ベイラム・インダストリーからの依頼により、621あるいはレイヴンと呼ばれる少女は、中央氷原へと渡る必要性に迫られた。コーラルは魚などと同じように、一か所に集まろうとする性質がある。中央氷原へ向かって収束するそれを、発見しなくてはならない。そのためには、広大な海を越えなければならない。グリッド086に備え付けられた大陸間輸送用カーゴランチャーを使おうというのがエアの提案であった。
問題はある。グリッド086はドーザーと呼ばれる、端的に言うとコーラル中毒者の巣窟であり、なかでも、RaDと名乗る武器商人たちは特に好戦的で知られている。無傷で通してもらえることは、ないだろう。
『侵入はお任せください。システム解析や改ざんには多少の心得があります』
「ヘリのシステム、侵入したみたいに?」
『あ、あれは、その………』
ということもあったり。
ヘリで現場に急行すると、入り口付近で機体を下ろす。各部カタパルトを使わねば登ることは難しいが、そこはエアに任せることにした。電子戦闘に関しては、いままでウォルターに一任していたが、果たしてエアに務まるのだろうか。
『これよりグリッド086に侵入します。まずは垂直カタパルトへ』
言われるまま、カタパルトに機体を進める。当然のことながらロックされていたが、ややあって、
『垂直カタパルト、ロック解除。システムにバックドアを作成。行きましょう、レイヴン』
射出。上方向のプラスGに耐えつつ、カタパルトの勢いのまま飛び上がる。
装備はバズーカ、ブレード、垂直ミサイルである。
広大な、違法建築からなるウエハース状の都市というべきか、作業区画というべきか、その真っただ中に飛び込んでいく。
【メインシステム、戦闘モード、起動】
【Main system combat mode active.】
【DISPLAY LATENCY】
【OVERBOOST CAP】
【WPN FCS】
【EN RECYCLING】
『マーカーを設置しました。上層に繋がるリフトを目指しましょう』
物資運搬用の線路上を、まっすぐ進む。案の定MTがうろついており、一目散に突っ込んでくる不法侵入者を逃すはずはない。
『なんだこいつ! やっちまえお前ら!』
『高く売れそうなパーツだなァ……』
放たれるバズーカ、グレネード、ミサイル。ことごとくを、アサルトブーストで回避して直進。
『倒さないのですか?』
「構ってると、この先、なにがいるかわからないから」
『確かに。っ! 敵性機体を確認しました』
跳躍。作業所らしいエリアに入ったところで、黄色と黒に塗装されたACと鉢合わせる。
ショットガン(というよりかは旧世代におけるペッパーガンに近いもの)とチェーンソーを装備した二脚型ACである。データベースでは特に目立つ機体だ。
『なんだぁ? みねぇツラだな。ここが誰のシマだか分かってんのか? ボス、見ててくださいよぉ……この“無敵”のラミーが客人をもてなしてやりますんで!』
『アリーナ登録情報から機体名マッドスタンプと識別―――ランキング最下位です』
「知ってる。追いかけてくるとめんどうだから、倒すね」
ショットガンが放たれる、そのタイミングを見極めて斜め前に跳躍。ブースト。アサルトブーストからの蹴りをぶち込むとその場で踊るようにターンし、脚部を叩き斬っておく。
戦闘不能。鎧袖一触。ブレードを振るうであろうタイミングを予測して回避すらできない、さしずめ粗製であった。しかしブレードは確かに強力だが、膾切りできたのは予想外だった。パーツが整備不良だったのかもしれない。
『お、俺のマッドスタンプがーっ!?』
『……行きましょうか、レイヴン』
「うん」
苦戦するまでもなかった。脚部を切断され、それでもショットガンを向けようとしてくるので、その腕にバズーカをぶち込みつつ、跳躍。上のフロアを目指す。
道中苦戦するような相手はいなかった。まあ、多少苦戦したと言えば足場が不安定なところを走った時くらいだろうか。
「ふー」
しかし、声を出せることがこんなに楽しいとはとレイヴンは思った。今まで喋ることは苦痛でしかなかったのだが、コーラルを浴びて以降なんだか喋りやすくなった。
『ビジター! 好き放題やってくれてるようだね!』
構内で拡声器が作動すると、女の声が響いてくる。
『私らRaDは来るものは拒まないのがモットーだ』
「もっとー?」
『レイヴン、信念とか目標とかという意味です』
「そうなんだ」
たまにわからない言葉があると、こうして聞いてみるのだった。
『歓迎しようじゃないか、盛大にね』
『なるほど』
エアが言った。
『せっかくです。招待に応じましょうかレイヴン』
「うん」
建物と建物の間が大きく空いている。落下すれば面倒になることは間違いない。アサルトブーストで水平飛行。着地する前に、下方に敵機。
MT部隊を捕捉。追跡されると厄介な位置にいる。基本的にMTはACのように自由に飛べないが、歩行は当然できる。位置からして排除した方がいいであろう。
ミサイル、マルチロック。発射。動きが鈍い。ミサイルが次々命中して、倒れていく。倒れなかった一機に肉薄し、ブレードで叩き斬る。
『広域放送の人物について情報を集めました。ドーザーの有力な一派、その頭目、カーラ。ジャンク技師とハッカー集団を引き連れてRaDに加わったのが三年前……その後わずか半年で実権を奪い、組織を急激に成長させています』
登っていくと、ゲートが見えた。その前に着地すると、エアの解除を待つ。
『待ってたよ、ビジター。約束通り“歓迎”しよう』
センサー感あり。その場でターン。なんとも形容しがたい、ドラム缶の親玉のような物体が二つ落ちて来ていた。咄嗟にバズーカを叩きこむと、アサルトブーストで接近、ブレード最大出力で薙ぎ払い、それが変形する前にスクラップに変える。
もう一機は変形を終えていた。散弾が放たれ、機体を掠めた。距離が遠かったお陰もあり、装甲は耐えた。
ミサイルフルロック。サルヴォー。アサルトブーストで接近すると、蹴りをぶち込んで距離を離す。直後ミサイルが上方から落下してくると、その異形を葬り去った。
『へえ、やるじゃないか』
『ゲートオープン。先に進んでください、レイヴン』
道中、苦戦するような相手はいない。バズーカの火力もあるだろう。ここに至るまで一発も外さず直撃させている。コーラル中毒者にとって攻撃は得意でも回避は苦手なのかもしれなかった。
『どいつもこいつも不甲斐ないね。あんた一人を雇った方が安くつくんじゃないかと思えてきたよ』
とにかく登る、登る。登っていくと、RaDのエンブレムの描かれた巨大なゲートが待っている。重武装の四脚MTと多数の通常兵器が守っていた。さっそくマルチロックすると、飛び込んでいく。
『MT多数。慎重に行きましょう』
「うん」
うんと言いつつ大胆に。急に、レイヴンはネームレスを後退させた。
『やるねぇ。潰れてくれればよかったんだけど』
上からスクラップの雨あられ。燃料タンクまで混じっており、MTもろとも潰れてしまった。
生き残ったのは、全身に燃料を浴びて燃える四脚型MTのみ。必死にバズーカを撃って来てはいるものの、動きに精彩を欠いている。センサーが故障しているのかもしれず、それに情けをかけるだけの義理も無い。接近、ブレードでひしゃげた盾ごと、斬り払った。
『わかった、あんたの実力はわかったよ、ビジター。降参するよ、これ以上は割に合わないからね。通してやるよ、行きな』
巨大なゲートが軋みを上げて開いていく。中へと迷いなく進んでいく。
『これは………罠では?』
「うん。たぶん、わな」
もはやお察しであった。二人して推測するまでも無く察する。
『別ルートから、補給シェルパを潜入させておきました。使ってください、レイヴン』
「うん」
補給シェルパ、要は飛べるコンテナが内部に入り込んで、待ち受けていた。内部から弾薬を取ると装填していく。準備完了。さらに進んでいくと頑丈そうなゲートがあった。エアが操作するよりも前に、左右にするすると開いていく。
『ビジター、あんたは向こう見ずだね。嫌いじゃないよ』
中は、溶鉱炉のようであった。その中央に何か、三角形というべきか、山形とでも称するべき鉄の塊が鎮座している。内部の気温は高く、機体から出れば彼女の場合数十分で昏睡するであろう。
『でも、さよならだ』
物体が動く。
無人重機―――スマートクリーナーが目を覚ますと、両腕の高温を帯びたチェーン・ブレードを振り上げながら、火花を散らしつつネームレスへと襲い掛かったのであった。