忘記却憶 〜忘れた者に忘れ物、忘れぬ者に忘却を〜 作:二次元の虫
待ち合わせ場所のステーションにある、小さな喫茶店。
待ち合わせ時間より6時間も早く来た僕は、いつものように店長さんにお願いする。
「いつもの」
「はいはい、コーヒーね」
それに応えていつものようにコーヒーをーーあれ、店長じゃない。
「店長は?」
「デブリ事故だってさ」
「ふーん……」
よくあることだし、まぁいいか。
手際よく、いや、いつもより3秒遅く、淹れられたコーヒーを飲んでーー首を傾げた。
「違う……」
「そうか? 店長直伝の淹れ方だけど」
「うん、味成分、濃度、温度、全部違うね」
「マジか、店長に任せっきりで腕鈍ったのかなぁ……味見頼んでいいか?」
「もちろん、タダだよね」
「修行代ってことで俺が立て替えとくよ」
「いいね、今日はコーヒー飲み放題だ」
「何杯飲むつもりだよ……」
そして、苦節5時間、普段から閑古鳥が鳴いているこの喫茶店に客が来なかったのもあって、ずーっと飲んでは淹れ、淹れては飲んでを繰り返しーー
「味成分、濃度、温度……うん、あってる」
データはログと一致している。
同じだ。同じはず。なのに……。
「違う……どうして……?」
「店長ーー親父がさ、ずっと口癖のように言ってたんだよな。その作り手にしか出せない味を出せるようになって、はじめて一人前だって」
そう惜しんでくれるなら、親父も浮かばれると思うよ。
そう言って頬を掻く店員さんーー店長の息子さんに、なぜか店長さんの面影が重なった。
でもーー
「そっか、もう、飲めないんだ」
ーーもう、会えないんだ。
頬を伝ってきた透明な水分が、空になったコーヒーカップに音もなく滴り落ちた。
きっとその時だったんだと思う。
忘れていたものを思い出したのは。
でも、それがあまりにも衝撃的すぎて、そして、なによりも恐ろしくて。
ーー僕は間違いを犯した。
ーーなら取り返せばいいだろ。
ーーえ?
ーー間違ったらごめんなさい、で改めればいいって言ってたのはーー
「アスターさんだろ……ん?」
まだ真っ暗な個室のベッドで、俺は自分の寝言で目を覚ました。
いや、寝言じゃなくて誰かと話していたような……夢の中の出来事だからか、あるいは単純に頭が働いてないのか、ぼんやりとしていて思い出せない。
ぼやけた視界をアテにせず、手探りで端末を起動してみれば、起床時間まではまだ1時間弱ある。
妙な時間に目覚めたな……なんか飲むか。
ベッドから起き上がり、個室に備え付けられた冷蔵ボックスを覗いてーーすぐ閉じて食堂に向かうことにした。
冷蔵ボックスに飲み物がなかったわけじゃない。
ただ無性に、普段飲まないコーヒーが飲みたい気分だった。