「私がレプトスさんの拳法を、ですか?」
ゼニヤッタさんは胸に手を当てて、少し困ったような顔をしました。
自分でもいきなりだなと思います。でもここで止まったり怯んでいる暇はありません。
押しの一手あるのみです。
「はい。ゼニヤッタさんを見ていて、ずっと思ってたんです」
「私にレプトスさんのような、功夫ができるとは思えないのですが」
「そんなことはありません!」
私の言葉に周りの人たちが頷くのが見えました。
それはそうでしょう。彼女ほど適正のある方はいません。
「あなたは魔法も物理も強く、動きも軽やかです。大婆様に近く、竜宮振蹴拳をやれば、直ぐにもモノにできますよ!」
とにかく私の気持ちを、ゼニヤッタさんにぶつけるしかありません。
「あなたなら、竜宮振蹴拳の新たな一面を切り拓けると思うんです。だから是非、私の鍛錬を助けると思って」
言葉にしていて、私が何故、彼女が気になっていたのか、分かった気がします。
ゼニヤッタさんはという戦士は、私たちに極めて近い位置にいるのです。その上で独創的な持ち味を確立している。
そんな人が自分に似た持ち味の拳法を修めたら、果たしてどうなるのか。
「そこまで私を買ってくださるのは嬉しいのですが」
「お願いします。どうかこの通り!」
私は五体を大地に擲って頼み込みました。何としても、一人の拳士として、その結末を見てみたい。
この人ならば、きっと……!
「レプトスさん、そんなお顔をお上げになって。周りの目もありますから」
「いいえ、ハグレ王国新参で大恩ある好みで、大先輩であるゼニヤッタさんに無理をお願いするのなら、頭を下げるだけでは足りないくらいです!」
――うっへえ。あそこまでストレートに来られると、結構きついもんがあるな。
――そうは言いますけど、エステル先輩が後輩だったら、たぶんあんな感じですよ。
「もしもこれをしろと言うんがあれば、何なりとお申し付けください!」
「レプトスさん、あなた、どうしてそこまで」
どうして、どうしてだろう。
この人を目で追いかけるようになってから、私はどうして、この人が頭から離れないのだろう。
それはきっと。
「あなたの竜宮振蹴拳を、この目で見たいからです」
顔を上げて、ゼニヤッタさんの顔を見ると、彼女の閉じた目が、ゆっくりと開かれていきます。
赤くて暗い、でもどこか温かい、血のような目。
生命の決して光に当たらない部分を、静かに称えた瞳。
――綺麗だと、思った。
「……そこまで仰るのなら」
「では!?」
「お店のこともありますし、あまり多くの時間は割けません。それでもよろしければ」
「あ、ありがとうございます!」
私は床を割る勢いで頭を下げました。
遂にこのときが、来た。
「ですからもう、その」
「はい。早速ゼニヤッタさんのための、トレーニングプランを考えます! では!」
このときの私のTPは海でのかなづち大明神さんくらいあった気がします。
雪乃さんのお店でジャージを買い、木人を買い、気持ちが高ぶって中々寝付けないほどでした。
――そして数日後。
「では早速やって行きましょう!」
「はい、よろしく頼みますわね、レプトスさん」
道場でお揃いのジャージを着て、入念なストレッチから、基本的な構えと、素振り、呼吸法の練習に入ります。
道場で教える際に、リュージンではない種族のために、若干のアレンジが加えられたものを、ゼニヤッタさんのために更に改良したものを考案しました。
たぶんこれまでで一番頭を捻ったと思います。
「基本はこれまでのゼニヤッタさんの動きで結構です。その中に邪魔にならない範囲で、拳法を取り入れて行ければと思ってます」
「まあ、それでよろしいんですの」
「会わないフォームを強制してもいけませんから」
そうして始まった鍛錬ですが、元より強く経験も豊富な彼女が、基本を身に着けるのに、大して時間はかかりませんでした。
「いいですよ、コオリナックルにキレが出てます」
「不思議ですわね。同じ力加減なのに、前よりも強くなっている」
元々ダンスの達人であった彼女は、肉体的な動きにも無駄がありませんでした。
あくまでもハグレ王国や修羅の世界基準では、控えめというだけで、体力も十分。
「キレが出るということは、その動作のためのロスが減るということです。あなたの踊りのように、洗練されていくんです」
ゼニヤッタさんは氷の魔法の使い手ですが、踊りと組み合わせた『ホワイトローズ』は非常に美しく強力な技です。
強い筋力や魔力ではなく、熟達した舞踊こそが、根幹にあると私は見ています。
「その踊りの中に、この動きや呼吸、リズムが欲しいなとか、こうしてみようかなって思えたら、それで良いんです」
「格闘技の特訓というよりも、音楽の授業みたいですのね」
クスリと笑う彼女の顔を見ていると、私も胸が温まる気持ちになります。この人は氷の悪魔なのに。
――そしてまた数日後。
「いいですよ、そこです!」
「はい!っはあ!」
ゼニヤッタさんの蹴りが木人を真っ二つにしました。あの白くしなやかで美しい肢に、薄氷を纏い鎌としているのです。
「次、岩です!」
「はいっはいっはあい!」
私が三つ連続で大岩を投げると、彼女は一つ目を高くレシーブし、二つ目を魔法の氷塊で相殺し、三つ目を打ち上げた一つ目をアタックすることで破壊しました。
「見事です」
「ありがとうございますわ」
着地にも残心し、隙が無い。本当に、綺麗。
「どうですか、ゼニヤッタさん」
「最初はどうなることかと思いましたけど、レプトスさんの言う通り、やって良かったですわ。私に足りない部分が、補われていくというか」
彼女が竜宮振蹴拳から吸収したのは、主に構えと歩き方、そして気の練り方。
かつての踊りを思わせる歩き方は、これから咲く蕾のような構えを添えて、より軽やかで柔らかく、崩しにくくなりました。
そして拳法の足運びは、踊りの合間を補い、ステップを強化し、そして重心と丹田への集中は、彼女に気迫を齎したのです。
「ええ、見ていて思います。あなたは薔薇であると同時に、虎でもあるんですね」
「虎、私がですか」
「あなたを見ていて、どうしてこんなに惹かれたのか、今ならはっきりと分かる。竜と対になるもの、それは古くから虎と言われています」
季節はもう真冬。身を切る風に吹かれて、不安や悲しみを感じる。
でもそれに、安心することもあって。
「あなたは竜の拳を学び、虎として目覚めたのです」
「私が、虎……」
最初は初恋なのかと思った。そんな漫画みたいなって思ったけど、無理もないくらいには、この人は綺麗だった。
でも今は違うって分かる。
私は。
「ゼニヤッタさん」
「はい、何でしょうレプトスさん」
「次からは組み手を解禁します」
私は、あなたと戦いたいんだ。
「そんな、まだ早いのでは」
「それは私が弱いから、ですか」
「レプトスさん……」
「それともまさか、私には勝てないとでも」
安っぽい挑発です。
「たぶん、この先には、すごい景色があると思うんです」
「景色、ですか」
「あなただからこそ、あなたじゃないと、見えない景色が」
それはきっと、いえ、他の意味は要らない。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
お願いだから。どうか。
「分かりました。どこまで出来るか分かりませんが」
「決して、あなたを失望させない」
予感があった。この人は、私に可能性を見せると。
――その夜。
「ということになってしまって」
ゼニヤッタは同室のイリスと、レプトスとの関係を相談していた。
「Ah-hun? 随分と惚れ込まれたナ」
「笑いごとではありませんのよ」
二人はハイソ極まる寝間着で、小さなテーブルを囲み、語らっていた。
「フラダンスの教科書で腰とケツを鍛えるよりマシだロ」
※著者モイスチャーの奴。王国民は全員習得済。
「それはそうですけど……」
「お前もまた面倒な女を落としたモノだ」
「落としたって、彼女は私の適正を見出しただけです」
「oops。ネンネのニャンニャンってことカ」
イリスは大げさに肩を竦めると、からかう様な視線をゼニヤッタへ向けた。
「間違いなく、あのカンフーガールはお前に魅せられている。求めるものがおかしい気がするが」
「時折私のことを、ヒーローのように見つめて来るのが、少し困ってしまって」
「憧れの取り違えか。あるいは混同か。私には関係ナイがな」
イリスは口にこそ出さないが、ゼニヤッタを友人だと思っている。
その友人が初心なトラブルに巻き込まれている。楽しくて仕方がなかった。
「いっそ結婚でもしてみるカ? 私が仲人してアゲマース」
「イリスさんったら、もうちょっと真面目に聞いてくださいまし」
「わかったわかった、で?」
夜も更けて行く中、二人の悪魔は語り合う。まるで初々しい後輩を可愛がる、女学生のように。
「すげー、ハイソ過ぎてうちら、全く入っていけないじゃん」
そしてその様子を、幾人かの仲間たちが眺めていた。