忘記却憶 〜忘れた者に忘れ物、忘れぬ者に忘却を〜   作:二次元の虫

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第二話 〜電子生命体のーー〜

「俺に何をした?」

 

『ビジターがこの惑星に墜落し、瀕死の重傷を負っていたため、人格保護プログラムを適用すると共に治療させていただきました。』

 

どこからともなく聞こえてくる機械音声に近い声は、そう答えた。

立ち上がり、白い患者服の上半身部分を捲ると、身体に奴らの機体のような青白いラインが通っている。

軽く身体を叩いてみると、通常のペチペチ、という音に、明らかに混ざってはいけない、コンコン、という硬めの音が混じっていた。

どうやら俺はサイボーグになってしまったらしい。

しかも、よりによって因縁の敵の手によって。

 

「目的はなんだ」

 

『人命救助です』

 

「答える気はない……と」

 

まぁ、最初から答えには期待していない。

しかし、これからどうしたものか……。

慣らすように身体の動かしてみるが、特に違和感がない、というよりは、前より動かしやすい気がする。

これがサイボーグパワーというやつか。

見渡しても、病室の白い壁と扉、そして窓からのぞく灰色の雲のようなものに覆われた空しか見当たらない。

とりあえず、扉を開けて外に出てみるか。

 

と、思ったら何もしていないのに扉が開いた。

思考感知機能付きかと、ハイテクさに舌を巻いていたら……

 

「おっ、起きてる起きてる。おそようさーん!」

 

大きい。第一印象はそれに尽きる。

俺より頭半分ほど大きい長身に、ピッチリとした白紫色のボディスーツに近い服装で強調された、動くたびに揺れる……その、でかい。

俺がまともに話したことのある女性が、何もかもちっこいあいつだけだったのもあり、思わず圧倒されてしまった。

 

「んー? どこ見てるのかなー? 話す時は目と目を見つめ合って話さなきゃ!」

 

指摘されて、慌てて視線を上に向ける。

紫色のセミロングに美人というべき整った顔立ち。

ただ、表情が明るめだからか、美人というには少し幼い印象を受ける。

言われた通りに見つめると、透き通るような青さのつぶらな瞳が見つめ返してきて、またたじろいでしまう。

 

「ボクはアスター! 君たちがオルビドと呼ぶ電子生命体の1人だよ。キミは?」

 

オルビド!?

驚いたが、ここであまり隙を晒す訳にはいかない。

極めて冷静に努めながら、返答する。

 

「俺はシアン・エラン……です」

 

「あはは、かしこまらなくたっていいのに! リラックスリラックス!」

 

できるわけがない! 二重の意味で!

そう思いながらも、目の前の女性ーーアスターさんの無邪気な表情に少しだけ緊張がほぐれていくのを感じた。

 

「まっ、キミの気持ちも理解できるけどね。少し歩きながら状況を説明しようか」

 

そう言って、アスターさんは躊躇いなく俺の手を引いて、病室の外、無機質な通路に出て歩きだした。

何が楽しいのか、灰色の通路をルンルン気分で先導するアスターさん。

メメントコロニーにはいないタイプの女性に、俺はらしくなくドギマギしていた。

ふと、何か思いついたようにアスターさんが振り向く。

 

「あっ、何か食べたい、飲みたいものある?」

 

そう聞かれて、空腹や喉の渇きをようやく自覚する。

と言っても、そこまで強い欲求でもない。

 

「水、があれば」

 

「はい!」

 

リクエストをすると、喜んでアスターさんが手を差し出した。

ちょうどボトルを持つような手の形で。

しかし、そこには何もない。

どうすればいいか分からなくなっていると、アスターさんがあっ、と手を叩いて

 

「そっか、チャンネルの切り替え方わからないか。何か切り替えるイメージを思い浮かべてみて?」

 

チャンネル? そう思いながら、適当に馴染み深い操縦席のスイッチのオンオフを思い浮かべ、オンにしてみる。

 

ーー世界が変わった。

 

灰色の無機質な通路にいたはずが、おしゃれな装飾が施された絢爛な通路に様変わりしている。

そして、アスターさんが先程まで持ってなかったペットボトルを持っているのが確認できた。

改めてはい、と渡されたボトルは確かにそこにあり、握ると手応えが返ってくる。

恐る恐る、蓋を開けて飲んでみるとーー確かに水だ。

口に流れ込んでくる液体の感触も、喉が潤う感覚もある。

だが、チャンネルを切り替える前は存在しなかったはずのもの。

 

「なんだ……これ?」

 

「電子生命体は、欲しいものはデータがあるならいくらでもコピーして手に入れて、体験できる。食べ物も、飲み物も、娯楽も、データにできるあらゆるものは、ボクたちの世界では無限に手に入れられるんだ」

 

通路を抜け、階段で地上に出ると、そこは青々とした空の下で、人々が行き交う、賑やかで色鮮やかな繁華街ーーに見える。

スイッチを切り替えると、人々の数は半減し、空は薄暗く、灰色で無機質な道路に同じ色の建物が立ち並んだ、モノクロにも見える現実が広がっていた。

 

「こーんな無機質な光景も、望めばいくらでも装飾して色鮮やかにできる。キミは治療する時、人格を保護するために一時的に電子生命体になったから、その世界を体験できる、ってわけだね」

 

なんだそれは。

困惑のままに、俺は彼女に質問をする。

電子生命体ならなんでも手に入れられる、というのなら、

 

「じゃあ、なんで襲ってくるんだ」

 

「キミたちを襲っているのはーー外に干渉してくるのは、データでは体験できないことを求める傍迷惑なユーザーだよ」

 

贅沢な話だよねー、と少し自嘲気味に付け加えた。

なんとなく、遊び感覚なのは感じとっていたが、まさかここまで満たされた環境でありながら、そんな自分勝手な理由で襲われているとは思わなかった。

俺のやり場のない感情を察したのか、アスターさんはごめんね、と呟いて話を続ける。

 

「一応、ボクたちにもまとめ役はいるんだけど、電子生命体の自由とその維持以外はどうでもいいってスタイルでねー。そのせいで、ボクが迷惑ユーザーに、外の人が迷惑してるから止めてって言うだけでもダメなんだ。ユーザー間の自由を害する、とか言われてさ」

 

自分たちの首を絞めてるって、わかんないのかなー。といじけたように口を尖らせる。

そこで、ふと疑問が浮かんだ。

電子生命体の理不尽さにばかり目を向けていたが、そういえばアスターさんもオルビド、つまり電子生命体を名乗っている。

しかし、それにしては現実的な考えを持っている気がした。

 

「アスターさんはどういう立場なんだ?」

 

「ボク? ボクもねー、昔は同じ迷惑なユーザーだったんだけどね。見て、聞いて、知ってーー失って、ようやく気づけたんだ」

 

ほんと笑っちゃうよねー、とそう笑い飛ばそうとするアスターさんの表情は、とても切なそうで。

なんて言えばいいかわからずに戸惑っていると、アスターさんはごめんごめん、と再び表情を戻した。

 

「今は大切な仲間と一緒に傭兵団やってるんだ」

 

そう言って取り出した名刺のようなものには、牙と狼のマークが特徴的なエンブレムが書かれていた。

 

「フェンリルバイト、どう? かっこいいでしょ? 仲間にならない?」

 

こいこーい、と詰め寄ってくる彼女に、俺は先ほどから振り回されっぱなしだ。

子どもっぽい無邪気な部分があるかと思えば、切なそうな大人びた表情を見せて。

そして距離感が近くていい匂いがする。

なんか色々な意味でまずい気がした俺は、一旦誤魔化すことにした。

 

「お、俺はメメントコロニーに帰らなきゃなんで!」

 

「ちぇーふられちゃったー。まぁ、コロニーまでは送っていくよ。おいでおいで!」

 

相変わらず近い距離感のまま手を引かれ、なすがままに街中を通って、たどり着いたのは宇宙艦の発着場らしき場所。

そこに並んで駐まっている宇宙艦の中で、先ほど見た狼と牙のエンブレムマークがデカデカとペイントされた艦の前に連れてこられると、ちょうどその艦のエアロックが開き、中からひょろっとした長身の男が出てきた。

 

「よぉ、アスター。そいつが噂の寝坊助さんか」

「そうだよヴォルフ! シアン君、このおじさんが我らがフェンリルバイトの団長さん!」

 

伸ばした黒めのグレーの髪を腰あたりでひとまとめにしている、少しズボラな印象の男が、黄色いの瞳で俺を見る。

そして、俺はまだおじさんと呼ばれる歳じゃねぇ……はず、とぼやきながら、手を差し伸べてきた。

 

「俺が団長だ。歓迎するぜ、青坊」

 

青坊……いや確かに身体や顔に青いラインは入ってるが。

それ以前になんか傭兵団に入る前提で話が進んでるような気がするぞ。

 

「俺、傭兵団に入るとは言って……」

 

「そうは言ってもな、青坊。5年も寝坊しといてコロニーに帰る場所が残ってると思うか?」

 

ーーーーは? 5年?

 

「ご、ねん?」

 

「そそ、ほんと寝坊助さんだよね〜」

 

あっけらかんとアスターさんが笑うけど、笑い事じゃねぇ。

5年も経ってれば、確実にコロニーではMIA扱いだ。

治療される時に、コロニーに連絡されていれば、とも思ったが、そもそもオルビドに対しては強硬な姿勢を見せるコロニーに、オルビドに治療されているなんて話を聞いてもらえるわけがない。

 

「ってわけで、他に行くアテがありゃ、そこまで送ってやるが……あるか?」

 

あるわけがない。

あったらとっくにそのツテで外の世界を見に行っている。

途方に暮れた俺の様子に、団長はドンマイ、と肩を叩き、再び手を差し伸べた。

 

「ってわけで決定だ。今日からお前さんはフェンリルバイトの団員ってことで。よろしくな!」

 

ーー手を取らない、という選択肢はなかった。

 

こうして俺は、選択の余地もなく、傭兵団フェンリルバイトの団員となった。

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