ーーー翌朝
オーブ行きの旅客機の中、男はニヤニヤとオーブにおけるガス爆発事故の真相を眺めていた。
「これは、これは…たかが鴉だと思っていたがこんな大物がまさかこの国で釣れるなんてなぁ〜」
一人、抑えきれない長年の感情を吐露する。
極上の獲物を追い求めて、この依頼を引き受けたつもりだった。
それは、この世界の闇を引き受けている“RAVEN”が相手だったからだ。
だが、それ以上の獲物に巡り会えるとは、まさか夢にも思わなかった。
窓からは、すでに広大な海に囲まれた国。オーブが見えている。
「会いたかったぜ、レオンハートぉ…!」
手元の端末に写る赤い髪の男を見て、男は胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
ーーーオーブ国内 ライオンズマンション
「完璧だ。」
ゼルがユウイチの姿を見て、自信満々に誇る。
「どこからどうみてもそれ相応にしか見えないぞ!」
グッ!と親指をサムズアップさせ、ドヤ顔で言い張る。
いや、これは無理があるのではないだろうか。
背後では、レベッカとリナが心なしか笑いをこらえている気がする。
手持ち無沙汰だったユウイチに昨夜提案された任務内容にゼルが今朝から気合を入れてコーディネートした格好にユウイチは息苦しさを感じる。
「心配すんな。俺の見立ては間違いない。」
「いや、心配しかないのだが。」
コイツに任せて良かった試しがない。故に不安と後悔しかない。
というかオモチャにされている気がしないでもない。
「まぁまぁ、さぁ遅れちまうぞ! 行ってこい!」
無理矢理カバンを握らされ、玄関へと押し出される。
ユウイチは一抹の不安を覚え、顔をしかめながら部屋を後にするのだった。
「い、行ってきます…」
「「ぶっ!」」
絶対いま吹き出しただろ。女性二人。
ーーーオーブ国立マガタマ中等学校
チャイムが鳴り響き、騒めいていた教室の生徒達が続々と席に着いていく。
窓際の一番後ろに座っていたヒナ・シラカワは、つまらなさそうに窓から外を眺めていた。昨夜、ユウイチとリナと別れてからしばらくして、リナが泊めてくれと部屋を訪れたので、女子二人。他人を止めるのは初めてだったのだが、色々とシュミレーションしていた甲斐もあって無事にリナを泊めるという事に成功した。
常に脳内でシュミレーションしていた賜物である。
ただ、そのおかげで興奮して眠れなかったのはリナには内密だが。
「えー、本日は突然ではあるが転校生を紹介しようと思う。」
ボーッとしている間に教室に入っていた担任が教壇に立つなり、転校生という学生にとっては誰々か誰を好きだとかいう次といってもいいホットなニュースを告げた。
「よし、入れ。」
「ぶっ!?」
ゆっくりと入室してきた赤い髪の生徒を見てヒナは朝のお味噌汁が鼻から出てきそうになる程吹き出してしまった。
な、なぜユウイチがここに…!?
「本日からお世話になります。レオン・F・ケネディです。」
どこぞのバイ◯ハザードだよ。と脳内で突っ込んでしまう。
いやいや、なんでここに!? てというか、どうやって!
レオンて誰だよ!
「皆仲良くしてやってくれなぁ〜。じゃあ、席は窓際の一番後ろの空いている席に座ってくれ。」
「はい。ティーチャー。」
どんな返事だ。と突っ込まずにはいられない。
ゆっくりとヒナの隣の空いている席に向かせ、女生徒の視線を釘付けながら歩いてくるユウイチをヒナはジーっと睨みつける。
ヒナの隣に来るやいなや
「よろしく。ユ、…レオンだ。」
いまユウイチって言いかけただろ。
「よ、よろしく…」
とにかく、今は授業が終わるのを待とう。
そして聞き出すんだ。ユウイチの目的を。
しかし、ヒナの思うようにはいかなかった。
授業が終わるやいなや、クラス中の生徒にユウイチはあっという間に囲まれてしまいヒナの付け入る隙なんて無かった。
「レオン君てどこから来たの!?」
「赤い髪なんて珍しいね! コーディネイター?」
「どこに住んでるのー!?」
「彼女はいるのかな?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、ユウイチもタジタジだった。
ヒナはというと、隣で囲まれるユウイチを見てその目的を図りかねていた。
ユウイチがようやく解放されたのは、3限目が終わり、トイレに行った時だった。
「ふう。」
学生の勢いというのは恐ろしいな。とユウイチはトイレの鏡の前で手を洗いながらため息をつく。
しかし、まさか学生に混じってヒナを護衛だなんてなんて無茶苦茶な任務を考えるのだろうか。鏡に映る自分の学生服姿を見て、ユウイチは妙な気分になる。
自分がもし、もしも、普通の人生を送っていたならば、こんな風に学生服を着て、あんな風に授業を受け、同級生と戯れていたのだろうか。
…やめよう。違う未来を考えるだけ無駄だ。今は任務に集中しなければ。
「なに? その格好は」
ふと、トイレの入り口から声がする。
声の方に目を向けると、昨日のワンピースとは違いセーラー服を着たヒナが立っていた。セーラー服を着ると、やはり12歳の女の子にしか見えない。
それほどにセーラー服が様になっていた。
「なによもなにも、学ラン。という物だが。」
「そういう意味じゃないから! どうやってその服を調達したのよ!」
「服はこの学校専門の洋服屋から。学籍は偽造だ。」
堂々と言い放ちやがった。
「なんでそんな手の込んだ真似をしてまでこの学校に来る必要があるわけ?」
「…ふむ。」
少し躊躇い、だが隠しても無駄か。とユウイチはゆっくりと説明を始めた。
「昨日の襲撃、あれは君を狙ったものだ。」
「は?」
「信じられないだろうが、君は狙われている可能性が非常に高い。なにか、心当たりはないか?」
ユウイチに問いかけられ、ヒナは目をしかめる。
自分が狙われる理由、というのに心当たりを探しているのか。
「…分からない。私が狙われる理由なんて… 」
不安そうにヒナが自らを抱きしめてる。
無理もない昨日、あんな酷い目にあったばかりだ。今までの日常が崩れる恐怖は途方もないだろう。
「ありすぎて…わかんないよ」
そうだった。コイツは軍のシステムにコンビニ感覚でハッキングしている違法少女だった。
「とにかくだ。君を守るのが俺の使命というわけだ。」
「ZEUSの任務?」
「機密事項だ。」
「そればっかりじゃん。」
ヒナは拗ねたように口をすぼめてそっぽを向いた。
やがて諦めたようにため息をついて、
「まぁいいや。とにかく、問題だけは起こさないでよ?」
「任せておけ。」
「それで、レオンハート君。」
「はい、先生。」
「普通、学校に護身用のモデルガンは持ち込まないものよ?」
「そうなんですか。」
「えぇ、そうです。それに着替え中の女子更衣室を遠慮なくこじ開けた貴方を見た女子生徒の悲鳴に異常を感じてモデルガンを抜いたってのもよく分かりません。」
「簡潔にわかりやすく報告したはずですが。」
報告は常に分かりやすくがモットーだ。
しかし、ユウイチの言葉に担任の女教師は頭を抱えてため息をついた。
「とにかく、このモデルガンは没収。他に隠している護身グッズはありますか?」
「はっ。スモークグレネードが3つですね。人体に害はありません。」
「。……それも出してください。」
「はっ。しかし先生、セーフティピンだけは面白半分で抜かないでください。非殺傷性とはいえ素人に扱わせては危険な代物です。」
「抜くわけないでしょっ!?」
こっぴどく担任にしぼられたユウイチは、職員室を出るなりわずかにため息をついた。すると、待ち人来たりとばかりに大所帯の女子生徒がユウイチを待ち伏せしていた。
先頭にはヒナが立っている。
「む。これは女子生徒諸君、どうかしたか?」
待たれていた理由がわからずユウイチは首を傾げ尋ねた。
先頭に立っていたヒナがずいと一歩踏み出す。
「で、どういうつもりかな? いきなりノックもなしで女子更衣室を開け放つ奇行について納得いく説明を。」
「説明も中の視認性が外からでは悪いから開けただけだが?」
「なっ!?」
「最低っー!!」
「綺麗な顔してまさかの変質者だなんて思わなかった!」
等と口早に浴びせらる罵詈雑言の嵐。
いや、監視対象のヒナの安全のためなのだが、それを説明したところで徒労に終わるだけなのは明白だ。対するヒナは分かってくれているだろうが、何故かドン引きの表情でコチラを見つめている。
やがてこのままじゃ収集が付かないと見かねたのか、ヒナが助け船を出してくれた。
「まぁいいや、わざとにしろやった事に対しては皆に謝ってくんないかな?」
「む。確かにまだ発育途中の幼い身体とは言え、これだけの女子生徒の下着姿を見てしまったのは事実だ。すまなかった。」
と、ユウイチは考え得る限り最悪の悪手で謝罪した。
わなわなと、ヒナを先頭に女子生徒達が震え出す。
寒いのだろうか。
「ねぇユウイチ君。ところでロッカーはお好きかしら?」
笑顔なのに背筋に冷や汗が伝うような表情で、ヒナはユウイチに問いかけた。
モニターの中で、黒髪ショートの少女が扉を開き、室内に入る。待ち侘びていたとばかりにエプロン姿のリナがヒナを出迎えている。さながら姿は新婚夫婦に見えなくもない。
「一八時五分。対象が帰宅、尾行はなし。」
ヒナの自宅を監視していたレベッカ・ゲートが手元のマイクに報告した。すぐそばの携帯型端末にはゼルのMSの位置情報が示されている。
「……しっかし、まぁオーブの物価ってのは、どうしてこうも高いのかしら。」
レベッカは独りでぼやき、ハンバーガーを口に運び続けてコーラを口につける。
ふと、部屋の外…玄関の向こうからガコンガコンと鉄製のものが跳ねる音が聞こえてきた。
ーーー敵襲っ?
レベッカは腰元のホルスターから拳銃を抜き、玄関に近づく。すると、ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「レベッカ、居るか? すまん開けてくれ。そして助けてくれ。」
言葉の意図を図りかね、レベッカはゆっくりと警戒しながらドアを開いた。
そこには薄い鉄板の用具入れロッカーが立っていた。
「……ユウイチ?」
「見ての通りだが。」
通らねぇよ。
「なに、それ?」
しかもやたらと糞臭い。
「ロッカーだ。中から開けられないようロープでがんじ絡めにされて周りに犬の糞を設置され放置された。」
「どんな学校生活エンジョイの仕方してんのよ。」
レベッカは呆れ返りながらロープをナイフで切断し、解放してやった。
「すまない。鼻がもげるかと思った。」
礼を言ってユウイチは事情を説明した。
「ーーというワケだ。途中何かの撮影かと思われて人に囲まれた時が一番のピンチだった。」
「よく通報されなかったわね。」
レベッカは頭を抱えていた。
「頭痛か?」
「少しね。」
「ゆっくり休め。さて、このロッカーは明日返却しなければまた担任にどやされてしまう。風呂場で洗い流せるだろうか。」
『おぉーい! そろそろ交代してくれー! そろそろションベンも限界だぁー!』
悲鳴に近い声。
「ゼル、誰かに気づかれなかった?」
「婆さんを踏みそうになった。犬にすんげぇ吠えられた。トラックを蹴り飛ばしそうになって、ビルに軽く手を付いたらガラスが割れて中の連中がビビってた。」
なにしろ通行人には“BD-X1”が見えていないのだ。並の操縦兵ならひどい事故を起こしていたかもしれない。
「このやり方ダメなのかしらね…。」
「四六時中張り付くのは無理があるんじゃないか? リナに相談して明日は待機でいいんじゃないか?」
「うーん、センサーと火力が惜しくってねぇ…」
『とっとと交代してくれーー、もう漏れるーー。』
ーーー太平洋深度50m
戦艦“アテナ”ブリッジ
「あっはっは! あーー、だいぶ悪戦苦闘してるみたいだねぇ。」
艦長席に座るバーバラが涙目になりながら、感想をもらした。
「彼にはちょうどいい経験かと。」
ハルバート・レッキス大尉が答えた。
バーバラの手には先ほどレベッカ・ゲート少尉より送られてきた報告書が握られていた。
「いい経験ねぇ。火器を没収されて、民間人複数に横断され、身体不自由な状態で帰還するのが?」
「許容範囲内です、大佐。」
「まぁ確かにね。大丈夫でしょ、ハマっちゃん少佐も居るし。ユウイチも荒事は得意なわけだし。」
バーバラは良いながら手元のスクリーンの端に表示された日付けを確認した。
「それで大尉、四人はいつまでオーブに?」
「対象の絶対的な安全が確保されるまでです。」
くだけた少女の物言いにも、ハルバート大尉はしごく真面目な態度で答えた。
「根本的な解決ってわけだね。出てくるかな?」
「はい。必ず尻尾を出すと確信しています。」