忘記却憶 〜忘れた者に忘れ物、忘れぬ者に忘却を〜 作:二次元の虫
第九話 〜お仕事のーー〜
総員9名の傭兵団、フェンリルバイトの一日は、拠点艦『グレイプニル』に響き渡る館内アナウンスからはじまる。
『みんな、おっは〜! 今日もお仕事の時間だよ! 準備が終わったらブリーフィングルームにいらっしゃ〜い!』
「いよっしゃ! 今日はあすたんアナウンスだ!」
「やる気がみなぎるぜ、ヒャッホウ!」
傭兵団の華、アスターさんの声に釣られて、野郎どもが目を覚ます。
ゾロゾロと個室から出てきて、身支度と朝食を済ませる流れの中に俺もいた。
「よぅ、新入り。そういえば聞いたぞ、初陣でブルーフレームを撃破したってな」
食堂でズルズルと朝食のインスタントラーメンを啜っていると、隣の席に座るやたらとガタイのいい刈り上げの男が、俺の肩を叩いて声をかけてきた。
「あんなのまぐれだよまぐれ。トドメは完全に別口だし」
ケルン式単機だったことを考えると、大戦果ではあるだろうが、明確にやらかしたミスもあり、そこまで誇れる気はしなかった。
「運も実力のうちって言うだろ? まっ、連中に絡まれた時点でプラマイゼロかもしれんが」
「ゼロ通り越してマイナスだよ」
単機でブルーフレーム相手なぞ、本当に洒落になってない。
結局、やつに与えたダメージというダメージは、あの狙撃以外、全部エネルギーの暴発による自損だからな。
そう思い返しながら、箸でスープの中の残りを探っていると、おもむろに隣の男が懐から何かを取り出すのが見えた。
紙束……にしては少し一枚一枚が分厚いな。カードの束か。
「これは?」
「お前の今の運勢を占ってみようと思ってな」
「出た出た、ラッキーナンバーのタロット占い。当たった試しがねぇんだよなぁ」
他の団員がそう茶化すが、そんなもん解釈次第だ、とせっせとシャッフルする隣の席の男ーーファング7、コードネーム:アルカーナ。
シャッフルを終え、食卓にカードの束を置いたアルカーナは、そのトップをめくって置いた。
その表面にはーー裸の男女が左右に立ち、その間に天使かなにかか、翼を生やした人物が浮かんでいる、という構図の絵が描かれている。
『The Loversの正位置。恋人のカード、ね』
「恋人……」
恋人……恋人?
その言葉で真っ先に浮かんだのはあいつの顔でーー
ハッ、と気づいた時には、周りの野郎どもがニヤニヤしてやがった。
「いやぁ、若いっていいねぇ。どんな娘が好きなんだぁ?」
「はぁっ!? 誰があんな」
狂犬なんぞーーそう口にしかけて、思わず口籠もった。
思い出すのは、一つの区切りとなったあの通信から、ここ一ヶ月弱の間に、カリスニスが用意した秘匿通信で夜な夜な交わした通話の数々。
『やぁやぁ、惑星降下作戦のために企業が持ち込んできたトランスレイザーは見た? ちょっと派手すぎるけど、やっぱり新しい機体はいいよねー。あの機体にはどういう運用が向いてるか、考案が捗るよ〜』
『もしもし、今、わたしは惑星メインフレームにいるよ。からだは重いし、昼は暑いし、夜は寒いし、もう帰りたいよ〜』
『おいシアン! お前、おまえぇ! 昔わたしがやらかした時の話をカリスニスにしたな! あっ、おい、切るな! 逃げるな!』
『そっちも惑星に降下するの? じゃあ、もしかしたら会えるかもね。ーーはやく、あいたいな』
違う、違う。5年の間に取り繕い方を覚えただけだ。
中身は狂犬のままだ、狂犬の、はず。
ーーでも、可愛いんだよなぁ、あいつ。
「おやぁ? 俺は好みのタイプ聞いただけなんだがなぁ?」
「あっ……」
しまった!
顔が熱くなるのを感じる。
おい、気持ち悪いニヤケ顔やめろ、歯茎出してるやつもいるぞ、めんどくせぇ!
「占いはここからの解釈が大事なんだが……そういう反応されると、俺も気になってくるぞ」
「まさかあすたんか!? あすたんは渡さんぞ!」
「いや違うし、お前のものじゃねぇだろ」
その問題発言にはマジで突っ込む。
確かにアスターさんは、普段から距離感近いせいで、未だにドギマギさせられる時もあるが。
「なんだと貴様、あすたんが好きじゃないと申すか!」
「めんどくせぇな、おい!」
この面倒なやり取りは、団長が〆てくれるまで続いた。
「お前らなぁ……久々の新入りで盛り上がるのは分かるが、下手すっと新人いびりにしかならんぞ。いい加減学べや」
やれやれ、といった感じで、腰あたりで束ねた灰色の長髪を揺らしながら先頭を歩く団長に、俺はついていく。
その後ろには、口枷と手錠で繋がれた
「悪いな、ヴァッハ。面倒だろ、こいつら?」
振り向いた団長が、そんな言葉とは裏腹に嬉しそうに声を掛けてくる。
まぁ、マジで面倒で鬱陶しいわ暑苦しいわでうんざりする時もあるがーー
「不思議と悪くないんだよな。ほどほどにはしてほしいが」
「そうか、そいつはよかった」
そんなやり取りを交わしていると、
「遅いぞ! 一体いつまで……うわっ」
見慣れた赤い色と見慣れないロングヘアが、目的地の扉からひょこっと現れた。
よりによって、野郎どもが口枷と手錠で繋がれ、俺と団長を先頭に連行されている場面で。
「おい、なんだその、シアン……この傭兵団、本当に大丈夫なのだろうな……?」
ドン引きして、思わず素が出てしまっている赤髪の小さな女ーーニュア・キノクスに、俺は頭を掻きながら答える。
「あー、確かにめんどくせぇけど、悪いやつじゃねぇ……から?」
俺とニュアのやり取りで、さっきの話題と合わせて余計なことを考えたのか、後ろでガチャガチャと口枷と手錠を鳴らす野郎ども。
その存在自体を無視することにして、俺はあのテロ騒ぎの時ぶりにニュアの姿を見た。
コロニー軍の制服である、ビシッとした雰囲気を持つ黒のスーツ。
それを彼女はネクタイを抜き、上着のボタンを全て外すという形で着崩して、白いワイシャツが丸見えになっている。
そこまで上着の前が開いてると、だらしない雰囲気が先行してしまいそうだが……。
それよりも何よりもーーその可愛いらしさに目を奪われてしまった。
「あー、色々悪いな、可愛らしい軍属さんよ。こいつらは無視していいからな。さっさとブリーフィングはじめっぞ」
「色んな意味で酷すぎて無視できるか! ……こほん、まぁ、なにはともあれ」
ふわり、と穏やかな表情で、彼女は俺に微笑んだ。
「やっと会えたね」
「別に、ずっと通話はしてただろ」
俺は思わずそっぽを向いて、心にもない言葉を口にしてしまった。
なんなんだよ、こいつ。なんでこんな……。
「今回はお仕事だけどさ、合間に話すくらいはできたらいいね〜」
一緒にお仕事がんばろ〜、と口にして微笑む彼女はーー
言葉では言い表せないほどに綺麗で可愛らしかった。