忘記却憶 〜忘れた者に忘れ物、忘れぬ者に忘却を〜   作:二次元の虫

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第一話 〜日常からのーー〜

「シアン! おいシアン!」

 

強く揺さぶられて、ぼんやりしていた意識が覚醒する。

というか、激しすぎて少し苦しいな、このやろう。

 

「ぁ? おい、激しいって」

 

「お前がいつまでたってもボーッとしてるからだ! もう昼休憩が終わるぞ」

 

男としては少し小柄な俺より頭一つ低い、凹凸のない貧相な身体で、激しく俺を揺さぶる口うるさいのは同級生のニュア・キノクス。

この激しい気性さえなけりゃ、ちっこくて短めの赤髪が可愛いのになぁ……痛っ!

 

「っ、なにしやがる!」

 

「わたしの身体を変な目で見るからだ」

 

「別にお前の貧相な身体に欲情するかって……ってぇなこのっ!」

 

言い終わる前に、ゲシゲシ蹴ってきやがった。

ほんと、口も手も早くて足癖も悪い狂犬だ。

うるさい教官に見咎められないように、隠れたところで蹴りの応酬をかましながら、次の教室に向かう。

 

「お前はやる気がなさすぎる! そんなんじゃ奴らを倒せないだろ!」

 

「別に、生き残れりゃそれでいいだろ。兵役終えりゃ、こんなとこすぐにでも出て行ってやる」

 

「それでもコロニーの住民か!?」

 

「むしろ、ずーっとコロニーのため、オルビド殲滅のため、ってよくやるよ。疲れないのか?」

 

「疲れないと言えば嘘になるが……死んでいった同胞や家族、友人のためを思えばこの程度!」

 

ふんす、とやる気を無限に上げるニュアだが、よくやるよなぁ。

死んでいった同胞、家族や友人のため、か。

確かに俺の家族はいない、奴らーーオルビドの遊びに付き合って死んだという。

俺たちが暮らすコロニーの近くに存在する、惑星「メインフレーム」。

そこを支配する存在、電子生命体「オルビド」は、退屈しのぎに俺たちが暮らすコロニーやその周辺を襲ってくる。

知り合いにも数人くらい、死んでしまったやつもいる。

死んでいった彼らのために、今いる同胞を守るために、そしていつの日かーー

 

ーー俺にはそこまでの気持ちを持てない。保てない。

目の前の狂犬レベルのモチベーションがあるのは流石に稀だが、俺の周囲には大なり小なりオルビドに恨みつらみを持ち、コロニーのために、と盛り上がれるやつばかりだ。

そのノリを見ていると、そいつらが狂ってるようにも見えてしまうのは、俺が正しいのかあるいはーー俺こそが狂っているのか。

 

「外、出てぇなぁ……」

 

「それには同意するぞ」

 

ふと、こぼした言葉に、思わぬ反応が返ってきた。

 

「え、なんだ、お前悪いもんでも食べたか?」

 

「お前、わたしをなんだと……。外に憧れる気持ちは別にコロニーを大事に思う気持ちと矛盾はしないだろう」

 

「さっきは反発したくせに」

 

「あれはこのコロニーを、故郷を堂々と出て行ってやるなどとのたまうからだろう!」

 

「はいはい、んで、何に興味あるんだ?」

 

「食事、嗜好品、色々あるが……何より外のトランスレイザーに興味があるな! わたしたちが扱ってるものは、外では主流ではないと聞いてな」

 

「あー、確かに一度は乗ってみてぇよなー。派手でかっこいいの多かったよな」

 

「だろう? 少々派手すぎるきらいがあるが、好き嫌いしなければ、十数年も主だった更新のないケルン式にも新しい風を起こせると思うのだ」

 

こいつと唯一話が合うのは、こういうトランスレイザーの話だ。

コロニー万歳思考のこいつだが、コロニーが支給するトランスレイザー、ケルン式と呼ばれる機体には不満を溜め込んでいるらしい。

 

トランスレイザーとは、人が搭乗し宇宙で快適に活動可能な外骨格とも言える存在、人類を宇宙環境に適応させ、進化を齎すもの。

 

と、されているがメメントコロニーの場合、その可能性を極限まで削ぎ落とし、互換性と量産性、生存性に極振りしたと言われる機体、通称ケルン式と呼ばれる機体が軍の機体として支給されている。

ケルン式の特徴は、非常時は単独で脱出し、長期間生命維持と単独航行が可能な、胴体および頭部部分、ケルンと呼ばれるコアに、手足を取り付ける形式であること。

生存性や整備性はピカイチなのだが、どうもその他の性能がパッとしない、というのが外の人間の評価らしい。

機能を詰め込んだ上に、数人までは同乗者も乗れるようにした結果、ケルンだけで全高10m、全幅8mになり、手足をつけるとずんぐりむっくりしたデザインになるのも、賛否両論ある。

 

俺も質実剛健で地味なあの機体は嫌いじゃないが、もうちょいマシにならないかと愚痴を漏らしたところに、意気投合したのが、こいつとの出会いだった。

 

「そもそも、ドクトリンが古すぎるのだ! 手持ち武器とシールドだけで通用するのは、そもそも勝てる戦場だけだろうに!」

 

「まぁなぁ、未だに特命でもなけりゃ、隊長格以下は肩武装禁止なのは納得いかねぇ」

 

「統率を乱す要素を嫌うのはわかるが……いくらなんでも幅が無さすぎる!」

 

「ほう、そんなに不満ならば直談判して貰おうか」

 

ーーやっべ

 

「おぉ、教官! わかっていただけるか! 確かにその価値があるとわたしはーー」

 

「おい、バカッ!」

 

「それ以前に、大遅刻だ馬鹿者!」

 

こうして、指導常習犯と皆勤賞の優等生が一緒に大目玉を喰らうこととなった。

原因は優等生だがな!

 

ーーーーー

 

と言うことで、懲罰として地下ガレージの清掃を任された俺たちは、せっせと掃除をしていた。

 

「あー、面倒だ。臭いし汚いし」

 

「文句を言う暇があれば、掃除を進めろ!」

 

「元はと言えばお前のせいなんだよなぁ……」

 

「何か言いたいことがあるのか?」

 

「んにゃ、別に」

 

文句に狂犬ちゃんが反発してそれに俺が反発して、が俺たちがポカやらかす鉄板パターンその2なのに、最近気づいた俺は、すっとぼける。

その1は意気投合して話に夢中になった時だ。

 

ふと、掃除の合間に目の前に立ち並ぶ、ケルン式のトランスレイザーを眺める。

ずんぐりとしたケルンーー胴体と頭部分に、5本指マニピュレーターの両腕とオーソドックスな二本脚が取り付けられている。

KA5-L2、カーゴルツと呼ばれる、メメントコロニーの標準機体。

それが数十機単位で立ち並んでいる姿は、どこの軍事基地だと外の人間には言われることがあるが、俺たちにとっては馴染み深い光景だ。

 

この地下ガレージは、メメントコロニーの住宅区のほぼ全ての家に直通の地下通路があり、いわば避難所にもなっている。

そして、立ち並ぶ機体はメメントコロニーからほぼ1人1機、住民に支給されたもの。

遊び感覚でいつ襲撃してくるかわからないオルビドに対処するため、また万が一の際に、コロニーから脱出避難するため。

いざとなれば、この機体が避難先として、自衛手段として機能するようになっている。

ケルン自体が、一機に数人同乗できるようになっており、同乗者用の生命維持装置も完備されているという徹底ぶり。

俺たちにとってはそれが当たり前だったが、外の人間に言わせれば、どうやら日常と戦いが近すぎる、という感想を抱くらしい。

 

「他所のコロニーはどんな生活してんだろうなぁ」

 

「ーー戦うのが辛いのか?」

 

ちょこんと俺より高い位置にある通路で、俺に背を向けたまま掃除をしていたニュアが、手は止めずに短めの赤髪を揺らしながら、らしくもないことを聞いてきた。

 

「別に戦うのは嫌いじゃない。ただーー戦う理由がな」

 

俺にとって、戦いは日常だ。

だがそれは仕方なく、メメントコロニーの住民として義務を果たすためにやってることだった。

そうやって戦い続ける中で、こう考えたことがある。

 

ーー戦う理由が欲しい。

 

今の今まで一度たりとも、義務のため以外で戦ったことはーー。

一度だけ、あぁそうだ、一度だけあったな。

 

「デート、誘ってくれるのだろう?」

 

ニュアがーー記憶の中のニュアが振り向き、俺を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 

「行ってこい。わたしを悲しませたまま、死ぬことは許さん」

 

「あぁ、行ってくる」

 

そうして、俺は日常からのーー想起された日常風景からの帰還を果たした。




『人格保護プログラム、最終プロセスが完了しました』

『おはようございます、ビジター。お加減はいかがでしょうか』

「ーー最悪の一歩手前だよ」

知らない天井。見知らぬ機械音声。そしてーー身体の違和感。

「ここはどこだ?」

『惑星メインフレーム。その中で唯一外来を許可された場所、第六資源採掘拠点、通称エントランスです。』
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