ハグレ王国には道場があります。大きくて頑丈で個性的な見かけの場所で、老若男女種族を問わず、毎日大勢の人が、時間を見つけて体を鍛えに来るのです。
私もまた、ここで日々の鍛錬に励んでいます。
「ダダダダダダダダダダダダッ!」
「あと十秒!」
「うおおおおおおおおおおーー!!」
私の全力のラッシュを受けるのは、王国の二枚盾の一人、牛獣人のボディビルダーこと、ニワカマッスルさんです。
圧倒的なボリュームと密度を誇る筋肉で、数々の攻撃を受け止めて来た歴戦の戦士です。
自分の攻撃を受け止めて欲しい場合などは引っ張りダコで、私が全力を遠慮なくぶつけられる相手は、彼以外にはもう一人しかいません。
「三、二、一、そこまで!」
「っしい!」
全身から滝のような汗が流れ落ちて行くのを感じます。分厚い筋肉の鎧に打ち込み続けた手足が悲鳴を上げています。
一方でマッスルさんも息を切らせています。よし、私の拳法は通じている。
「チャクラでトレーニングは終了、チャクラ始め」
「はい」
私たちは二人でチャクラを練り、体の傷と疲労を癒しました。
この瞬間が悔しくもあり、愛おしくもあります。
「マッスルさん、今日もありがとうございました」
「お役に立てて何よりですぜ、レプトスさん」
私たちの全力を受けとめられる人は限られています。倒せないことはショックですが、攻撃を受け止められることは、甘えられているような、安心感もあって、複雑です。
「マッスルさんはこの後筋トレですか」
「ええ、今度新しい筋肉の付け方を試そうと思いまして」
「新しい筋肉、の付け方?」
マッスルさんは道場の片隅にあった王国バッグの中から、沢山の本を取り出しました。
「えっえっ、それは本、ですか」
「写真集ですよ。ビルダー用のね」
そう言って彼が見せてくれたそれは、同じような牛獣人の写真集でした。
全てのページが写真であり、パラパラ漫画のように、ページを捲ると筋トレの動きが理解できるようになっていました。
「あっすごい!わかりやすい!」
「これならオレみたいなのでも理解できますよ」
見れば他の本も全て同じような物でした。
動きだけじゃなく、その筋トレを始めて何日という経過、また止めた後の筋肉の衰え方などが載っていました。
「この人はね、わざわざ自分の筋肉を落とすことをメインに研究してて、鍛え上げた奴からしたら、怖くて仕方ないことを、あえてやってるんです。尊敬しますよ」
マッスルさんは熱っぽく語りながら、写真集を見ています。
「これもある意味、自分を盾にしてるんですね」
「ええ、だからこそオレは、より立派な筋肉の増改築に挑めるんです」
「そっかあ。筋トレ、頑張ってくださいね」
「おう、ありがとよ。じゃあな!」
彼はそう言って白い歯を見せて笑うと、筋トレをしに行きました。余りに重い物を持つと床が抜けるため、グラウンドに向かうのだそうです。
あの大きな背中を見ていると、彼がこの国で大勢の、特に男性から好かれる理由が分かる気がします。
「私も少し休んだら、鍛錬を再開しないと」
道場の中では皆、自分の持ち味を伸ばし、或いは短所を補うべく、思い思いの鍛え方をしています。
それさえ他人には真似できないものばかり。なるほど初歩を教えられることが、重宝される訳です。
「今日はどっちが勝つかな」
そんな声に振り向くと、金髪の素敵な男性がいました。
この国で数少ない堅気の常識人、アルフレッドさんでした。
鍛冶屋のジーナさんの弟さんであり、唯一アンデッド戦に特化した剣士です。
「どっちがって」
「ほら、あそこ」
言われて見れば、そこには模擬線で切り結ぶ二人の男女がいました。
片方はダイミョーと言われる剣士の柚葉さん。
長髪の女性で紺色の和服に身に纏い、刀と呼ばれる重い剣を高速で振るう、独特の剣術の使い手です。
「昨日はマーロウさんが勝ったけど」
もう片方は狼の獣人のマーロウさんです。私をこの道場に誘ってくれた方で、こちらは速さに加え、力もあります。
どちらも凄腕の剣士であり、ハグレ王国の選手層の厚さには舌を巻きます。
「『居合の間合いと速さに躊躇った瞬間、既に切られている』って言って、押しに押したのが昨日の試合だった。でも今日は」
アルフレッドさんの言葉に答えるように、柚葉さんが動きます。マーロウさんの動きを真似て。
「速さなら彼女が上です。敢えてマーロウさんの動きを真似することで、隙を見出そうとしてる?」
「それだけじゃない。相手の構えや攻撃を、居合の動きに落とし込めないかを探してるんだ」
それは正に、技を盗むというべき行為。
刃を潰した剣とはいえ、不利で承知で戦う彼女は、何度も打たれ危うい場面を晒しました。
しかし。
「ここからが彼女の怖い所だよ」
追い詰められた柚葉さんの動きは、マーロウさんと同じでありながら、徐々に相手よりも早くなって行きました。
まるで順番が逆転したように。
「どっちが獣か分からないよね」
手負いの彼女こそが本当の姿なんだと思います。
それほどに技が冴え、闘志が張り詰め、息を飲むような鋭さを見せる。
二人の獣が最後に交錯した瞬間、マーロウさんの剣が空に飛びました。
「勝負あり、だね」
柚葉さんの剣は、渾身の勢いで振り降ろされた剣を斬り飛ばしていたのです。
「すごい……」
「本当に。自分が追い付けるのか、たまに不安になるよ」
「アルフレッドさんが、ですか」
「そうさ。皆強いから」
この人も相当に強いのですが、いつか手合わせ願いたいです。
私はその前に男性を見ると赤面するのを、克服するが先ですけど。
「…………」
「おっと、休憩の邪魔しちゃったかな。ごめんね」
「いえ、またお話しましょう」
アルフレッドさんは、軽く手を振って去って行きました。
皆さんの鍛錬の仕方は本当に様々です。模擬線、筋トレ、私は拳法の型稽古。
道場の中は見ているだけも勉強になる光景に溢れています。他にも。
「ハーイワントゥースリィーフォー!ワントゥースリィーフォー!」
「あらあらまあまああらあらまあまあ」
社交ダンスを踊る人たちもいます。
二人の悪魔、ゼニヤッタさんとイリスさんです。
イリスさんは銀髪の女性で、大魔王の娘さんだそうです。
怖いくらい綺麗な人で、よく従者の方と一緒にいます。
イリスさんの手拍子と掛け声と足の動きは全部バラバラで、合わせる気が微塵もありません。
だけどゼニヤッタさんも楽しそうにステップを踏んでは、その周りを軽やかに舞い踊ります。
「ゼニヤッタ、ペース上げるか、それともオトス?」
「イリスさんのご自由になさってくださいまし」
「ジャーこうダ」
イリスさんはゼニヤッタさんの手を取ると、足を絡ませてその、セクシーダンスを踊り始めました。
ランバダっていうのかな。
でもそれはただのランバダじゃなくて。
「HAHAHA!! 足を踏まれずに踊れるカ!?」
「まあイリスさんったら」
足がタップダンスのように軽快に跳ね、ゼニヤッタさんの足の周りを打ち鳴らします。一歩間違えば何度も踏まれてしまうでしょう。
しかし。
「いけませんわね」
足をスーッと滑らせてこれを避けながら、足の絡みを解き、バレエに移ろうとするのです。
二人のダンサーは、お互いに自分の踊りを押し付け合おうとしているのです。
それは滑稽でもあり、美しくもありました。誰も付け入ることのできない、二人の時間。
道場の端でウズシオーネさんが担架で運び出されていくのが見えます。
「ふう、今日も譲ってはくれませんのね」
「good job。最近ゴブサタだったが、楽しかったナ」
終わって見れば、フォークダンスの形に着地し、イリスさんがリードする形で、幕を下ろしたのです。
ゼニヤッタさんは少し息が上がっているのに対し、イリスさんは涼しい顔で道場を後にしました。
あの方の才能は底知れないものがあります。
(そうだ、話しかけるなら今しかない)
私は慌てて立ち上がると、咄嗟に予備のタオルとスポドリを持って、彼女の元へ駆け寄りました。
未だ乱れた呼吸、僅かに上気した肌、雪解け水みたいな汗。
何度見ても、いえ、見れば見るほどに、この気持ちが強くなるのが分かります。
「あの、ゼニヤッタさん!」
「あら? レプトスさん、こんにちは」
「こんにちは。これどうぞ」
「あら、わざわざどうもありがとうございます」
彼女は私のタオルを受け取ると、快く使ってくれます。
言わなきゃ、でも焦ったらダメ。
「今のダンス、見てました。とっても素敵でしたよ」
「あらお恥ずかしい、私ではまだ、イリスさんをリードし切れなくて」
ちょっと言ってる意味が分かりませんが、この人ならできそうという気がしてなりません。
「そうですか、あの、それでですね、あの、あなたを見ていて、言おうと思ってたことが」
「私に、ですか」
「はい。実は、前からずっと」
「まあ、何でしょうか」
自分でも性急だとは思いましたが、言いそびれるよりマシです。
「あの、良ければ私と」
ええいままよ!
「私と竜宮振蹴拳、やりませんか」