【2018年4月14日 諏訪に着いてから早4日。ここでの滞在予定は2週間。皆それ以上いたらここから離れたくなくなってしまう。歌野ちゃんも水都ちゃんも町の人達も良い人過ぎて。残された時間は少ないけどやれることをやるだけだ。】
「ぜぇ……ぜぇ……あぐっ……。こっ……腰がっ、腰がぁぁ!」
「おいっちー! しっかりー!」
私達北海道からの避難民が諏訪に着いて4日経った頃──
おいっちは慣れない農作業で虫のような息をしている。鍬を杖にして今にも地面に倒れ込みそうだ。
「ハァ、ハァ……中年男性の体にこの重労働は……体力と腰が……もた……ない」
──おーおー! 北の兄ちゃんだらしねぇぞ! 頑張れ頑張れ!
──おめぇさんはわしらに比べりゃまだ若者じゃい! しっかりせんか!
──おう、でもそろそろ休憩だ。休憩はしっかり取れよー!
おいっちがへばって悲鳴をあげる度に諏訪の農家のおじいさん達が励ましにやってくる。見た目は完全にオジサンのおいっちですら若手扱いだから諏訪のご老人達はたくましい。
「ふー、私も親戚の手伝いとかで少しは心得があったとはいえ筋肉痛はあるなー。おいっちー、大丈夫ー?」
「ぜ……前世の体に……前世の体になれさえすれば……!!」
おいっちはどこぞの悪役みたいな負け惜しみを吐くけど、いうて前世の女子高生の体でも結果はあまり変わらないと思うよ? それよりも──
「ていうかさ……おいっちもジャージに着替えれば?」
さすがに畑を耕すだけあって私は歌野に借りたジャージに着替えている。ついでに借りたTシャツのセンスが壊滅的なのは正直すごく文句言いたいけど、新参者だから仕方ない。農業王ってなにさ。
それに引き換えおいっちはいつもの背広姿で暑苦しいたらありゃしない。たしかに似合うし、格好いいけどTPOはあるでしょ。
「いや、なんとなくこの格好じゃないと落ち着かなくなっちゃって。あとその……指導者としての威厳が無くなりそうで……」
「威厳もなにもここで一番偉いのは歌野なんだから見栄張ってもしょうがないでしょ?」
「うぐっ……それでもプライドがあるのー!」
なんだか変なスイッチを押してしまったみたいでおいっちは大人気もなく騒ぎだす。めんどいからほっとこ。
「それにしても……諏訪の人達は老若男女ほぼ全ての人がこれをこなしてるからすごいよねん」
「うっ、無視された。でもまぁ……ほんとだね。しかも誰一人文句の1つ言わずに前を向いて生きている」
どんなに辛い目にあっても人はまた立ち上がれる──歌野が掲げたスローガンの下、諏訪の人々は今日も食べていくために懸命に働いている。
私達北からの避難民も到着した翌日には歌野や諏訪の人々の指示の下、畑を耕したり、諏訪湖での漁を手伝ったり内職や大工仕事を手伝ったりとあちこちに駆り出されている。
文明が一昔遡ったような生活、そんな現状に諏訪の人達からは一切不平不満は聞こえなかった。むしろこうした体制を整えた歌野のことをリーダーとして信頼し、皆前向きに自分の役目と向き合っている。
「ふーっ……閉ざされた世界で1万人以上を養うのは……想像以上にハードなことなんだね」
半ば自業自得で汗だくになっているおいっちはぼやくけどほんとそのとおりだよ。私達旭川の生き残りは100人ちょっと、生き残りが少ないからこそ山や川、町の空家から調達した食糧を上役達がやりくりして今まで食べていくことはできていた。それでも限界が近くて争いが絶えなかったのにね。
それに対して諏訪にいる生き残りは1万人、食べ物を常に生産できる体制じゃないととてもじゃないけど全員餓死だよ。
「うーん、結界で広く安全圏を確保できるのは必ずしもメリットばかりじゃないんだにゃあ」
安全圏が広ければ広いほど、当然生存する人間も多くなるわけで。それが短期的なら良いことなんだろうけど長期化すれば最悪……先日見た青函トンネルの惨状みたいになっちゃうしね。
私はないものねだりしていた結界による弊害に早くも直面していた。
「四国のように神樹の恵みでの安定した食糧供給があるわけじゃないからねー。せっかく生き延びてもその後も考え続けなきゃいけないのが辛いところだよね」
「ほんとにね。……てかさ、四国の神樹様ってズルくない?」
インフラや結界だけでなく食糧まで産み出してくれる神樹様の手厚さに思わず絶句してしまう。
「地の神々の集合体が神樹だからね。それだけ力も強大なんだ。だから最終的にはここの人達も全員四国に移動させたいんだけどね」
「うーん、桂蔵坊の力で一気に全員四国まで瞬間移動とかできればいいんだけどなー」
桂蔵坊の力を何回か使ってわかったことだけど、どうやら瞬間移動できる重量が決まっているらしい。運べても私とせいぜいもう一人くらいだろう。それと移動した距離に比例して再使用までラグがある感じかな。
ほんとはまだまだこの能力についても検証したいところなんだけどねぇ。
「せっちゃん……本当に身体は大丈夫?」
おいっちにこんなに心配そうな顔されてたらそんなにポンポン使えないよ……。
「今のところは……使った後はどっと疲れるけどね。精霊を使ったことによる穢とやらの明確な症状はないよん」
「なら良いけど……無理せず自分も幸せであること! たとえ勇者でも自分を一番大事にね?」
「ん、あんがと。素敵なスローガンだね、それもどっかのシリーズの受け売りかな?」
「あ、バレた? あははははは」
おいっちは恥ずかしそうに笑うけど、受け売りでも私を心配してくれる言葉には違いない。今後もなるべく心配かけないようにしよう。
「はは……あ、精霊といえばコシンプ殿は?」
「そういえな数日見てないね。ま、よくあることだけど」
コシンプは自由気ままで神出鬼没だ。私が念じれば勇者には普通に変身できるし敵が来た時は位置を教えてくれるからそう遠くにはいないと思うけど、どこをほっつき歩いているのやら。
『呼んだかい? 雪花、及川』
「噂をすればコシンプ殿!」
「諏訪に着いてから姿を見せなかったけどどこ行ってたのさー」
私達の会話を知ってか知らずか、タイミングよくいつも通りコシンプは私の右肩の方から出現した。
『それはね、ここの土地神に挨拶がてらこの地を見て回ってたんだ』
「土地神に挨拶?」
『諏訪の土地神からすればボクは異教の神の使徒、無礼を働けばボクや雪花が祟られかねないからね』
「なるほど……たしかに今は日本神話の神域にアイヌが介入しているような状態ですものね」
おいっちは納得したように頷く。神話にはそこまで詳しくないけどたしかに土着の神ともなれば余所者への目も厳しいか。
「一応、私も後でお参りしてこよっかなー」
『うん、それが良いと思うよ。もっともここの土地神は友好的だから心配ないと思うけどね』
「話とかできたの?」
『正直ニュアンスでしかお互いのことは理解できなかったけどね。人間でいう外国人同士みたいなものさ』
「そうですか……ではコシンプ殿、諏訪の土地神は諏訪を将来的にどうするかとはわかりませんでしたか?」
おいっちが神妙な面持ちになる。たぶんこれは私も覚悟を決める話だ。
『はっきりとはわからない。でも及川の考えている通りだとは思うよ』
「おいっちの考えていることって……どゆこと?」
『諏訪は近い未来に四国の囮として滅亡するってことさ』
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「諏訪が……四国の囮……?」
私は以前からおいっちに諏訪が滅びてしまうことは聞いていた。でも詳細は時が来たら話すとはぐらかされていた。コシンプとおいっちがこの話題を持ち出したということは、今がその時なんだね?
「うん、あくまで私の知る世界の知識だけどね。四国からの救援はかなわず、ここで歌野ちゃんが最期の最期までバーテックスに抵抗したことで四国の勇者が戦う準備が整ったんだ……」
歌野……やっぱり違う世界でもつくづく勇者だったんだね。
「でもそれは……最期まで頑張った歌野ちゃんと水都ちゃんへの土地神様からの慰めでしかなくて、最初から決まってたことなんだと思う」
『土地神としては不本意な話だと思うよ。土地神はここの勇者と巫女を可愛がっている様子だ。でも諏訪は地の神という大きな括りでは支社、本社の神樹の意向には逆らえないってところかな』
つまり歌野と水都は始めから四国の囮として使い潰されるために生まれた勇者と巫女。
「そんなことって……! あんまりじゃんっ……!」
つい最近できた新しい友達2人がそんなふうに扱われてた……なんて残酷な世界なの!
「でもねせっちゃん」
昂ぶりそうになった私に、おいっちは優しく肩に手を置いて落着かせてくれる。
「まだこの世界の大社の意向がそうなのかはわかってないよ。仮にそうだとしても今から打てる手はあるんじゃないかな?」
何を企んでいるのやらおいっちは顔に似合った悪そうなニヤケ顔をする。
「よーし、こうなったら私もとことん協力しまっせ!」
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「まず、歌野ちゃんには諏訪にいる間に2つのお願いをしようと思う」
「2つのお願い?」
「まず1つは私達を四国との勇者通信に混ぜてもらうこと。とっくに歌野ちゃんは私達のことを四国に報告しているだろうけど私達も直接向こうの勇者、あわよくばそれより上の大社と話がしたい」
そっか、歌野は四国の勇者と定期的に無線機で連絡してるんだっけか。それなら話が早い。
「それは簡単なんじゃないかな? 今から私という勇者が1人四国への追加戦力として向かうんで挨拶しましょって言えば喜んで応じるでしょ?」
「そこでせっちゃんが四国の戦列に加わるのと引き換えに諏訪への救援を要請できれば最高なんだけどね」
おいっちは頭を抱えてへたり込む。
「わりといけそうだけど駄目なの?」
「たぶん四国はこれ以上人員を割きたくないんだよ。食糧とかインフラはともかくとにかく避難民が多すぎて治安は悪化状態。天恐なんていう厄介な精神病も蔓延しててね、一歩でも間違えれば即暴動になる。元自衛隊で組織された部隊がいるとはいえ、できれば四国の守りを固めたいんだと思う」
天恐なんていう病気は初めて聞いたけど……なるほどねぇ、人はたくさんいるけど人材がいないってことか。大雑把に言えば政治の話なんだろうけど、どこも問題を抱えているんだね。
「そして四国が救援を渋るであろう理由の1つは良くも悪くも歌野ちゃんが強すぎちゃったことだと思う。あの最低レベルの装備で何年も諏訪を保たせて、リーダーまでこなしちゃっている。はっきり言ってあの子が異常なだけで勇者の力を大社は過信してるんじゃないかな」
「アハハ、それはわかるにゃぁ。歌野の活躍を通信越しに聞いてれば、四国は同じ勇者が5人もいるんだから大丈夫って思っちゃいそう。逆に言えば、そんな強い戦力を容易に四国から手放したくないともね」
諏訪に来てから歌野とは何回か一緒に戦ってるけど、彼女の戦闘能力の凄まじさを思い出して笑ってしまう。こないだなんかもはや鞭を使わずに蹴りで星屑倒してたし。
「……いや、せっちゃんも大概異常に強いんだけどね?」
「えっ?」
おいっちはその顔に似合わぬ可愛らしいジト目で私を睨んできた。
「だってそうでしょ? せっちゃんも1人で旭川を守ってたし単騎で進化体倒しちゃうし、戦闘の後はちゃっかり要塞作ってるし。やってること歌野ちゃんとほとんど変わらないからね?」
「あー! あー! 言わないでー。私はいずれ全員が四国に着いたらあとは四国の勇者に任せて楽するんだい。程々でいいの、強いとかいう評判はいらないから!」
たしかに勇者として人々を守るために自分なりに頑張ってはきたけど、歌野なんかと一緒くたにされちゃうのは流石に買いかぶりすぎよ。
「とか言って頑張っちゃうのがせっちゃん」
『やはり秋原雪花は勇者である』
「おっ、座布団1枚!」
「やかましいわい! ……で、四国の大社と話すのはわかったけどもう1つの頼みことは?」
おいっちとコシンプが合わさるとこうもやかましいとは……収集がつかなくなりそうなので無理やり話をもとに戻す。なんかもう既にすごい疲れたにゃあ。
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「よし、それじゃあ……もう1つのお願いのほうも説明するよー」
おいっちはそう言いながら今度はおもむろに背広の懐をまさぐる。
「テレレレッテレー! ビデオカメラ〜!」
妙に上手いダミ声で懐から1つのハンディタイプのビデオカメラをだしてきた。いや……おいっちもその世代じゃないでしょ。
「これは旭川にいるときに駅で見つけたんだけどね、結構簡単に手に入ったよ。生きてるバッテリーを複数見つけるのは大変だったけど……やっぱり皆は食糧や水に目がいきがちだからさ」
「? ビデオカメラが手に入ったのはおめでとって感じだけどそれでなにすんのさ」
「諏訪の日常とせっちゃんと歌野ちゃんの戦闘データの記録だよ」
「どゆこと?」
ビデオで諏訪と私達の撮影? 一体それがなんの役に立つんだろうか。
「ま、これまた理由が2つあってね……諏訪にも生き残りが大勢いるという確たる証拠の保全、もう1つは2人の戦いを記録することで四国勇者の戦闘訓練に活かしてもらおうと思って」
「そっか、四国の人に動画を観てもらって諏訪でも人が生きていることをアピールするんだね。そうすれば、四国の大社も諏訪の住民の救出を真面目に検討せざるおえなくなる。相変わらず小賢しいこと考えますなー」
「そういこと」
「戦闘訓練というのは?」
「四国の勇者の中にはまだバーテックスとまともに戦ったことがない子もいる。それにもう2年半以上も四国はバーテックスに接敵してない。もし、四国勇者が諏訪の救出に加担してくれてもそれで命を落としちゃったら意味がないからね。なるべく初陣までに生の戦闘映像で訓練に役立ててほしいんだ」
勇者の生存率を少しでも上げるためか、たしかに同じ境遇の子達が死なない為ならば私は大賛成だよ。
「よしっ! 戦闘訓練に役立つようにこの諏訪でもしっかり手本を見せるよん。あ、でもさ……」
「なーに?」
「戦闘映像はまだしも、諏訪の人達が生きてるってことデータごと大社に握りつぶされたらどーすんの?」
おいっちの話しぶりだと四国は諏訪を救出することに消極的、最悪戦闘データという美味しいところだけを吸い出されて闇に葬られてしまうかもしれない。
「そこで、データを動画投稿サイトに流出させるかそれをダシに大社に交渉を持ちかけようと思う。動画が拡散すれば、世論は間違いなく動くだろうしね」
「待っておいっち、四国ってネット繋がってんの?」
おいっちの回答以前に私はそこが気になり、つい話の腰を折ってしまった。
「うん、私の記憶ではネット掲示板とかも結構盛んだったよ。たぶん動画投稿もいける」
いやはや……神樹の恵みといい、つくづく四国ってなんでもありですにゃぁ。
「でもさ、大社を強請るとしても動画投稿って効果あるものなの?」
たしかにインターネットって便利だけど動画投稿が有効というのはいまいち私にはわからない。
「それはもう! 私のいた世界なんかはインフルエンサーによるSNS戦国時代だったんだから! 少しでもバズる動画を作ってそれを元手にフォロワーを増やしてさらに拡散力を高めていく! この世界でも30年後の四国ではその拡散力を活かして情報収集を行っている集団がいたくらいなんだからね! あとそれから──」
インフル……バッ……バズる……? 英語なんだろうけどよくわからない言葉が飛び交うおいっちの世界怖いよ。
「ちょっと……急に早口でまくしたてないでよ」
「あっ、ごめん。せっちゃんも天災前は動画投稿サイトが流行ってなかった?」
「そういえば……ビートボックスしながら商品レビューしてる人の動画が学校で流行ってた気がする。確か名前は……あっ、ピカキンだ!」
「……こっちの世界だとピカキンって名前なんだね、彼」
おいっちはなんかしっくりしてなさそうな顔だけどまぁ、いいや。
「それで、動画を撮るにしてもただ撮るだけ? だれか出演させて解説とかさせたほうがいいんじゃないの?」
諏訪の日常風景を撮るだけなら最悪天災前の映像と勘違いされて一般の人達には見向きもされないと思う。だれか状況を説明できる案内役をたてほうが良いと思うけど。
「それには超うってつけの子がいるよ。あちらをご覧ください」
おいっちがわざとらしく手のひらで指し示した先には休憩中の農家のおじいさん達に冷たいお茶を差し入れをする天使──少し癖のある栗毛をショートカットにした美少女がいた。
「なるほどねん、これは確実にバズりますわ」
おいっち 旭川にいるときに備品と称して色々と収集していたが役に立たないものも多い。おいっちの背広の懐は四次元ポケット。
秋原雪花 動画投稿サイトが既に流行っていたときの世代だが、まさかここまで現代のスタンダードになっているとは思いもしていなかった。
コシンプ 人外同士も人間と同じで言葉が通じなかったらジェスチャーで頑張るよ。
白鳥歌野 農業と鍛錬で肉体を鍛え抜いているため足技も得意。
藤森水都 怪しいおじさんに狙われていることにまだ気づいていない。