【2018年4月10日 現在、私達は秋田と青森の中間くらいの位置に駐留している。明日は当初の計画通り日本海側からのルートで諏訪を目指そう。朝方に出発すれば日暮れまでにはギリギリ間に合うかもしれない。】
私、諏訪の勇者──白鳥歌野こと農業王の朝は早い。
午前4時半──毎朝この時間には起きて顔を洗って歯を磨く。あまり大きな物音を立てると今も眠っているパートナーを起こしてしまうので細心の注意を払う。
「ふふっ、今日もキュートな寝顔ね。みーちゃん」
隠密かつ素早く着替えて、寝間着は洗濯かごに入れておく。そうすれば愛しのみーちゃんが洗濯を済ませてくれている。いつもこの家の家事を一手に担ってもらい感謝の気持ちしかない。
午前5時──家を出て、先ずは思いっきり伸びをする。これは毎朝行うルーティンみたいなものね。
「うっ、うーーーーん! 気持ちいぃ!」
日出の光がとても心地よく今日も私に活力を与えてくれる。
「先ずは山の様子を見に行こうかしらね」
山に入るのは4月は野菜だけでなく山菜のベストシーズンでもあるからだ。周辺の山で自生する山菜や茸は万年食料の不足している私達にとってまさしく山からの恵ね。
「うんうん、タラの芽にコゴミにつくし、どの山菜も良く育ってるわね。今度皆で山菜収穫大会でも開こうかしら」
私は山の幸を使った料理が好きだ。特に山菜とキノコをベースとした汁につけて食べる蕎麦はもう絶品で……。いけない、また話が蕎麦に脱線してしまうところだったわね。
山菜採りも程々にして次は畑の様子を見に行こう。
「フンフン♪ ホワイト〜スワンの〜のベ・ジ・タ・ブ・ル〜〜♪ 栄養〜満点〜ベ・ジ・タ・ブ・ル〜〜♪」
広大な畑の中で、最近頭の中でインスピレーションが湧いてきた唄を口ずさむ。とっても素敵なメロディーだから私は将来的に農業王国の国歌にしたいと思っているけど、みーちゃんにはノイローゼになるからやめてと言われてしまった……。
「あら、これは麗しき春キャベツさん達、大きく丸みをおびたフォルムがとってもチャーミングよ。ほうれん草さん達もグッドモーニング、後でたっぷりウォーターをあげるからね?」
私は今みたいにまだ誰もいない畑で土や野菜達と語らうこの時間が結構好きだ。もちろん、皆と一緒に作業をするのも楽しいけど、この時間は私だけが天塩にかけている子達を独占できるから。
午前6時──そんな風に1人で作業をしていると、段々と町の人達が集まってくる。みんな農作業を一緒にしてくれる心強い仲間達だ。
「歌野ちゃーん、おはよー!」
「おう、白鳥! 今日も早いな」
「くそー、今日も歌野姉ちゃんに負けたー」
住民達は思い思いに朝の挨拶をしてくれる。そこのボーイ、私に勝ちたければあと1時間は早く起きなきゃダメよ?
「皆さんおはようございます! 今日も張り切っていきましょう!」
「「おおっーー!」」
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午前9時──私は一旦仲間達に畑を任せて家に戻る。みーちゃんが朝食を用意してくれているからだ。
「みーちゃんただいまー」
「おかえり、うたのん」
私が家に入ると味噌汁のいい香りが私の食欲そそる。
「みーちゃん、今日もとっても美味しそうよ? いつもありがとね」
「うたのんこそ、いつも美味しい食べ物作ってくれてありがとう」
食卓には茸の味噌汁とかけ蕎麦、新鮮な野菜のサラダが並ぶ。どれもみーちゃんの愛情がこれでもかというほど詰まっているので絶品だ。
「「いただきます」」
ご飯は余程のことがない限りは2人で必ず食べると決めている。余程のことというのは──
「──っ!? うたのん! 敵が来る!」
みーちゃんが叫んだ直後──少しだけ不快な耳障りのサイレンが町中に響き渡る。人類の敵──バーテックスがこの諏訪に攻め込んでくる合図ね。
「ああん! みーちゃんが作ってくれたご飯食べようとしたのにぃ!」
どうやら私はまだ朝食にはありつけないらしい。
「……みーちゃん、敵の規模と位置は?」
「数は小さいのが50くらい。上社本宮の方だね」
みーちゃんは諏訪の土地神様からの声を聞いて敵の数や位置、他にも様々な神託を伝えてくれる。私には出来ないことだから本当に助かっているわ。
「神楽殿に近いわね、数も多くないしそれはラッキー。ほんとは来ないでくれるのが一番良いんだけどね」
ぼやいても仕方ない。私専用の勇者の武器──藤蔓を手にして家を出て、上社本宮の神楽殿に向かう。あそこには私の勇者服が置いてある。家から少し離れた神楽殿に保管しているのはその方が勇者服の防御力が高まるから。
「歌野姉ちゃん! 気を付けて! 」
「歌野ちゃん、負けないで!」
「白鳥ー! がんばれー!」
道中で住民の皆から応援の声をもらう。それだけでみーちゃんお手製の朝食を食べそこねた機嫌が治るのだからほんと私は単純ね。
「任せといて、エブリワン! さっさと倒して農作業の続きよー!」
神楽殿に入り即座にジャージから勇者服に着替える。もう何年も行っている動作なので5秒もあればこと足りる。
上社本宮付近の結界を飛び出ると、すでにバーテックス達が接近していた。
「さあ! バーテックスさん達! 朝食をよりお腹を減らして戴くのに協力してもらうわよ!」
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午前10時──バーテックス共を殲滅し、みーちゃんと再び食卓につく。
「味噌汁冷めちゃったね、温め直そっか」
「ううん、みーちゃんが作ってくれた朝食は冷めても美味しいわよ。……朝食とういうよりはブランチか、今は」
運動した後は冷めた料理のほうが塩味を強く感じられて丁度いい。なによりこうしてみーちゃんと平和に食事ができてそれだけで私は幸せだ。
「……そういえばみーちゃん、こないだ話してた北からの凶か吉ってどうなったの?」
食後のお茶を飲みながら最近気になっていたことを聞いてみる。みーちゃんが先日受け取った──遥か北の大地から凶か吉をもたらす使者がやって来るって神託のことを。
「うーん、その件についてはさっぱりなんだ。せっかく役に立てると思ったんだけど、ごめんねうたのん」
「ノンノン、気にしないで。気長に待ちましょう」
みーちゃんは少しだけ影を落とした顔をする。落ち込んだ顔のみーちゃんも可愛いけどやっぱりスマイルが良いよね。
「よっこらせっと!」
「わっ!? ちょっとうたのん!?」
椅子に座っていたみーちゃんを抱きかかえて寝室まで運んでベッドにおろす。
「どーしたの? うたのん?」
キョトンとした上目遣いでみーちゃんは私を見つめてくる。なんて……キュートなの。
「なーんか、みーちゃんが落ちこんでるから元気づけようと思って。それ! こちょこちょこちょこちょ〜~」
「アハッ、アハハ! くすっぐたいよもう〜! お返し!」
今度はみーちゃんが私をくすぐり返してきた。その顔はとっても笑顔で……うん、やっぱりその方がいいわね。
「Oh! アハハ! やったわねー!」
「ウフフ、うたのんがやったんだよ〜!」
こうして私達はしばらくベッドでじゃれ合っていた。
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午後3時──農作業の続きと軽食を済ませた私はみーちゃんを伴って町の上役達の会議に出席する。議題は今朝の襲撃の報告とみーちゃんが先日受けた神託についてだ。
「ふむ、水都様が受けた神託……北の大地ってのがやはり鍵なのでしょうな」
「北には何か土地神様縁のものはあっただろうか?」
「諏訪信仰は全国各地に広がっているからなー。絞り込むのは難しいかもな」
「すみません。私の解釈だとここまでが限界でして……」
「水都ちゃんが謝ることじゃないよ。それに何が来ても歌野ちゃんならどうにかしてくれる、そうだろう?」
「ふふ、そうですね。うたのんは──」
「うーん……北の大地……大地……試される大地! そっか! 北海道だったりして! 北海道といえば日本でも有数の農業大国。きっと北からは農業の使者がやって来るんですよ!」
「「…………」」
私のアイデアにみんな思わずポカンとした顔をする。ふむ、どうやら名推理だったようね。
「まっ、冗談はさておき……先の見えないことでいつまでも会議をすることはあまり建設的ではありません。北からの使者はほんとに農業の使者くらいの心づもりで捉えておきましょう」
「うん、そうだねうたのん」
「歌野ちゃん、良いこと言うじゃないか」
「うむ、歌野様の仰るとおりですな」
上役の皆が明るい顔をして頷いてくれた。みーちゃんも元気を取り戻してくれたみたいだし良かった良かった。
「それよりも……近いうちに結界内の裏山で山菜収穫大会を開こうと思うのですがどうでしょうか?」
「ほう、この時期は旬の山菜が多いですからな。住民達も喜ぶでしょう」
「参加希望者は俺達で集めとくから歌野ちゃんは当日を楽しみにしててくれ」
「グッド! 皆、ありがとうございます!」
うんうん、やっぱり会議はなるべく皆が楽しめる議題が良いわよね。もちろんシリアスな話も必要だけどそれだけだと気が滅入っちゃうもの。
午後4時──諏訪内部の会議が終われば今度は外部との会議だ。もっとも私はこの会議を“勇者通信”と名付けていつも楽しみにしている。
なぜかみーちゃんはいつも無線機が置いてある部屋の端っこで本を読んでいるけどね。せっかくなら一緒に参加しても良いのにね。そんなことを思いながら無線機を操作しているとどうやら向こうと回線が繋がったみたい。
「諏訪より白鳥です。乃木さん、聞こえますか?」
『四国より乃木だ。聞こえているぞ。これより勇者通信を開始する』
諏訪の外の大切な友達──勇者乃木若葉との通信が始まった。
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午後5時──四国との通信を終えてみーちゃんと帰路につく。今日も1日が充実していた。あとは最後に畑に顔を出してみーちゃんとご飯を食べてお風呂に入って寝るだけね。
「ハァー、結局今日も乃木さんを蕎麦党に鞍替えさせることはできなかったわ」
「……いつも思うけどよく蕎麦とうどんの話題尽きないよね」
みーちゃんはやや呆れた視線を向けてくるけど仕方ないじゃない。
四国の勇者代表である乃木さんとはかれこれ2年くらい通信で話しているけど、彼女はうどんの国、香川県の人間だ。
私がどれだけ蕎麦の魅力を語ろうとも乃木さんはうどんのほうが優れているの一点張りで、正直ここまで折れない人間は初めてみた。まっ、だからこそ楽しめてはいるんだけどね。
「ハァ、どっちも美味しいじゃだめなのかなー?」
「みーちゃん、こればっかりは譲れないのよ。みーちゃんもうどんより蕎麦のほうが美味しいと思うでしょ?」
「それは……そうだけど」
「でしょでしょ! それなのに乃木さんったら!」
「はいはい、わかっ──」
突如──みーちゃんは身体を硬直させ、無言になる。これは土地神様から神託を受け取っている時の合図だ。
「そんなっ!? 嘘でしょ!?」
いつになくみーちゃんが取り乱す。そんな時は手を握ってあげるのが一番だ。
「みーちゃん。大丈夫、私がついてるわ。落ち着いて、ゆっくりでいいから神託の内容教えてもらえるかしら?」
「……うん、ありがとう。ここから北、松本の方から避難民達が向かってきてるって!」
「避難民が!? エクセレントじゃない! 迎えに行かなきゃね」
「……それとバーテックスが1000体。小さいのだけじゃなくて進化体も出現するみたい」
これが神託にあった凶と吉か。結界の外に生き残りがいたのは確かに喜ばしいことだけど、敵を倒さなきゃ意味がないわね。
「オーケー! この諏訪の勇者──白鳥歌野が見事に撃退して新しい住民達にアピールしちゃいましょうか!」
今日はいつもより少しだけ1日が長くなりそうね。
おいっち 脱出初日に旭川から秋田の北部まで移動できたため、諏訪への到着は想定よりも早くできそうと踏む。
秋原雪花 東北地方から諏訪へは海岸沿いと内陸の2つのルートがあったが、海岸沿いのほうが開けていて索敵をしやすいとして前者のルートを選んだ。
白鳥歌野 長野県諏訪市の勇者兼指導者。農業が大好きで食べ物は希望とする。英語交じりの妙な話し方をするが純日本人。家族は既に他界しており、水都と2人で持ち主が行方不明となった一軒家で暮らす。パートナーの水都のことがなによりも大切。
藤森水都 諏訪の巫女であり多忙な歌野の補佐をする。自分に自身がなくネガティブ気味だが、神託の感受性能は勇者であるシリーズの巫女の中でもずば抜けている。家族は諏訪市内で存命だが歌野を支えるために実家を出た。パートナーの歌野のことがなによりも大切。
乃木若葉 歌野と勇者通信を行う四国勇者の1人。武士のような堅苦しい口調だが誠実な人物である。蕎麦よりうどんのほうが優れていると考えており歌野とは常にそのことで論争を巻き起こしている。