北の悪役指導者に転生してしまった   作:沼爪

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 私は勇者であるシリーズのオタク、華の女子高生及川。
 サ終してしまったゆゆゆのゲームアプリの家庭用版ソフトを買うために毎日バイトに勤しんでいた。
 いつものようにバイトに向かうことに夢中になっていた私は横から急速に近づいてくる車に気づかなかった。
 私はその車に轢かれ、目が覚めたら……体がオジサンになってしまっていた。



北の指導者、己を知る

 

「最悪。本当に最悪」

 

 診療所の部屋の中で目覚めた私は、部屋の洗面所の前で鏡をかれこれ30分くらいは眺めている。

 

 ──どうかこれも悪い夢であってほしい!

 

 そう願い続けるが鏡には如何にも悪そうな顔の中年男性がうつるだけだった。

 ……仕方がないので身体チェックをしよう。

 

「あー、まー、まー、まー、……ゲーム同様声は無駄にいいよね。ムカつけど」

 

 声は無駄にダンディでとあるゲームの神父さんに少し似ている。

 顔も禿げてるわけでも太ってるわけでもないしどちらかと言うとイケオジの部類には入るんじゃないかな? それにしたって性格が悪そうな顔だけど。

 体型はやや筋肉質、背は高めで女子高生だったときよりは力がありそう。

 そして下半身に感じる違和感。うん、これは本当に最後の最後に確認しよう。これを受け入れるにはまだ他の現実がつらすぎるね。

 

 持ち物は──高そうな背広に腕時計、小型の無線機、そして綺麗なハンカチ。ん? なんか背広の左の懐が膨らんでるな。

 

 懐の中に手を入れ中身を取り出す──

 

「えっ? うひぁぁぁぁぁぉぉああああああ!」

 

 懐の中にはミイラ化した子狐の死骸が入っていた。

 

「なんでこんなの入れてるの!? 馬鹿じゃないの!?」

 

 いやこの狐ちゃんはなにも悪くないけど。ごめんね、後で丁重に埋葬してあげるからね。取りあえず死骸はハンカチで包み懐に戻しておく。

 ……たしかゲームでこの世界の及川は生贄を使ってカムイの力を高めるとか抜かしてたよね? 

 

「ほんっとろくでもない!!」

 

 ──さて、身辺の確認をしたら次は私が転生したであろう世界の確認だ。せっかくもらった2度目の命、いつまでも落ち込んだりして無駄にはしたくない。

 

 私がおそらく転生したであろう世界──時代はオジサンの方の及川が最近まで生きていたことを考慮すると西暦2015年〜2018年頃の勇者であるシリーズかな? 今が何年かは後で誰かに聞こう。

 まだ四国勇者は初陣を迎えてなくて、地方で単独で戦う勇者達の時代。単独で戦う勇者の地方は判明している限りでは3つ。沖縄、長野、そして北海道。

 

「うーん、かなりハードな場所に転生してしまったねー」

 

 さっき部屋に入ってきた少女──秋原雪花、通称せっちゃんは北海道の勇者だ。ということは必然的に私は北海道にいるんだね。部屋も空調がきいてなくて寒いし。せっちゃんもピリピリしててあまり余裕がなさそうなことも踏まえると十中八九そうだろうな。

 

「それにしても生のせっちゃんすっごく可愛かったなー、二次元のキャラって現実世界に落とし込むとあんなに美少女なんだー」

 

 いけないいけない、真面目に考えないと。

 

 ……転生した場所が北海道とするとせっちゃんを取り巻く環境は最悪だと思う。ゲームの設定通りに考えると両親も既に亡くなってて頼れる人もいない。周囲の人間達はどうにか勇者であるせっちゃんを利用しようとするばかり。利用しようとしていた筆頭の体を使っている私が言うのもなんだけどよく擦り切れないものだ。

 

「勇者って基本的にはメンタル強い子じゃないと務まらないよねぇ……」

 

 私はどう立ち回るべきだろうか? もちろん第一にせっちゃんの力になりたい。

 幸いにも私の立場はたしか北海道の生き残りでは一番の権力者だったハズ。住民達の意識を変えさせてせっちゃんの負担を少しでも減らす? うーん、それも大事だけど根本的な事態の解決にはならない気がするなー。

 

「……取りあえずまずは自分を知ろう」

 

 

────────────────────────

 

 

 診療所を出ると外は綺麗な銀世界が広がっていた。冬の北海道には行ったことがなかったけどほんとに雪の街なんだねー。

 

 ん? 初老くらいの男性が待ち構えているね。……この人も悪そうな顔しているなー。

 

「これはこれは及川さん、お怪我の具合は大丈夫ですか? 化物達に喰われかけたと聞いて皆心配していましたよ」

 

「怪我は大丈夫です。心配をおかけして申し訳ございません」

 

 男性に向かって頭を下げる。心配をかけたのだから当然でしょう?

 

「…………」

 

 うーん、なにか間違えたかな? みんなも心配してると言ってたしもっと謝ったほうがいいだろうか?

 

「あのっ……心配をかけてしまったので他の人にも謝罪を──」

 

「これは驚いた。及川さんが頭を下げるなんて……。いやはや良いものを見せてもらいましたわい」

 

 初老の男性は心底愉快そうな顔をする。……なるほど、これがせっちゃんを取り巻く環境か。

 今のは悪手だったのかな? 目の前男は私が襲撃の影響で精神的に参っていると感じて喜んでいるのだろう。

 

「ところで、あそこの屋敷の前で立っているご老人は何をしているのですか?」

 

 初老の男と話していると少し遠くに見える立派な屋敷が気になった。屋敷の門の前にはお婆さんが1人、凍えそうに立ち尽くしている。

 

「アレは及川さんの護衛でしょう? 老人共は大して役に立たないから、ああして立たせていざという時の囮にしておけと皆に提案したではありませんか?」

 

 は? 私の理解が及ぶのに数十秒かかった。そして私が目の前の光景を理解した時──絶句することしかできなかった。

 

 この及川という男はどこまで醜悪なの!!

 

 過去の自分の所業に絶望しそうになるが今はそれどころじゃない。

 私は屋敷に向かって全力で走る。

 

「あっ、ちょっと! 及川さん!?」

 

 なにか後ろで叫ぶ声が聞こえるけど関係ないっ!

 

「あのっ!」

 

「あら? 及川さん、怪我は大丈夫でしかい?」

 

 お婆さんは凍えながらも私の身を心配してくれた。よりにもよってこんな私の身を……。

 

「ほんっとうに! 申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁあああ!」

 

 こんなことで許してもらえるとは思わないけど私は雪の積もった地面に頭を擦り付けることしかできない。それが本当に悔しいっ!

 

「……今日の及川さんはちょっと変ねー」

 

 

────────────────────────

 

 

 私はお婆さんを屋敷に入れた。屋敷は空調はついていないが外よりは暖かい。ガスが通っておりお湯も沸かせた。そういえばインフラ系は北海道の神──カムイの力でギリギリなんとかしてるんだっけ? 

 

「どうぞ、これを飲んでください。それと今までのこと本当に申し訳ございませんでした」

 

 お婆さんは私の謝罪を受け入れると嬉しそうにお茶を飲んでくれた。

 

「なんだか今日は昔の及川さんに戻ったみたいねぇ、あの頃は本当に良かった。みんな仲良くて平和で暖かくて……」

 

「この街には他にもご老人が? あと子供達も?」

 

「えぇ、私のような老いぼれがあと9人。小さい子供達も5人ほどいます」  

 

「それならどうぞこの屋敷をご老人や子供達で使ってください。見たところ、この屋敷は広いし設備も整っている。もちろんこれで今までの償いができるとは到底思っていません。それでもどうかっ……!」

 

 

────────────────────────

 

 

 お婆さんを居間に残し私は屋敷の散策を続けた。そしておそらく及川の部屋であろう場所に入る。

 

「うわっ! 狐ちゃんでなんとなく予測はついてたけどほんとろくでもないわね」

 

 部屋に入るとまず目に入ったのは大量の動物たちのミイラ化した死骸。きっと何かしらの呪術に使うつもりだったのだろう。人の死体が見当たらないのが唯一の救いだ。

 奥には巨大な祭壇が建てられており、書物がいくつも散乱している。お香のような薬品の匂いもする。

 

「ほんと手当たり次第って感じね」

 

 しばらく散乱していた書物を整理していると日記のような物を見つけた。これは自分を知る重要な手がかりだ。手記開いて大事そうな所を読み進めていく──

 

 

【2015年 8月30日 この街の指導者として現状の記録を残すために手記を残すことにする。あれから一ヶ月が経った。多くの住民達が化物共に殺戮された。その中には私の妻と娘も含まれている。必ず妻子の仇は討つ。】

 

【2015年 9月20日 勇者様の活躍のおかげで此処は比較的安全になったが、その噂を知ってから他所の地域からも避難民が増えた。こういうときは助け合いが肝心だ。暖かく迎えよう。】

 

【2015年 12月12日 また住民同士でいざこざがお起きた。手に入れた食べ物の分配についてだ。もう今月だけでも5度目だ。仕方ない、多少の不満は出るかもしれないが私主導で食糧の分配を行おう。】

 

【2016年 1月6日 先月食べ物の分配で主に揉めていた人物の片割れが事故死した。事故なのに皆誰かが殺したと疑心暗鬼になっている。私ではないぞ。】

 

【2016年 4月10日 勇者様はなんとか住民達を守ってくている。だがこの先勇者様1人だけで住民全員を守り続けることなど不可能だ。なにかカムイの力を高めて私でも助けになる方法はないだろうか。】

 

【2016年 11月30日 いつまで経ってもカムイの力が高まらない。これじゃ妻と娘の仇が討てない。一体何が足りないのだ。たしかアイヌでは小熊を育てて生贄にする儀式があったはず。今度勇者様に熊を獲ってきてもらおう。】

 

【2017年 2月8日 老人達が何もしないくせに腹が減ったと言い始めた。不平不満を言う前に少しはなにか役に立ったらどうなのだろうか? 奴らを有効活用する手段を考えよう。】

 

【2017年 6月3日 どうやったらカムイの力が高まるのか? まだ試していないことがある。いや、それだけは駄目だ。】

 

【2018年 1月7日 今日は子狐の死骸を使って呪術の実験する。これで駄目ならもう目障りな連中から使うしかない。】

 

 

 ──私は一人の男の人生の一部を断片的にだが読み解いた。

 日記の最後のページには男とその妻子であろう人達が笑顔で映る写真が挟まっていた。

 

「……あんたもそういう顔できたんだね」

 

 今までの北の指導者──及川の所業は到底許されることではない。でもこれからは私がこの世界の及川として生きていかねばならならない。指導者として皆を導いていかなくてはいけない。

 

 そのためにこの身体は託されたのだろうか。

 

 手記は1月7日で止まっている。次は私がこれを書き足す番だ。

 

「よしっ、とりあえず自分のことと、今日の日付はわかった!」

 

 自分のことは知った。次はこの世界のせっちゃんと住民達のことを知ろう!

 

 

 

 




及川(JK) 自分が憑依する前の及川の所業にドン引きしている。老人と子供、動物には優しくを心から誓う。かつての及川の手記を読み、指導者としての責任を果たそうと奮起する。

初老の男性 雪花を自分の養子にして権力を拡大しようと考えている街の上役の一人。自分より立場が上である及川が悲惨な目にあうことが何よりも楽しみな下衆。

お婆さん 過去の及川の非道な行いの犠牲者。現在の及川の言葉通り、屋敷は老人や幼い子供達が身を寄せ合う場所となる。

秋原雪花 せっちゃん。今回は出番なし。バーテックス襲撃時に救けた及川を診療所へ運んで目が覚めたのを確認した後、秘密の場所へ飛び立つ。
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