部組織とはいえ、彼らがRAVENの技術力に危惧を抱くのも無理はない。RAVENがこんな勝手な技術力を行使できるのもひとえにゲイブ・R・モリソンという人物の人柄…いや、カリスマ性と言えるのだが。どうも肝心な部分で下手を打つ事が多くて困る。
後からアスカ隊から先ほどの機体は何かと聞かれるのは避けられない事態だろう。たたでさえ、革命同盟軍との繋がりを疑われているのだから。
「これから“アテナ”はラーハルト中佐達の部隊と合流して、革命同盟軍の存在が確認されているスエズ基地へと向かう。これに変更はありませんね?」
バーバラが確認するようにゲイブへと声を掛ける。ミカエラを連れて艦長室を訪れていたリナが、あっけにとられた顔になる。
「スエズ基地攻略…? 私達が?」
リナの驚きも無理もない。元はと言えばあそこはZEUSの管理下である基地だ。
ジブラルタルーーーユーラシア大陸とアフリカ大陸の境界にある基地だが、難攻不落の要塞との呼び声も高い。確かに、革命同盟軍の軍事拠点としてはこの上ない場所だろう。
「革命同盟軍盟主であるアロク・ダ・リーフの演説以来、同調するようにユーラシア西側では紛争も増していま、あの地域は一番ゴタゴタしています。」
「なに、気にすることはない。ZEUS本隊が自身の管理下にあった基地を攻撃するのは体裁上避けたい。そんな所だろう。」
バーバラの言葉に続いて、ラカンが腕を組みながら口を挟んだ。
「ユーラシア西側はそんなに紛争がーー?」
リナの問いに、ティアの机の隣に立ったまま沈黙していたハルバート大尉が解説してくれた。
「あの地域は旧大西洋連邦を信仰する集団が多い。その中の過激派達が、革命同盟軍に同調してZEUSに反旗を翻したんだ。ーーつい、先ほどの事だ。少佐が知らなくても無理はない。」
ハルバートの解説に、バーバラも頷いてデスクトップにニュース映像らしきものをピックアップしてくれる。
それは紛争ーーというよりも、虐殺に近いものだった。ライフルや機関銃で武装したゲリラを相手に、ZEUSの“ダガーM”や“ザクイェーガー”の敵になるはずもないからだ。凄惨な映像に、リナは眉をひそめる。
革命同盟軍のあの演説の持つ影響力は、リナが思っている以上のものだった。ZEUSに疑念を抱いている民衆達の目に、このニュース映像はどう映るだろうか?
デスティニープランによる管理された世界。その管理から抜け出そうと抗う人々は、今後も増え続けるかもしれない。
「革命同盟軍の演説以来、一気に火がついたんです。ずっと燻らせていた怒りに。」
リナは自分が世界情勢に疎い愚か者のように感じられてきた。いや、最近の世界情勢が目まぐるしく変化し過ぎているのだろうか。
「ある意味ずっと弾圧されて来たんだ。あれこれと制限され、管理されてな。ZEUSは神じゃない。自由を取り戻せ。青き清浄なる世界のためにーーこれが、抵抗している住民たちの言い分だ。」
バーバラの言葉に、リナは沈黙で返した。
ZEUSーーとひとえに言っても、そこに加盟している国々全ての足並みが揃っているわけではない。
どれだけの国が革命同盟軍に加担してきるのか? そして今後、このうちのどれだけの国がZEUSに反旗を翻すのかも分からない。
大西洋連邦が解体されてもう8年程になるものの、まだ8年しか経過していないのだ。
いまだ大西洋連邦を復興させようとする動きもあるのが事実だ。ZEUSの力が強くなったのではない。ZEUSに対抗できる国が不在なのだ。大国の専横に不満を抱く勢力は多く、火種は世界中にあった。
リナの危惧していた通り、その火種のうちの一つが火を噴いたという事だ。
「ZEUSはそれを力で抑圧しようとしている…状況はかなり悪化しているな。」
バーバラの言葉に、リナは眉をひそめた。
ここにも戦いの形がある。ユーラシアで蜂起した人々にとっては、敵はコーディネーターではなく自分の国々とその背後にあるZEUSだ。
「そこに行けーーという事でしょう、ZEUSのかわりに。」
ハルバートの言葉に、リナは現実に引き戻される。
「我々の戦いはあくまでも、積極的自衛権の行使である。ーーそうプラントが言っている以上、下手にZEUSは介入出来ない。」
ゲイブが意味ありげに言い、バーバラを見上げた。
「私達が今後行かなければならない場所はそういう場所です。そして、それは戦争が終結するまで続くでしょう。」
RAVENがZEUSの指揮系統から独立した存在だからこそ、その自分達にギルバート・デュランダル総裁が求めていることがなにかーー言わなくてもリナにも分かる。
「私達は神の遣いの蒼き鴉。」
「ミカエラ…。」
ミカエラの呟いた言葉に、リナはポツポツと返事をした。
どこか迷いすら含んだ笑みを、ミカエラはリナへと向けた。
「これからラクス様の慰問ライブもあるというのに…」
先が思いやられるなぁ。とティアが小さくため息をつく。
「あぁ、それについてなんだが…」
口を開いたゲイブの口から出た言葉は、ティアの悩みの種を増やすに充分なものだった。