忘記却憶 〜忘れた者に忘れ物、忘れぬ者に忘却を〜   作:二次元の虫

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第三話 〜コロニーのーー〜

「はぁ……」

 

思わずため息をつき、ソファにもたれかかる。

ここはアスターさんに案内してもらった、フェンリルバイト傭兵団の事務所兼ねた拠点艦『グレイプニル』の応接間。

客を迎える場所だけあって、ソファの質は極上で、それが今の俺にとっての救いだった。

 

「おう、青坊。どうした、そんな湿気た顔をして」

 

そこに、入ってきたのはフェンリルバイト傭兵団の団長。

俺より頭ひとつ大きい長身だが、少しひょろっとした印象を受ける体格に、ラフな白Tシャツ姿が妙に似合っている。

 

「知り合いの現状すら探れやしねぇ……」

 

俺は思わず顔を覆いながら、深く沈み込んだ。

傭兵団に入ってから、宇宙に上がり、数日の間、コロニーについて調べていたのだが……。

メメントコロニーは軍事国家に似た体制のために、情報統制が厳しい。

内側にいた時は気にならなかったが、いざ外側から何かを知ろうとすると、ロクに情報が集まらない。

せめてニュアが今どうしてるかだけでも知りたかったが、それすら無理だった。

 

「ほんと閉鎖的だなこのコロニー」

 

「だよなぁ、息苦しいったらありゃしねぇ」

 

団長が実感のこもったぼやきと共に向かいのソファに座り、飲むか? と飲み物を差し出してくる。

それを受け取って、一気に飲み干した。

そうでもしないとやってられるか、こんな状況。

 

「っはぁぁぁ……! そういや、団長もここ出身なのか?」

 

「おぅ、息苦しくて兵役終わったらすぐここに住処を移したがね」

 

「へぇ……ほんと昔からずっとこうなんだな」

 

「ただ最近はさらに厳しくなってきてんだよ……っと、通信か」

 

話の途中で、通信が来たことを知らせるアラームが団長の懐から鳴り響く。

悪いな、と団長が立ち上がり、部屋の隅に寄って通信をはじめた。

その間に、俺はさらにぐでっとソファに沈み込み、もう一体化しそうだーー。

 

5年と言ったら、もうニュアも卒業して兵役を3年くらい全うしてる頃か。

死んでねぇだろうな?

コロニーのために、オルビド打倒のために、って無限にテンション上がる癖が、あれから多少はマシになってるといいんだが。

コロニーを愛する気持ちも、敵を憎む気持ちも、否定はしない。

だが、それに振り回されて死んじゃ、元も子もねぇだろ。

やけになって『シアンの仇!』なんつって、特攻かましたりしてねぇだろうな?

実際はそこまでバカじゃないのは分かってるが、テンションが上がるとなにやらかすか分からないのがあいつだ。

 

「おい、青坊!」

 

そんなとりとめのない思考をしていると、肩を叩かれた。

ソファに沈み込んだまま見上げると、ニヤリと笑う団長の顔。

キメ顔のつもりだろうが、似合ってないぞ、おっさん。

 

「早速だが、団長直々に仕事をやろう、ヴァッハフントさんよ」

 

「そのコードネーム、まだ納得してねぇからな。もっとかっこいいの考え付いたら、改名させろよ」

 

ヴァッハフント、それが俺のフェンリルバイト傭兵団でのコードネーム(仮)だ。

センスはあると思うが、勝手に決められた上に、なんとなくハフって部分が気に入らねぇから、他にセンスある名前を考え付いたら改名を予定してる。

 

それはそれとしてーー仕事の時間だ。

 

 

見慣れた人通りーー以前より少し少ないか。

店はーー

 

「あー、5年も経ちゃ変わってるよなぁ……知ってる店がねぇ」

 

俺は、懐かし……くはないか。

俺からすれば十数日ぶりだが、実際は5年ぶりに、コロニーの地に立ち、商業区の店を回っていた。

5年も経てば、知らない店ばかりになっているのは当然か。

それでも、店舗スペースの大まかな配置や道は変わっていない。

慣れた足取りで、適当な場所を回っていく。

 

今回の依頼は、最近、動向が怪しいというコロニーの調査。

とはいえ、軍部のような深いところは探れるわけがない。

だから比較的人の出入りに寛容な商業区を回り、気になる点があれば報告する、そんな依頼だ。

今の俺は依頼を出した企業ーータラクサカム社の名前を使って、商業区への立入許可を得ている状態だ。

今コロニーがどうなっているか知ることが仕事であり、今の俺に最も必要な情報でもある。

傭兵というからにはドンパチするのかと思っていた俺としては、拍子抜けしたが、ありがたい依頼だった。

 

「おっ、あの店は……」

 

ふと、見慣れた看板が目についた。

店内で食べるタイプのバーガーが売りのチェーン店。

飲食業は流行り廃りが激しく、一年単位でコロコロ変わるのが宿命なんだが……どういうわけか、ここだけは5年前と変わらない姿だった。

近くに寄ると、満席というほどではないが、繁盛しているのが分かる。

 

「たいちょ! 口元汚れてますよ。もー、だからお皿で切り分けましょって言ったのに」

 

「え〜、このかぶりつく食べ方が一番美味しくこのバーガーを食べられるんだよ〜」

 

「じゃあこのナイフとフォークと大きなお皿はなんですか、全く……」

 

入り口に近いカウンター席で、茶色いポニーテールの女性と、腰まで伸ばした長い赤髪の子どもの二人組が、微笑ましいやりとりをしているのが特に印象に残った。

 

「赤髪か……」

 

あいつもあの子どもと同じくらいちみっこい幼児体型だったが、流石に5年も経てば成長してるだろう。

結局、俺は改造で固定されたのか、背は5年前と全く同じだが、俺を超えるくらいの成長は……するか? 高等部2年であの小ささだったし……。

それにしても美味そうに食っている光景を見ると、腹が減ってきたな。

 

「一通り回ったら、久しぶりに食うか」

 

俺はそう決めて、商業区のマップを開き、次に回るべき場所を確認しながら歩きだした。

 

 

「店員さーん、お会計ー! って、たいちょ! どこ行くんですか!」

 

「ちょーっと気になる不審者を見つけたから、支払いお願いね〜」

 

 

しかしーー

 

「なんだ、このピリついた感じは……」

 

商業区に来てから、ピリついた感覚がずっと頭から離れない。

気がつけば、その感覚が一番強くなる場所ーー店も何もない空きスペースで足を止めていた。

空いてるにも関わらず、テナント募集中のような看板もない、一見すると意味のないデッドスペース。

だが感覚だとまるで厳重に警戒されているようなーー。

 

「そこでなにしてるの〜」

 

「うおぉっ!?」

 

思わず飛び退いて、警戒しながら振り向くとーーひらひらと手を振る、赤髪を腰まで伸ばしたちびっ子の姿があった。

ラフな服装をしているが、「Mement」と書かれた赤い腕章をつけているーーつまりメメントコロニーの軍人。

 

「い、いや、このスペースなんなのかってな」

 

いつでも逃げ出せるようにしながら、ちびっ子の様子を伺う。

ちびっ子は穏やかな表情で、なんでもないようにひらひらと手を振りながらーーこちらの逃げ道を牽制できる位置に陣取った。

 

「ここねー、最近になって急にお店が潰れちゃったとこなんだ。お気に入りのアイス屋さんだったんだけどなー」

 

のんびりとした口調で、世間話をはじめたちびっ子ーーいや、見た目よりも年齢が上なタイプの女性。

それにしても、ニュア以外にこんな年齢と合ってない幼児体型の持ち主がいるとは……。

 

「最近は立ち入り禁止やテナント募集がなくなった場所も増えてきててさ。窮屈で困っちゃうよね〜。」

 

「ここもそのひとつなのか?」

 

「そそ、おにいさんは商業区の視察に来たのかな? さっきから何も買わずにウロウロしてるよね〜」

 

ーー返答次第では、捕まえる。

穏やかな口調ながらも、そんな雰囲気を感じた俺は目の前の女性の一挙一動を見逃さないようにしながら、できるだけ自然に返事をする。

 

「あ、あぁ。下見にな」

 

ーーそれにしても、赤い髪、幼児体型に赤い瞳、見れば見るほどニュアを思い出すな……。

 

「そっかー。呼び止めてごめんね。最近、なんだかこのコロニー全体がピリピリしててさ〜」

 

穏やかを超えてのんびりとした口調、同じくのんびりとした仕草は、ニュアとは全く正反対だがーー聞くだけ聞いてみようか。

 

「そうか……なぁ、ひとつーー」

 

ーー刹那、ずっと感じていたピリつく感覚が爆発するのを感じた。

 

「伏せろっ!」

 

咄嗟に叫ぶと共に、目の前の小さい身体に覆い被さって伏せた。

直後の轟音ーー衝撃。

 

「なにをするっーーえっ!?」

 

壁を突き破り、現れたのは鋼鉄の蜘蛛、と形容すべき兵器だった。

8本の脚部には、それぞれ外側に向けた火器のようなものが取り付けられている。

そいつは壁を突き破った衝撃からバランスを取り戻すなり、脚部の火器を起動させ、やたらめったらに周辺を撃ちはじめた。

つんざくような銃声が俺たちの耳を貫く中、俺が庇っていた女性は呆然とした様子でつぶやく。

 

「なんでコロニーにこんなものが!」

 

「とにかく逃げるぞ! 逃げ道はいつものーー」

 

いや、ダメだ。今の俺は部外者、地下ガレージに向かったら怪しまれる!

突然の出来事に混乱して硬直している女性を連れて、できるだけ蜘蛛から離れながら、怪しまれないような避難ルートを考えーー

 

ーーナニカを感じた。

 

「悪い!」

 

小柄な女性を抱きかかえ、力一杯地面を踏みしめてーー跳ぶ!

サイボーグに改造されたことで強化された脚力が、床を抉るほどの強さで叩きつけられ、想像以上の勢いで俺の身体は跳躍した。

先程まで俺たちがいた場所が蜂の巣にされるのを感じながら、勢いのままに壁を突き破り、その先の広い通路に転がり落ちる。

 

「うっ……くっ……」

 

抱えている女性から苦しそうに呻く声が聞こえた。

流石に強引すぎたか。

かくいう俺も咄嗟のこととはいえ、ここまで跳躍できるとは思わずに、着地に失敗してしまった。

 

「すまん、大丈夫かーーもう少し堪えてくれよ!」

 

まただ、ナニカーーこれは、殺気か、害意か、とにかく嫌な感覚。

立ち上がって女性を抱えなおし、全力でその場を離れる。

 

ーーサイボーグになってから思考や感覚が鋭く正確に、そして周辺を見なくともやけに具体的に把握できるようになった気がしていた。

特に直感にも似た感覚が、今までより異様に当たるようになっている。

 

今もーー先程まで俺たちがいた場所に向かって、やつの火器が火を吹いているの分かった。

嫌な感覚を信じていなければ、既に俺も女性も丸ごと蜂の巣にされていただろうな。

 

狙いは俺か、女性か、両方か、までは分からないが、狙われているのは確かーーいや、今その気配が少しだけ薄れた。

見失ってくれたか?

少し走る速度を緩めながら、周辺の把握を努める。

避難済みなのか、周囲にもう人はーーいや、いた、1人だけ、ものすごい勢いでこっちに走ってきていた。

茶色いポニーテールを振り乱して、こちらを睨みつけーー

 

「ちょぉぉぉぉぉとぉ!? うちのたいちょになにしてんですか! 誘拐ですか、どさくさ紛れの女児誘拐ですか! えぇ、可愛いいですからね、気持ちはよぉぉぉぉくわかりますよ! でもたいちょはこう見えて22なんですよ、立派なレディなんですよ! なのにちっちゃくて攫っちゃいたいくらい可愛いんですよ! 守らねば!」

 

「うるせぇ、何もかもうるっせぇ! 今それどこじゃねぇんだよ!」

 

ポニテを振り乱し、クマのついた目をかっぴらいた残念美人、と言っていいやつが、やたらめったら捲し立てながら俺に追いつかんと全力で走り寄ってきていた。

どうやら俺が抱えている女性が隊長らしいが……え、ってことはこいつも軍人ーーマジかよ、腕章つけてるぞ。

 

「おい、残念美人! 今は避難場所どうなってる!」

 

「誰が残念ですか! カリスニス・ファリミアという立派な名前があるんです! 外来の方向けの避難場所は少し先を右に曲がったところです! あと、たいちょを渡してください、うちも抱っこしたい!」

 

「欲望ダダ漏れだなおい! お前ほんとにコロニーの軍人かよ!」

 

「正真正銘、軍人ですよ! この腕章が目に入らぬかー! カリスニス・ファリミア大尉、28歳、独身です!」

 

「聞いてねぇことまでどうも!」

 

というか、その歳なら兵役期間終わってるじゃねぇか、なんでこんなのがクソ真面目なお国柄のコロニーに軍人として残ってんだ!

 

そんなやりとりをしてるうちに、外来者用の避難場所に到着したがーー明らかに俺たちとは別の方面からも避難してきてるやつがいるぞ?

 

「なんだ、向こうでも何かあったのか?」

 

「民間宇宙港、住宅区、工業区、軍事宇宙港、各所で同時多発的にテロが発生しているみたいです」

 

避難所につく直前に急にポニテと服装を整え、まともな顔になったカリスが端末をいじりながらそう答えた。

 

「はぁっ!?」

 

なんだそりゃ、この閉鎖的なコロニーでそんなことができるわけがーー

 

「そ、そろそろ下ろしてくれないかな〜って」

 

逃げるのに夢中で、抱きかかえたままだった女性が少し恥じらいながら俺に言った。

 

「悪ぃ、今下ろす」

 

男としては若干小柄な俺でも、腕にすっぽり収まりそうな大きさの女性を下ろす。

地に足をつけた女性は、ぐちゃぐちゃだ〜、と乱れた長髪やラフな服装を整えてから、俺の方を向いてひらひらと手を振った。

 

「おにいさん、助けてくれてありがとね〜。流石に訓練受けてても、あんなのと生身で対峙するのははじめてだったからさ」

 

確かに、普段戦っているオルビド連中とは、トランスレイザーや艦隊、固定砲台に乗った状態でしか対峙しないからな。

俺もサイボーグになってなければ、動けたかどうか怪しい。

 

ーー恩もある、落ち着いた今がチャンスか。

 

「あぁ、礼の代わりと言っちゃなんだが、1つ聞いていいか?」

 

「なになに〜? 軍事機密でなければ答えられる範囲で答えちゃうよ」

 

相変わらず、のほほんとした様子を見せる彼女に、俺は聞いた。

 

「ニュア・キノクスってやつ知らないか?」

 

「えーー」

 

彼女は一瞬戸惑いの表情を見せた後ーー

 

「ニュア・キノクスはわたしだよ。」

 

確かにそう、言った。

 

同じ赤い髪。しかし、長さが違う。

こんな長い髪ではなかったし、なんなら鬱陶しいと少し長くなる度に整えていた。

年齢不相応な幼い顔立ち。しかし、今浮かべている表情は穏やかで。

ことあるごとに喜怒哀楽がコロコロ変わるような感情表現が激しい表情とは正反対の、感情の起伏が少ない穏やかな表情。

 

「わたしからもーーいや、やっぱり……でも……」

 

なによりも。

 

なにか聞きたそうにしながらも、聞くべきかどうか悩んでいる様子の彼女。

 

なによりも、ニュア・キノクスはこんなことで悩むような性質ではなかった。

即決即断、思ったことはすぐ口に出す、悩みとは無縁のーー

 

『全員手をあげ動くな! コロニー警備隊だ!』

 

思考が唐突な大声に遮られる。

拡声器越しに音割れを起こしながら警告する声が聞こえ、反射的に両手を上げた。

 

『外来の者は案内に従って民間宇宙港に向かい、コロニーから退去せよ! 繰り返す! 案内に従い、コロニーから退去せよ!』

 

あまりにも強引な退去勧告だ。

しかも、テロが起こってからまだ1時間も経ってねぇぞ。

安全を考えれば避難場所から人を動かすのはあり得ない。

 

ーーそこに

 

「何を考えている! まだテロ発生から1時間も経っていないだろう! 避難者を危険に晒すつもりか!」

 

ーー聞き慣れた声が聞こえた

 

『抵抗する者は逮捕する!』

 

「抵抗ではない、至極当然な上申だ! こちらはーーむぐっ」

 

その口を塞いだのは、ポニテ女ーーカリスだった。

 

「はい、こちら軍属のカリスニス・ファリミアです。うちのものが失礼しました。ところで、外来でない者はどうすればいいのでしょうか?」

 

『少し待てーー軍属ならば、こちらに合流し案内の手伝いと周辺の警戒をしてもらう。不審な動きをする者がいれば、取り押さえて構わん』

 

「承知しました。そちらに向かいます」

 

カリスは能面のように表情を固め、興奮するニュアを落ち着かせながら、警備隊を誤魔化した。

そしてすれ違いざま、俺に何か書いてある紙切れを渡し、耳元に顔を寄せてささやいた。

 

「あまりにも露骨すぎると思いません? 落ち着いたら連絡お願いします、シアン・エランさん」

 

そのまま、カリスとニュアは警備隊へと合流していった。

 

渡された紙切れを見ると、書かれていたのは連絡先らしき文字の羅列。

なんだったんだあの女、避難所に着く前と後でキャラが違いすぎるだろ。

そう思いながらも、俺は大人しく警備隊に従い、民間宇宙港に移動。

その道中で心配されていたテロや襲撃などはなく、俺は無事に企業が用意していた艦でコロニーから出港した。

 


 

ーーそれから十数時間後、コロニー政府から声明が発表された。

同時多発的にコロニー内部で発生したテロ行為。

それをコロニー政府は電子生命体オルビドによるものと断定。

惑星メインフレームの制圧および電子生命体の殲滅を目的とした総力戦体制への移行を宣言した。

 

それと同時に、コロニーで活動する企業や他コロニーおよびその他勢力に、殲滅作戦への支援を要請し、応じなければ活動許可を取り消すという、事実上の義務化を通達する。

 

ーー後にメメントモリ戦争と呼ばれることになる、戦争の始まりだった。

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