AnotherSEED   作:another12

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語らいは夕暮れのテラスにてーー1

 

 

 

 

 

「まったく…わざわざこんな辺境の地までおいでとは…」

 

嫌味っぽく、ゲイブ・R・モリソンはお忍びでRAVENの地上基地、“サン・フェリクス島”へと降り立ったギルバート・デュランダル総裁に声をかけた。

テラスの手すりにもたれながら、デュランダルはさも楽しげに声を立てて笑った。

 

「はは、急な来訪に驚いたかな?」

 

デュランダルとはお互いにもう随分と長い付き合いになる。しかし、こうしていたずらっ子のような笑みは昔から変わらない。

彼が議長に就任してもう10年以上になるにも関わらず、その容姿にあまり変化が見られない。自分は随分と老け込んでしまったというのに。

 

「まぁこうして君が私を驚かせることも、いまにはじまったことじゃないさ。…レイも元気そうでなによりだ。」

 

デュランダルの傍らで無機質な仮面で表情を覆い隠しクリーム色の長髪を首筋に流した男ーーレイ・ザ・バレルへと声をかける。

 

「ゲイブ総帥も変わりないご様子で安心しました。」

 

少し口元に笑みを浮かべてレイが言う。

こうして、デュランダルが上機嫌な理由が久しぶりの親友との再会に心踊っているだけではない事をラカンは心得ていた。

彼が宿泊するサン・フェリクス島で一番見晴らしの良い保養施設に呼ばれたのが、ゲイブだけではなかったからだ。

 

「元気そうだな、シン。」

 

デュランダルがこちらに歩み寄り、ゲイブの隣で背を伸ばして立つシン・アスカへと声をかけた。声を掛けられたシンは、表情を少し崩して答える。

 

「デュランダル議長も…お元気そうでなによりです。」

 

前大戦時からZEUS最強のMS乗りとして活躍したシンと、デュランダルの間に流れる絆の深さはそのやり取りだけで察する事が出来る。デュランダルもシンを自身の息子のように手厚く労ってきた。家を開けることの多いシンが安心して任務に就けるように彼の家族、ルナマリアとその娘の身辺警護も徹底してくれている。

デュランダルの顔に漂う父親のような雰囲気に、ラカンの胸の奥の何かがかすかに疼いた。

 

しばらくして、四人はテラスにセッティングされたテーブルに着く。

 

「革命同盟軍になにか動きでも?」

 

ゲイブは難しい顔で隣に座したデュランダルに問いをぶつけた。

 

「でなければ、わざわ君自らがこんな辺境の地まで足を運ぼうとも思わないだろう。」

 

「ん?」

 

目の前に置かれた紅茶を見下ろしたあと、デュランダルははぐらかすように笑う。

 

「そうかな?ーーというより、君もそう思うか?」

 

やはり、煮ても焼いても食えない狸だ。ゲイブが見せつけるようにため息をついたとき、入り口の方から声がかかった。

 

「失礼します」

 

テラスに姿を現したのは、深みのかかったブラウンの髪を風でたなびかせる凜とした佇まいの女性ーーバーバラ・ロス・ホームズ大佐だった。突然のティアの来訪に、ラカンはわずかに眉根を寄せる。

 

「議長がお呼びになられた“パイロット”達をお連れしました。」

 

彼女の後ろから、ヒロキとチヅルが顔を出す。そしてそのさらに後ろから蒼い軍服を纏ったリナ・ハマチ。

 そして、ユウイチ・レオンハートの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

ラクス・クラインによる慰問ライブの熱が冷め切らぬままにゼル・ウィガー少尉とレベッカ・ゲート少尉、ヒナ・シラカワら三名はもはや定番というか、流れというか、決められたように“アテナ”艦内の酒場を訪れていた。

酒場内も興奮冷めやらぬようで、慰問ライブ後の打ち上げだと言わんばかりにむさ苦しい男達がぎゃあぎゃあと酒を浴びるように飲みながら騒いでいた。

 

「しっかし、なんでユウイチなんかがデュランダル議長なんかにお呼ばれされたんだ?」

 

頭にラクス・クライン Love !と書かれた鉢巻を巻いたゼルが納得いかなげに隣に座るレベッカへと問うた。

 

「知らないわよ。議長の考える事なんて私には到底理解できないし、しようとも思わないわ。」

ゼルからの質問をカシスオレンジを口に含みながらレベッカが切り捨てる。

そうだった。彼女は根っからのアンチギルバート・デュランダルだったのだ。

 

彼女の過去を、ゼルは以前この酒場で飲んだくれた勢いで聞いた事がある。

かつて、レベッカはフィラデルフィアに住んでいたと聞いた。そこに、家族と“自分”の墓がある。とも言っていた。

 

ここ“RAVEN”では特に珍しくもない。

 

心に傷を負った女性も、家族を亡くしたMS乗りも、天涯孤独となった戦士も珍しくはないのだ。

自分だってそうであるように、みな何かしらの理由があってここへと流れ着く。ここは世界のゴミ箱、廃棄処分された者達の最後の楽園なのだ。

 

「ユウイチ、大丈夫かな?」

 

ゼルの左隣でオレンジジュースをずずずと啜っていたヒナが声を上げる。

その額にはおきまりのようにラクス・クライン Love の文字が。

 

「なんだよ?」

 

「いや、ユウイチってすぐ人に噛みつく躾のされてない犬みたいなもんでしょ?」

 

しらっと言い切るヒナの言葉に、妙に納得してしまう。

 

「デュランダル議長? に噛みつかなければいいけどなぁ…って思って」

 

「あぁ…なるほど…。」

 

彼女の言うことは最もだ。

議長と会話する過程で噛みつくユウイチの姿が容易に想像できてしまう。

まあ、リナやバーバラもいるからキチンとリードは握られているだろうが。確かに心配ではある。

 

「しっかし、こんな自分を恨んでいる人達の集まる場所にのこのこやってくるなんて馬鹿なのかしらね?」

 

「おいおい、物騒なこと言うなよ…」

 

表情1つ変えずに言い切るレベッカにゼルは肝っ玉が冷える思いがする。

革命同盟軍で手一杯なのに、ギルバート・デュランダル総裁殺害なんてなれば、ただでさえよく思われていないRAVENはZEUSと戦争になってしまう。

 

「事実よ。あんただって分かるでしょ。あいつさえ居なければ、世界はもっと自由に生きられたかもしれない。自分は違う生き方を出来たかもしれない。死ななくてもよかった人が、迫害されずに済んだ人達がたくさん居たかもしれない。そう思わないの?」

 

「そりゃ、俺だってそうは思うけどよ…」

 

しかし、レベッカの言葉の真意に同意は出来ない。

確かに世界はデスティニープランという管理システムに管理され、迫害される者とその管理から溢れるものを生み出した。

けれど、ここまで進んでしまった世界を憎んでもどうにもならない。自身の望むと望まぬに関わらず刻をきざんでいく。

やり場のない怒りは、やがて間違った道へと人を堕落させる。

 

触れる者全てを壊す復讐者へと。

 

「ヒナだってそうでしょ? こんな世界でなければ両親と一緒にオーブで幸せに暮らしてたかもしれない。クラスメイト達をアンタのせいで危険に晒さなくてよかったかもしれないのよ?」

 

「おい、レベッカっ!」

 

口早に罵るように告げた言葉のナイフを、ゼルが声を荒げて諌める。

レベッカがハッとしてヒナの様子に気づいた時には、言葉はすでに彼女を切り刻んだ後だった。

 

「は、はは…そうだよね…。」

 

「…っ」

 

オレンジジュースの入れられたグラスを両手で握りながら、一点を見つめて空笑いするヒナを見ていたたまれなくなったレベッカが席を立つ。

 

「レベッカ!」

 

「…うるさい。私は間違ってない…っ!」

 

チラリともこちらを一瞥せしないままに、レベッカは酒場のドアを荒っぽく開けて出て行った。

これだけ周りがガヤガヤしていれば、自分とレベッカのいざこざも聞こえてはいないだろう。

 

「ったく、あいつ何をあんなにカリカリしてやがるんだ…生理か?」

 

頭をボリボリと掻きながら、いつになくご機嫌斜めだったレベッカへと思いを馳せる。

女子という生き物はやはり自分には分からん。

 

「大丈夫か、ヒナ? あんまり気にすんな。もうここがお前の居場所なんだからよ。」

 

そう言って、ゼルはゴツゴツとした手でヒナの頭をガシガシと撫でる。

 

「うん…ありがとう、大丈夫だよ。レベッカもそんなつもりなかったって分かってるから。」

 

そう言って無理に笑うヒナを見て、ゼルは彼女の強さに苦い笑みをこぼした。

やれやれ、こんな小さなガキの癖にレベッカや俺なんかよりもよっぽど強いじゃねぇか。

 

「ほら、これは店からの奢りだ。」

 

そう言って、酒場のマスターがヒナの前にパフェを差し出す。

しかも特大サイズだ。

 

「うぉう!? パフェだっ! ありがとう、マスター! 大好きっ!」

 

「お! 気前いいじゃねぇか、マスター! じゃあ俺もビール!」

 

「てめぇは自腹だ。ウィガー」

 

格差社会だ。ここにも世界の歪みはあったのか。

 

「世知辛い世の中だぜ…」

 

横でパクパクとパフェを食べるヒナを羨ましげに見ながらビールを口に運び、そこで店内に貼られたカレンダーが目に入る。

そのカレンダーの数字を見て、ゼルはハッとして思い出したかのように顔を上げた。

 

「そうか、明日は…」

 

 

 

 

 

 

 

ユウイチはデュランダル議長が立ち上がり、自分達を出迎えて歩み出るのを見て、無意識に身体が強ばった。

 

「やぁ久しぶりだね、ヒロキ。」

 

敬礼するパイロット達の前に立ち、議長はまずヒロキというZEUSの赤服へと手を差し出した。

 

ーーーあいつは、この前の…

 

ヒロキという少年の姿を見て、ユウイチは思い出す。

サン・フェリクス島の慰霊碑の前で出会った少年だ。それはヒロキも同じであり、ユウイチの姿を見て慰霊碑の前でのやり取りを思い出していた。

 

「お久しぶりです、議長」

 

ヒロキが敬礼の手を下ろし、その手を握り返す。次に議長はチヅルへと目を向ける。

 

「チヅルも、久しぶりだね。」

 

「はっ! お久しぶりです、デュランダル議長。」

 

チヅルがいつも通りのはきはきとした調子で答える。

議長の足が、蒼い軍服姿のユウイチ達へと移る。

 

「君の活躍は聞いているよ、リナ・ハマチ少佐」

 

「ありがとうございます。」

 

抑揚のない声色でリナがデュランダルの差し出した手を握り返す。

 

「それから…?」

 

 隣に立っていたユウイチも続けて名乗る。

 

「ユウイチ・レオンハート少尉であります!」

 

するとデュランダルは先回りするように言った。

 

「君の事は、よく覚えているよ。」

 

「はっ…?」

 

思いもよらない言葉に、ユウイチは思わず目を丸く見ひらく。

ーーー議長が、自分を知っている…?

 

ユウイチの戸惑いをよそに、デュランダルは穏やかに微笑みながら手を差し出す。

 

「このところ、大活躍だと聞いている。RAVEN期待のルーキーだと、ゲイブ総帥とバーバラ大佐も褒めていたよ。」

 

いきなりの手放しの称賛にも関わらず、ユウイチは素直にその称賛を喜べなかった。

ちらりと、バーバラに目をやると彼女は静かに笑みを浮かべている。ユウイチは戸惑いながらも議長の手を握った。

 

「自分は、与えられた任務をこなしているだけです。作戦成功の称賛なら、作戦を立案した指揮官の方々こそ褒め称えられるべきです。」

 

ユウイチの不躾な返事に、シンが顔を顰めた。デュランダルからの称賛を彼はあろうことか自分は褒められるに値しないと言い放ったのだ。これにはリナとバーバラも苦笑した。ユウイチらしいと言えばユウイチらしいのだが。

しかし、そんなユウイチの返事に気を悪くした様子もなくデュランダルはユウイチ達を席へ座るように勧めた。

 

席についても、デュランダルはユウイチへと視線を向けて話しかけてくる。

 

「“スパイラル”もほぼ使いこなしていると聞いている。すでに革命同盟軍の新型MSを二機も堕としていると聞いている。たしたものだ。」

 

「いえ、まだまだ技量不足です。機体も中破させてしまい、メカニックを怒らせてしまいました。」

 

何故かやけに絡んでくるなと思いながらちらりと目をやると、バーバラはいつも通りの顔で出されたカップを見下ろしている。護衛の為か最初からこの場に居た議長の隣に立つ仮面の男の視線がやけに突き刺さっているようにも感じる。

ーーなんだ、あいつは…?

 

かろうじてシン・アスカの事は知っているが、記憶のない自分ではあの仮面の男の事までは記憶していない。

名のあるパイロットの雰囲気は醸しだしているものの、自分はどこかであの男と出会ったのだろうか?

その仮面の男の不気味な視線にユウイチの身体が変に強ばる。

 

「こうして、革命同盟軍の存在に対抗出来るのも君達のような優秀な兵士が水面下で動いてくれていたからだ。いや、本当によくやってくれている。」

 

これ以上ないほど褒め称えられるも、自分達を預かるバーバラが冷静に「ありがとうございます。」と頭を下げた。

 

その後、話は戦況に向かう。

 

「ともかくいまは、この10年来でもっとも複雑な状況でね…」

 

デュランダルが嘆息混じりに言うと、バーバラが誰もが気になっている事を尋ねる。

 

「宇宙の方はどうなっているんですか? コペルニクスで新型が奪取されアメノミハシラで交戦以降、なにか革命同盟軍に動きは?」

 

「ふむ…相変わらずだよ。」

 

デュランダルがうんざりしたように答える。

 

「あのアロクと名乗る革命同盟軍の盟主の宣戦布告以降、そこまで宇宙では目立った動きは見せていない。」

 

それを聞いてユウイチは少し安堵した。はっきりしなくていらいらさせられる状況ではあるが、少なくとも自分達が宇宙に上がらなければならない程の危機はないようだ。

プラントにはRAVENの宇宙基地もある。しばらくは彼らには任せて問題ないだろう。

 

「ーーしかし、地上は地上でなにがどうなっているのか、さっぱりわからん。革命同盟軍に呼応するように反抗する都市もあれば、我々に助けを求めてくる国もある。かと思えば対岸の火事かのように平和に日常を過ごす国もある。」

 

デュランダルは小さく肩をすくめながら、言う。

 

「いったいなにをやっているのかね、我々は…?」

 

その表情からは濃い疲労が垣間見える。

あの宣戦布告以降、確かに戦況は動きつつある。アメノミハシラで交戦したアスカ隊も、敵の新型の姿を確認したと聞いている。

次々に新型を投入して来ているのは確かだ。しかし、これといって大きな動きは正直見せていない。せいぜいが小規模程度の小競り合いだ。呼応するかのように反抗する国も確かに存在するも、すぐにZEUSにより鎮圧されている。

プラントに直接攻撃するわけでも、ZEUSの重要拠点を攻めるわけでもない。

 

形容のしがたい不気味な静けさが漂っている。

 

彼らの目的はーー?

 

「停戦、終戦に向けての動きは?」

 

バーバラがたずねると、議長は苦笑してバーバラに目をやる。

 

「残念ながらねーー革命同盟軍とやらはどうやら退く気も止める気もないようだ。もう一度あの10年前のような戦争にはしたくないのだがね…」

 

その話しを聞いていたシンに古い埋み火がまた燃え上がる。

戦争をはじめる奴はいつもそうだ。わけのわからない理屈と理由で戦争をはじめて、世界中の人々を苦しめて。飲めるはずのない無理難題を突きつけてくる。こんなに平和な世界だったのにも関わらず、自分達からは絶対にやめようとしない。

なら、どう対処するべきか? そんな事は決まっている。

 

「停戦勧告? そんなもの意味なんてない。反抗するなら徹底的に叩き潰す。じゃなきゃまた舐められる。」

 

糾弾するようなシンの言葉に、バーバラはわずかに眉を顰める。

「それとも水面下で世界を守るRAVENさんは、戦争を平和的に解決しようなんて甘い戯言を言うのか? 自分達だってそうだろ? 戦争の芽を徹底的に叩き潰してきたじゃないか。」

 

なにを今更甘っちょろい事を、とシンは続けて言った。

シンの言葉に、ユウイチは心の奥で静かに怒りを滾らせていた。

 

「ですが、このまま行けばまた世界は10年前のように怒りと憎しみで撃ち合うだけの、なにも得るもののない悲しみだけが広がる世界に逆戻りしてしまいます。」

 

「だからそうならないように、徹底的に叩き潰すんだろ!」

バーバラの言葉にさらに怒りを助長させたシンが噛みつく。

 

「それまでに流れる血と涙の数を無視してですか?」

 

歴戦の勇士たるシンの怒りにも負けず、バーバラは毅然として立ち向かう。

たまりかねたゲイブとレイが二人を諌める。

 

「バーバラちゃん、そのぐらいにしておけ。」

 

「シン、お前もだ。」

 

二人に諭され、シンとバーバラは言葉を収める。落ち着きを取り戻すかのように、バーバラが紅茶を口に運ぶ。

シンとバーバラのやり取りを静観していたデュランダルが口を開く。

「ふむ、シンの言うこともホームズ艦長の言うことももっともだ。戦いを終わらせるーーー戦わない道を選ぶということは、戦うと決めるより、はるかに難しいものさ。」

 

心の奥で静かに怒りを滾らせていたヒロキが、その言葉を聞いて思わず口を開いた。

 

「でも…」

 

途端に、その場にいる全ての視線が自分に集まった。

ヒロキは自分がいま誰を相手に話しているのかを思い出してあわてて頭を下げる。

 

「あ、すみません…」

 

しかし、デュランダルはきさくな様子で笑って促した。

 

「いや、かまわんよ。思うことがあるなら遠慮なう言ってくれたまえ。実際、前線で戦う兵士達の意見を私はとても尊重している。君達からそれを聞きたくてここへ集まってもらったようなものなんだ。」

 

ヒロキはシンの顔色を窺い、彼もこくりと頷いたのを確認して口を開いた。

 

「…たしかに、戦わないようにする事は大切です。でも、戦わなくちゃ…戦わないとなにひとつ守れない。自分達すらも…」

 

かつて、オーブの地で焼かれた家族の姿が頭に浮かぶ。

身を守るだけの力も、術もなくただ逃げ惑うしかなかった幼い頃の無力な自分。

自分達がなにをした? 無意味に殺された家族は? 失った四肢は?

ただ平和に暮らしていければそれでよかった。ただそれだけだったのに。

 

ヒロキは込み上げる思いを込めて、議長に告げる。

 

「守られるべきは法やルールじゃない。無力な人達こそ、守られるべきなんです!」

 

少し興奮して言い終え、シンやチヅルが少し驚いたように自分をみているのに気づいた。

「しかし…」

 

ヒロキの言葉の余韻がまだ冷めぬところへ、ユウイチの低い声が入り込む。

 

「そうやってーー殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのか?」

 

ヒロキがハッとして目をユウイチに向ける。

同様に、シンも同じように視線をユウイチに送っていた。

彼の言葉を、かつてどこかで聞いた事があった気がしていた。

ユウイチは沈痛な面持ちのままに続ける。

 

「勿論、俺にもその答えは見えない。見えないままに、こうして戦場にいる…」

 

ヒロキはユウイチの言葉がうまく理解できず、苛立った。

それで最後は平和になるのかーー?

でも、何の為に自分達はここに居て戦っている?

戦争が始まる。でも、終わらせるには?

始まった戦争をどうすれば終わらせる事ができる?

戦争の終わりとは一体…

 

「…戦争の終わりほど、世界中で涙の流れる日もない。」

 

ぽつりと呟いたのはRAVEN総帥のゲイブ・R・モリソンだ。

 

「10年前、俺は戦争の終わりを経験した。…自分の命がまだある事にホッとしたよ。そして、デスティニープランを受け入れた世界を、俺はこの目で見た。」

 

ギルバート・デュランダル議長が提唱した社会管理システム、デスティニープラン。

そのシステムが提唱された当初は反抗の声も少なくはなかった。

世界はそれに反抗するものと、従わせるものとの最後の戦争を経て終結した。

ゲイブにも、RAVENを創設するに至った理由があり、出来事があった。

 

「デスティニープランを守る為に、戦争なんて起きないようにと俺はRAVENを立ち上げた。爪弾かれる者がいるなら、その者達を集めて世界を救えないかーーー? ってな。」

 

誰もが、ゲイブの言葉に耳を傾ける。

 

「世界には必要なんだよ、殺されない為に殺す事を決めた奴らが。でないと、何一つ守れやしない。」

 

ゲイブの言葉に、ユウイチは肌が粟立つようなものを感じた。

それの肌で感じるものを、上手く言葉にできないが確かに以前、同じような事を言っていた人がいた気がする。

 

ーーー誰かを守るって言うのはな。その人以外を傷つけるって事なんだ。

 

頭に誰かの優しい声が浮かんで、そして消えた。

ズキリと回路がショートしたかのような痛みが走り、ユウイチは思わず顔を顰めた。

 

「今回の戦争の裏になにが潜んでいるのかーーそれを見極める事が出来れば、この戦争を終わらせる事も出来るのだろうが…それが何よりも難しいのだよ。」

 

議長はそう言って深くため息をついた。

 

テラスから見える景色はもう、暮れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

  顔合わせ、のような会合が終わりユウイチ達はゲイブとデュランダルを残しテラスを後にした。その時だった。

 

「アンタがレオンハートだったんだな。」

 

 背後から無遠慮な声が掛けられた。ユウイチが振り返ると、ZEUSの英雄――シン・アスカが睨みつけるような視線をユウイチに向けていた。

 

「なんで総裁がアンタを呼んだのか、分かったよ。“ファウンデーション”とのやり合いで、大活躍だった奴だろ。」

 

「……なに?」

 

 告げられた言葉に、ユウイチは眉を顰めた。

 “ファウンデーション王国”との戦いは、約1年前に差し掛かる。ユウイチが、記憶を失くした状態で“RAVEN”に拾われたのも1年前の事だった。

 そして、シン・アスカは自分がファウンデーションとの戦いに参加していたと言うのだ。

 

 

「……人違いじゃないか?」

 

「その声にその容姿、間違える方が難しいだろ。」

 

 せせら笑うように、シンは言った。

 

「……すまない、俺は1年前より以前の記憶を失くしていて……良ければ、詳しく聞かせてくれるとありがたい。」

 

 それは、自分の記憶について知る願ってもいないチャンスだった。

 

「記憶を……? 俺も詳しくは知らない。アイツらを叩き潰すので手一杯だったからな。だが、俺が敵の指揮官機とやり合っている間ブラックナイトの師団長を落としたのがアンタだって聞いてる。」

 

「シュラ・サーペンタインを、ですか⁉︎」

 

 シンの背後で紫の髪色の女性が声を上げた。

 驚きをあらわに、思わず声が出てしまったという具合に口元に手を当てている。

 シュラ・サーペンタイン――聞いた事がある。

 ファウンデーション王国が誇る親衛隊、その中でも最強のパイロットであると目されていた人物だ。

 そして、最も多くの優秀なZEUS隊員、RAVEN隊員を葬った悪魔として知れ渡っている。

 

「当時、奴を止められるパイロットは居なかった……って聞いた事が。」

 

 チヅルの隣で声を出したのは、ヒロキ・ディンと名乗った青年だった。

 

「どんな手を使ったのか知らないけど……総裁のお気に入りになれたみたいで良かったじゃないか。」

 

 シンに皮肉られても、ユウイチの表情は全く揺るがなかった。それ以上に自分がずっと戦場に身を置いていた事が衝撃だったのだ。

 

「RAVENの隊員とは聞いてたけど、こんな所で顔を拝めるとはな。今回の戦争も、せいぞい活躍してくれるよう期待してるよ。」

 

 ポン、とユウイチの手に肩を置きシンはチヅルとヒロキを連れ立って歩き出す。すれ違いざまにヒロキと視線が交錯する。

 

 様々な疑問が浮かび、ユウイチは何も言えないままただ拳を握りしめる。

 背後にいるリナも、バーバラも悲痛な表情のまま何も言わない。

 

 無言だけが、場を支配する。

 

 

 

 

 ――自分は、1年以上前からRAVENに居た……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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