ーーーオーブ市外地
「ここまで、来ればもう大丈夫だから…」
リナが告げる。
「ダメダメ! 私はこんな状態にされて、私を庇って怪我までさせちゃったのに何もしないで返すなんて出来ないよ!」
ヒナの誘導に従い、裏路地を幾つも通り抜けてたどり着いたのは寂れた廃墟のような場所だった。
「ここは、私の秘密基地だから。今は人も来ないし、使われてないから。それに“壁”の近くだから物騒で近づく人も少ないんだ。」
彼女が持ち込んだのかだろうか。廃墟に似つかわしくない物がたくさん置いてある。
「えーと、確かこの辺に…あったあった」
ガサガサと探り何かを見つけたヒナは、目的の物を持ってリナに歩み寄った。
手には救急セットが持たれている。
「そんなものまで…?」
「私ドジだからよく怪我してね〜。それでコッチにも常備さしてるのよー」
と、言いながら彼女はリナの足に消毒液を吹きかけた。
「っ!」
「ヨーグルトソースの恨みだねー」
ニヤニヤと笑いながら彼女は慣れた手つきでリナの傷口を手当てしていく。
「命を助けられても、減らない口だことね。」
「はは。まぁ、強がりみたいなもんだよ。」
そう言う彼女の手は震えていた。
無理もない。死をあんなに身近にこの街で感じる事なんてないだろう。
ましてや、死体を見る事も。
「はい! 終わり。」
リナの手当てを終えたヒナは、救急セットを机の上へと置いた。
改めて実物の彼女の顔を見ると12歳相応のあどけなさの中にどこかもの悲しげな悲壮感を感じた。小さい身体に、深い緑がかった黒髪のショートヘア。左側には花の髪飾りが付けてあり、灰色の瞳を携えている。
「さて、で? お兄さん達何者ですか? 軍の人じゃないよね? 軍の人ならあそこから離れるわけないもん。」
不意に、本題を突いてくる。
12歳ながら、容赦のない子だ。
ユウイチとリナは顔を見合わせる。まさかこんなタイミングで対象と出くわすとは予想していなかったために、戸惑いを隠せない。
「……壁の外から来たんだね?」
ヒナが睨みつけるように問いかける。
「……そうね。私達はオーブ非国民といったところね。」
事実は違うが、壁の外から来たという事に間違いはない。
オーブに住んではいない。というだけだ。
「ふーん。やっぱりかぁー。じゃあなんで壁の中に? テロリスト…じゃあないね。さっきの人達の方がテロリストっぽいし。」
鋭い思考で徐々にユウイチ達を詰問していく。
「壁の中で私達はやらなきゃいけない事がある。それしか言えないわ。」
「……ふーん。やっぱり私の勘が当たったのかぁー」
「勘?」
ユウイチが問い返すと、彼女は大きく頷いた。
「私ね、なんか同じにおいのする人を嗅ぎ分けれるんだよねー。お兄さんとお姉さんみたいな悲壮感を漂わせた人っていうのかな?」
「……その嗅覚でさっきのテロに巻き込まれたなら危険な嗅覚だな。」
まぁね。と彼女は笑う。
いかに彼女でもまだ気づいていない。狙われていたのは自分達ではなく、彼女自身だという事に。
「私達の事、信じるの?」
リナが訝しげに問いかける。
壁の外から来たという事は、デスティニープランを受けていない適性外者だ。
つまり、疎まれるべき存在なのだが。
「あー、私も同じようなもんだから…」
テヘッ。とヒナは笑う。
「あなたも、デスティニープランを受けていないの…?」
「そ! 自分の運命があんなのに決められるなんて許せないじゃん? だからまぁ、ちょちょいっと軍のデータを弄って、改ざんしちゃいましたー!!!」
パフパフ! と自分でご丁寧に効果音まで付けて彼女は堂々と言い放った。
「軍のデータにハッキングしたのか!?」
「ハッハーン。見直したかな?」
「見直すというか、あなた一体…」
若干12歳の少女がどうやって軍の強固なセキュリティを突破してハッキング出来るというのだ。そんなスーパー中学生がいるというのか。
「うーん。こればっかりは出来ちゃうんだから仕方ないよね〜。聞かれてもヒナ困っちゃう。」
彼女が嘘をついている様子もない。
どうやら本当にハッキングして目を欺いているらしい。
「あんなシステムに自分の運命を決められるなんて、ヒナは嫌だね〜。」
そう言って、彼女はクルクルと回りながら
「自分の人生、自分で切り開いてナンボでしょ!」
と自信満々に言う。
なんと強い12歳なのだろうか。一体どんな人生を送ればここまで強く生きられるのか。ユウイチには想像も出来ない。
彼女はこんな世界でも希望を見出し、じぶの手で歩んでいるのだ。
「てかてか! 今頃超ニュースだろうね! 幸せの国で数年ぶりのテロ!! って!」
「そのモニターは? つくのか?」
廃墟の片隅にあるモニターを指差してユウイチが言う。
恐らく速報で世界中に巡っているはずだ。それこそ、ユウイチとリナの顔が割れてしまっている可能性もある。
「突発的とはいえ、始末書物ね。」
と、リナが苦笑いする。
今は、ヒナを守れただけでも良しとしよう。
「つけたよー!」
ヒナの声がして、ユウイチとリナは片隅にある少しボロついたモニターにかじりつくように見入った。そして流れる速報を見て、目を疑った。
「……ガス爆発事故…だと?」
そこに流れているニュースは中心街で大規模なガス爆発事故があった。という物だった。どのチャンネルもそのニュースで話題は持ちきりだ。
リナは情報端末を開いて、ネットを漁るもののどれもガス爆発事故としか報道されていない。
「報道、規制…? 軍の力が働いたって言うの!?」
「……あくまでも、世界で一番安全な国という体裁を守るために徹底的に情報統制を強いたのか。」
「で、でもあれだけ派手にやらかしたんだから! 目撃者もいっぱい居たよね!?」
ヒナが驚きながら声を上げる。
ヒナの言う通りだ。中心街の人通りが多い場所での銃撃戦。目撃者は多数居たはずだ。
「その全てを買収したっていうのか…」
「……そこまでして、体裁を守るっていうの?」
しかし、本当にそれだけなのだろうか?
なにか、もっと 大きな力が働いているような気がする。
あのタイミングでの襲撃。そして、多数の死者が出たにも関わらず、一切ニュースになっていない。たった一時間ほどでここまでの情報統制が可能なのだろうか?
「ゼル達と合流しよう。嫌な予感がする。」
「そうね。」
「……行くの?」
ユウイチとリナを見て、ヒナが不安げに呟く。
しかし、いま彼女を一人には出来ない。
「そこまでベトベトにしておいて、放ってはいかないさ。君を家まで送ろう。」
「いいの!?」
「あぁ。」
どっちにしろ、彼女の部屋の隣に用があるし。
「自己紹介が遅れたな。ユウイチ・レオンハートだ。」
もはやここまで知られたら名前を隠すことも不要だろう。
完全に彼女は当事者側だ。
「リナ・ハマチよ。」
「私は、ヒナ・シラカワ! よろしくね!!」
満面の笑みで彼女は返した。
道中は何事もなく、ライオンズマンションまで帰宅しユウイチとリナは自然とヒナを家まで送った。少し名残惜しそうにしていたが、またすぐ会える。と伝えると彼女は安心したように部屋へと入っていった。
そして、ユウイチ達はいそいそと隣のホームベースへと帰宅したのだった。
が、命からがら埃まみれになりながら返って来たユウイチとリナを待っていたのはモアイ像のような顔で涙を流すゼルの姿と、ツンとしてビールを飲み漁るレベッカの姿であった。
「で? ゼルにお仕置きするためにお酒を根こそぎ排水口に流した。と?」
『はい。』
「で? そのせいで彼女の外出に気づかなかった。と?」
『はい。』
「ふうん。」
『す、すいませんでしたああああ!!!』
鬼と化したリナの気迫に押され、自分達の失敗を正座したまま猛省する二人。
ユウイチとリナが命を懸けている中、二人は任務をそっちのけで私用に時間を割いていたというのだから、リナの怒りは心頭である。
やれやれ。とユウイチはカロリーメイトを頬張る。
「ま、いいわ。この件は無事に帰ってからにしましょう。」
「か、帰りたくない…」
ゼルが呟く。
全く持って自業自得である。
「とにかく、ハルバート大尉と話しましょう。でないと、状況も把握できない。」
言うやいなやアンダーウェア姿のレベッカがすぐに通信端末を本部へと繋ぐ。
『ようやく報告してきたか。』
「遅くなってすいません。ハルバート大尉。少し込み入った事情がありまして。」
『察しはついている。対象は無事か?』
流石にある程度の情報も回っているらしく、ハルバートの理解は早い。
兎に角、対象の安否が優先であった。
「問題ありません。偶然私達が居合わせて、事なきを得ました。ただ…その過程で対象と深く接点を持ってしまって…」
『問題ない。対象が無事であるならそれでいい。任務に支障のない程度に関係を維持しろ』
つまり、過程ではなく結果。というわけだ。
どんな過程であろうと、対象を守ら抜く事があくまで今回の任務。
過程等どうとでもなるというわけだ。
「ハルバート大尉。まさかとは思うけど、オーブにおける情報の隠蔽は“ZEUS”軍が?」
リナが核心を問いかける。
しかし、帰って来た答えはリナの予想を裏切るものであった。
『その件に関しては、“ZEUS”本国は関わっていない。今回の任務自体が、本国にすら機密の任務内容だ。』
「なっ!?」
「ち、ちょっと待てよ! じゃあ今回の任務は“RAVEN”独自の意思による任務だってのかよ!?」
黙って聞いていたゼルが後ろから会話に割って入る。
『口のきき方には気をつけたまえ、ウィガー少尉。言ったはずだ、今回の任務は完全な秘密裏だと。そのために情報を制限してまで君達を送っているのだ』
成る程。だからあんな回りくどいやり方でオーブ入りをする必要があったというわけだ。
「……つまり、今回の任務は総帥直属の命令だと言う事ですね?」
ユウイチは核心をついた。
本国からの任務ではなく、秘密裏に行われる任務であるとすれば“RAVEN”を作り上げた部隊の最高責任者、ラカン・ケーブルをおいて他にいない。
『質問は以上か? ならば引き続き、対象の護衛を続けたまえ。今日の一件がある。気を引き締めてかかれ。』
「了解です。」
その交信を以上に、会話を遮りハルバートは通信を終えた。
あくまですべては語らないというわけだ。
「……ZEUS本国でもなく、情報統制をしたのがオーブ本国という事になると…」
レベッカが確かめるように呟く。
ユウイチの考えていた合点が行った。
「あの襲撃者達は素人同然だった。全く訓練されていないそこら辺にいる人間だろう。」
大方、金かなにかで雇われて動いているにすぎないというわけだ。
もし、ユウイチ達の推理通りであるならば今回の相手は相当にヤバい相手である。そして、どうやって厳しい目を盗んで武器を運べたのかまで分かる。考えながら、ユウイチはカロリーメイトを取り出し、口に含む。
「……私は、ヒナの部屋に泊まる事にするわ。」
最悪のケースを想定して、リナが告げる。
レベッカとゼルの目も真剣な眼差しに変わっていた。
「俺は、MSで待機する。夜襲に備えよう。」
「私も、部屋でセンサーにかからないか見張るわ。」
全員がこの任務の特異性を理解していた。
「おし、ふぁら俺ふぁ『飲み込んでから喋れ!!!!』
ーーー東アジア共和国近海 戦艦ブリッジ
「どうやら、艦長の想定していた通りのケースになったようです。」
ユウイチ達と通信を終えたハルバート大尉は、艦長に報告を上げに再びブリッジを訪れていた。
「そっかぁ〜。当たらなければいいと思ってたけど、そうも行きませんか。」
「近いうちに大きな動きがあるはずです。」
敵はいかなる手段を用いても彼女を奪うだろう。
それだけの価値が、彼女にはありそれ相応の準備がされているだろう。
そして、“RAVEN”はいかなる手を使ってもそれを阻止しなければならない。
それが、ユウイチ達の誰かの命に代えられようとも、だ。
「ホームズ艦長。我々も悠長に構えている時間はないようですぞ。」
クリス副長が問いかける。
バーバラ・ロス・ホームズ艦長。“RAVEN”が誇る最大戦力艦“アテナ”の頭脳を指揮するのは、まだ若干16歳の女性だった。深い茶色の綺麗なセミロングの髪に、紫水晶の瞳を携え、そのあどけない顔立ちからは想像も出来ないほど、彼女は誰もが認めるこの艦の艦長なのだ。
強襲機動戦艦 “アテナ”。かつて多大な活躍を見せた“アークエンジェル”と同じく、宇宙、陸、水中で活躍できる性能を持ち、その航行速度は最速艦と謳われている“エターナル”をも凌駕する。その気になれば世界中のあちこちの主要都市を灰燼と化す事も可能で、十年先を行くといわれている性能を誇る。
それ故に癖が強く、扱いこなすにはかなりの指揮能力、状況把握能力を要するのだが、それを彼女は難なくこなす事が出来る。
彼女とアテナを揃えて隊内の最高戦力と呼ぶ声も高い。
「分かってるよ、私はこの艦の艦長だよ? 最悪のケースは常に考慮しているつもり。」
「失礼しました。艦長」
クリスが再びコンソールへと視線を戻し、バーバラは告げる。
「ハルバート大尉。」
「はっ」
振り返り名を呼ばれ、ハルバートが身構えた。
「ミナミを呼んで。”アレ”の機動準備をします。」
「な! “アレ”はまだ最終調整が終わっておりませんが…」
普段冷静なハルバートが珍しく表情を崩した。
バーバラの言った言葉はそれ程までにハルバートの虚を突くものだった。
「常に最悪のケースを想定していた方がいい。“アレ”が必要なタイミングが来るかもしれない。それ程の相手だよ。」
「……了解しました。ミナミ中尉を呼んで参ります。」
敬礼し、ブリッジを後にするハルバート。
ハルバートが退室したのを確認し、バーバラはブリッジに号令を出す。
「……私達も為すべき事をなしましょう。“アテナ”、航行準備!!」
暗い深海で、巨大な戦艦がゆっくりと動き始めた。