【2018年4月9日 いよいよ明日は出発だけど少し寂しい。自分でもびっくりするくらいこの地に愛着が湧いている。ただ、叶うならば今度は観光客として平和な時に訪れたいな。】
北の大地よ、永遠に
「ふぅー、だいぶ綺麗になったね」
見違えるほどピカピカになった実家の部屋を眺める。
ここ2年半以上、まともに掃除できなかったから埃だらけになっちゃったね。何枚も真っ黒にした雑巾を見て思う。
「お疲れ様、せっちゃん。その……」
「あー言わない言わない。覚悟はできてるから」
おいっちが迎えに来た。そろそろ時間みたいだね。
今日、私は生まれ育った家を出る。そしてもう戻ってくることはないかもしれない。
「色んな思い出があったにゃぁ」
天災前に両親や友達、近所の人達と撮ったアルバムを開く。荷物は極力減らしたいから全部は持っていけない。
私はなるべく全員が写ってる写真を1枚だけ抜き取った。いつかの祭りでの1枚、この写真の中の人達は私を除いて全員あの化物共に殺された。
「せっちゃんの家族達の写真?」
「そだよん、両親も友達も近所の人もみんな優しくて良い人だったんだ」
「……素敵な写真だね」
おいっちは絞り出すように感想を述べた。なんだか気を遣わせてしまっているみたいだにゃあ……。
「アハハ、そんな気まずそうな顔しないでよ。天涯孤独なのは私もおいっちも一緒でしょ?」
「ごめん、そうだよね……」
おいっちはこことは違う時空の日本からやって来た。同じ日本という国でも政治家や芸能人の名前や顔が微妙に違ってたりしてるみたいだから、完全においっちがいた所とは別世界だと確信したらい。ちょっと前に古い新聞を読んで気づいたみたい。
「1人だけ生き残ってしまった私と1人だけ死んでしまったおいっち。きっかけは真逆だけど私達は同類同士、これからもよろしくねん」
「うん、よろしく!」
おいっちと出逢ってから何度目かの握手を交わす。なんとなく力が湧いてくる気がするから私は握手をするのが好きだ。
「それじゃあ……よしっ! 皆、行ってきます!」
感傷に浸る時間はあまりない。私はこんな世界でもまだ生き続けたいんだ。
──行ってらっしゃい!
玄関から出ると家の中からみんなが見送ってくれた気がした。
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マイクロバスは全4台、それとバイクが1台。集落の全員が乗り込みいつでも出発できる状態だ。
「こちら及川だ。全車両、聞こえるかね?」
『こちら1号車、問題なし』
『こちら2号車、聞こえています──』
ルートの最終確認と各車両の無線のチェックを行う。
先ず目指すは函館よりさらに南にある吉岡斜坑。そこは青函トンネルの作業坑に繋がる入口になる。作業坑は車が通れるように整備されていて、資料によるとマイクロバスでもギリギリ通れる作りになっている。
北海道内の移動だけでも6時間以上は想定される。そこからトンネル内の移動は約一時間程度。できれば今日中には作業坑の出口の1つである竜飛斜抗に出たい。そうすればひとまずは本州にゴールだ。
本州から先、諏訪に寄ることは少し前に住民達に発表した。せっちゃんとの打ち合わせ通りカムイの信託で勇者と結界が見つかったことにしてね。
四国へ急ぎたい住民達から少なからず反発をくらうことを読んでいたけど、意外にもみんなあっさりと了承してくれた。
一番の決め手になったのはバスの運転手達が大いに喜んでくれたことだろう。今回の脱出計画、せっちゃんの次に重要なのは運転手さん達だ。彼らは化物がいつ襲ってくるかもわからない極度のプレッシャーの中で全住民の命を預かることになる。結果として途中で安全地帯で休息が取れることは彼らにとって嬉しいサプライズになってくれた。
……もっともこの世界に諏訪の勇者と結界が実在しなければ私は責任を取って諏訪湖に沈むハメになるかもしれないけどね。
「よし、私のバイクも問題なしっと」
私はバイクに乗っての先導係だ。全部の想定ルートプランを頭に叩き込むのは結構しんどかった。
「おいっちはほんとにバイクで行くの?」
バイクにまたがる私をせっちゃんが心配そうに見つめる。
「うん、みんなを先導しなきゃだし、車の中ではなく自ら身を乗り出すことで住民達へのアピールにもなるでしょ? 指導者自らが危険な役を買って出るんだから」
「はぁー、相変わらず小賢しいねー」
「フフ、なんとでも言ってくれタマえ。……くだらない内ゲバがきっかけで全滅なんて、絶対に嫌だからね」
正直ここ3カ月で私は集落の住民全員の心を完璧に掴むことはできなかった。脱出計画を住民達と練る中でだいぶ親交を深めることはできたとはいえ、それでも一部の住民の私に対する反抗心は未だにくすぶっている気配がする。
「人間だもの、全員が仲良くいくとは最初から思ってない。けど、誰が死んでも気分は良くないもんね」
「そだね、私も程々に頑張りまっせ」
せっちゃんはマイクロバスの屋根の上で常に敵が現れないか見張る役割だ。いざという時に戦ってもらうのに負担ばかりかけて申し訳ない。
「そんなに申し訳なさそうな顔しなくていいよん。索敵はコシンプも手伝ってくれるし、おいっちはみんなを先導することに集中して」
「……うん! ありがとう!」
バイクのスロットルを捻り、いよいよ出発だ。ここから先は物語のシナリオにもない世界の始まりになる!
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出発から5時間超経過し、そろそろ吉岡斜坑に着きそう。
途中、小規模な星屑の群れに2回遭遇したけどせっちゃんはなんなく対処してくれた。進化体を含めた大規模なものは今のところない。楽観視はできないけどこのままことが運んでくれれば上々だね。
「想定よりも早いな」
『ええ、守るべき信号もないし、道路を塞ぐ車両もほとんどないからでしょうな』
運転手の1人がそう推測するけどその通りだと思う。
天災当初、車で逃げようとした人も多かったはず。それなのに道路に放置されている車が少ないのは、無事に避難できたか、車に乗り込む前に殺されてしまったか。
『みんな、斜坑の入口が見えてきましたよ。それと熱烈な歓迎もね』
バスの屋根に座るせっちゃんは無線機にそう告げると臨戦態勢に入ったようだ。ここからはせっちゃんだけの領分、私達は邪魔にならないように速やかに全車を停止させる。
斜坑の入口は多数の星屑が待ち構えていた。その周囲には破損した車の残骸が散見する。……きっと過去にも私達のように青函トンネルを使って本州に脱出しようとした人はたくさんいたのだろう。そして多くはここで希望が潰えてしまったんだ。
「……勇者様、無理はしないでくださいね?」
「わかってますよん。でも私が必要と感じたら躊躇いなく精霊の力も使いますからね?」
「ええ……御武運を!」
せっちゃんは本州へ向かう最後の活路を切り開いていく。桂蔵坊で縦横無尽に戦場を瞬間移動する今のせっちゃんにとって星屑は敵ではない。問題は──
「勇者様! 私から見て一時の方向、進化体を形成しようとしています!」
双眼鏡で見張っていると少し離れたところで星屑が集合しているのが見えた。進化体を形成している合図だ。けれど既に完成した敵を待ち構える必要のあった旭川の拠点とは違って、ここでは戦場のルールは変わっている。
「はいな! 強いやつになる前にここで倒されてね?」
すかさずせっちゃんは進化体を形成中の星屑達を屠る。集合しようとしているつなぎ目を中心に狙って敵が一塊になるのを未然に防いでいるんだ。
「……これって変身の邪魔してるわけだしヒーロー物だとご法度だよね? でも今は勘弁してね!」
──斜坑の前に立ち塞がっていた星屑達をせっちゃんは全て倒してくれた。進化体が出てくる前に倒し切れたのは大きな戦果だ。
『ふー、なんとか終わりましたよみなさん』
『おお! さすが勇者様だ!』
『お疲れ様でございます!』
せっちゃんからの明るい戦果報告に無線機からは住民達の安堵の声が聞こえた。
「お疲れ様でした、勇者様。それと申し上げにくいのですが……」
『入口の前に散らばってる車とかの残骸の処理でしょ? ちょっと待ってて下さいねー。……あれ?』
「どうかなさいましたか?」
『入口の前になんかバリケードが人工的に作られてたような痕跡があるんですよねー、壊されてるけど』
せっちゃんは疑問を口にしながらも勇者の腕力で障害物を手早く片付けていく。
「壊されたバリケード……」
猛烈に嫌な予感がする。星屑がバリケードなんて作るはずがない。これを作ったのは我々より先に来た人間達だ。
私は無線を開き、避難民達に注意を促す。
「……皆の者、これから我々はトンネルの内部に侵入するが覚悟するように。特に子供達にはトンネルを出るまでは絶対に窓の外を覗かないように言い聞かせて下さい」
せっちゃんと私のバイクを先頭にして車列はトンネルを進んでいく。そこには──
『こっ……これは!?』
『ひいっ! ぜっ、全部……骨なのか!?』
──地獄の光景が広がっていた。
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骨、骨、骨。青函トンネル内部にはおびただしい数の人骨が放置されていた。臭いもひどく、ここがどれだけ劣悪な環境だったかうかがい知れる。
……作業坑だけもこんなに……。もっと広い本坑はさらに酷いことになっているだろう。
入口にバリケードがあったということは多くの人がトンネルに避難し生活していた。そして外には星屑達が待ち構えていたため出るに出れなかった。
やがて食糧もつき、排泄物は溜まり、病気が蔓延していく。余裕がなくなり今度は人間同士の争いになったのだろう。
最終的にはトンネル内で死ぬか、バリケードを壊して外で待ち構えていた星屑に捕食されるか……選択肢は2つしかなかったんだろうな。
『うっ……吐きそう』
『あっ、悪夢だ』
「みんな、辛いけど気をしっかり持つんだ! ゆっくりでいいから車を止めるな! でないといつまでも出れんぞ!」
無線機からは運転手達の悲痛な声が聞こえる。私は声の限り励ましの言葉を絞りだして彼らの気をなんとか保たせる。
「勇者様も大丈夫ですか!?」
「ええ、なんとかね。……ここを出るまでは正気をもたせます。出てからはちょっとわかんないです、ごめんなさい」
私のバイクと並走するせっちゃんの声は明らかに大丈夫じゃなかったけど一刻も早く出なければ状況は悪化するだけだ。
いつしか全員思考を止め、トンネル内をひたすら突き進んで出口を目指すことだけに集中していた。
「みんな! そろそろ出口だ! 頑張れ!」
竜飛斜抗の出口の光が見えてきた。トンネルに入った時と同様に壊されたバリケードも見える。
──そして当然のように星屑達が待ち構えていた。
「……あんた達のせいで」
「せっちゃん?」
──せっちゃんが持つ槍が小刻みに震える。気づけばいつの間にかせっちゃんは私の目の前から星屑達の中心に移動していた。
「あんた達のせいでぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
「せっちゃん! 無茶しな──」
「うるさい! 止めるなぁぁぁああ!」
「っ!?」
叫ぶせっちゃんは鬼の形相で鎗をふるう。突く、刺す、斬る、全ての行動にやり場のない殺意が込められている。
星屑達の数はトンネルの入口で遭遇した時と同じくらい。けれどもせっちゃんが奴らを全滅させた時間は先程の半分もかからなかった。
「ハァ、ハァ……ちくしょう……!」
化物を倒し終えたのにせっちゃんは悲痛な顔をしてバリケードがあったほうを見つめる。
「せっちゃん……くっ……。みんな! とりあずここを少しでも離れよう! 今のは我々にとっては毒でしかない!」
『『了解!!』』
本州に辿り着いていたことに喜ぶ者など1人もいなかった。みんな一刻も早くここを離れたいんだ。
「勇者様はバイクの後ろに乗って下さい! 私に掴まってて!」
「……うん」
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「……ごめんなさい」
「気にしないで」
バイクに乗ったせっちゃんは私のお腹に手を回しうなだている。
……トンネルでの光景が相当ショックだったみたいだ。私も転生前の
「……私、自分はもっと冷静でああいう光景を見ても難なく対処できると思ってたんだ。それなのに……」
私に抱きつく力が強くなる。すごく苦しいけどせっちゃんの気持ちに比べればどうってことはない。
「……2年半前にあいつらが襲ってきた最初の方のこと思い出しちゃったんだよね。あの時は旭川中に死体が転がっていた」
「……うん」
私はその時のことを見ていないから詳しくはわからない。せっちゃんの辛い思い出を共有できない自分が歯痒くて仕方ない。
「……とりあず泣くね」
「好きなだけどうぞ」
それからせっちゃんはバイクのエンジン音もかき消す程の大声でひたすら泣いた。
私の背中はどんどん濡れていくけど構わない。こんな無駄に大きい背中は今はそれくらいしか役に立たないのだから。
せっちゃんが泣き止む頃には日も暮れ辺りは真っ暗となり、本日の行軍はここで一旦終了とすることにした。
少し広い空き地に車を停め、今夜は車中泊となる。
町とか探せば壊されていない空き家もあるだろうけどあえてそうしなかった。
車内でかたまってればすぐに移動できるし、なにより今夜は人が住んでいた痕跡を感じられる所に皆を連れてくのは危険だ。トンネルのことを思い出してみんな嫌な夢を見るだろう。
「ふー、いっぱい泣いたらスッキリしましたなー」
「せっちゃん……」
「ごめんね、おいっち。私の色んな液体で背中びしょびしょでしょ?」
せっちゃんは吹っ切れるように伸びをして私に問いかける。
「大丈夫だよ。せっちゃんこそ目の周り真っ赤だよ?」
「あっ……あはは、恥ずかしいにゃあ」
せっちゃんは照れるように顔をかく仕草をする。不謹慎だけど目の周りが赤いせっちゃんは少し艶っぽい。
「ねぇ、おいっち」
「なーに?」
せっちゃんは私に近づくと上目遣いでささやく。
「今夜は私と寝てくれない?」
「ブッ!? はいっ!?」
「……いや! 変な意味じゃなくて、今日は色々あって心細いからさ。そもそも女の子同士だから問題ないでしょ!?」
「いや、そうだけど……」
そうなんだけど、私は今はオジサンであって流石に他の人達に車内で見られる中で密着して寝るのはマズイよね。
「よし……! そうだ!」
私は停めたマイクロバスの1台の上に寝袋を2つ敷く。
「……これ寝返りうったら死なない?」
せっちゃんからごもっともな指摘を受ける。
「まっ……まぁ、見張りもかねてるからそんなに熟睡しないし大丈夫でしょ。それにほら! 天井がないから」
せっちゃんと2人で寝袋に入り空を眺める。
「わぁ! 北海道は年中雪とか曇りなこと多かったからこんな星久々に見たよ!」
せっちゃんから感動の声があがる。
私もこの世界に来て初めて見る満点の星々に目を奪われずにはいられない。皮肉にも人がたくさん生きている環境では見ることはできなかった光景だろう。
「……あっ、でもいつも私が戦ってる化物って星屑ってん言うんだよね、最悪ー」
せっちゃんが余計なことに気づく。相変わらず聡い子だ。
「アハハ……。ロマンチックな気分が台無しだねー」
「ふふ、私はそういう割切りはできる子なんでそれはそれ、これはこれとして楽しみますよん。あっ! 流れ星!」
せっちゃんは無邪気に指を指して笑う。あどけないと思ったけどまだ中学生だもんね。
ハァ、拝啓──流れ星樣、こんなにも詰んでる世界だけど……せめて私の周りにいる人達だけは健やかに天寿を全うできますように。
おいっち 前世ではオタ活で聖地巡礼のために普通自動二輪免許を取得していた。AT車に限る。
秋原雪花 バイクや車に乗らず生身で走って白骨死体だらけのトンネルを渡り切る猛者。さすがにブチ切れた。
運転手達 星屑が常に湧く環境で全員の命を預かる役割を担う。ある意味この人達も勇者である。
梅田駅の惨劇 青函トンネルのようにこの時代では安全圏以外の化物と戦う力を持たない人々はバリケードを作って立て籠もることしかできなかった。勇者であるシリーズ3作目「乃木若葉は勇者である」では大阪の梅田駅に立て籠もった人々の自滅の末路が生々しく描写されている。