人として尊敬している。
拳士として憧れている。
そして、女性として……。
――年末。てこてこ山の山頂にて。
『さー年越しのメインイベントがやって来たぜ! レプトス対ゼニヤッタ! 世紀の戦いを見ずして、今年を締め括るなんてできない!』
『実況と解説と驚き役はハグレ王国一同でお送りするでち!』
夜も更けて寒さも厳しいというのに二人の試合を見に、ハグレ王国の仲間たちが駆け付けていた。
それどころか特設のリングまで用意した。
「あの、ゼニヤッタさん。これはいったい」
「国王様のお計らいでして。私たちにもしものことがあれば、直ぐに止めに入れるようにと」
レプトスは周りに集まった観客を見た。大半は見知った王国民だが、中には知らない顔もいた。
「そうですか。知らない人もいますけど」
「観光客の方々ですね」
「観光客!? 関係ないじゃないですか!?」
「ええ、しかしだからこそ、やり過ぎないことが大事ですのよ」
レプトスは理解した。特技でも魔法でも、広範囲の大技は使えない。あくまでも技と魔法は単体の範囲に留めること。
「……ハンデを頂いたようですね」
「そうでもありません。私は自分では、あまり物事を決められないので」
子供っぽく笑うゼニヤッタに、レプトスは謙遜かと思い、内心で首を振った。
この人に選択肢の多さは、それを迫ることは強みにならない。勝手にするか、誰かに決められるか、はっきりしていたほうが、この人は集中力を増す。
「そうですか。それよりも、その服、着てくれたんですね」
「ええ、似合いますかしら」
それは純白のアオザイだった。この日のためにレプトスが、ゼニヤッタのために用意した、特注の拳法着としての。
穢れの無い白と深みのある赤い長髪。普段は青を基調としているだけに、そのギャップは一際深いものだった。
「思ってたよりもずっと。嬉しいです。本当に綺麗……ゼニヤッタさん、私は」
そこまで言いかけて、レプトスの唇に、白く美しい指が止まった。
「続きは終わってから。そろそろ始めましょう。皆様が待っておりますわ」
「あっはい。よろしくお願いします!」
『両者リングに上がって握手。いいですねフレンドリーです。審判はハピコとクラマにしてもらってるぜ』
『割って入れるスピードがあるのは二人だけでちからね』
その際彼らはレイズを受けることになるだろうと、誰もが思った。
『試合のルール単純。ノックアウトかギブアップ、これだけ』
『ただし命に関わると判断したら、そこでストップ。セコンド役は我々で務めるでち』
その説明の間にも、レプトスとゼニヤッタは構えると、リングの中央で拳を軽く触れ合わせ、一度距離を取った。
そして。
『さあ最初はゼニヤッタから近付いて、え?』
静かな歩みから唐突に繰り出された正拳。それを包み込むレプトスの両手、受け流された衝撃を伝えられて、リング後方の大地が裂けた。
「おっと危ない、地面が脆いですわね」
「足を取られないようにしませんと」
涼しい顔をして会話する二人。
吐く息のように白い顔をする観客。
続け様に放たれる平手、軽く吐かれる吐息。
首の動きだけで受け流すレプトスと、その後ろに発生した突風や冷気に、人集りが移動する。
『これは、どういうことなんだ』
『恐ろしいことでち。ゼニヤッタちゃんは全く敵意や殺意がないし、些細な力の動きでさえ、空間を揺るがす。修羅の国と違って全力が出せないんでち』
『限界まで手加減してアレかよ……』
寄り添って踊り、戯れているようにしか見えなくとも、レプトスの背後に誰もいなくなったことから、その言葉の信憑性は確かであった。
しかし、納得できるかと言えば、違う。
取り分け、彼女にとっては。
『おっと、レプトスが構えを解いたぜ』
「……よしましょう、こんなの」
「レプトスさん」
レプトスは一度だけ客席へ振り向くと、大声で叫んだ。
「みなさーーーーん! お願いがあります! 私たちが全力で戦えるように、周りの人を守ってあげてください! 山が崩れないよう、大地も保護してください、こんなことに付き合わせて、申し訳ありません、でもどうか、ご協力お願いしまーす!」
しん、と静まり返った山頂で、最初に沈黙を破ったのは、赤毛の傭兵隊長だった。
「はっはっは。まさかこんな所で出番が来るとはな」
「他ならぬ仲間の頼みとあっちゃあね」
次に赤い牛さんが。
「やらない訳にも行きますまい!」
そして大きな妖精さんが前に出る。
他の王国の仲間たちも、冬着を脱ぎ捨てると、その下のフル装備を見せつける。
『こっちは心配いらないってよ、どんどんやりな!』
「バッチコーイ!」
仲間たちの声を受けて、レプトスは笑った。そしてゼニヤッタを見る。
「ごめんなさい、試合中なのに」
「いいえ、素敵でしたよ」
二人は戦いを再開した。仕切り直しにリング中央に戻る。
再びゼニヤッタが構えたが、今度は軽快なステップインと共に、全力の正拳突きが繰り出される。
そしてレプトスは、渾身の力でそれを受け止めた。
銅鑼を鳴らすような轟音が、一拍置いて鳴り響き、突き抜ける衝撃が、てこてこ山を震わせる。
「始めましょう……!私たちの戦いを!」
『おっとぉ、ここに来て初めてレプトスが攻めに転じたぜ!』
『速い突きが無数に繰り出されて行くー!』
心置きなく戦えるようになり、また相手が自分より格上と思っていることもあり、レプトスの心は躍った。
それはハグレ王国と戦った大老アリウープのように。
『さあ、竜宮振蹴拳の真骨頂、流れるような蹴り技の数々!』
『いや、ゼニヤッタちゃんも同じ技で捌いている! まるで極上のカンフー映画を見ているようでち!』
息詰まる超近距離、息を吐かせぬ足技の応酬、攻防にリズムがあり、決してテンポが崩れない。
当てても、受けても。
「ハイッハイッハイッ!」
「あらあらまあまあ」
『ウロボロスメリゴーだ! 流れるような三連撃がっ、二つ!?』
全くの同時、鏡で映したかのように、同じ技のぶつかり合い。
――ぎゃー!
――マイクを切れ! 拾わなくても音聞こえてる!
――むしろマイクで音が増幅されて鼓膜がー!
大きな力のぶつかり合いは余波だけで、周囲に影響を与えて行く。
「流石、よもやここまで使えるようになっているとは!」
「修めて見れば、波間に躍る拳、これはダンスでしたわ」
互いの体に無数の攻撃が当たり、ダメージが蓄積してなお、二人の表情穏やかだった。
「ここまではあなたの拳、そしてここからは、私の拳……!」
ゼニヤッタは言葉と同時に一度大きく跳躍し、優雅なステップとターンを決める。
その直後、周囲一面に氷の薔薇が咲き誇る。
『出たー!ゼニヤッタの十八番!ホワイトローズ!冬の寒気を受けて、より一層の大輪の花を咲かせたー!』
『出るか噂の虎薔薇跳躍拳!でち!』
普段なら咲き誇り、淡く消え去る魔力の花が、今は消えない。一つ一つが生命を宿しているかのように、繁茂していく。
「いいですね、ならば私も答えましょう。この日のために積み上げた、修行の全てを!」
レプトスが悪魔の気に応えると、彼女の手から一匹の竜が天に昇る。
『水龍モード、まだそこまで弱ってないはずだぜ!』
『レプちんの修行の成果でち。彼女はアレ使用できる段階を引き上げたんでちよ!』
『ということはつまり!』
氷の悪魔と水龍の拳士、両者が齎した雨と寒気により、山全体が極寒の深海と化しつつあった。
「ふふふ、こうなればお互い、長くは続きませんね」
「名残惜しいですわ」
拳を放てば切り落とし、足刀を放てば空を切る。輪を描くような上半身に、滑るような足捌き。
今度は先に仕掛けたのはゼニヤッタだった。
『飛んだ! ここに来てゼニヤッタが大ジャンプ! いつもの大人しい足運びじゃなーい!』
『レプちんは、ああ、いつの間にか花があんなに!?』
生い茂った氷の薔薇は、樹氷の檻となってレプトスを取り囲んでいた。彼女はそれは壊しながら進むが、虎の爪牙のような鋭いトゲが、彼女の切り刻んでいく。
加えて。
――なるほど。トラバラとはよく言ったものね。
――知ってるいのかヤエちゃん!!
――トラバラは次元の塔に咲く魔性の花、その特徴の最たるものは、根を異常に伸ばし、張り巡らせる。密生すれば地上を覆うほどになるわ。今みたいにね。
――なるほど、だからゼニヤッタさんは動きを阻害しながら、跳躍主体の空中戦に切り替えたんだね!
――まるで竹林に遊ぶ虎の如し。これが虎薔薇跳躍拳。見事だわ。
――でもそれなら逆に撃ち落とせそうじゃない?
――それができるのあんただけでしょ。